宍戸隆一 さん

宍戸隆一さん: 月の満ちるとき - Full moon shining down Upon -
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自作小説!!
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プロフィール

ハンドル名宍戸隆一 さん
ブログタイトル月の満ちるとき - Full moon shining down Upon -
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参加カテゴリー
更新頻度情報提供26回 / 554日(平均0.3回/週) - 参加 2007/03/26 01:21

宍戸隆一 さんのブログ記事

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  • 2007/05/26 00:46さつきたちの朽ちゆく朝に
  • 親族が逝き、雨の夜が明けた朝のこと、さつきたちの朽ちゆくさまを見た。実を膨らませながらも巡る生を知らず、咲きつづけていたいと、生にしがみつく姿。桜たちのいさぎよさを想えば、さつきたちの姿は憐れに過ぎる。生にしがみつき、この世にしがみつき、人の目にしがみつき、我にしがみつき……おまえたちの咲きつづけていたいという想いは天に届いたろうか。太陽は哀しまない。天は哀しまない。天は、桜たちのいさぎよさを賞え... [続きを読む]
  • 2007/05/18 02:34[CP]錯誤そして野心(3)
  • 「アーリアにして左利き」。何度も反芻するうちに、モーハンはおかしなものに取り憑かれたかのような感覚に襲われた。アーリアの生まれにして左利き―過去生の善き行ないによってインドラから記別を受け、「余程の存在」として生まれてきた者。そんな言伝えが、モーハンの今の心を捉えようとしていた。これまで、自分がアーリアの生まれだとしたら、インドラから記別を受けた存在というのはこの自分のことなのだろうかと、朧げに考... [続きを読む]
  • 2007/05/06 00:25[CP]錯誤そして野心(2)
  • さて、リシの誤謬を指摘したあとのモーハンの内面世界に戻ることにする。モーハンはリシの論理の破綻を観てとり、リシを超えたと思った。「リシにしてこの程度か」というのがモーハンの心の声である。Photo by NOION富豪スードラの邸宅での集会が終わりモーハンは帰路についた。今まで、スードラの身分にありながらいかにアーリア人社会で対等に渡り合うか、あわよくばバラモンの身分を勝ち得られないかということばかりを考えてき... [続きを読む]
  • 2007/05/04 23:45[CP]弁論の顛末
  • モーハンの内面の変化を詳しく述べる前に、世間からこの一件がどんなふうに片付けられたかを見ておこう。実は、彼のみならずスードラの将来に大変な禍根を残す結末となったのである。当日の弁論は、リシに対するモーハンの反論の後、主催していた富豪スードラのとりなしにより、早々に閉会を迎えた。後日、バラモンの会合において、弁論でのモーハンの一件が取り沙汰され、次のような結論を得た。「やはりスードラに温情を与え、ア... [続きを読む]
  • 2007/05/03 23:35[CP]錯誤そして野心(1)
  • リシは一言も言葉を返さなかった。返す言葉を失ったかのように見えた。しかしリシは、モーハンの心の高ぶりに同調するかのように、逆に深い思索に入っていったのである。モーハンは確かにリシの誤謬をついた。だがリシはその問い掛けを得て、モーハンの想像もしない、遥か高みの境涯へと飛翔していたのである。普段のリシならあんなふうに人の話に口を出すことは無かった。モーハンの若く力強い語調、そして新しいものの観方に感銘... [続きを読む]
  • 2007/05/02 23:34[CP]転倒そして錯誤(2)
  • リシは立ち上がって話を始めた。我らの生きる世界に神意も恣意もない。右左あるは恣意の如くに見えて、そうではない。上下の与えられるが如しである。リシの存在感というものは計り知れなかった。両手を広げて立ち上がっただけで、聴衆を鎮まりかえらせたのである。バラモンに反発を感じるものは多かったが、リシは別格の存在として民衆に受け入れられていた。リシが聴衆の琴線に触れたモーハンの言葉を事も無げに否定したのにも関... [続きを読む]
  • 2007/04/17 08:59[CP]転倒そして錯誤(1)
  • 話を制止しようとするものばかりなら、そうたいした騒ぎにはならなかったろう。バラモンの若い衆がモーハンの前に立ち塞がろうとしたとき、後の方から「続けさせろ!」という声が上がった。一聴衆の声だ。その声に端を発して、さっきまで席を隣り合わせ、バラモンのよく分からない話に耳を傾けて、平穏な空気をかもしていた温厚そうな人たちの間に、反対、擁護の亀裂が俄かに生じていった。日頃階級差によって抑圧された人々の鬱憤... [続きを読む]
  • 2007/04/13 22:00[CP]右利きの謎(4)弁論または転倒(続) (一部修正)
  • 表を決めれば裏が決まりますが、上を決めて下が決まるというものではありません。上はあらかじめ決められ下も決められています。すなわち、上と下は神が決め、表と裏は人間が決める。この上下(うえした)、表裏(おもてうら)の対立は恣意性において実は対照的なのです。右と左はどうかというと、その間にあります。上下が与えられ、表裏を決めれば、右と左が決まる。お分かりいただけるでしょうか?右と左は神の意思に恣意を加え... [続きを読む]
  • 2007/04/12 07:18[CP]右利きの謎(3)弁論または転倒
  • 右左は上下のようであり、また表裏のようである。しかし表裏は上下に遠く、右左に近い。モーハン(M)の弁論は平易であることが定評であったが、冒頭だけはわざとバラモン達の注意を引くために、何やらヴェーダからの引用のような言葉を発した。これは、モーハンの独自の発想であり、どのヴェーダからの引用でもなかった。今日は私が常日頃から気になっていることをお話ししたいと思います。モーハンは、右手の人差指で天を指しな... [続きを読む]
  • 2007/04/04 20:00[CP]許された発言の機会
  • あるお金持ちのスードラがバラモンを招く時に、若者の小討論会というものが行われる習慣があった。普段はバラモンと一部のクシャトリアの若者だけで開催されたのだが、Kという仙人(リシ)が招かれる時に限って出身階級によらず弁論が許された。元来、バイシャやスードラが小討論会へ参加するという形で始まったのだが、バラモンやクシャトリアの子息が討論会でバイシャやスードラに言い負かされ恥をかくことを潔しとせず、参加者... [続きを読む]
  • 2007/04/03 21:00[CP]習作メモ(最終更新:2007/4/3)
  • Myメモ...2007/03/28プロットは頭の中にあったが、兄(M)についてのスケッチをやりだすと書き出すとかなり膨らんだ。時代考証は必要だが時代小説のつもりはないので今はやめておく。もっと大切なものがあるはず。とはいえ、時代背景との乖離が大きすぎて調整が効かなくなるのもまずいので、中村元先生の本とバラモン教・ヒンズー教関係の本を読み始める。結果、話が膨らむ。まだ視点が定まらない。文体も定まらない。2007/04/03母と... [続きを読む]
  • 2007/04/02 19:00[CP]右利きの謎(2)背景
  • Mが右利きの謎こだわったのには訳があった。その頃庶民の間にまで支配したこんな思想が背景にあったのである。左利きは破戒を犯したカルマによるもので、彼らは神の手である右手を上手く使えない。土着民族には左利きの割合が多く、アーリアにはほとんどいないのはカルマによるものに外ならない。左利きにしてアーリアに生まれたものは、他のよほど優れた善き行いによるもので、インドラから与えられたき記別によるものであるから... [続きを読む]
  • 2007/03/29 20:00[CP]業(カルマ)
  • バラモン達からは、頭を打ち砕かれるカルマを持った兄弟といわれていた。弟はそのどうしようもない頭の悪さから、兄はバラモンの職掌を侵すその行き過ぎた頭の良さからであった。バラモンから見れば、弟はすでにその過去世のカルマによって頭を打ち砕かれて生まれてきたのであり、兄はこの生涯のカルマによっていずれ頭を打ち砕かれるのだといわれた。頭を打ち砕かれるというバラモン達の考え方は、元来、神の領域を侵そうとして分... [続きを読む]
  • 2007/03/28 23:35[CP]賞賛と苦悩(2)
  • なのに、兄は不意にであったのか、口にしてしまった。母ははっとしたが兄がそれ以上のことを言わなかったので、何故兄がそんなことを口にしたのか、ついぞ真意は分からなかったが、弟の相手をしながら母は考えた。Mは自分がアーリアの血を引くことに気づき始めている。この子さえいなければ、普通の人と同じであれば、M(兄のこと)との関係を断ち切って、この忌まわしき血の呪縛から解き放ってやる道を選んだろうに。今では遅す... [続きを読む]
  • 2007/03/27 20:00[CP]賞賛と苦悩
  • 日頃のいろんな疑問が一気に解けていく。しかしMの頭の中でいかに高度な理解(?)に到達しえたとしても、すべてはヴェーダの中にすでに書かれたことであり、ヴェーダの難解な言葉の世界と現実の中で起きていることを結びつけたに過ぎなかった。Mは自分の無力さを思わせられるばかりであった。だが、それとは裏腹にMは人々からの賞賛を受けた。彼ほどにヴェーダが意味するものを普通の言葉でしかも目の前に起きていることと上手く... [続きを読む]
  • 2007/03/26 19:00[CP]シヴァ・ヴィシュヌ論(2)
  • さらにMはヴィシュヌの力がある一点を境に働き始めたのではなく、シヴァの力が大きく作用しているかのように見えるときもいつも共に働いていることに気がついた。弟がシヴァによって下に向かって落下し始めると同時に、ヴィシュヌは天の方向に弟を引き上げた。シヴァとヴィシュヌはいつも共にあり、力比べを楽しんでいるみたいだ。地を指差すシヴァと天を指差すヴィシュヌ。やがてMの心の目には二神が一つの姿をしているように映... [続きを読む]
  • 2007/03/25 22:53[CP]右利きの謎
  • Mの分からないことに右利きの謎というのがあった。Mはときどきクシャトリアの子供について杖道の道場に行くことがあった。杖道は今は廃れて無くなったが、そのころ流行したクシャトリアの嗜みの一つであった。身の丈より少し短い棒切れを使って相手を突いたり打ったりして攻撃する。この長い棒は誰でもうまく使いこなせるものではなかった。杖道の師はこの長い棒切れを実にうまく振り回し、天を向かって突いたかと思うと、棒の反... [続きを読む]
  • 2007/03/22 20:00続々々・好きなビールの話 ~ビールに舌鼓を打ちながら~
  • プレミアムモルツを飲んだとき、いろんなビールを試してみるのはもうよそうと心に決めた。スーパードライに調教されたこの舌をよく唸らせたものだ。大したビールだと思った。スーパードライを凌ぐかと思うことが少しの間だが、あった。けれども、しばらくして、それも気の迷いだったということが分かった。プレミアムモルツは香りが鍵になっていて、これが癖になる。全体に上品でバランスがよいので気づきにくいが、香りがよいと意... [続きを読む]
  • 2007/03/22 19:00[CP]シヴァ・ヴィシュヌ論
  • いつのことだったか、何にでもシヴァとヴィシュヌの二神を当てはめて考えるのが、兄の仲間うちで流行したことがあった。そんなとき兄は少し人と違うところに目を着けた。弟はロープを木の枝に垂らし、それにぶら下がって遊ぶのが大好きだった。振り子のように揺れる弟を見て考えた。弟がいなければ振り子は止まってしまう。弟はどんな力を振り子に与えているんだということについて真面目に考えた。兄はこんな答えを導き出した。振... [続きを読む]
  • 2007/03/21 20:00続々・好きなビールの話 ~ビールに舌鼓を打ちながら~
  • 若い頃は文字通り浴びるようなビールの飲み方をしていた。想えば食べ物に対して、随分罰当たりなことをしてきた。勢いではもうビールを飲めない年になり、私は舌でビールを飲むことを覚えた。そんな私の舌を調教してくれたのは、スーパードライだった。スーパードライが好きなのは、スーパードライ向けに舌ができあがっているだけなのかも知れない。けれどもスーパードライには安心して舌を任せられるだけのものがあった。作り方が... [続きを読む]
  • 2007/03/21 01:34続・好きなビールの話 ~ビールに舌鼓を打ちながら~
  • スーパードライはいつでも飲めるように買っておきたいビールだ。グラスに少しずつ注いで、ちびりちびりと舌鼓を打ちながらやる。ビールをちびりちびりとやるのは変に思えるかも知れないが、スーパードライは舌に乗せて味わって飲めるビールだ。のど越しだけで飲むのも悪くはないが、何かもったいない気がする。好きなビールの第2にこのスーパードライを挙げている。一番好きなビールはと尋かれたら、『アサヒ本生』と答えることに... [続きを読む]
  • 2007/03/19 00:01好きなビールの話 ~ビールに舌鼓を打ちながら~
  • 無類のビール好きというと言い過ぎになるので控え目にいっておくが、それでも自分はビールが好きな方だと思う。つい先頃、ブログ友達の記事を読んで、富士桜高原ビールなるビールがあるのを知った。最近はあまり新しいビールに飛びつくことはなくなったが、ヴァイスビールと来た。しかも、ジャパンビアカップで8年連続受賞しているときたから、一度飲んでみたくなった。銀河高原ビールに出逢ったときのような見つけ物になるかも知... [続きを読む]
  • 2007/03/07 01:53儚い望み。消えた習作
  • ブログを開設したらまず掲載しようと思っていた習作がありました。それがどこを探しても見つからず弱り果てています。どうも誤って消してしまったらしいのです。短いものでしたが、同じものを書くのは結構気力が要ります。そのせいでここ二三日、少々脱力気味でした。... [続きを読む]
  • 2007/03/05 00:32「月の…」か「月が…」か?
  • 実は自分でも今気が付いたのですが、ブログのタイトルと第1記事のタイトルが違っています。第1記事はブログタイトルによせた想いを書いたものです。その意図からするとブログタイトルと同じでないと変な感じがします。その弁解になりますが...記事の中では文の流れやリズムとかを意識して書いた結果、気が付いたら「月が満ちるとき」の方を選んでいた、という次第です。直すとしたらブログタイトルの方かなと思っていますが、「... [続きを読む]
  • 2007/03/04 02:10月が満ちるとき…
  • 陽だまりに、小鳥たちの飛立ちてCounterlightに影さすそして、陽はかげり、沈みゆく夜は闇の中。人の心は同じように沈むのだろうか。月が満ちて日に照らされるとき、闇は晴れるだろう。人心はやはり晴れるだろうか。どんなときも私は、光とともに在ることを信じ、月が満ちるとき 日の光に想いを馳せ、日の昇るとき 月が輝くを想い起すであろう。いつか月が満ちるときの如くに輝いて、自らが暗冥に日の光を差し延べる、そうありたい... [続きを読む]
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