テノール歌手 さん プロフィール

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テノール歌手さん: テノール歌手の見たまま聴いたまま
ハンドル名テノール歌手 さん
ブログタイトルテノール歌手の見たまま聴いたまま
サイト紹介文コンサート活動をしながら、日常、感じたこと、聴いたことを綴っています。
参加カテゴリー
更新頻度(2年)情報提供370回 / 388日(平均6.7回/週) - 参加 2007/06/04 11:31

テノール歌手 さんのブログ記事

  • 堺学です・・・これってどういう意味?
  • 先日、堺の御陵前のりそな銀行に立ち寄ったら、堺を紹介するコーナーが有りました。展示されている古地図など、私にはあまり興味がありませんでしたが、堺の方言の番付表が貼って有りました。こういう番付は面白い。堺に堺方言がある。これが大阪弁とは少し違うということでしょう。もちろん、同じものもありますよ。でも、今では堺の人間でも、使わない、いわゆる「死語」になりかけているのもあるようです。では、その中からの出 [続きを読む]
  • 昨日、採れました。
  • この近年、採れなかったのが、今年はどうしたものでしょう。鈴なりのできです。記憶している限りでは、ここへ引っ越してきた時に、たくさんできたのを覚えていますが、いつもヒヨドリた烏にやられてしまいます。また、こんなにたくさんできるたのは、記憶にありません。粒も大きい。で、味は?少し酸味がありますが、食べるのには差し支えありません。でも、なぜ、今年はヒヨドリが来ないのでしょう?いや、来ているようです。足元 [続きを読む]
  • 昨日いただきました
  • 昨日、歯の治療に行った折、宮川徏先生から考古学関連の資料をいただきました。5月17日に京都で「陵墓公開運動の30年」と題してシンポジウムが開かれ、そこでの先生の講演要旨です。(クリックしてください。ルーペが要りません)まず、5月27日の記事では巨大古墳を含め、陵墓は「皇室財産という枠で捉えず、人類の文化遺産としてみてゆくべきだ」と指摘されました。<宮川徏(すすむ)先生の講演要旨>〓現在の陵墓は [続きを読む]
  • 祇園花見小路のお茶屋さんへ
  • さて、急に幹事君が腕時計を見て、「"吉うた”へ行こう」と言い出しました。吉うたさんとは、祇園のお茶屋さんです。でも、私は明日は仕事が入っています。予定にはない発案だったので、驚きましたが、とりあえず、ついてゆきました。9時40分を過ぎて招月庵を出ました。雨はすっかり上っていて、先ほどの石畳に殴りかかるような雨が嘘のようです。鴨川では等間隔に並んだ若いカップル達が涼んでいました。(写真)橋の袂に南. [続きを読む]
  • 昨夜は京都で同窓会でした。
  • 昨夜は京都で1年1回の同窓会でした。もう、今年で連続3回です。私は京都の某大学の出身ですが、一般教養時分の英語の恩師を囲む会が毎年、京都で開かれます。先生とは英語の授業後、よく近くの喫茶で時間を潰した記憶がありますが、年齢も近く、まだ、講師であられたので、意気投合するのは自然な流れだったと思います。当時の親しい仲間が東京や静岡、一番遠いのは中国から昨夜は先生を含めて8名集まりました。場所は先斗町(. [続きを読む]
  • ちょっと早すぎるなぁ・・・ご冥福をお祈り申しあげます。
  • 栗本薫さんが亡くなった。私は最近でこそ読書の時間がほとんどないけれど、若い頃、「ネフェルティティの微笑」を読んで感銘を受けた覚えがある。推理小説なのですが、作家の村松友視さんらとエジプトへの取材旅行をして、昭和56年に書き上げている。その時、彼女が28歳の作家だと知ってその類まれな才能に驚いたのを覚えている。私はそれから、栗本薫の作品は読んだわけではないが、このネフェルティティ・・・がきっかけとなって [続きを読む]
  • 松原の模型屋さんにふらっと立ち寄りました。
  • 大阪府の真ん中を流れる大和川。その南に堺と境界を接して松原市という町があります。西隣が堺、東隣が羽曳野、藤井寺となりますが、この松原市の中心は近鉄南大阪線の河内松原駅。ただ、警察や病院はもう少し西にあるから、町のイメージとしては少しまとまりがないのですが、古くからの集落や旧街道、特に長尾街道は今も奈良へと続く道です。この河内松原駅のすぐ南、線路に沿って堺大和路線(大和高田線・・・道路)が走っていま [続きを読む]
  • 今日は大阪芸術大学前から
  • 久々大阪芸術大学前まで来ました。ここは大阪府河南町。隣は太子町です。ひばりが啼いていました。声はすれども姿は見えず・・・でも、まだこの辺りは田園風景が点在していて、こんな片田舎に芸術大学があるなんて、想像がつきません。ひばりは環境のバロメーターで、かつては大阪平野の至る所に啼いていました。私も堺にいた頃は、浅香山〜南花田地区でも声を聞きました。特に大和川の土手でひときわ高く舞い上がる姿をよく見たも [続きを読む]
  • 伴奏者が・・・
  • 7月のミニミニコンサートの伴奏者がやっとのことで決まりました。主催者にも探してもらったんですが、この時期は合唱祭の伴奏依頼が多くて、いつもの伴奏者はどの人も引っ張りだこの人気。そこで、10年ほど前に伴奏していただいた方に無理を言って引き受けていただきました。私は大阪狭山市の音楽家グループの会員で、まだ、活動はおとなしい方ですが、他の会員の中には、かなりの舞台を踏んでいる方が多く、ソロのリサイタルをさ. [続きを読む]
  • 真田祭り〓・・・パレード
  • 1時半をすぎて、パレードが始まったと見えて、なにやら坂の下から聞こえてきます。地元の中学の吹奏楽部?女子ばかりです。いまや、吹奏楽は女子のものか?雨降る中、ビニールを被せての演奏です。大変だね。次に白馬(幸村に扮した武者)栗毛、黒と乗馬姿の武者が続き、雑賀衆のあと、子供の武者、足軽、そして稚児行列が続きます。それにしても狭いところです。幸村がここに来た時は耕地がなく、大変だったようだし、先ほどの松. [続きを読む]
  • 真田祭り〓・・・雛人形あれこれ
  • 雛人形。戦後間もなくのものでも、もうかれこれ半世紀以上。大事にされてきたものばかりです。中には御殿雛も有ります。母ももっていますが、母のは戦前の物で、堺大空襲を潜り抜けてきたしろものです。堺の上空にB29の一団が現れて、焼夷弾を雨のように落としていった。一旦、東へ逃げた母と母の姉が、焼夷弾の降ってくる中を戻ってお雛様を家から運び出したということです。十数年前の事故で、今では背が曲がった母からは想像で... [続きを読む]
  • 真田祭り〓・・・和歌山大学交響楽団団員による演奏
  • 坂道を上ってゆく途中でなにやらホルンの音・・・町屋といっても、車庫を開放しての5人の演奏。まずは、愛の挨拶・・・それと、えー、崖の上のポニョだったっけ(- -;)わざわざ遠くまでご苦労様。なかなか聞けない「和大」の音でした(これは「話題」になる・・・^^;)そして、まだまだ雛人形・・・一番上は真田幸村の鎧兜だということです。... [続きを読む]
  • 真田祭り〓・・・町家の人形めぐり
  • 丹生川というのですが、紀ノ川の支流です。手前が丹生川、向こうが紀ノ川。ここで鯉が釣れます・・・・・(^^;)てなわけないよね。鯉がぶら下がっています。丹生川渡しといっています。駐車場の北にグラウンドがあり、特設ステージでなにやらやっていましたが、パレード出発が1時半だというので、とりあえず町の中を回ることにしました。雛人形は各家庭で保存されているものを一斉に展示するもので、「展示中」の札が掛かって... [続きを読む]
  • 和歌山九度山・・・真田祭り〓
  • 和歌山県。実は久しぶりです。堺から両親と妹を車に乗せて小雨の中行ってきました。堺からですと310号線をとにかく高野山に向かってひたすら走り続けます。それで十分です(^^;)曇り空で、まだ降っていませんでしたが、周囲の山々は煙が棚引いているようなややこしい状況。実は妹がお雛様を見たいと言い出して、今日はそれをメインに考えていたのですが、来てみると真田祭りの一環の出し物だとわかりました。真田十勇士は実在... [続きを読む]
  • 卑弥呼死す  大いに冢(ちょう)をつくる
  • 近つ飛鳥博物館に行ってきました。久しぶりです。卑弥呼死す・・・大いに冢(ちょう)をつくる・・・が目立ちます。2時から学芸員の鹿野塁さんによる丁寧な解説があり、以前木曜講座に出席していた顔もありました。とくに、三角縁神獣鏡の説明はわかりやすいものでした。。今まで縁が三角形なら三角縁・・・」と思っていたのですが、そうではなくて、条件を満たすものだけがそう呼ばれる。これは私にとっては大前進でした。それと... [続きを読む]
  • 京都御所〓・・・クイズ
  • では、最終の章でクイズです。この輿は歴史上の人物が実際に乗った物ですが、さて、誰がのったものでしょう・・・?(というより、あなたなら誰に乗って欲しかったですか?)幕末の歴史上の人物です。ふむふむ、これは面白いぞ! (^^;)<ヒント>〓 篤姫〓 徳川慶喜〓 皇女和宮〓 本寿院〓 松平容保(かたもり)... [続きを読む]
  • 京都御所〓・・・牛車
  • まあ、儀装車が近代から現代を表わすなら、これはまさに王朝文学の世界、平安時代そのものでしょう。飛香舎の傍、玄輝門の前に置かれていましたが、大きさに驚きました。高さは3メートルくらいはあるでしょうか。長押(なげし)は黒塗りで、乗るのは後ろからで、降りるのは前からというのですが、高いので、階(きざはし)を使ったというのがよく解ります。でも、事故があれば、飛び降りるにしても、高すぎて、骨折しそうな気がし... [続きを読む]
  • 京都御所〓・・・飛香舎(ひぎょうしゃ)
  • さて、一旦、外へ出て、皇后の宮御常御殿へ。ここは16世紀の終わり頃から、女御あるいは皇后の日常のお住まいとして造営された御殿。現在の建物は入母屋桧皮葺書院造りで、内部は13室あるという。そして、その続きに飛香舎(ひぎょうしゃ)があり、桧皮葺寝殿造りの建物で、女御入内の儀式が執り行われた。さて、ここは別名「藤○」と呼ばれています。???藤○?源氏物語がヒント。写真を後で入れます。それが答え。... [続きを読む]
  • 京都御所〓・・・三献の儀
  • お常御殿中段の間にて写真を拡大してご覧下さい。♪イッコーン、二ィコーン、サンコン・・・(^^;)といったかどうかは解りませんが、三献の儀。女御入内の儀式の1つ。お常御殿中段の間にて、女御親ら酌して天皇に献じ、次いで天酌を受けます。三度飲むことを一献とし、これを三度繰り返す。... [続きを読む]
  • 京都御所〓・・・御学問所と御常御殿、御内庭
  • 蹴鞠の庭の右隣(北隣)が御学問所で、月次(つきなみ)の和歌の会や親王宣下などに使われたようだ。紫宸殿、清涼殿が平安時代の寝殿造りであるのに対し、御学問所と御常御殿(おつねごてん)は室町時代の書院造りで、興味は尽きない。御常御殿は室町時代以降、天皇の日常の住まいとして使用された。15室からなる桧皮葺(ひわだぶき)入母屋の建物。御内庭・・・曲折した遣り水を流して、石橋や土橋を架け、奥に茶室を構える。... [続きを読む]
  • 京都御所〓・・・御池庭と蹴鞠の庭と小御所裏
  • 池を中心とした回遊式の庭園。前が州浜になっていて、船着きのための飛び石を置いている。そして、蹴鞠の庭。この庭の左手が小御所で、一番下の写真が、その小御所の裏からのもの。現在の小御所は昭和29年に焼失したため、昭和33年に再建復元されたものですが、1867年12月9日、王政復古の大号令が発せられた夜、ここで、小御所会議が行われた。... [続きを読む]
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