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- 2008/08/18 14:49雨降り石
- 石浜には雨に霊験あらたかとして信じられてきていた「雨降り石」と呼ばれる石があります。 旱魃で田畑や飲料に被害が出ると、近在だけでなく遠くからも、この石の所に雨乞いにやってきた人達がいたそうです。漁村の地元よりも農村部の人達により厚い信仰を受けていたといいます。 雨乞いは手をあわせただ祈るだけでなく、石を叩かなければなりません。しかし、それをした者には死や命にかかわるほどの災難が訪れると云われてきまし [続きを読む]
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- 2008/08/06 14:02石浜
- 宮ヶ崎に隣接して女川港の北岸東はじに「石浜」があります。 ここも鷲神浜、女川浜、宮ヶ崎同様、海岸平地のほとんどが埋立てによってできた土地です。ここは日本水産女川工場を中心として一大水産加工団地が形成され、活気のあった地区でした。しかし日水女川工場が大幅に縮小された事によってかつてのようなにぎわいも失われた感があります。 日水女川工場は鯨を水揚げ、解体、加工する工場でもあった事から、女川港はかつては捕 [続きを読む]
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- 2008/07/28 13:50宮ヶ崎
- 女川浜から国道398号線を通って女川の川を渡ると、そこは「宮ヶ崎」という地区です。海岸沿いに平地がありますがそのほとんどは埋立地で、そこには女川の産業の基幹である魚市場が立ち、周辺には水産加工場が立ち並んでいます。 埋立てによって地形が変わってしまいましたが、昔は女川河口左岸で魚市場の背後にある山の尾根は、女川浜方向に突き出して岬状になっていました。その付近に神社があった事から宮ヶ崎という地名になった [続きを読む]
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- 2008/07/25 12:33回復
- いやあ、久々にパソコンに向かっています。 この1カ月ほど、もうさんざんでした。 前回の記事を書いてからすごく心配になって、もう1度検査をしてもらったところ、誤嚥性の肺炎だといわれました。そのため1週間、毎日点滴しに病院に通うはめになってしまいました。 体がだるくなったり、気力が失われたりしたのは、肺炎で体が弱まったところに、暑さが来たため、ばてたんじゃないかという事でした。暑いの大好き人間の私が、夏 [続きを読む]
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- 2008/07/10 13:16からだがおかしい
- ここんとこ調子が悪いのです。 そう、あの岩手・宮城内陸地震で親戚の家の片付けに行ってきて以来、身体が、精神的にも、どうもおかしいのです。 全身がだるくて、動かすだけでも億劫で、咳が出て、胸が痛くて、関節も時折痛む。何をやるにも身が入らなくて、仕事では同僚に注意ばかり受けている。 もしかして片付けの手伝いの時、埃をかぶったりしたので、それが肺に入ってこんな風になったのかなと思ったりして、 先週一応かかり [続きを読む]
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- 2008/06/27 14:05三十三観音遊歩道
- 女川町には歴史的・宗教的観光名所というのがあまりないのですが、そんな少ない中でも1番の名所といえるのが三十三観音遊歩道です。 女川町の中心街である女川浜と鷲神浜を画する堀切山(女川山)の尾根に沿った2km近くの遊歩道内に、高さ50cmほどの卵型の石に観音像の刻まれた碑が並んでいます。 遊歩道入口はJR女川駅の南西に徒歩10分ほどの所にあります。入口の薄暗い沢岸に霊験あらたかといわれる浪切不動尊があって、まずこ [続きを読む]
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- 2008/06/23 13:45地震の前兆?
- 今回はブログのテーマから外れた事を書かせていただきます。 6月14日の岩手・宮城内陸地震で被害にあわれた方にはお見舞いを申し上げます。 私は次の日の日曜日と月曜日に被害のあった栗原市内の親戚と友人の家の後片付けに行ってきました。棚にあった本や食器類、飾り物はすべて外に飛び出していて、、床は足の踏み場もない状態でした。もう本当に悲惨な光景でした。その次の日は疲れからか風邪をひいてしまって3日間、具合が悪 [続きを読む]
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- 2008/06/09 13:33日蕨
- 女川町の中心地・女川浜内に日蕨(ヒワラビ)という所があります。女川の中流にあって、北部は畑や荒れ地が多くて人家が少なく、南部は住宅地になり清水町と名を変えています。 私は、日蕨の地名は女川の名の由来に関係しているのではないかと思っています。 一般的な考えをすれば、日蕨は焼畑がおこなわれていた事をあらわした地名という風になるかと思います。焼畑の地で蕨などを収穫をしていた「火蕨」、あるいは「火荒らし」で [続きを読む]
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- 2008/06/04 10:44女川と北女川
- 女川町の中心部から13km北に石巻市北上町女川(オナガワ)という所があります。ここは2005年の大合併以前は桃生郡北上町橋浦の一地区でした(古くは女川村だった)。昔は南隣の郡の牡鹿郡にも同名の女川があるという事で、「北女川」とか「橋浦女川」と呼んで区別されていました(女川町の方は「牡鹿女川」)。 (北上町)女川はその東、坂下囲にある「女石」から地名が付けられたとされています。“女”の字形がある周囲4尺5寸 [続きを読む]
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- 2008/06/02 14:00女川の地名由来 本編
- 女川の地名由来を本格的に考えていきたいと思います。 女川の川はもちろん水の流れる川ですので問題ないと思いますが、「女(オナ)」が一体何なのかという事をここでは考察していきたいと思います。いくつか唱えられている地名由来と私がまた勝手に考えたものを以下に列挙します(参考文献:『地名の語源』『日本地名語源辞典』『日本地名大辞典』『地名の由来』他)。1.「オ(小)・ナ・川」 ナは場所や土地をあらわし、小さな [続きを読む]
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- 2008/05/27 15:01女川の地名由来 女川はこんな川
- 女川(オナガワ)という地名は全国にいくらか見えます。女(オナ)が小名や尾名、御奈となっている所もありますし、川でなく浜や崎、田、坂などが付く類似地名を探しますと、全国各所にみられ意外に多くある事を感じます。 地名由来を考える前に、まずは女川という川がどんな川なのかを見る必要があると思いますので女川を概観してみます。 女川町の北西にある雄勝(オガツ)峠から発した清流は鳴野川となって南へと下って行きます [続きを読む]
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- 2008/05/21 14:42女川
- 宮城県牡鹿郡女川(オナガワ)町。人口約1万1千人、面積約66.2平方?。宮城県の東端、牡鹿半島の基部に位置し、海岸は典型的なリアス式海岸をなし、平地が極端に少なく山がちな地形をしています。北東沖には出島、南東沖には江島列島の島々があります。沖合いは黒潮と親潮のぶつかる潮目で漁場となっている事から女川港は漁業基地として発展してきました。近海だけでなく、遠洋漁業、また養殖も盛んにおこなわれています。工業は [続きを読む]
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- 2008/05/12 13:00高白浜の地名由来 3
- 前回は長々とちょっとひねくれた意見ばかり書きましたが、今回は素直に一般的観点からの地名由来を書かせていただきます。 「タカシロ」という地名の由来をみた場合、普通にいわれるのは、高い所にある水田の「高代」、高い所にある城館の「高城」、こういう風に考えるかと思います。ただ実際の高白浜にあてはめると、前回にも書きましたが稲作はほとんどなされていなかったようですし、畑も僅かばかりでした。また地区内には城や [続きを読む]
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- 2008/05/07 14:00高白浜の地名由来 2
- 高白(タカシロ)浜の近在には4月23日付「小乗浜の地名由来」で記したようにワシやタカの名の付く所があります。鷲神(ワシノカミ)浜や小乗(コノリ)浜の他に高崎山、高郷山、高辺崎、鷹取場など。もし、高白浜の地名由来が鷹と関係しているとするならば、「鷹匠(タカジョウ)」からきているのかもしれません。鷹匠がこの地に住んでいて付近のタカの名の付く山などで鷹狩りをしていた。高白浜の南西にある大六天山の鷹取場は鷹 [続きを読む]
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- 2008/04/30 13:00高白浜の地名由来
- 『安永風土記書出』には、この地に「緑丸」と言われていた鷹が巣をつくっていたので「鷹白浜」となり、今の高白の名に変わった、というような事が記されています。 これは小乗浜のコノリ地名由来とほとんど同じで、鷹の一種から地名が生まれたというものです。 高白浜の地名の由来のもととなった緑丸とは一体何ものでしょう。これは北九州地方の伝説で、浄瑠璃や歌舞伎にもなった「百合若大臣」の話に登場する緑丸の事なのかもしれ [続きを読む]
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- 2008/04/28 13:33高白浜
- 小乗浜から南東へ直線距離で2?離れた所に高白(タカシロ)浜があります。小さな入り江が北東方向に向いている以外は、すべて急峻な山で囲まれている平地のほとんどない小さな漁業集落です。住民のほとんどはカキ、ホタテ、ワカメ、ギンザケなどの養殖にたずさわっていますが、産業形態は女川町内の他の浦・浜集落とほとんど変わりないものです。 女川と石巻市大原(旧牡鹿町)を結ぶ県道を大原の方に向い、小乗浜を過ぎると高白... [続きを読む]
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- 2008/04/23 11:09小乗浜の地名由来
- 鷹の一種に「コノリ」と呼ばれるのがありますがご存知でしょうか。漢字では「兄鷂」と書きます。図鑑の索引を見ても載っていないでしょう。「※ハイタカ」のところを見て下さい。ハイタカのオスの事を古い言葉でコノリと言っていました。俳句の秋の季語にもなっています。小乗(コノリ)浜の名はこのコノリに由来するといわれています。西隣の鷲神浜、南隣の高白(タカシロ)浜もワシ、タカの名前が付くところから、この一帯は鷲... [続きを読む]
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- 2008/04/21 14:15洞穴野郎
- 2007年3月3日付の記事に紹介した“洞穴野郎”の友人の事をまた書かせていただきます。浦宿浜の防空壕を探検したあと「万石浦岸に洞穴の並んでいる所があるらしいから一緒に行こう」と誘われたのですが、さらにその後、今度は「女川港の近くに洞穴があるから探検しに行こう」と言ってきました。私はその頃大変忙しかったので断ったのですが、いく月か経って彼と会った時、その洞穴を見て来た話を聞かされました。 彼はひとりで行... [続きを読む]
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- 2008/04/14 14:28小乗浜
- 小乗(コノリ)浜は鷲神浜に隣接した女川港南東端に位置する集落です。かつては鷲神浜とは121mの山が岬となって海に迫り隔絶されていましたが、女川港の護岸整備の埋め立てによって連接された形になりました。 集落は南から流れ下る川(沢)の小さな沖積地にあり、ほとんどが水産関係や原発関係に従事する人の住む民家やアパートの密集地になっています。 この集落内にあるもので特筆すべきものは、東北大学農学部水産実験所です... [続きを読む]
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- 2008/04/07 13:47鷲神浜の地名由来 4
- 小乗浜と高白浜の二渡神社の祭神はイザナギ神とイザナミ神です。同じ名の二渡神社や、庭足、鬼渡などと書く神社の中には違う神を祀る神社もあります。その中に地を守る神である「阿須波(アスハ)神」が祀られている神社があります。阿須波神は大年神の子です。阿須波は崩れた崖(アズ、アス)の意で、兄弟神には大山咋(オオヤマクイ)神がいてクイは一般に杭の事と言われますが、崩れるの意のクエをさすともいいます。ここから... [続きを読む]
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- 2008/04/01 14:31鷲神浜の地名由来 3
- 鷲神(ワシノカミ)浜の南東隣に小乗(コノリ)浜、その隣に高白(タカシロ)浜があります。このふたつの集落には二渡(ニワタリ)神社があります。この神社は全国各地にみられ、フタワタリ、ニワタシと読むものがあったり、類似のものでは庭足、荷渡、鬼渡、水渡といったものや地名にもあります。 これらの神社や地名は海や湖沼、川の近くに多くみられ、海に囲まれた牡鹿半島地域には他に大石原、竹浦、福貴浦、竹浜、清水田浜、... [続きを読む]
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- 2008/03/28 14:44鷲神浜の地名由来 2
- 鷲神(ワシノカミ)浜についてハジカミ説、階の上説、土師の神説、斉神説、門神説と5つの地名由来を前回の記事で提示しました。その中で土師の神説についてもう少しふれてみたいと思います。 埼玉県に鷲宮(ワシミヤ)という町があります。ここには関東最古の大社である「鷲宮(ワシノミヤ)神社」というのがあります。アニメ『らき☆すた』で有名なのでご存知の方も多いと思います。また東京都足立区花畑には「大鷲神社」があり... [続きを読む]
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- 2008/03/24 13:17鷲神浜の地名由来
- 前回は鷲神(ワシノカミ)浜の言い伝えられている地名由来について記しましたが、あの話は一説として考えられなくもないとは思います。しかし、どうも話がそう古くないもののようで、いまひとつ確信性がなく、地名がすでにあってあとから作られた話のように思えるのです。 で、私はいつものように勝手に地名由来を考えてみました。1.ハジカミ(山椒の事。生姜をこういう事もある)が多く生育する所からきている。この辺りは沿岸... [続きを読む]
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- 2008/03/15 13:56鷲神浜
- 女川町の牡鹿半島基部にあって、西は浦宿浜に接し東は女川湾に臨む地区が鷲神浜です。鷲神浜は女川町内の地区では最大の人口を有し、女川町の中心市街地のひとつとなっています。しかし、それは明治以降の発展によるもので、地区内の平地のほとんどは海を埋め立てたもので、住宅地域となっている南側、望郷山北麓斜面もかなりあとから家が張り付いたものです。江戸期以前は他の地区とさほど変わらない一寒村にすぎない所だったので [続きを読む]
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- 2008/02/25 13:18幻の運河
- 宮城県には日本最長の運河があります。貞山運河(貞山堀)と言われているもので、仙台湾に沿って岩沼市の阿武隈川河口から塩釜港(御舟入堀)に至り、松島湾を抜けて東松島市東名から鳴瀬川河口西岸(東名運河)、鳴瀬川河口東岸から石巻市旧北上川(北上運河)までの46kmにも及ぶものです。 伊達政宗の時代から始まり明治時代まで数度の延長工事が続けられて、その間に米をはじめとした物資の輸送路、灌漑用水路等として利用され... [続きを読む]
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