- 2006/11/13 10:21プール
- 私は小学校の頃、まったく泳げなかった。3m程で足を付き、夏休み期間中に学校で開かれる水泳教室に呼ばれていたくらい(笑)そのわりには、海や川、プールに遊びに行くことが多かった。もちろん、浮き輪付きだ。ある日、みんなでプールに行った。海の近くにあるプールで、大人用の深いプールと子供用の浅いプール等があった。父親は私と妹を深いプールへ投げ込んだ。大人も足が付かない深いプール。「誰か!助けて!!」必死に叫ん... [続きを読む]
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- 2006/11/12 23:59大家族
- 父親は、お姉ちゃん(継母)と妹を連れて愛知へ引っ越していった。愛知の家には、父親、お姉ちゃん、妹、同居人2人、そして、従姉妹家族が集まっていた。お姉ちゃん(継母)の姉の家族であり、旦那は父親の幼馴染である。夏休みを利用して、愛知に遊びに行った。家はとても広く、1階はスーパーの跡地で駐車場も10台ほどが止まれる広さだった。その広い敷地に犬8匹+子犬10匹を飼い、ムツゴロウ王国のような感じだった。---... [続きを読む]
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- 2006/11/11 23:59引越し
- 小学校3年生のときだと思うが、父親がいきなり帰ってきた。父親は私にはとても甘くて、何でも言うことを聴いてくれるし欲しいものは何でも買ってくれた。だから、私は父親が好きだった。母親が私を手放したのは、私の教育問題からだった。あんな生活では学校さえ行かなかっただろう。それを心配して、父親は自分の母親(私からみればおばあちゃん)に預けたし、私の行方を捜して、連れて帰った。父親との生活が始まるはずだったのに... [続きを読む]
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- 2006/11/10 09:27好きな子1
- 友達同士で「誰が誰を好き」等の恋愛話が多くなってくる。といっても、まだ小学生なので”付き合う”なんていうのは少なかった。(一部では公認カップルがいた。)とにかく気が多かった。恋なんてものじゃないけど、「A君でしょ!B君でしょ!C君でしょ!・・・」とまぁかっこいい男の子はみんな好きだった(笑)小学校6年生ともなれば、それが具体的になってくるが、私はT君が”なんとなく好き”だった。ナヨナヨしていて頼りないが... [続きを読む]
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- 2006/11/09 10:503年生〜
- 三年生になると、クラス替えで先生も変わった。50代の女の先生で、とても素直に向き合ってくれる方だった。私は相変わらずな態度だったが、先生はイイところはたくさんほめてくれた。小学校の頃は何も考えず、ただ学校に通って遊んでいたので思い出に残ることが少ない。-------------------------------------------------------- 2つのランキングサイトに参加しています。よろしければ、1クリックずつお願いします。 ... [続きを読む]
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- 2006/11/08 09:31二人暮らし
- 父親の姿が消えた。お姉ちゃん、妹、私とおばあちゃんの暮らしはそんなに長くなくしばらくすると、お姉ちゃんは妹を連れて引っ越していった。そして、おばあちゃんとの二人暮らしがこの日から始まった。お姉ちゃんは歩いて10分ほどのアパートに移り住んだので私は休みになれば、そこに行き遊んだ。父親の姿がなぜ消えたのか・・・それはその頃の私にはわからなかった。父親が消えたからといって、寂しがることもしなかったと思う... [続きを読む]
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- 2006/11/07 11:13妹・おねえちゃん
- すっかり書き忘れていたが・・・父親には新しい結婚相手がいて、その人は私の継母となる人だった。私が小学校の入学式を向かえ、2ヶ月すると妹ができた。私は父親の事を「お父さん」「パパ」等とは呼ばなかった。周りのみんなが名前(あだ名)で呼んでいたので、同じようにしていた。継母となる人も、「お母さん」「ママ」等とは呼ぶ気もなかった。ちょっと若いように見えたので「おばちゃん」はかわいそうだと子供ながらに思い「... [続きを読む]
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- 2006/11/06 23:12キレる
- 私はわがままで怖いもの知らずだったので誰にでも喧嘩を売っていたし、買っていた。原因はちょっとした事。「気に食わないから」ただそれだけ。キレた拍子に自分の美術の水入れをテレビに投げつけたことがあった。それで水入れの角が割れてしまい、さらにそれにキレた(笑)先生は私を叱ったと思うが、私はその先生が好きじゃなかったから訊く気がなかった。二年生の最後の寄せ書きに、男の子から「暴力ふるわないでね!」とか「... [続きを読む]
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- 2006/11/06 10:00再び勉強。
- 自由奔放という言葉が相応しい生活を送ってきた5ヶ月。勉強の仕方などすっかり忘れていた。そんな私を待ち構えていたのは、掛け算(苦笑)私の勉強が遅れているからと、おばあちゃんは毎日九九を1の段から9の段まで唱えさせた。「いんにが2・・・・ごろく30・・・・」「はい!もう一度5の段!」と何度も。それが終わると学校から支給されている漢字ドリルの書き取り。同じ文字を覚えるまで、ノートに1列・2列・・と書いた... [続きを読む]
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- 2006/11/05 21:56平穏な日の始まり。
- 平穏・・・[名・形動]変わったこともなく、おだやかなこと。父親達が私を捜し見つけたあの日。その日から私は平穏な小学校生活へと戻っていった。そして母親との生活に終止符が打たれた。3学期が始まる頃になっていた。私がおばあちゃんの家に戻ると、クラスのみんなから「元気になってね!」等の寄せ書きが届いていた。私は2学期から病気で休んでいるということになっていたようだ(笑)-------------------------------------... [続きを読む]
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- 2006/11/04 22:55私は本当に有名人(笑)
- 私のテリトリー内で知らない人はいない!(言いすぎですね 笑)いや、でも、それが実証された日。私は母親とラーメンを食べに来ていた。いつものように小学校低学年生に食べさせる量じゃない(笑)おなかいっぱいになったところで店を出て行った。店を出てすぐに 背中から呼ぶ声がする... [続きを読む]
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- 2006/11/04 18:38ひやむぎ
- 母親は私に食べ物を食べさせるのが好きだった。だから、幼い時から太っていた。そして、わがままだった。ご飯を食べに行った。メニューをみて、「ひやむぎ」を注文した。(コレが読めたからかな?)私は、ひやむぎが来た途端、「こんなの食べない!!」と言い出したのだ。私はわがまま放 [続きを読む]
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- 2006/11/03 23:00ロリータ コンプレックス
- 相変わらずな毎日。私は夏休みの宿題すらせず、そして、2学期は始まっていた。私はいつものように、みんなのところに顔を出していた。そしてぶらぶらしていると、一人の男の人が近寄ってきた。知らない人。「ナイフを持っている。」彼は脅してきた。私の最悪な記憶。駅前に連れて行かれた... [続きを読む]
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- 2006/11/03 16:30火が好き。
- 子供の頃から火が好き。「ティッシュはよく燃えるよ。」と、大量のティッシュを火に投入していた。そしてメラメラと燃え上がる火をボーッと見るのが好きだった。ある日、サウナに行った。母親と一緒に。私は、そこで知り合った子と一緒に上にあがり、火遊びをしだした・・・・屋上で。燃... [続きを読む]
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- 2006/11/02 11:54朝も夜もなく。
- 今でもかすかだが、夜の街を覚えている。母親はいなかったので、夜になればまた私は街をフラフラしていた。今考えるとおかしなことだが、一度も警察に保護されたことはない。この国の警察は何をしているのだろうか(笑)私はクラブにも遊びに行っていた。もちろん顔を出すだけだが、店の人... [続きを読む]
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- 2006/11/01 10:26誘拐?意思?
- 商店街・マンション等もあり、人の住む街でありながら「夜の街」と化す繁華街でもあった。今思えば、子供にはよくない街だ。とにかく、私はその街で毎日を暮らしていた。ある日。私は焼き肉屋さんの筋にあるパチンコ屋さんの角にいた。そこには他にもパチンコに出入りするおじさん達がた... [続きを読む]
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- 2006/10/31 23:30ホームレスへの偏見
- 私が住んでいた街にはホームレス(当時はこの言葉はなく、乞食が一般的だった。)がたくさんいた。「幼い私は誰とでも友達になれた。 」文字通りで、私の仲の良い友達にホームレスの人がいた。見かけは確かに汚かったですが、とてもいい人たちだった。子供は何の偏見もなく、いい人を見分 [続きを読む]
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- 2006/10/31 13:48いそぎんちゃくとしだれ柳とくらげ
- 幼い私は誰とでも友達になれた。韓国料理屋さん、駐車場の人たち・・・それ以外にもちゃんと子供の友達はいたよ!一人は韓国人の女の子。私より2歳くらい下だったと思う。その子の家によく遊びに行き、よくメンコをしていた。おかあさんは近くで喫茶店をしていて、そのお店にもよく顔を [続きを読む]
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- 2006/10/30 23:08また横浜・・・
- 私は夏休みを利用して、また横浜にいる母親の元へ来た。私はその街では少し有名だった。街のお店の人に聞けば、誰もが知っているような(笑)前にも書いたとおり、ブラブラすることが私の”遊び”だった。だから、街のどの店にも顔を出した。馴染みの店があった。韓国料理屋さん・喫茶店 [続きを読む]
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- 2006/10/30 10:33掛け算を習う頃
- 1年生は何事もなく過ぎていった。団体生活とは無縁の私が、普通に1年を過ごした。2年になり、勉強も少しレベルアップ。学校生活も”日常”となり、家の生活も”日常”となっていた。ところが突然その生活が休みを迎えることに。夏休み・・・・私は母親のところへ行った。一人飛行機に乗り... [続きを読む]
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- 2006/10/29 16:10時計
- 活発なわりに虚弱体質というのだろうか、風邪をひくと扁桃腺が腫れ、休みが長引くことが多かった。小学1年生といえば、生活していく上で重要な事を教えてくれる時期なので休みが多いと、私は基礎的なことを学ぶ機会が少なくなっていった。小学校にあがる前に、母親は 自分の名前・アルフ [続きを読む]
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- 2006/10/28 20:42史上最悪な日
- 小学校低学年の記憶はかなり薄い。その中でも今でも鮮明に覚えている日がある。私は歩いて10分の学校から帰ってきた。あの日は、いつも帰っている子と違う子と帰った。「途中まで一緒だから帰ろう!」と単純な理由だった。学校から家まではまっすぐ一本道。面白くないね・・・。というわ... [続きを読む]
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- 2006/10/28 10:15女の子<男の子
- 今でも思いますが、女の子と付き合うより男の子の方が楽だ。余計なこと(?)を考えなくて済む。仲の良い友達がいた。近所の男の子二人。私はその二人から「親分」と呼ばれていた(笑)どうしてだろう(笑)毎日毎日ゲームをしたり、外で遊んだりした。また、マンションに住んでいたということもあ [続きを読む]
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- 2006/10/27 10:471年生になったら・・・
- わがままに育ってきた子がどんなに団体生活に入り込めないかわかるだろうか?私自身、あの頃の自分を「極悪非道」と言うほどヒドイ人間だった(笑)喧嘩相手は誰でもよいのです。歩いている人がいれば全員敵だ。通知表には「落ち着きましょう」等のことがツラツラ・・・と。結局、これは6年... [続きを読む]
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- 2006/10/26 20:54団体生活開始
- そんな生活をしているうちに、私は小学校に上がる年齢になっていました。おそらくあのままでは、まともな学校生活(日常生活さえ)は送れなかったでしょう。私は(父方の)おばあちゃんの家から学校に通うようになったんです。両親がそういう話で決めたんでしょうね・・・。でも、私は今... [続きを読む]
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