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- 2007/04/06 01:29言葉の人
- 今日は友人に、子供の入園式の写真を頼まれて撮ってきた。実は久々にカメラを手にした。ところで僕は音楽を生業にしている。先日、演奏の後、いつものお客さんに少し「伸び悩みしてる?」と聞かれた。突然のことにそれを聞いた僕の身体に電流が貫いた。そうだ・・僕は写真から言葉を排斥しよう... [続きを読む]
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- 2007/03/28 03:20なぜ同じ記事を改正するのか
- 私は一度書いた記事を、何度も改正して再アップをしている。今日このことに初めて気付いてくれた人がいた。こんな自分で書いていても、わけのわからない文章をよく読んでくれているなぁと、ありがたく思った。なぜ同じ事柄について、一度アップした記事を再び何度も改正するのかというと、理由はこ... [続きを読む]
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- 2007/03/27 04:19表現
- 私は写真で何を表現しようとしているのだろう。と書くと。「おまえは写真におまえの表現は組み込まないって言ってただろ?」→参照記事と言われてしまいそうだが、その通りで、私が撮りたい写真は私のカタルシスではないのだが、私の言う「私は自然の一部」という想念、もしもそれが写真で成功してしまえば... [続きを読む]
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- 2007/03/13 22:40新作
- ホームページに新作をアップしました。ぜひご覧ください。 ... [続きを読む]
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- 2007/03/09 18:09明日、写真を撮るために
- これは書きとめておかなければならない。そして撮影するときはしっかりと心に刻んでおかなければならない。-僕の美意識が、世界を濁らせている- ... [続きを読む]
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- 2007/03/09 00:12また写真を撮るために
- 僕の写真で僕を表現してはいけない。僕の写真は芸術ではないのだから。その場に在ったことだけを伝えればいい。そこに、僕のイメージや情緒は必要がない。見たままを撮ればいいのだ。 ... [続きを読む]
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- 2007/03/09 00:04花を撮っていて思ったこと
- 花をテーマに写真を撮ってみたが、写真が優しくなっている。きっとこれが花の持つ魔力というか花の咲く意味であり植物が生きる術なのだろう。「こっちへおいでよ。」と言わんばかりに阿片の如く忍び寄る危険な薫り。僕は花ばかりを撮っているうちに、自ら花に対するイメージを作り上げてその世界の中で自分を癒していたのかもしれない。優しさというのは表現だ。そしてこの写真は僕が抱いた優しさのイメージだ。もっともっと花... [続きを読む]
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- 2007/03/07 01:16曖昧な心とイメージ
- 相変らず雑草や忘れられたような庭木ばかりを撮っている。僕が好きな写真家の中平卓馬さんは、「なぜ植物図鑑か」で、「あらゆる陰影、またそこにしのび込む情緒を斥けてなりたつのが図鑑である。”悲しそうな”猫の図鑑というものは存在しない。もし図鑑に少しでも曖昧な部分があるとすれば、それは図鑑としての機能を果していない。」と。この言葉を僕は写真を撮り始めた頃に知り、それからずっと心に残っていて、今では僕が... [続きを読む]
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- 2007/02/23 20:23シャッターチャンス
- 本来の僕は、あまりあーだこーだと考えないでほぼ直感で行動した方が幸運に恵まれることが多い。解っているのだけど、持病の妄想癖で頭でっかちになることが多い。しかし無駄なことではないので、そこは自愛している。最近、写真を撮っていて、「写真ってこんなに辛かったっけ?」と思えるほど撮っていて苦しかった。また何故辛いのか?その理由もわからなかった。そんな中、昨日は仕事の途中ということもあり、1時間という限... [続きを読む]
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- 2007/02/22 00:13
- ... [続きを読む]
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- 2007/02/22 00:09
- 返す言葉の代わりにシャッターを切ろうここに存在していたことと存在していなかったことがひとつになるように ... [続きを読む]
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- 2007/02/21 23:54
- ... [続きを読む]
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