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- 2008/09/17 18:379月17日 生き甲斐天使
- 日刊ミヤガワ 1721号 2008.9.17「生き甲斐天使」 生き甲斐をなくしている老人に生き甲斐を与えようと云う。 これどうですか。 それは嫌だ。 これどうですか。 それも嫌だ。 こういうのはどうでしょう。 もっと他にないのか。 ・・・次々、生き甲斐箱から取り出してみせる生き甲斐に老人は首を振る。 ・・・ある老人は、そのひとつひとつに飛びつき、体験して、いつも飽きた。 ・・・ある老人は、その... [続きを読む]
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- 2008/09/16 18:379月16日 春望
- 日刊ミヤガワ 1720号 2008.9.16「春望」 国破山河在 城春草木深 感時花濺涙 恨別鳥驚心 烽火連三月 家書抵万金 白頭掻更短 渾欲不勝簪 国破れて山河在り。・・敗北したのではない。破綻したのだ。この自然の大地の上に建設された国。国の概念もそのシステムも秩序も人心も。幻想体としての言語体系としての国が破綻する。どこかに国に敗北したとか、それこそ安史の乱によって都が破壊されたなどという... [続きを読む]
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- 2008/09/15 18:379月15日 鎖聖者
- 日刊ミヤガワ 1719号 2008.9.15「鎖聖者」 例えば鎖につながれていた人がいたとする。その状態を知ったときに「自由」なるものの大半は確保していると考える。いやいや、ボクらは自由という言葉に多くを含ませすぎている。それが目標や理想や正解であることから、やたら崇高な彼岸のように思っている。だからボクも思わず「大半」と書いてしまった。そうではない。「自由」という概念はそれが、つまりは鎖でつ... [続きを読む]
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- 2008/09/14 18:379月14日 手触り
- 日刊ミヤガワ 1718号 2008.9.14「手触り」 携帯でモバイルスイカだのEdyだのが出来る。新規機種に変えてから、漸く手続きが済んで使い始めた。タクシーも使える。コンビ二もいい。新幹線も切符不要だという。なるほど便利なものだ。しかも手続きはパソコンで一時間程度。もっと早くやればよかった。よほど何事かがなければ旧来の慣習を変えられないものだ。してみればトイレ水没は良かった。スニーカー通勤... [続きを読む]
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- 2008/09/13 15:569月13日 北の湖
- 日刊ミヤガワ 1717号 2008.9.13「北の湖」 今回の大麻騒動はやはり釈然としない。当人が吸っていないというのだから信じるという一方の論理に対して、世界的にも精度の高い検査の結果だからこれは実証なのだという論理が配置しされている。これは厳密には対置されるべき質ではない。 そして予想通り、お調子者でお先棒のメディアは後者を絶対視する。コメンテイターなどはみんな「結果がこうなのだから認める... [続きを読む]
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- 2008/09/12 15:569月12日 備忘録
- 日刊ミヤガワ 1716号 2008.9.12「備忘録」 科学技術の本義は劣っているところを補い強化することにある。飛行機やロケットなどは最たるものだ。船や潜水艦もそうだし、第一メガネや靴がそうだ。羽もないし鰭もない。キリンの首はないし蝙蝠のレーダーはない。サメの歯はない。動物番組を見てしばしば溜息をつくのはそれを知ってである。 確かに脳は大きい。しかしその分なんとも無力な生き物がこのヒトという... [続きを読む]
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- 2008/09/11 05:059月11日 孤軍有理
- 日刊ミヤガワ 1715号 2008.9.11「孤軍有理」 予備校の校長をしていた小林君が先月それを辞して、何とかいう横文字の生命保険会社の名刺を持って来た。その中学部の講師に亮介が行っているのだから妙な縁だ。小林君は理一だった。何年かいてやめるかどうかの相談に来たのはつい最近のことと思ったが、随分前になる。35歳になったという。潤と同じだ。彼は万一ボクが政治の世界に迷い込んだとしたら間違いなく... [続きを読む]
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- 2008/09/10 05:059月10日 無欲?
- 日刊ミヤガワ 1714号 2008.9.10「無欲?」 欲に小欲と大欲あり。大欲これを志と云う。 欲と倫理規範とは対立構造にあるらしい。倫理規範が強固ならば欲は抑えられる。欲が勝れば倫理規範は崩れる。日本民話がほぼ寡欲禁欲を常としているのは後者を恐れてのこと。欲張り爺は罰を受けなくてはならないのだ。 今に至るもこの精神は暖衣飽食の子どもたちの中にも脈々と受け継がれている。生活の場面で折りに触れ... [続きを読む]
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- 2008/09/09 05:059月9日 総理の格
- 日刊ミヤガワ 1713号 2008.9.9「総理の格」 失礼ながら誰にも風格や風圧を感じない。これは偏に苦難苦闘を宿していないからと考えられる。人気者やボンボンにはとても無理だ。毛並みなどと云う評はそれ自体が欠格を示している。安逸の時代なら何でもいい。国難の時はそれでは困る。 総理どころか議員としての格も感じられないのになと思う。泳ぎ抜くしなやかさは醸している。それは多分に個人的な対応策だ。国... [続きを読む]
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- 2008/09/08 01:569月8日 通常講義
- 日刊ミヤガワ 1712号 2008.9.8「通常講義」 夏の緊張感と云うか、澄んだ空気は更に濃厚になっている。二学期も静かに始まった。初めての子もいるし、夏から組もいる。特講は行かないが通常がいいという子もいる。もう溶け合っている。 夏を越すと子どもたちは皆変化を見せている。字が変わる奴もいる。文調が変わる奴もいる。大方は背が伸びている。 楽しくなる。木曜は相変わらずミサや律ちゃんや青木が早く... [続きを読む]
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- 2008/09/07 18:229月7日 猫の目
- 日刊ミヤガワ 1711号 2008.9.7「猫の目」 要は「くるくる変わる」ということを云うのだろう。猫の目のように気紛れなどとも云う。学生の頃、猫と同居していたが、そんなに変化するとは思えなかった。観察不足だったのか、猫の種類にもよるのかと、猫を見ていた。 猫の目より、猫そのものの性質が気紛れだというのならまだ分かる。実に利己的で甘え上手で恣意的で認知欲求が強くて、突然踵を返す。「ペルシャン... [続きを読む]
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- 2008/09/06 13:559月6日 母の夏休み
- 日刊ミヤガワ 1710号 2008.9.6「母の夏休み」 子が二学期になって登校し始めると、多くの母たちの夏休みが始まる。本音としては早く学校にでも行きなさいと思っている。もっとも昨今は塾だの特訓だの体験だのと通常より忙しく、むしろその方が充実しているという意見もある。 たいしてあてにならない学校だけれど、それでも元気に通っていれば、基本生活のリズムは得られる。いろんな選択肢があるから、どこに... [続きを読む]
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- 2008/09/05 07:389月5日 立ち向かい
- 日刊ミヤガワ 1709号 2008.9.5「立ち向かい」 運命に立ち向かうところにスパークがある。表現の質、思索の質はそこに根源がある。それは実に単純に意志を持つところも始まる。 いろんな人を見てきたが、苦悩してのた打ち回る人は魅力がある。逃げて口実を語る人はダメだ。そのとき同調者や同情を引いたとしても、結局はまともな人たちはその周囲から離れていく。躱すことと逃げることは違う。この国は生き方の... [続きを読む]
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- 2008/09/04 07:389月4日 三紙補足
- 日刊ミヤガワ 1708号 2008.9.4「三紙補足」 記者氏にはほぼ同一のことを語っている。しかし記事になればそれぞれが関心あるところを主にして編集している。それはそれで意味あることで、記者の認識・理解・前提。そして新聞社としての編集方針がある。むしろ異なっていることは重要で、それに関しては被取材者のボクだけが、それを読解していく立場に恵まれる。 特講の最終講義はその三紙を示して、そこから読... [続きを読む]
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- 2008/09/03 02:379月3日 豪雨
- 日刊ミヤガワ 1707号 2008.9.3「豪雨」 この21世紀になって豪雨で増水・洪水で住宅などが浸水するとか、道路に氾濫するとか、決壊するとか。それが不思議だ。可能性のあるところに居を構え、町を作り、道を引くのは何故なのだろう。 少しでも危険があるからそこはゴーストタウンにしていい。移転すべきなのだ。治水から人の歴史は急展開している。生物だから水とは不可分だ。治水は基本的な英知の集合でなく... [続きを読む]
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- 2008/09/02 20:039月2日 夏特講総括
- 日刊ミヤガワ 1706号 2008.9.2「夏特講総括」 場面作文について翌日もう一度提起した。「雨の情景」を書かせた。あのままでは心残りだった。やはりここの子たちは凄いと思う。先を急ぐな展開言語にこだわらず、そこに留まって目を置けよと、例によってあれこれ冗談も交えながら語った。七割は確保した。昨日の今日の話。大したものだと思う。それが種となって定着してくれればいいが。先ずは一歩前進だ。 そこ... [続きを読む]
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- 2008/09/01 14:359月1日 場面
- 日刊ミヤガワ 1705号 2008.9.1「場面」 「パパと釣りをした。釣れなかったけど楽しかった。」。それもいい。そういう表現を批判するのではない。その文をボクは読み過ごしていく。「楽しさ」を描けなどと次の指導などもする。そこから思索を広げさせようともする。文そのものをいじることに意味は感じない。それはそれでいい。 ただ気になる。子どもたちが場面を書けない。意見や読解で優れていても場面作文は... [続きを読む]
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- 2008/08/31 14:358月31日 浅茅が宿
- 日刊ミヤガワ 1704号 2008.8.31「浅茅が宿」 この話はどうも気になる。宮木の賢さとは何か。たた信じて待つことだったか。違うと思える。自分に殉死している気がする。 勝四郎は賢くて美しい妻宮木を本心では敵わないと思っていたと思う。財産家であってもそれを食い潰していく人好しの無能の夫は、弱い人間で力量のなさを知るにつけ、賢さと健気さを見せ付けられる妻を敵わないというところから、疎ましいと... [続きを読む]
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- 2008/08/30 08:458月30日 タクシードライバー
- 日刊ミヤガワ 1703号 2008.8.30「タクシードライバー」 毎朝八時四十五分にマンション前に車が来る。ドライバーは毎日違う。明治通りまで出て拾う状況ではなくなっている。道に出て待つから車やバイクが摺れそうになる。あっちが避けていくからいいが、ここ数回危ない目に遭った。特講中でもある。九時には着いて講義準備をしなくてはならない。そこで五分十分の違いは、一日の段取りを崩す。一日とは積み木の... [続きを読む]
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- 2008/08/29 08:458月29日 社会化
- 日刊ミヤガワ 1702号 2008.8.29「社会化」 明確に指摘しておきたいと思う。学校とか会社とか近所とか、それは社会化される自己の現場としてある。かつてはき家だってそうだった。そこで生の自分を出して生きていいのだと、いったいいつ誰が語ったのだろう。 一歩出れば、仮面、演技、カメレオンは当然のことだ。どこに、いつも生のそのまんまの自己でウロチョロする者がいるだろうか。それこそがむしろ不思議... [続きを読む]
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- 2008/08/28 03:208月28日 青鬼末路
- 日刊ミヤガワ 1701号 2008.8.28「青鬼末路」 寓話にも書いた。このときは逃げた青鬼論だった。去り方の美学は、などと考えていた。そして当然阿呆な赤鬼に落ち着いていた。 この間特講で久々に取り上げてから、また考え込むようになっている。つまりは赤鬼が全てそう仕向けたという見方はどうかと。最初からでないにしても、臨機応変、結果として目的を果たしたと考えてみようとしている。 限定した関係に充... [続きを読む]
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- 2008/08/27 19:158月27日 呼称
- 日刊ミヤガワ 1700号 2008.8.27「呼称」 さすがに「かあちゃん」と云う子は少ない。「かあさん」も少ない。「おかあさん」「ママ」辺りが主流になっている。「母上」はいない。バブル期とお受験全盛期の一頃「お母様」と呼ぶ向きもあったが次第に下火になった。 この家庭内で呼称は基本的に母の好みであることが多い。東京的現象としては出自も何も判りようがないと思っているから、ありたい姿をすぐに具現で... [続きを読む]
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- 2008/08/26 11:518月26日 集中力
- 日刊ミヤガワ 1699号 2008.8.26「集中力」 集中して没頭しているといいのだとよく親は云う。しかしささやかに反論させていただくと、それはいずれ健康を害していくことになるとも経験を実証に警鐘を打ち鳴らしたい。 自慢ではないが、ちっとも自慢にならないのだが、ボクはその集中没頭の質だ。やり始めれば終わるまで、あるいは朦朧とするまで、あるいは異質に要因が作用するまで、やり続ける。 そして尻の... [続きを読む]
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- 2008/08/25 06:438月25日 何書いてるの
- 日刊ミヤガワ 1698号 2008.8.25「何書いてるの」 子の作文を読んだ親がそう云う場面をよく見てきた。しかも怒ったように云う。これはよくないことだ。子は萎える。 子をおだてる必要はない。ただ立てることは必要だ。それは思索・表現者として尊重していくことだ。親も教師も敬虔な面持ちで接しなくてはならない。 編集意図を持った出版社でも新聞社でもない。何を以って評価の規範としていくのかをボクは問... [続きを読む]
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- 2008/08/24 03:168月24日 不調和
- 日刊ミヤガワ 1697号 2008.8.24「不調和」 賢い子、感性や直観の優れた子ほど学校の生活では不調和になる。そこにいじめもあれば孤立もある。それは当然のことで、無理に調和に向けることはない。雑多な生徒たちの意識とサービスに徹していく教師との構成される社会では、合わないことが自然で合わせる無理は余計に子に圧迫を与えて捻じ曲げる。 だからその圧迫は子の様々な傾向や現象になって現れる。すると... [続きを読む]
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