banbeimania さん

banbeimaniaさん: 蕃塀マニア
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プロフィール

ハンドル名banbeimania さん
ブログタイトル蕃塀マニア
サイト紹介文蕃塀(ばんべい)にこだわったブログです。蕃塀とは神社で鳥居の正面にある衝立状の板塀のことです。
参加カテゴリー
更新頻度(2年)情報提供542回 / 592日(平均6.4回/週) - 参加 2007/05/07 21:06

banbeimania さんのブログ記事

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  • 2008/12/01 20:45清須市の蕃塀
  •  愛知県神社庁の資料によれば、清須市には34社の神社が記載されている。私はこの10月までにこの34柱の神社を踏破したが、このうち蕃塀を持つ神社は既に紹介した18例である。具体的には、西枇杷島町宮前神明社、西枇杷島町北二ツ杁神明社、阿原河原神社、須ケ口神明社、鍋片松山神社、寺野八劔社、土器野神明社、下河原八幡社、朝日厳島神社、朝日愛宕社、西田中神明社、西市場軻具土社、清洲上畠神明社、清洲津島社、清洲日吉神... [続きを読む]
  • 2008/11/30 16:46清須市廻間八幡社の蕃塀
  •  清須市廻間字郷裏に所在する八幡社は、創建年代などの由緒は不明である。草創年紀不明の八幡社と神明社と天王社が合祀されたものという。現在の社殿は昭和34年(1969)の伊勢湾台風により倒壊したのを再建されたものである(『きよす「歴史・散策」〜神社編〜』より)。祭神は応神天皇である。 廻間八幡社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.6m、全高約2.6m、屋根長約3.3m、屋根巾約0.6mを測り、... [続きを読む]
  • 2008/11/29 19:37清須市土田八幡社の蕃塀
  •  清須市土田字北裏に所在する八幡社は、元禄7年(1694)の『由緒書』によると、建久元年(1190)に源頼朝がここで眼病治療を受け平癒した際に石清水八幡を勧請したのを起源にするという。清須城主松平忠吉は社殿を再興し所領などを寄進したという。祭神は譽田別尊・玉依姫命・気長足姫命である。 土田八幡社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.6m、全高約2.1m、屋根長約3.5m、屋根巾約0.6mを測り... [続きを読む]
  • 2008/11/28 20:51清須市上条稲荷社の蕃塀
  •  清須市上条2丁目に所在する稲荷社は、創建年代などの由緒は不明である。昭和19年(1944)に津島社と飯綱社が合祀されたという(『きよす「歴史・散策」〜神社編〜』より)。社名からみて、祭神は宇迦之魂命と推測される。 上条稲荷社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.7m、全高約2.4m、屋根長約3.4m、屋根巾約0.7mを測り、両側に控え柱を持つ。 詳細の構造は次の通り。コンクリート敷き参道に... [続きを読む]
  • 2008/11/27 20:19清須市清洲津島社の蕃塀
  •  清須市清洲字永安寺に所在する津島社は、創建年代などの由緒は不明である。石燈籠や石燈明の刻銘や永安寺の町並の成立などから安政年間頃の鎮座と推定される。疫病流行から勧請したとの言い伝えもあり、昭和3年(1928)に南向きに社殿が整備されたという(『きよす「歴史・散策」〜神社編〜』より)。社名からみて、祭神は建速須佐之男命と推測される。 清洲津島社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体... [続きを読む]
  • 2008/11/26 21:44清須市西市場軻具土社の蕃塀
  •  清須市西市場字下伝馬に所在する軻具土社は、創建年代などの由緒は不明である。迦具豆知神社や軻具突智社とも表記され、昭和4年(1929)に現在地に遷座されたという(『きよす「歴史・散策」〜神社編〜』より)。祭神は火之伽具土神である。 西市場軻具土社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.7m、全高約2.5m、屋根長約3.5m、屋根巾約0.7mを測り、両側には控え柱を持たない。 詳細の構造は次の... [続きを読む]
  • 2008/11/25 23:29清須市西田中神明社の蕃塀
  •  清須市西田中字蓮池に所在する神明社は、創建年代などの由緒は不明である。『寛文村々覚書』にも記載された神社で、大正元年(1912)に白山社が合祀されている。拝殿は明治45年(1912)、祭文殿は大正3年(1914)に再築されている。祭神は天照大神・菊理媛命である。 西田中神明社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.7m、全高約2.3m、屋根長約3.5m、屋根巾約0.6mを測り、両側には控え柱を持たな... [続きを読む]
  • 2008/11/24 21:56清須市朝日愛宕社の蕃塀
  •  清須市朝日字小市場に所在する愛宕社は、創建年代などの由緒は不明である。もと大乗院という修験堂があり清須城鬼門の守護として崇敬されたが、慶長遷府で名古屋市南寺町に遷座した。その後は改めて大智院という修験堂を建て愛宕権現を勧請し、明治5年に愛宕権現のみが愛宕社として残ったという(『きよす「歴史・散策」〜神社編〜』より)。社名からみて、祭神は火之伽具土神と推測される。 朝日愛宕社の蕃塀は、3間巾の石... [続きを読む]
  • 2008/11/22 23:10清須市朝日厳島神社の蕃塀
  •  清須市朝日字河原に所在する厳島神社は、創建年代などの由緒は不明である。『清洲雑誌稿』には朝日に神明社が祀られていたが、慶長16年(1611)に名古屋市中区朝日神明社に遷った後は弁天祠を祀り、明治維新後に社名を改めたと記されているという(『きよす「歴史・散策」〜神社編〜』より)。祭神は市杵島姫命である。 朝日厳島神社の蕃塀は、2間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約1.8m、全高約1.9m、屋根長約... [続きを読む]
  • 2008/11/21 23:18清須市下河原八幡社の蕃塀
  •  清須市下河原字宮腰に所在する八幡社は、創建年代などの由緒は不明である。社名からみて、祭神は応神天皇と推測される。 下河原八幡社の蕃塀は、3間巾の木造桟瓦葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約2.8m、全高約2.7m、屋根長約4.0m、屋根巾約2.1mで、両側に控え柱を持つ。 詳細の構造は次の通り。切り石を周囲に巡らせたコンクリート製基壇に石製布基礎を置き、その上に円柱を4本立てて下から順に地貫、腰長... [続きを読む]
  • 2008/11/20 21:26清須市土器野神明社の蕃塀
  •  清須市土器野南中野に所在する神明社は、境内に掲示された社記によれば、創建は徳川時代初期まで遡るという。現在の社殿は大正3年(1914)に大改造された。祭神は天照大神・須佐之男命・保食命である。 土器野神明社の蕃塀は、3間巾の石造衝立型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約4.8m、全高約2.8m、屋根長約5.4m、屋根巾約0.4mで、両側には控え柱を持たない。 詳細の構造は次の通り。コンクリート製基壇に礎石と布基礎... [続きを読む]
  • 2008/11/18 21:29清須市寺野八劔社の蕃塀
  •  清須市寺野字上古川に所在する八劔社は、創建年代などの由緒は不明である。社名からみて、祭神は日本武尊と推測される。 寺野八劔社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.6m、全高約2.6m、屋根長約3.3m、屋根巾約0.7mを測り、両側に控え柱を持つ。 詳細の構造は次の通り。コンクリート製基壇に礎石と布基礎を置き、円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、... [続きを読む]
  • 2008/11/17 21:26清須市鍋片松山神社の蕃塀
  •  清須市鍋片3丁目に所在する松山神社は、鍋屋片町に鎮座した山神社と松蔭神社が伊勢湾台風により荒廃したのを受け、昭和41年(1966)に両社を併合し山神社の境内を拡大して新社殿を創建したものである。この山神社と松蔭神社は慶長年間(1596〜1614)の清洲新田開拓に由来すると伝えられる。祭神は素盞嗚尊と大山祇神である。 鍋片松山神社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.7m、全高約2.4m、屋... [続きを読む]
  • 2008/11/16 22:11清須市須ケ口神明社の蕃塀
  •  清須市須ケ口字上外町に所在する神明社は、創建年代などの由緒は不明である。社名からみて、祭神は天照大神である。 須ケ口神明社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.7m、全高約2.3m、屋根長約3.4m、屋根巾約0.6mを測り、両側に控え柱を持つ。 詳細の構造は次の通り。石敷の参道に非常に低い切り石を周囲に巡らせたコンクリート製基壇を設け、礎石と布基礎を置く。礎石上には円柱を2本立ててそ... [続きを読む]
  • 2008/11/15 20:09清須市阿原河原神社の蕃塀
  •  清須市阿原字中之切に所在する河原神社は、創建年代などの由緒は不明である。『張州府志』に「河原神社は阿原村にあり」と記され、『尾張国神名帳貞治本』に従三位河原天神とある。古来より「星の宮」と称され、眼病平癒の霊験ありと伝承される。祭神は大己貴命である。 阿原河原神社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.5m、全高約2.0m、屋根長約3.0m、屋根巾約0.5mを測り、両側に控え柱を持つ。... [続きを読む]
  • 2008/11/14 21:49清須市西枇杷島二ツ杁神明社の蕃塀
  •  清須市西枇杷島北二ツ杁町に所在する二ツ杁神明社は、創建年代などの由緒は不明である。大永年中に小田井城主の織田藤左衛門寛故が勧請したものと伝えられる。祭神は天照大神である。 西枇杷島二ツ杁神明社の蕃塀は、3間巾の木造銅板葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約2.8m、全高約2.6m、屋根長約3.9m、屋根巾約1.8mで、両側に控え柱を持つ。 詳細の構造は次の通り。コンクリート製基壇に礎石を置き、その上... [続きを読む]
  • 2008/11/13 21:01清須市西枇杷島宮前神明社の蕃塀
  •  清須市西枇杷島宮前町に所在する神明社は、創建年代などの由緒は不明である。元は西枇杷島町小場塚南に所在したが、東海道新幹線の建設のため昭和30年代後半に現在地に遷座された。社名からみて、祭神は天照大神と推定される。 西枇杷島宮前神明社の蕃塀は、3間巾の木造桧皮葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約2.3m、全高約2.4m、屋根長約3.2m、屋根巾約1.6mで、両側に控え柱を持つ。 詳細の構造は次の通り。... [続きを読む]
  • 2008/11/12 22:30清須市上畠神明社の蕃塀
  •  清須市清洲2丁目に所在する上畠神明社は、垂仁13年に鎮座と伝えられるが、伊勢神宮の御厨があった上畠(現清洲公園付近)に神明社が勧請されたものという。織田信雄の城域拡大を機に現在地に遷座したと考えられ、清洲三社の一つに数えられる。社名からみて、祭神は天照大神と推定される。 上畠神明社の蕃塀は、3間巾の木造桟瓦葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約3.7m、全高約2.9m、屋根長約5.0m、屋根巾約2.... [続きを読む]
  • 2008/11/11 22:02清須市清洲日吉神社の蕃塀
  •  これまで文献の検討が長らく続いて来た。今日からは久しぶりに蕃塀の事例紹介を行っていきたい。 清須市清洲字内須ケ口に所在する日吉神社は、宝亀2年(771)当地に疫病が流行した時に素盞嗚尊と大己貴命を祀り創建されたと伝えられる。大同2年(807)橘逸勢が社殿を建立し山王宮と称された。織田氏が清須城に在城時は城下総鎮守と崇敬され、天正8年(1580)に近江坂本日吉大社から大山咋神をはじめ摂社21社を勧請し、清須... [続きを読む]
  • 2008/11/10 21:46堀池論文を読む(19)
  •  今回は堀池康夫・堀池哲生論文「蕃塀の研究(その民俗学的建築史の解明)その2」の第5章を読んでみる。5)尾張型蕃塀の特長 — 以上の実地及び資料による調査結果から尾張の国の蕃塀は次のように特長づけられる。即ちその配置は「尾張造り」のそれであり、一及び二ノ鳥居又は楼門の次に建ち、更に奥の舞殿・拝殿とつづく配置である。次にその構造型式は、木造又は石造で、角、丸柱建て、桁受腕木により屋根を受け、壁面は... [続きを読む]
  • 2008/11/09 21:33堀池論文を読む(18)
  •  もうおおよそ1ヵ月前のことになるが、ここで再度、堀池康夫・堀池哲生論文「蕃塀の研究(その民俗学的建築史の解明)その2」の第3章を読んでみる。4)尾張名所図会に見る蕃塀 — 天保十二年(1841)の尾張名所図会によれば、尾張国内の神社の内で次の十三社に蕃塀が建っている。即ち、熱田神宮、真清田神社(尾張一宮)、国府之宮(尾張五社の内)、津島神社(津島牛頭天王)、八剱宮(熱田摂社の一)、鳴海杻神社(犬山... [続きを読む]
  • 2008/11/08 01:40『尾張名所図会』に見る蕃塀(29)総括
  •  『尾張名所図会』は尾張の名勝古蹟を網羅図説し、精密詳細なる考証を加えた著作で、前編7巻は天保12年(1841)頃の撰・岡田啓と野口道直共著・小田切春江画、後編6巻は明治13年(1880)の撰・岡田啓と野口道直共著の遺稿・小田切春江編纂によるという(原田幹の解題による)。これまで大正8年1月7日発行、原田幹校訂、大日本名所図会刊行会『尾張名所図会』をみて、江戸時代後期の蕃塀の実態について検討してきた。 この... [続きを読む]
  • 2008/11/07 00:48『尾張名所図会』に見る蕃塀(28)丹羽郡
  •  『尾張名所図会後編』巻之六では、丹羽郡の事蹟が紹介されており、多くの神社が掲載されている。このうち絵画を伴って紹介されている神社は、大県神社、富士浅間社、虫鹿神社(三明神社)、天道社、鳴海杻神社、諸钁神社、神明太一宮、井出神社、阿豆良神社、爾波神社、八大竜王社、力長若宮八幡社、前利神社、針綱神社、木下愛宕社、の15社が存在する。 このうち蕃塀が描かれている神社は、前回までに紹介した虫鹿神社、鳴海杻... [続きを読む]
  • 2008/11/06 00:48『尾張名所図会』に見る蕃塀(27)針綱神社
  •  『尾張名所図会後編』巻之六(1841年頃筆?:1880年撰)には針綱神社に関する絵が所収されており、そこに透垣が描かれている。この針綱神社は中名栗町にあり、社殿構成については「拝殿・渡殿・祭文殿・透垣・鳥居など厳重に建てつらね」と本文に記述されている。 『尾張名所図会後編』「針綱神社」図には、左手下半に「透垣」と注記された蕃塀らしき施設が見える。正面から灯籠、鳥居、透垣、拝殿、祭文殿を経て本社に至る構... [続きを読む]
  • 2008/11/05 00:41『尾張名所図会』に見る蕃塀(26)楉野天神社
  •  『尾張名所図会後編』巻之六(1841年頃筆?:1880年撰)の本文には、楉野天神社に関する記事が所収されており、そこに透垣の記述が存在する。この楉野天神社は上野村・下野村にあり、社殿構成については「祭文殿・瑞籬・透垣・渡殿・拝殿・鳥居・御供井等ありて、頗る大社なり」と本文に記述されている。 楉野天神社に関する絵画は存在せず、本文に記された「透垣」がどのような位置にあり、どのような構造であったかは明らか... [続きを読む]
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