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- 2007/12/30 02:18 子供と電脳世界の問題性?:『電脳コイル』(第8話まで)
- 『電脳コイル』(磯光雄、2007年)■『電脳コイル』には、電脳世界に「不思議」を見て心躍らせる気持ちが丁寧かつ緻密に映し出されている。アニメーションとしての不思議さとワクワクさせる気持ちも十分に盛り込まれていて、現在までで序盤を見ただけだが、素晴らしい出来だと思う。 ■だが、シビアに2007年の現実を考えると、電脳世界とは、現時点で目の前のパソコンの画面であり、このアニメのように決してその画面を飛び出し ... [続きを読む]
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- 2007/12/28 23:52 人と人の間にあるものは何か?『創星のアクエリオン』
- 『創星のアクエリオン』(河森正治監督、2007年)■TVシリーズ『アクエリオン』とは、設定のほとんどを引き継ぎながらも作品の放つメッセージが、DVDシリーズは少し異なっている。ここで問われているのは、ズバリ「人と人の間にあるもの」だ。この問いの答えは本作品内にあるのでここでは書かないが、アクエリオンの特徴としてアニメーション特有のフィクション性が本作品の神話世界によって強調される。その逆にこのメッセージの... [続きを読む]
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- 2007/12/27 17:40 死の事実を継承していく…本当にそれでよいのか?
- 『ぼくらの』(森田宏幸監督、2007年)公式サイト■前クールの作品だが、注目して観ていた『ぼくらの』が終わりを迎えた。常態化する死や、多数のキャラクターをさばききれないことなど、行き当たりばったりで大風呂敷を広げてしまったという印象がする。■前に何度も本ブログで指摘したように、第5〜8話が一番素晴らしかったように思える。死を選ぶことを拒絶した者と死に対して絶望の中で抗うことができなかった者との話は ... [続きを読む]
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- 2007/12/27 01:02 苦悩するオタク、その後:『げんしけん2』
- 『げんしけん2』(よしもときんじ、2007年)公式HP・ストーリー(Wikiへ)■アニメーションの前作は、「観察されるオタク」の話であったが、今シリーズは一転、各登場人物(オタク)の心の中身(おもに苦悩)に焦点が当てられた。そこでは、仮想世界に現実逃避しがちなオタクであるからこそ、悩みはリアルさを増して描写される。■ただし、今回も「観察者としての他者の目」が数多く導入される。それは「協働」の困難、「性」 ... [続きを読む]
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- 2007/09/23 21:32 アニメと希望:『地球へ・・・』(3)第24話(総括)
- 『地球へ…』(ヤマサキオサム監督、2007年9月終了)公式サイト■『地球へ』がラストを迎えた。まとまりよく、キャラの魅力も十分に引き出されていたのではないだろうか。漫画原作ファンが勘違いしてはいけないことは、漫画は繰り返し、立ち止まり読み返すことに耐える媒体であり、アニメも観返すことはできるが、やはり流れゆくメディアなのだ。この点の違いが、原作→アニメ化で、原作ファンの不満を巻き起こす主たる要因である... [続きを読む]
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- 2007/09/20 00:17 「テレビ・アニメ」に頼りすぎた表現:『ロミオ×ジュリエット』(7)第23話
- 『ロミオ×ジュリエット』■最終話直前の第23話だが、この期までやはり、ジュリエット中心の語りと内面の描写が続いたのは残念だ。ロミオの内心・内面と葛藤もうまく描く工夫は全体を通じてもっとなされるべきだった。■以下は、第23話限定の話題になるのだが、ジュリエットは自分の身を捧げ世界を救うために、ロミオは愛する者の運命を受けとめるために、互いに刃をまじえることになる。その際に、ジュリエットが最初から「ロミ ... [続きを読む]
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- 2007/09/17 00:19「身近な萌え」に潜む恐怖:『ひぐらしのなく頃に』
- 『ひぐらしのなく頃に』『ひぐらしのなく頃に解』(今千秋、2006・2007年)■『ひぐらしのなく頃に』は、「萌え」とホラーサスペンス要素を混在させた作品である。■人は自分の日常性の中に潜むものをもっとも恐れる。遠くの国で戦争が起こっていても、遠い町で殺人事件が起こっても、それらは世間話として消費する対象にすぎない場合が多い。これは、一種の想像力の欠如として片付けてもよいし、一方で、そう考えないと精神を安 [続きを読む]
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- 2007/09/05 23:35空っぽのアニメ:総括ライディーン
- ■先日、『ライディーン』が終幕を迎えた。ブログではリアルタイムな感想や批評を書いてきたので、最後にその総括を行いたい。■『ライディーン』は、昔からのロボットアニメ好きもターゲットに据えつつも、キャラや絵の描き方の細かさや美しさによってさらに広範囲の視聴者を獲得しようとしていた。■しかし、この試みも消費型の駄作アニメーションを生産したにすぎなかったといえる。戦闘でのCG描写の美しさは評価する人もいる [続きを読む]
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- 2007/08/23 11:33 アニメ表現のひとつの到達点:『ゼーガペイン』
- 『ZEGAPAIN』(下田正美監督、2006年)公式HP■アニメは、実写と違い、戯画化されているのでフィクションであることがより自明なものとして表現される。その点をうまく利用したのが本作品であり、これを実写化したりしても、アニメーションとして到達できた表現はできないだろう。■何が現実で、何が実体で、何が本物なのか。ゼーガペインは、是こそが我が痛み=是我痛=ゼーガペインとして、「心の痛み」や「想い」こそが実 ... [続きを読む]
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- 2007/08/22 12:16 故郷を失った人類:『地球へ…』(2)
- 『地球へ…』(ヤマサキオサム監督、2007年8月現在放映中)公式サイト■『地球へ…』は、様々な意味で世代や時代を超えた名作だといえる。その大きなテーマのひとつが故郷の喪失だ。■ミュウたちは、地球(テラ)を目指す。そこが人類の故郷だからだ。それ以外の理由は明確ではない。しかしだからこそ、地球を目指すことの意味そのものが浮かび上がってくる。■また「故郷」とは母親でもある。母親の胎内から生まれないアタラク ... [続きを読む]
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- 2007/08/22 12:03 なぜ子供たちは戦わねばならなかったのか?:『ぼくらの』(10)第19話まで
- 『ぼくらの』(森田宏幸監督、2007年8月現在放送中)公式サイト■いままで本ブログでは、『ぼくらの』を主にその死の表現と解釈について書いてきた。そこで、結末へ向かうにあたって、その「死」の意味を再度考えてみたい。■命を動力源として作動するロボット(?)、ジアースに13歳の子供たちがパイロットとして登録された。負ければ地球の消滅、勝っても操縦者は死ぬという「必然的な死」を設定として、『ぼくらの』は衝撃的 ... [続きを読む]
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- 2007/08/16 23:24 死の平凡化の具体例:『ぼくらの』(9)第18話
- 前回の続き…※第18話より、ネタバレあり。■死が平凡化したことは、具体的にコモダ議員(コモの父)とタナカの死をめぐる表現の仕方に端的に示される。■コモダ議員は、自分の信念を貫くために死を選択するが、死の抵抗を諦めることに違和感が残ってしまう。娘が近々ジアースを操縦し、地球を守ることで死を迎えることは確かだが、その死後に残された夫人はいったいどうなってしまうのか。■タ ... [続きを読む]
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- 2007/08/15 12:14 死の「平凡化」と窮屈なストーリー:『ぼくらの』(8)
- 『ぼくらの』(森田宏幸監督、2007年8月現在放送中)公式サイト■やはり、危惧していたとおりに死が慣性化してしまった。タナカ、コモダ議員の死が本話では扱われたが、象徴的意味すら持ち得ない「死」の表現になった。■本作品は子供に注目するがゆえに、大人の「死」や、彼らの「死」に対する態度などへの注目が薄いのではないかと指摘したことがあるが、大人の死は子供以上に平凡化されてしまっている ... [続きを読む]
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- 2007/08/14 23:26生き方を問う!:『地球へ…』(1)
- 『地球へ…』(ヤマサキオサム監督、2007年8月現在放映中)公式サイト・第17話「永遠と陽炎と」より■ブルー亡き後のジョミーは、指導者として成長する。その際に発せられた言葉が、「人類が憎いわけではない。しかし、ミューの存在によって人類に『生き方』を問う」というものであった。■これは直に現代の私たちの「生き方」をも問うているのだ。もちろん、これには答えなどない。つまりは現 [続きを読む]
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- 2007/08/14 23:05 革命の痛みは…:『ロミ×ジュリ』(6)
- 『ロミオ×ジュリエット』※8月現在、19話まで視聴。■ジュリエットは、ロミオの試み、つまり「希望を抱き生活できる世界」を創造するためにモンタギュー打倒を決意する。第19話ではそれを市民の支持を得た「革命」だとして描かれている。■ロミオの試みはいわば土地に根ざした改良・改革の類であるのとは対照的に、ジュリエットはいわば流血を伴う革命を志している。■現代アニメとして本作 ... [続きを読む]
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- 2007/08/06 01:01 アニメ批評の成立しにくさ
- ■二ヶ月ほどアニメ批評を継続的に書き綴ってきて、その批評の難しさを痛感する。今まで見てきたアニメもメモ程度なら書き残してきたが、ブログで記事にするとなるとメモ・レベルではなく、少なくとも文章の体を整えねばならない。この叙述上の問題点以上に以下の点が深刻だ。■アニメ自身、テレビドラマと同様にほぼ毎週放送されるので長時間にわたる批評対象になるということも批評を難しくしている原因の一つだ。 ... [続きを読む]
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- 2007/08/05 15:38 「アニキ」ならどうする?:『天元突破グレンラガン』(3)
- 『天元突破グレンラガン』(今石洋之監督、2007年7月現在放送中)、公式HP※現在、第19話まで視聴■ストーリーが第3部、7年後の世界に入っても「アニキ」の存在感は十分に活かされている。つまり、第二部で「アニキの死」を受け入れ、自己の糧としたシモンだったが、第三部でもことある困難な場合には「アニキならどうする?」と問い続ける。■ここでは、決して後ろ向きな問いとして表現されていな ... [続きを読む]
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- 2007/08/04 01:48 停滞するストーリー:『ロミ×ジュリ』(5)
- 『ロミオ×ジュリエット』※8月現在、18話まで視聴。■古典作品を原作とした本作だが、12話前後から現在まで停滞した展開だった。その中では、ロミオの成長、ジュリエットの決意などが描かれていたが、緊張感のないストーリーが続いたといえる。何だか最終話までの時間稼ぎ的な話が多かったように思う。ここに原作物の功罪のマイナス面がまともに出てしまっていた。■つまり『ロミ・ジュリ』の場合、 ... [続きを読む]
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- 2007/08/04 01:31ルルーシュにとってのギアス:コードギアス(1)
- 『コードギアス』(谷口悟朗、2006〜2007)公式HP人を操れる力、ギアスを手に入れたルルーシュの物語の第一弾。エヴァ以来、アニメの一潮流をなしてきた「セカイ」系作品のバックラッシュ的作品。つまり、「セカイ」の大きさに戸惑い悩む主人公ではなく、「セカイ」そのものを主人公が変えていくという設定。もちろん、その中に悩みや葛藤なども表現されるが、妹ナナリーの幸せという絶対的な目 [続きを読む]
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- 2007/08/01 17:12 セカイが敵となるとき:REIDEEN(3)
- 『REIDEEN』(本郷みつる監督、2007年7月現在放送中)公式サイト※現在、21話まで視聴。■ここ数話で、宇宙からだけではなく地球内部の「敵=ヒト」が強調されている。以前から既に、自警隊という人間組織と超兵器REIDEENとの間の確執が描かれてきた。■これはよく言われるように、「宇宙人がやってきても人類は一致団結するというよりも、その混乱から内部で抗争する」という、「宇宙人 ... [続きを読む]
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- 2007/07/29 01:37問いは立てられた:天元突破グレンラガン(2)
- ※現在、第18話まで視聴■4月期からの2クールアニメが続々と結末へと流れ込んでいる中で、注目したいのが『天元突破グレンラガン』だ。現在、結末へと向かうにあたり、最後に答えられるべき「問い」が提示された。■それが「トップ」へと向かう意志(本能)と、世界(もしくはセカイ)の存在との非整合性だ。これはいうなれば現代的な「環境問題」に通じるものであるが、本作品の場合、アニメの特性を活かした [続きを読む]
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- 2007/07/28 11:55 観察される「オタク」(1):『げんしけん』
- 『げんしけん』(池端隆文、2004年)公式HP・ストーリー(Wikiへ)■いわゆる「オタク」には多くの場合、内向的イメージがつきまとう。実際、閉鎖的な世界感を持つ人が多いのかもしれない。ただし、趣味の世界とは常に閉鎖的であるのではないだろうか?■また、オタクに注目するのは、彼らが「楽しそうに」「生き生き」と生活しているからでもあるだろう。オタク的に生きることは、実はそこに生 ... [続きを読む]
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