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- 2008/07/24 22:12諏訪の上社、前宮。
- 信濃國一之宮。諏訪大社 上社 本宮より東へ約2キロメートルの場所に鎮座されておりますのが、諏訪大社 上社 前宮で御座います。諏訪大社の本宮と前宮、両上社は御神体を持たず、御祭神の子孫とされる神別の大祝…つまり、人間を神として祭祀を行ってこられたという独特な信仰が伝えられます。大祝には8歳の童男が定め祀られ、大祝に就くと その間は清浄を旨とし、郡外へ出る事が禁じられたそうで御座います。前宮は、その大 [続きを読む]
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- 2008/07/23 23:09諏訪の上社、本宮。
- 信濃國一之宮 諏訪大社は、諏訪湖の南北に2社ずつ4ヶ所に分かれて鎮座される、独特の形式から成る御宮様で御座います。上社は 諏訪市中州の本宮、茅野市宮川の前宮、下社は 諏訪郡下諏訪に春宮と秋宮が それぞれ鎮座されており、4社を合わせて“諏訪大社”と総称されております。全国に1万有余社存在する諏訪神社の総本社で御座いますね。信濃國といえば、木曾義仲様との御縁の深い土地。平安末期から鎌倉期にかけて、この [続きを読む]
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- 2008/07/22 23:17うつのみやの神様。
- こちらは、栃木県宇都宮市の二荒山神社。同じく栃木県の日光市にも二荒山神社という同名の神社が御座いますが、日光の二荒山神社は“ふたらさんじんじゃ”、宇都宮の二荒山神社は“ふたあらやまじんじゃ”と読み、御祭神、御由緒等も全く別の神社であるといわれております。然し、宇都宮氏が座主になる以前までは、日光社と縁の深い下毛野氏と姻戚関係であったといわれ、また両社ともが古くより関東の大社として崇められていた事か [続きを読む]
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- 2008/07/21 23:02女御様を祇園に留める御堂跡。
- 京都府京都市東山区祇園――。八坂神社の忠盛燈籠の傍から円山公園に抜け、枝垂桜さんの所を売店側へ右折し、そのまま公園の外を少し直進した丸山音楽堂の向かいに、祗園寺さんという新しい真新しい御堂が御座います。一見、とても綺麗な御家のようでも御座いますが、こちらは祗園女御様の開かれた尊勝寺阿弥陀堂を前身とする宗教法人 阿弥陀堂という納骨堂。811年の時を経て祗園女御様を今に伝える御堂として…そして、祗園の一等 [続きを読む]
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- 2008/07/20 23:37太田川の流れに、時の重なりを聞き。
- 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町大野地区には、四季を通してアウトドアを楽しめるオートキャンプ場 円満地公園が御座います。色川郷までの道程を調べていた時、どの地図にも この公園が表示されておりましたので、きっと大きな公園なのだろうなぁと思い、こちらを目標に色川方面へと車を走らせました。史跡を巡らせていただいた帰り道、折角ここまで来たのだし…という事で、少しだけ園内を散策させていただく事に致しました〜。 [続きを読む]
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- 2008/07/19 23:38棚田織り成す山里に、
- こちらは 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町色川地区の大野集落中心部に御座います、那智勝浦町役場 色川出張所さん。南平野桧曽原、口色川の清水氏館跡、宝泰寺さん、そして大野の色川神社を廻らせていただいた後、こちらの1室を御貸しいただきまして、町史や旧村史等を拝見させていただきました。平維盛様は屋島の平家陣を抜け、高野山で御出家、熊野三山参詣を済ませた後に那智沖にて入水して果てられたと平家物語には語られて [続きを読む]
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- 2008/07/18 23:45大野の奥山に息をひそめ。
- 平維盛様の隠棲伝承が伝わる、紀伊国の色川郷。桧曽原の的場家を経て口色川に入られたといわれる維盛様は、その後3年の間、人里離れた山奥に要害を築き、生活なさったといわれております。 藤綱の要害跡 平維盛、那智の海に入水といつわり太地、太田を経て色川郷に入り、ここにかくれ住むこと三年と伝える所。大野の中心より西北約四・〇キロメートルの山中にある。 (那智勝浦町史による)藤綱の要害 ... [続きを読む]
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- 2008/07/16 23:35終わろうと 続いてゆくもの、ゆかぬもの。
- 紀伊国 熊野那智の後背に位置する、色川郷。口色川の清水氏館跡から見える小高い場所には、平維盛様の御子孫と伝わる色川清水家の菩提寺 宝泰寺さんが御座いました。道路脇より続く石段を上って行きますと、間も無くして見事な出立ちで構えられる山門が出迎えて下さいます。御参道の石段には、所々に青々と茂った草花が茎を伸ばしており、普段は余り訪れられる方がいらっしゃらないのかな…という印象を受けました。宝泰寺 ... [続きを読む]
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- 2008/07/15 23:33口色川の御館は今、
- 屋島の陣を抜け、高野山で出家の後に熊野三山を参詣し、その御最期を那智沖 山成島にて迎えられた筈の平維盛様。然し、紀伊山地には その後の維盛様の形跡や、それにまつわる伝承等が至る地域に遺されております。熊野那智大社後背地の山間部に位置している、色川郷も その1箇所。寿永3(1184)年、山成島での入水を行われなかった維盛様は、太地の水の浦に上陸。市夜にて一夜を明かし、筑紫、中ノ川を経て、南平野の地に至り [続きを読む]
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- 2008/07/14 23:28頼盛様に維盛様、残香かほるは ひそらの地。
- 和歌山県那智勝浦町色川地区には、古くより平維盛様の隠棲伝承が語り継がれ、その御子孫といわれる御家系も現在まで存続されておられます。 平維盛の熊野落平維盛は一門と共に一たひ屋島に落ちたりしか、前途を悲観したりけん、従者阿波守宗親を具して、□に屋島を逃れ出て、元暦三年三月十五日高野山に上りて、其の□臣の僧となれる瀧口入道に邂逅し、夫より山伝に熊野に忍ひ入り、三山を拝し、那智の沖山成島に渡り、入水 ... [続きを読む]
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- 2008/07/13 23:13いけどのゝ みすにふかまる 涙とて。
- □ 平 頼盛(たいらのよりもり) □生 年:長承2(1133)年 没年月日:文治2年6月2日(1186年6月20日) 父 :平忠盛 母 :藤原宗子(藤原宗兼女/池禅尼) 兄 弟:兄…清盛(異母)、家盛、経盛(異母)、教盛(異母) 弟…忠度(異母) 妻 :八条院女房(法印寛雅女)、大納言局(俊寛姉妹) 子 :保盛、為盛、仲盛、知重、保業、光盛、静遍、女(藤原基家室)、女(平清宗室) 通 称:池殿、池大納 ... [続きを読む]
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- 2008/07/13 22:31色川郷の産土神様。
- 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町の色川郷。口色川より色川地区の中心部を目指して進んで行きますと、川沿いの道路脇に、色川郷の産土神様として御祀りされる色川神社が御座います。色川神社は、古くより この地に御祀りされる御社であったようで御座いますが、こちらには平維盛様の御霊、もしくは平家御一門の方々を合祀されているという言い伝えもあるそうで御座います。静かな境内には、傍を流れる川のせせらぎが絶え間無く響 ... [続きを読む]
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- 2008/07/12 23:03忠度様まっしぐら!
- この3月に運転免許を取得してからというもの、毎月1度は熊野を車で走るようになった私。恐い目には何度か遭遇しておりますが(…)色々と道も覚えられますし、バスでの移動が減った分、自分のペースで行動出来るようになった事を何より嬉しく感じております。そんな ここ数ヶ月の熊野ドライブで気付いた事。私って、こんなに目敏い人だったかしら…というような出来事が、かなり増えたように思います。…そういえば、山形での教 [続きを読む]
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- 2008/07/11 23:46不老長寿の霊薬求め、上りし陸はくまのゝ新宮。
- 和歌山県新宮市新宮。JR新宮駅近くには、2300年の歴史を今に伝える徐福公園が御座います。新宮といえば、速玉大社という印象の強かった私は、御恥ずかしながら当初 徐福公園の事を存じておらず…はじめて新宮を訪れた時に、何だか沖縄っぽい…と申しますか中華な雰囲気を醸し出す この楼門を目にして、ここは一体 何の施設なのだろうかと疑問に感じてしまいました;///以前、同じく新宮市内の阿須賀神社について記した際、阿須賀 ... [続きを読む]
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- 2008/07/10 23:27権現川原に生まれた川原家を今に、
- 和歌山県新宮市――熊野速玉大社の直ぐ傍に、何だか素敵な佇まいで並ぶ御土産屋さんが…!熊野に来始めた頃は無かったと思うんだけどなぁ…と、半年位前から 気になっていたのですけれど、変なところが小心者な私は中々 近付く勇気が出せず;先月下旬の熊野詣では、東京で御知合いになった けいこさんと那智山で合流致しまして、その翌日の午前中も一緒に那智山と新宮を廻らせていただきましので、これはチャンス!!とばかりに、け [続きを読む]
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- 2008/07/09 23:52梅雨時那智山。
- 熊野に魅せられて、2年半が経ちました。あれから、時間を見付けては ちょこちょこと熊野へと通うようになり、それでも未だ後白河院の参詣記録には及ばぬ程度で御座いますが(笑)、足を運ぶ度に得られる新たな発見が嬉しく、益々熊野を好きになっていくばかりで御座います。前回の参詣は先月下旬――梅雨時に熊野を訪れるのは これが初めての事で御座いました。私は熊野を訪れる際には必ず三山を御参りする事に決めておりますが、 [続きを読む]
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- 2008/07/08 23:43いしはしる たきにまかひて なちやまの たかねをみれは はなのしらくも
- ↑那智山でダントツ人気の記念撮影スポット、青岸渡寺境内より望む 那智の滝と三重塔で御座います。大門坂を登られて那智大社に参詣し、青岸渡寺を御参りされる方々は、ここへ来て初めて御滝を直視される場合もあるようで(それ以前にも見える場所は結構あるのですが、御参道の石段を上られるのに必死で御気付きに なられない方も多いようで…でも、矢張り 遠目に御滝が綺麗に見る事が出来るのは こちらで御座いますね♪)、いつも ... [続きを読む]
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- 2008/07/07 23:45ほしあひの 晩にをつるは 催涙雨。
- 本日は、七夕で御座いますね。良く利用する駅の改札前に設けられた竹に、子供達が御願い事を書いた短冊を沢山吊るしているのを拝見し、あぁ何だか久しいなー…と寂しく感じております。東京に出た最初の年は とにかく追われる日々にイッパイイッパイで…思い出そうにも、さっぱり記憶が御座いませんので、恐らくは七夕がいつであったのかすら当時は考えられなかったのでは無いかなぁと思われます;その翌年…一昨年は神田明神の七... [続きを読む]
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- 2008/07/06 23:26あちさゐの はなのよひらに めくるつゆ。
- 神奈川県鎌倉市長谷は、観光地としても人気のスポット。何故だかハワイアンな御店が多く立ち並んでいる事が不思議でならないのですが…きっと、海が近いから伝説のビックウェ〜ブを狙う湘南サーファーさん方 御用達の御洒落ストリ〜トなのだわ!と勝手な解釈をしながら いつも歩いております(笑)そんな長谷の名所といえば、矢張り 高徳院の長谷大仏様…そして、毎年梅雨前後の頃には“紫陽花寺”として賑わう長谷寺さんで御座いま [続きを読む]
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- 2008/07/05 23:21うみを見渡す長谷の御堂に惹かれつつ、愛でる華花うつくしきことかな。
- 紫陽花の季節になったら、鎌倉の長谷寺さんについて書こう〜♪……と前々から決めておりましたのに、気が付けば もう文月;ちょっと遅いのでは無いかね?と自分に突っ込みたい気持ちをさり気無〜く遠ざけて、本日は 紫陽花寺として大変有名で御座います、長谷寺さんについて記したいと思います(笑)長谷寺さんといえば、“御花の御寺”さん!眼下に町並と海を眺望出来る散策路に咲き乱れる紫陽花が絶景を更に盛り上げる事が特に有 ... [続きを読む]
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- 2008/07/04 23:33その微笑みは、百の媚ある絶世美女のものにて。
- □ 祗園女御(ぎおんのにょうご) □生 年:不詳没 年:不詳 父 :不詳 母 :不詳 妹 :女(白河院愛妾)? 夫 :源仲宗?、源惟清?、白河院(※愛妾として)→平忠盛 子 :平清盛(実子 or 猶子?)、藤原璋子(養女)、仁和寺塔頭威徳寺僧(養子)? 諱 :不詳通 称:祇園女御、白河殿、東御方祇園女御様の存在は平家物語の他、吾妻鏡、中右記、今鏡 等に伺う事が出来、歴史上に実在された人物に相違御座いませんが [続きを読む]
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- 2008/07/03 23:59誠心を貫く嘘に、味方する神様。
- こちらは、京都 八坂神社 境外社の四条御旅所。河原町付近からバスで京都駅へと向かう時は、この東殿の直ぐ目の前に御座いますバス停より乗車致します。色々な方面へ向かうバスが ここを経由致しますので、いつもバスを待つ人の列と 街中を行き交う人の波で混み合っている印象が御座いますが、夜間は御旅所の灯りが優しく周囲を包み込んで下さっているような心地がして、何となく喧騒や疲れも気にならないような感じにさせられま ... [続きを読む]
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- 2008/07/02 23:51みやこびと 集ふは祇園の みなもとへ。
- 京の“祇園社”こと、八坂神社。私は3年前まで関西に住んでいたのですが、当時は毎週1〜2回程度は京都の町を歩き回っておりました。源平の史跡を巡ってみたり、丁度浮気中だった幕末の史跡を巡ってみたり(笑)それから、移り変わる季節の色々を撮影してまわったり。阪急沿線に住んでおりましたので、四条河原町から祇園、清水の辺りまで、目的も無しに まったり〜と散歩をする事も多く御座いました。ですので、祇園さんへも数 ... [続きを読む]
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- 2008/07/01 23:51禊する こよひは夏の みなせかは ちのわ潜りて 流るる撫物
- 本日より文月で御座いますね〜。いつもの事ながら、もう1年の半分が過ぎてしまったのかと思うと、妙にアタフタとしてしまいます;歳月の経過は非常に早いもので御座いますが、それでも1日が24時間では少なすぎる〜と実感出来る日々というのは、ある意味とても充実した毎日という事なので御座いましょう…ゆとりが無いといってしまえば それまでの事なのですが(苦笑)さてさて。昨日は夏越大祓の日で御座いました。大祓は6月 ... [続きを読む]
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- 2008/06/30 23:43万人が座せる断崖より望むもの。
- こちらは沖縄県国頭郡恩納村に御座います、沖縄海岸国定公園内の岬 万座毛。同じ東シナ海に面している読谷村の残波岬と共に、夕陽が綺麗な景勝地として広く知られれておりますね。私は沖縄本島南部の地からしか夕陽を眺めた事が無いのですけれど、何処までも続く海と空、そこに浮かぶ雲が朱く染まって、そして それが次第に夜の静寂へと消えていく様子を、時間を気にする事も無く ただじっと眺めていられる事に いつも感動させら ... [続きを読む]
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