エミール さん

エミールさん: エミールのダイヤモンド駄菓子
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プロフィール

ハンドル名エミール さん
ブログタイトルエミールのダイヤモンド駄菓子
サイト紹介文環境と地域生活と文化です。
参加カテゴリー
更新頻度情報提供44回 / 598日(平均0.5回/週) - 参加 2007/02/18 09:21

エミール さんのブログ記事

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  • 2007/12/26 09:37エミールの独り言「社会と子供の関わり」
  • 前回の(2007年12月15日)の続きを書きます。そのゲーム器が悪いのではなく、ゲームすること自体が、ゲーム器とゲームをやる子供が一人になるということです。もちろん複数の人がやるゲーム器もありますが、たいていはゲーム器とゲームをやる子供が一人「相手を意識する必要がない(ゲームをする行為の自分だけの存在時間でしかない)」になるという場合が多いと思います。と言うことは、他の子供達と一緒になる機会がほと... [続きを読む]
  • 2007/12/15 09:56エミールの独り言「社会と子供の関わり」
  • 前回の「エミールの独り言(教育其の三)」にも書きましたが、少年時代の私は大の勉強嫌いでした。母はわたしの顔を見るなり毎日、口癖のように、勉強はやったか、宿題は、と口喧しく言うのが日課でした。その母と私の時間がある程度経った頃、母は当時の商店街の中で自分の経営している衣料品店に行く為の身支度をイソイソしながら家を後に出掛けるのでした。その後の家には、私ひとりだけの、好きな、好きな自由な時間の天国でし... [続きを読む]
  • 2007/11/25 06:55エミールの独り言「教育其の七」
  • 前回に続いて、N先生の事をかきます。私達のクラスの生徒のある一人は、学生生活とは思えない様な不良学生がいました。その学生はすでに当時から、夜の水商売の女と同棲生活をしていて、月々の小遣いや生活費の一部は、彼女からの援助だったと思います。ヘタすれば今流で言うヒモです。当然、学校もサボリがちで単位数も足りなく、補習授業を受けることがたびたびでした。ですから、私達仲間からは、彼の将来は暴力団かヤクザにし... [続きを読む]
  • 2007/11/14 20:03エミールの独り言「教育其の六」
  • エミールの独り言「教育其の六」前回に続いて、N先生の家庭訪問関連を書きます。離島と言っても、本土の方には、ピントこれないかもしれませんが、その中の八重山は沖縄本島から450Kmの距離にあり、日本最西端にある与那国島は那覇からさらに530Kmですが、台湾からは110Kmの距離にあり、那覇よりも台湾に近いのです。そして、晴れた日には直に見えます。そして、与那国を沖縄の方言で「ドナン(渡難)」と言います... [続きを読む]
  • 2007/11/04 18:35エミールの独り言「教育其の五」
  • 前回に続いて、N先生の事を書きます。まず、N先生が取った行動が、生徒ひとり一人の家庭訪問を行ったことです。その家庭訪問に先立ち、N先生は、私達に、こう切り出しました「私は教師でもなければ又、君たちを教える資格がある訳でもない、ましてや若い君達がこれから大人(社会人)になるであろう若人のこれからの人生に影響を与えるであろうこの時期に、私が教壇に立つことは大変な思いがある。その君達の人間像を知る為にも... [続きを読む]
  • 2007/10/21 16:22エミールの独り言「教育其の四」
  • 前回に続いて、N先生の人間像について書きます。今、自分がなぜこの教壇立っているかの挨拶の説明を熱心にされていましたが、肝心の生徒は只、漫然と口を開いてポカーンと聞いているだけで、クラス全員が“なんだ、この先生”はというのが皆の感じでした。しかし、このN先生の生き方が大変変わっていて、当時の先生の年齢が40代になっていたと思いますが、このN先生は県内の高校を卒業後、軍作業員(現在の米国駐留軍雇用員)... [続きを読む]
  • 2007/10/16 20:41エミールの独り言「教育其の三」
  • 前にも書きましたが、少年時代の勉強嫌いは、その後の中学校時代も当然でしたので、中学校を卒業したら、社会に出て働くつもりでした。私は一人っ子で、父親もいなく、しかも、長男でしたから母親からは、何としても、私に対しては高校だけはいって欲しいと母の「たっての」願いで、シブシブ高校の電気科に、どうにか入学することができました。その高校時代の学生生活の中で或った出来事で切実に思ったことは、教える教師と言う者... [続きを読む]
  • 2007/10/09 08:11エミールの独り言「教育其の二」
  • 前回に続いて、教育に関しての私の事を書きます。少年時代の私は、勉強が大嫌いで、頭も悪い、悪い。とにかく、本を見て物事を覚えると言うことが大の苦手であり、子供心に、なんでこの世に勉強というものがあるのか、神様を随分、恨んだものです。それもそのはずで、母は、私の顔を見るなり毎日、口癖のように、勉強はやったか、宿題はしたか、と同じ事を何度も言うものだから、こちらも、毎日のパターンを、ない頭で、すっかり認... [続きを読む]
  • 2007/10/01 05:43エミールの独り言「教育其の一」
  • 教育を辞典で引くと、教えを育てること。人を教えて知能をつけること。人間に他から意図をもって働きかけ、望ましい姿に変化させ、価値を実現する活動。そして、教育という言葉も「学校教育」「社会教育」「家庭教育」と書いてありました。昔から、人の生き方に「金を遺すは、下の下。仕事を遺すは、中の中。人を遺すは、上の上。」という諺があったように覚えています。私流に解釈すれば「お金(財産)は、一代限り。仕事(事業)... [続きを読む]
  • 2007/09/23 17:19エミールの独り言「皆の歌」
  • 最近は、皆で手をつないで輪になって、一緒に唄う歌声がない、私の高校生の頃、沖縄では日本復帰運動の盛んな時代でもあり、よく歌われたのは「沖縄を返せ」の歌がよく聞かれたものである。今はやりの、歌は、たいていが個人のパフォーマンスばやりの自己満足に酔いしれるタイプが多いような気がする。具体的に言うと、歌手の唄と聞く人との間に糸で結ばれていて、一人であれ、百人であれ、個人と歌手が一本の糸のみでしかなく、残... [続きを読む]
  • 2007/09/10 09:16エミールの独り言
  • 前回の続きを書きます。あなたと言う人間の生き方、信念、信条、そのことが、現在と、未來に繋がっていくのです。間違いなくあなたと言う人間の光輝く、人生と言うダイヤモンドの時間があったはづです。でも、いつかは、そのダイヤモンドの原石である人間も又、消滅するのは避けられないのです。もちろん、原石のそのままでは、世間の中に埋もれてしまい、輝くどころか、どこにあるのかさえ、それさえもわからないのが普通です。大... [続きを読む]
  • 2007/08/31 08:04エミールの独り言
  • 私の小学校3~4年生の頃には、駄菓子屋に行って、10円か50円ぐらいの、つまらないと思えるような駄菓子を買うのが、子供の頃の楽しみでした。それと、いつかは小遣いを貯めて、ポッケト一杯に駄菓子を詰め込んで、腹一杯に、あれこれと食べてみたいのが夢でした大人から見れば、つまらない、ささいなことに思われるかもしれませんでも、子供にとっては、それが即、叶えられる、小さな、小さな夢(時間と空間)だったのです。... [続きを読む]
  • 2007/08/26 11:21エミールの独り言
  • 時間は、人生においてダイヤモンドに等しいのです。小粒であろうと、大粒であろうと、です。そして、そしてダイヤモンドの光の輝きは、その時間(ダイヤモンド)をいかに磨いてきたかに懸かわっているのです。そして、あなた、という一個の人間の光を放つ時間というダイヤモンドの人生なのです。一日、一年をどう磨いてきたか、それを考えるのが人生という時間のダイヤモンドがあなたに、与えられているのです。短かかろうが、長か... [続きを読む]
  • 2007/08/17 06:00エミール
  • エミールは、ルソーの「万物をつくる者の手を離れる時は全ては良い物であるが、人間の手に移ると全てが悪くなる」と言う冒頭の言葉が示すように、「ルソー」一流の自然礼賛の書のタイトルを借用したものです。最近の地球環境の悪化の原因とも言われている温暖化の防止策の一つでもある、京都議定書にしても、真っ先に反対したのはアメリカでした。しかし、そのアメリカで自然破壊に警告した先駆書として、その後、全世界に大きな影... [続きを読む]
  • 2007/08/11 16:10エミール
  • 今日は、私のblogトレードマークの、この花について一言。花の名前「(和名)紫かたばみ、多年草、南米原産」ですが、沖縄の方言では、一般的には「ヤファタグサ(草)」と呼んでいます。この花は、何処にでもある、多年草の花ですが、この何処にでもあるということが、大切なことだと思います。ランやバラのように手入れが大変でもないですし、又、特種なな希少価値のある花よりも、この何処にでもある雑草的な価値が大事だと... [続きを読む]
  • 2007/07/24 19:46ウフフのかりゆし「沖縄の7月の情景」
  • 今回、ふと通りがかりに「オッヤ」と見て、思わずおかしくなった会社名と、某、住宅壁面に書かれた名称を撮りました。この二枚の写真の文字は、沖縄県内では、つとに知られている名称です。一枚目の写真の「ヨナカ商会」は、もちろん、昼間営業しています、とのことです。二枚目の「犬寝る(KEN NEL)」は、英文をそのまま、当て字にしたものですが、本来の意味は、犬小屋だそうですが、昔の日本住宅の大きさを外国人が、ウ... [続きを読む]
  • 2007/07/17 07:24ウフフのかりゆし「沖縄の7月の情景」
  • 7月の本格的な夏本番のここ沖縄ですが、同時に、毎回定期的とも思える台風シーズンでもあります。今回の台風4号で、我が家も,家内が唯一楽しみにセッセト育てたガーデニングが片っ端らやられてしまいました。ただ一つ救いは、地震と違い進路コースの予測ができますので、事前対策出来ることです。しかし、そうは言っても台風対策や台風通過後の後片付けが、これまた、大変です。写真の上が、台風前の我が家の風景です。そして、... [続きを読む]
  • 2007/07/08 07:12ウフフのかりゆし「沖縄の7月の情景」
  • 沖縄の夏本番の季節ですが、沖縄と言えば、青い空、青い海、そして、シーサ(家の魔除け)と思いますが、この暑い中で顔と似合わず面白いポーズのシーサを撮りました。上の写真は、某結婚式場の道路沿いに、高さ3メータ余りのシーサの像ですが、どう見ても素人の方が制作されたものと思われますが、これがかえってキャラクターとして面白いのではないのでしょうか。同じく、下の写真も、ある家の正門の屋根瓦の上にあるシーサです... [続きを読む]
  • 2007/06/28 20:06ウフフのかりゆし「沖縄の6月の情景」
  • ここ沖縄も梅雨が明け、6月も終わり、これからは、沖縄の一番輝く、夏本番の7月に入ろうとしている、今日この頃の季節です。そのシーンの一部を撮ったものです。エミールより。今、まさに咲きかけようとしているアサガオです。そのアサガオが一斉に咲いた時です。アサガオとは対照的なホウオ木です。南国独特かつ、野性的なソテツです。花のことは、詳しくないので、パス。... [続きを読む]
  • 2007/06/20 23:57ウフフのかりゆし「沖縄の6月の情景」
  • 再び、私の「ふるさと」嘉手納町の比謝川の風景です。上は、堰き下流域の風景です。中は、その下流域の上にある西洋的な家ですが何となくドイツ的です。下は、昔の比謝橋の模型造です。... [続きを読む]
  • 2007/06/07 07:08ウフフのかりゆし「沖縄の6月の情景」
  • ふるさと嘉手納町の比謝川(ヒジャガワ)について。町面積の約8割近くが、米国空軍基地になっている嘉手納町ですがその嘉手納町には、沖縄県内の名川である比謝川があります。この川に架っている橋が有名な比謝橋(ヒジャバシ)です。現在は昔の面影もなく、ただの国道58号線になっていますが比謝橋と言えば、かの有名な三大女流歌人「琉歌・吉屋チルー、恩納ナビー、北谷真牛(チャタン・モウシー)」の一人と言われ、吉屋チル... [続きを読む]
  • 2007/06/03 08:55ウフフのかりゆし「沖縄の6月の情景」
  • 前回に続いて、私の「ふるさと」嘉手納町を書きます。写真の一つに、赤瓦風に見える家々は、米国軍人の家族の建物です。35年前も、今もその風景が変わらないままの今のこの写真にビックリするのと、一方の民間地域にある写真の風景がとってもアンバランスに映るのは、何かしら不自然です。この小さな島に米国の価値観を持ち込んでいることに大変不思議です。これが、35年たった今でもある私の「ふるさと」嘉手納町です。エミー... [続きを読む]
  • 2007/05/29 17:59ウフフのかりゆし「沖縄の5月の情景」
  • 前回に続き、今回も私の「ふるさと」沖縄につて書きます。私が小学校1年から高校2年の初め頃まで住んでいた嘉手納町の現                              在の変化しようとしている今を、写真で見ていただけたらと思って                              います。特に沖縄県では、地名的に有名な「嘉手納ロータリー」                        ... [続きを読む]
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