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- 2008/09/22 05:56黎明以前12
- 七月十三日、お盆の宵、軍治は自ら門口に出て迎え火を焚いた。 さだが特に念入りに作った肴に、酒さえ添えてあった。「何時の間にか強くなったの」病後の軍治は、武門の盃に酒をついでやり、自分の膳の上の銚子ごと彼に押しやったりした。二、三杯の酒に臉を紅らめている軍治にひきかえ、武門はけろりとしていた。「兄上の兵学講義を、待ちあぐねて入る者がおりますよ」 武門が鴫焼き茄子を頬張りながら言った。「それよりお前... [続きを読む]
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- 2008/09/15 06:21黎明以前11
- それに、軍治は、一百姓にすぎなかった父の為信が、この家格を買い、この家格を愛し、そのために、気を使い心を砕いたひとつひとつを知っていた。それは、家を愛し子を愛する情であった。それだけに軽率に知至を口にすることはできなかった。 軍治たちの祖先は、武田信玄麾下の勇将・山縣三郎兵衛正景であった。正景は、天正三年(1575)の長篠の戦いで戦死したが猶子・太郎左衛門は故あって致仕し、巨摩郡北山筋篠原村に蟄居した。... [続きを読む]
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- 2008/09/03 11:38黎明以前10
- しかし、誰に相談する必要もなかったのである。要は、兄への愛情と自分自身の決意とに一切が懸っているだけのことであった。 もちろん、そのとき、武門に村瀬家を嗣がせることも考えない訳ではなかったが、かれはまだ十六歳の弱冠であったし、母やお上への思惑もあって言い渋ってしまった。が、病来思うことは、何故あの時思い切って武門に譲らなかったかということであった。 武門こそこの家を嗣ぐべき最適の人間ではないか?... [続きを読む]
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- 2008/08/17 07:29黎明以前9
- 夕立は埃を抑えた程度で終わった。それを機会に柴田は庭伝いに辞して去り、昌樹もまた立ち上がった。 昌樹は八日町の豪商・加藤竹亭が、江戸で手に入れた古琴を見に行くのだと告げた。 竹亭は名を翼、字を図南と称し、釜川門下の詩人で書をよくした。彼もまた釜川や軍治を通して真崎と親交を深め、何時か音楽的な影響まで受けている仲になっていた。 昌樹の、管弦を玩ぶに相応しい撫肩を見送っていると、さだが、「近ごろ、眼... [続きを読む]
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- 2008/08/14 05:53黎明以前8
- 肚の底を打って、余韻から余韻に終わるような雷の響きに耳を傾けていると、それに重なるように、激しい気合と竹刀の音が聞こえてきた。「始まり申したー」柴田は眼を細めて笑った。青年と少年の声が、手に取るように聞こえてくる。「武門の指南ではー」軍治が笑った。「いやいや、武門殿の太刀先は、近頃本物になってきたようだ」「ただ好きで打つだけで、工夫と趣きが足りもうさぬ」「今のところそれでいいと思われる。工夫はも... [続きを読む]
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- 2008/08/08 08:38黎明以前7
- それなのに、お互いほっとした面持ちであった。 話は何時か兵法のことになっていた。軍治に兵法を教え込んだのは柴田であった。兵法の話になれば軍治たちは聞き手であった。柴田の兵法は長い勉強だけに、何時も傾聴に値するものが多かった。 太宰春台門下の逸材で、兵学に傑出している江戸の松宮観山(主鈴)の話が出ると、軍治が言った。「五味先生が、わたしの<兵叢>を松宮先生に見てもらったらどうか、とおっしゃるのですが... [続きを読む]
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- 2008/08/02 05:53黎明以前6
- 対座している兄弟の風格によっても、それは良く解った。ともに端正ではあったが、昌樹の女性的にさえ見える繊細な線に比べれば、軍治はいずれの点でも男性的であった。 軍治は、額が広く鼻筋が通り、口元の引き締まった、頑固の鋭いきびきびした潔さがあった。骨組みはしっかりしてい、肩は四角に厳しく張り、剣士を思わせる風格があった。「武門はどうしたかな?」昼食後、陽脚を眺めながら昌樹が言った。「柴田様のご子息と、今... [続きを読む]
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- 2008/07/28 06:38黎明以前5
- 「昨日、柴宮明神で、加賀美先生に会うたがー」暑さと光を増した庭先から、ゆっくりと眼を移して昌樹が言った。「先生は、お元気でしたか?」「お元気だった。加賀美先生も、飯田先生も、お前の病気を心配しておられた」加賀美先生とは、甲府つづきの住吉村下河原にある山王権現の神主で、軍治が八歳から十八歳まで通い続けた学問の師・桜塢加賀美光章のことであり、飯田先生とは桜塢の義兄弟で学問をもって鳴る板垣村柴宮明神の神... [続きを読む]
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- 2008/07/24 11:12黎明以前4
- 「荒川の畔にお住まいの兄上には、別に自慢にもなりますまいがー」「いやいや。荒川の水だとて、さして変わる筈もない」昌樹は笑った。片羽御門外の荒物屋吉右衛門の井戸水は、場内廓外を問わず、名水として持て囃されていた。 が、、金峰山に源を発し、昇仙峡の奥の畳なわる山々の岩根を流れてくる、荒川の早暁の水の青冽さには比ぶべくもなかった。 しかし、昌樹はそのことよりも、興ありげにあたりを眺め回していたが、やがて... [続きを読む]
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- 2008/07/21 09:37黎明以前3
- 軍治は、別に苛立っているのではないが、盂蘭盆前には床上げしたいものだと思った。 甲府城には鎮台さまといわれる勤番が二人あって、一人は追手御門、一人は山手御門にいたが、軍治は山手勤番長谷川讃岐守正誠の組下の与力で、その勤めは極めて閑散だった。 追手、山手組に各十騎の与力がいて、各組二騎は町方の勤めで、各組一騎あてが勤番詰所、武器庫へ交代に勤めることになっていたので、軍治たちは五日に一日の務めであった... [続きを読む]
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- 2008/07/20 11:44黎明以前2
- 朝夕などは底冷えのする爽やかさで、既に秋の色は充分であった。書斎をそのまま病室にした玄関の北窓ちかく、玉蜀黍の丈といい、葉の色、葉ずれの音といい、その向こうのかやぶきの長屋門や、赤土に降り注ぐ光の白さといい、空の深さといい、病む身には何となくほっとした眺めであり、穏やかな気配であった。 甲府城与力・村瀬軍治は、このごろになって、身体にやっと回復への自身がもてるようになった。病みついたのは御城内の其... [続きを読む]
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- 2008/06/29 07:16美味しいてんぷらの秘密
- カラリと揚げる秘密は「衣」にあり [画像]「自宅でてんぷらを揚げると、ベタッとなりおいしくない」と あきらめている方はいませんか。どうして専門店のようにカラリと揚がらないのでしょう。秘密はてんぷらの衣にあるのです。 上手に揚がったてんぷらは、衣の中の水分と揚げ油が入れ替わり、サクッとした食感になります。ところがタンパク質が変化したグルテンという粘りの強い物質が衣にたくさんできると、水分を閉じ込めて、重... [続きを読む]
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- 2008/06/26 08:31ジャガイモの収穫
- 4月始めに種芋を蒔いたジャガイモが収穫できました。大きさは大小ですが、ジャガイモの収穫は初めてですので、まあこんなものでしょう、、当分の間は、ジャガイモのスープ・肉じゃが・カレー等我が家の食宅をにぎやかにしてくれるでしょう(^_-)-☆ピーマンや胡瓜も収穫が始まりましたあいた畝にはインゲン豆の第二弾を植えつけました。また、えんどう豆のあとにはレタスを蒔きました、もう発芽しております。消毒していないので、... [続きを読む]
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- 2008/06/01 19:08黎明以前1
- 概略黎明以前は明治維新の革命にさかのぼる事100年の大獄・明和事件の中心人物で、幕府に断罪された『山縣大弐』の生涯を描いた小説である。当時甲府城与力村瀬軍治と名乗っていた、弟の武門が百姓・新三郎を殺したことから家名断絶、役職追放になり、旧姓の山縣にもどる。名を昌貞と改め江戸に出て、開業医の道を選ぶが、医いは仁術の生活は苦しいものであった。 たまたま義弟の斉藤左膳の紹介で将軍家重の側用人・大岡忠光に... [続きを読む]
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- 2008/05/27 09:58さくらんぼの収穫
- 晴天が続き、さくらんぼ(佐藤錦)も色付甘味がのってきたので収穫した、去年より少なめだがそれは鳥に食べられた分が減収だろう。[画像]二回目はまだ色付かないものがあるのでここ2〜3日晴天が続けば採れるだろう、消毒はしていないが木に虫がつかないので助かっている小売で買えばお高いことでしょう\(~o~)/... [続きを読む]
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- 2008/05/18 11:41薄焼き卵
- かたくり粉を利用する[画像] 五目ずしや手まりずし、ふくさずしに、茶巾ずし。すしを鮮やかに彩るのが卵の黄色です。でもくぼみができたり破れたりと、上手に薄焼き卵を焼くのは難しいと感じていませんか。 表面が凸凹になるのは、フライパン上に残った油が原因。油膜が卵を浮き上がらせてしまうのです。そこで、油はなるべく薄く引くことが大切です。入れすぎた油は必ずふき取りましょう。油を吸わせたペーパーでフライパンの表... [続きを読む]
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- 2008/05/17 06:335月15日の畑
- 畑も緑が多くなり虫に食われる葉や新芽はとりに食われることが多いレタスは収穫してそのあとに小松菜を蒔いた。[画像] 5月15日の畑全景えんどう豆の実が付き始めた、白い花輪可憐な可愛い花です[画像]じゃがいもにも花が咲き始めた[画像]人参も芽を出してきた[画像]唐もろこしも元気に芽を出し畑は賑やかです[画像]... [続きを読む]
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- 2008/05/13 09:58史上最初の武家政治37
- 後白河院政の開始と共に、信西は院の近臣筆頭として、いよいよその権力を揺るぎないものにしていたのです。しかし、権力の強大なるが故に、これに恨みを抱く人々が現れ始めたのも当然のことだったのかも知れません。 その一人が、鳥羽法皇の近臣藤原忠隆の子で、後白河上皇の近臣として異例の昇進を遂げた藤原信頼です。保元二年から二年弱の間に、位は従四位下から正三位へ五段階上昇、官職も武蔵守から検非違使別当まで駆け上が... [続きを読む]
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- 2008/05/09 12:14今年の畑の様子
- 畝作りもひと段落、、毎日の散水が大変です、、ジャガイモ、枝豆、胡瓜、茄子、トマト、インゲン、人参、こかぶとうもろこし、えんどう豆、長ネギを植え付けしましたが、雨が降らないので水をやるのが大変です、、農家の苦労がわかるというところです、 もうジャガイモは花が咲き始めました[画像] 4月27日の畑の全景です[画像]... [続きを読む]
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- 2008/04/13 15:27そら豆
- [画像]マメ科の1・2年草です。さやが空に向かってつくので空豆、また蚕を飼う初夏に食べ、その形も蚕に似ていることから蚕豆の字が当てられていると言われています。ノラマメ、ナツマメ、テンマメなどとも呼ばれています。 豆類は優れた蛋白質の持ち主であり、炭水化物、脂肪も豊富です。温帯、熱帯、高湿度から乾燥地帯それぞれに適した多種類の物がありますが、ソラマメはダイズ、ラッカセイ、エンドウマメ、インゲンマメ、ヒ... [続きを読む]
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- 2008/04/13 15:20今年の発芽
- 3月下旬、霜の心配がなくなりジャガイモの種芋を蒔いた、今日は発芽が確認され青い芽がかわいらしい、その他、えんどう豆・こかぶ・春大根を蒔いて発芽が確認された、、4月12日の畑の様子真ん中はえんどう豆・右はこかぶと春大根[画像]一部はまだ天地返しの途中、、[画像]ジャガイモの発芽[画像]今後茄子・胡瓜・ピーマン・インゲン・長ネギ・人参・とうもろこしなどの植え付けを予定している ... [続きを読む]
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- 2008/03/12 11:222008年畑開始!
- [画像][画像]3月に入りようやく暖かさが増し三寒四温の様相を呈してきた3月9日にキャベツとサニーレタスを植えつけた。[画像][画像][画像]寒さを雪の下で堪え春の暖かさを享受したのが上記の3品カリフラワー・そら豆(花が咲き始めている)・レタス、もうひとつほうれん草がある。あさムクドリとほかの鳥の餌になっているため収穫は臨むべくも無いのだが温暖化防止に少しは役立っている。彼岸には、ジャガイモの植え付けが予定... [続きを読む]
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- 2008/01/12 13:48時代が呼んだ男1
- 念願の項目にやっと入ることが出来るようになりました。細部にわたるところは今後に委ね、出自と系図から書き始めました 阿部正弘にかかわらずどの時代も、時代の要請により神からの人物の配材により人は世に送り出される。 正弘も、八代将軍吉宗と同じく側室の子であり、高野具美子(くみこ)を生母として、父政精(まさきよ)の第六子として、江戸西丸下で生まれた。時に、文政二年(1819)十月十六日。これぞ神の采配とい... [続きを読む]
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- 2008/01/12 10:54初めての収穫
- 6月17日の写真の左側から2列目に植え込んだ茄子・3列目に植え込んだ「インゲン」と おくのほうに植えた胡瓜の初めての収穫が出来た、、収穫とはこんなにも心を騒がせるものなのか?胡瓜も、ナスも、インゲンも個性のある香りが強く柔らかく甘味は市販の野菜とまったく違う、、これが季節の味だと改めて幼い頃の食感をい思い出した(^_-)-☆[画像] 2007年7月10日 作付けして初めての収穫... [続きを読む]
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- 2008/01/10 10:30悩む植え付けの種類
- 6月25日残りの半分に何を植えつけるか思案中????これから虫が出る、鳥もよってくる、消毒はしない、まあ、虫の良い話で虫に笑われそうです(~_~;)[画像] 2007年6月25日現在残り半分思案中ヽ(^_^;)... [続きを読む]
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