- 2008/05/16 01:10写真
- 父親の遺影はとても悲しく見える。 笑顔なのに・・・。 真っ直ぐ私は、見る事が出来ない。 悲しくなるからみたいだ・・・。 不思議な事起きないかな。 写真が動いて、しゃべったりして・・・。 まだ信じられないよ。 ←ぽちっとしてくれたらうれしいでやんす(_ _)... [続きを読む]
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- 2008/05/16 01:03地震
- 今、中国四川での地震の被害がすごいが、 日本も、人事じゃない。 はっきり言って、日本も近いうち地震が来ると思う。 大地震が来たら、なかなか逃げようがない。 私が行っている整体の中国の先生は、 そのことを話したら、「カナダの方にでも逃げようかな」 と言っていた。 私は、以前日本が、壊滅状態になっている夢を見た。 そのときは私は空にいた。 誰かの声がして、「私の母親と、息子は助ける」と言ってくれた。 ... [続きを読む]
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- 2008/05/14 00:44実感
- やっとパソコン開く気分になりました(((=_=)))” 気分的に落ち込んでいたつもりはないんですが、 なんかする気にもならず、 久々に発作もあったりして、寝ている日々が続いていました。 身近な人が亡くなるのは1度じゃないけど、 こんなに精神的に来るもんかと、 自分でも驚いた。 人とも逢えず、 逢うとしたら、整体の先生と病院の先生。 家族位。 遺影を見て拝んでいる自分の姿に違和感を感じる。 心の中で... [続きを読む]
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- 2008/05/01 17:08殺意
- 4/26父親の四十九日に行って来た。 弟と二人。 向こうは、父親の今の奥さん、 娘さん二人に、その旦那さんがそれぞれ来た。 父親の兄弟達が来なかったのが不思議でたまらなかったのだが 複雑な思いもあるのか・・・とも考えあえて口には出さなかった。 何故か、奥さんは全く話をせず、 お墓についての事などは、娘さん(長女)の旦那さんが 話を進めた。 私の弟は生前、父親と逢ったのが中学生の時が最後で 全然、連... [続きを読む]
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- 2008/04/23 20:09みやこわすれ
- http://www2u.biglobe.ne.jp/~kamomax/sendaijo.htm 杜の都と言われる仙台。 そこにある青葉城は私のとても好きな場所だった。 父親に伊達政宗の像の下にある名言の意味は 『光陰矢の如し』月日のたつのが早いことのたとえ。 というような事が書かれているんだよ。 と教えてもらった。 私は「青葉城恋歌」も好きだった。 向こうの人間じゃないとあまり知られてないみたい... [続きを読む]
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- 2008/04/22 20:17最期まで?
- 昨日、父親が亡くなって初めて夢にでてきた。 父親は歌っていた。 うわぁ〜上手だなぁ〜って思ってる私が夢の中にいて。 向こうの人達には、夢に出てきても 棺おけから起き上がってきたりだとか、 「死」に関連している夢みたいだが、 私の夢には、手でリズムを取りながら楽しそうに歌ってる父親。 父親は、最期まで、私には弱みをみせたくないみたいだ。 でも、ほんとに暗そうな顔で出てこられたら心配だ。 そんなことも... [続きを読む]
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- 2008/04/21 19:30富士山
- もう何年もみていない富士山の夢をみた。 とても壮大で、雪のたくさんかぶった 綺麗な富士山だった。 一富士二鷹三なすび というが… これからは良い事が続くよう祈りたい。 ←ぽちっとしてくれたらうれしゅうございます(_ _)... [続きを読む]
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- 2008/04/18 23:39似
- 今日父親に似ている人を見た。 若かった頃の父親にそっくりだった。 この世には似ている人が3人はいるというが。 驚いて、近くに思わず行ってしまった。 父親ではなかった・・・。 落ち込んだ私がいた。 でも、ほんとに嬉しかった。 なんだかその人に感謝している自分がいた。... [続きを読む]
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- 2008/04/17 10:55不思議
- 私はだいたい花を飾るのだが、 宮城に行く前大量の水仙の花を買った。 父親の家の庭にはたくさんの水仙が植わっていた。 偶然だった。 私は家に帰って来て、父親が何故水仙が好きだったのか 考えたりした。 水仙の花はとてもいい香りがした。 「お父さんこの香りが好きだったの?」 と問い掛けた。 もちろん答えは返って来ない。 それから今日、台所の窓に変わった鳥が来た。 今まで来たことなんてない。 ものすごく近... [続きを読む]
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- 2008/04/15 18:37顔があるって・・・。
- 前回、占い師にいろいろ見てもらった人に また見てもらった。これはほんとに偶然で驚いた。 連絡も入れてたわけじゃないしいるなんて知らなかった。 私にそういう才能があると言ってくれた占い師の人。 今回の事実を話した。少しだけど・・・。 霊能力がある人で、 私が3/12ぞっとしたのは、水害とかじゃなく、 父親のコトがあったからみたいだ。 嵐や、台風などの災害があるような気がする。 と私は思っている。 で... [続きを読む]
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- 2008/04/14 13:50疲れたな
- いろんなコトがありすぎて、 ほんとに疲れた・・・。 死ねるものならと思う時だってあるけど 私は、死なない。 守るものがあるから。 だけど、ほんとに疲れた。 ←(_ _)... [続きを読む]
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- 2008/04/12 20:31もう一つの真実
- 私がずっと、父親と連絡を取っていたのは、 私の中での、夢があったからだ。 私は、ある程度大人になってから、 どんな状況で離婚したかを聞いた。 「事実」の中では、だいぶ私の記憶をたどっているが。 母親は子供の成長に影響があると考え、 父親の悪口など、一切言わなかった。 だから、私達2人は、思春期の時期など、 事あれば、「父親と別れたのは母親も悪い」なんて ひどい事も言ったりした。 母親はかなり傷つい... [続きを読む]
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- 2008/04/12 19:17事実15
- 父親と彼女が出会った時には、まだ彼女も 結婚しており、その事で、向こうの娘さんも 大変な思いをしたような事を言っていた。 まるで、私の父親が奪ったかの言いようだった。 私が聞いていたのは、もう、向こうの夫婦は壊れており 半分、別居生活な状態で、知り合ったと。 ちょっと話に矛盾があった。 下の娘さんは、その頃もう、高校生。 なのにもかかわらず、家事をやってきた事を 大変だったと言っていた。 上の娘さ... [続きを読む]
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- 2008/04/10 09:49事実14
- 私は3/29(土) 急遽宮城へ向かった。 行くまでの間はただぽっかりとした心で、 何を考えていたのか覚えていない。 でも、信じられない思いは変わらず、 嘘であって欲しい事も願った。 娘さんが父親の自宅を案内してくれるということで 待ち合わせをした。 娘さんは、私と逢った瞬間、父親と似ているということで 泣き出してしまった。 私は、どう反応していいかわからなかった。 そして、父親の自宅に着いた。 浮... [続きを読む]
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- 2008/04/08 22:56事実13
- 今日、なんだか呼ばれたような気がしたけど きっと気のせいだよね・・・。 3/28(金) 携帯に見知らぬ電話番号と、 何故か、私の名前を知っている人からの留守番電話。 「○さん(父)の娘さんの携帯でしょうか? この留守番電話を聞いたら連絡下さい」と入っていた。 私は何がなんだかわからなかったが、 父親の名前と私の名前を知っていて、 電話をかけてきた。 とても、イヤな予感がした。 私は、あわてて電話を... [続きを読む]
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- 2008/04/07 10:13事実12
- 引っ越す事になって、生活も落ち着き 私の精神も安定してきていた。 父親にたまに連絡をしていたが、いつもとても忙しそうだった。 父親は、取締役まで行った、 そのスロットや、両替機や、機械を作っている会社を 辞めていた。 そこの、新しく変わった社長と相性が悪く 胃潰瘍も出来た位だ、かなりヤられたんだろう。 そして、新しく始めた事業もうまくいかなかったみたいだ。 でも、ある会社で、父親は頑張って働いてい... [続きを読む]
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- 2008/04/07 09:31事実11
- お父さん、苦しいよね・・・。 どうしたら、楽にさせてあげられるんだろう・・・。 私は、子供が寂しい思いをするという事がわかっていたから 別れる時、母親にお願いし、一緒に住んで欲しいと頼んだ。 だから私は、1度も1人暮らしというものを経験してなく 子供も、私ほど寂しい思いはしていないはずだ。 母親のありがたみが今更わかる。 父親とも、それからも逢ったり、連絡取ったりしていた。 宮城に行って、父親がよ... [続きを読む]
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- 2008/04/06 23:30事実10
- 約10年間の結婚生活に終止符。 もうボロボロだった。 私はすっかり人間恐怖症になっていた。 それから3年後、私が母親の元を飛び出したように 娘が私の元から去っていった。 子供というかけがえのないものを失くす事で 私は生きる気力を失くした。 子供というのは、ほんとに、かけがえのないものだ。 父親がある時言っていた・・・。 「血なんて関係ないというけど やっぱり関係あるよ」と。 「お前は良く俺に似てい... [続きを読む]
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- 2008/04/06 23:09事実9
- 初めて、自分を出せた高校生活。 こんな私を普通に扱ってくれるどころか大事にしてくれる。 甘えさせてくれる。 私は、今でも感謝していて、一生かけても 返すに返せないほどの恩があると感じている。 いくらお金を借りた事か(ノ><)ノ その友達とも何人か付き合っている。 友達は宝物だと思った。 その楽しかった高校生活を過ぎ、卒業。 担任は英語担当で、私は何故か英語だけは出来た。 そのため、先生には、「大学... [続きを読む]
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- 2008/04/05 09:56事実8
- お母さんの名前をずっと呼んでいたのは、 ほんとは、お父さんだったんでしょ? 私は、母親からよく「友達は一生の宝物だよ」と 言われて育った。 私は、あまり友達というものも信じてなかったから 「宝物」なんて思える人はいなかった。 でも、中2になってクラス編成があって あるYという子と仲良くなった。 それから私は変わった。 その子は必ず朝、私を迎えに来てくれた。 何故だか、毎日のように口ゲンカをするが ... [続きを読む]
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- 2008/04/04 15:18事実7
- 宮城から引っ越す時には、もう家が決っていた。 私の祖母(母方)が探していてくれたのだ。 でも、ほんとは、母親は疲れきっていて 実家に戻りたかったらしい。 でも、祖母は「私には関係ないよ」と冷たく言い そのため、母親は、完全に1人で私達を育てる事になった。 母親は、何か資格を取らなければと思い 簿記の学校に通った。 母親は、こっそりへそくりをしていて実家に送っていたため なんとか生活も出来たし、 父... [続きを読む]
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- 2008/04/03 21:42事実6
- 神様・・・お願いです。 どうかどうかお父さんを天国に連れて行って下さい。 母親がしゃべれなくなって、話せるようになって 私と弟はとても嬉しかったのに 父親にその事を話しても、あまり興味を示さなかった。 もう父親は、女の方に気持ちが向いていたのだ。 帰って来ても、すぐ女から電話がかかってくるし ほんとに家にいるのがイヤだった。 ある日、父親と母親が大ゲンカしていた。 私と弟は驚いて止めに入ろうとした... [続きを読む]
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- 2008/04/02 20:51(無題)
- お父さん… さくら綺麗に咲いたよ? 一緒に見たかったね。... [続きを読む]
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- 2008/04/02 20:40事実5
- お父さん、一緒に行きたかったカラオケに行って来た。 隣で、「ふぅ〜」ってため息が聞こえたけど 思っていたより下手であきれてたの? 父親は手先が器用な人で絵なんかも上手だった。 子供の頃の冬休みの宿題で、凧の絵を 私達の代わりに書いてくれたりした。 はっきりいって先生には、バレていたと思う。 遊び過ぎの私達姉弟は 宿題をいつも溜めに溜め、最終日近くに いつも両親が手伝ってくれた。 なんとまぁ、甘やか... [続きを読む]
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- 2008/04/01 22:03事実4
- お父さん?逢いたいです。 ずっと離れていたんだから、もう一緒にいようよ。 母親がしゃべれるようになって、少し安心したが 父親が帰って来ない日々はとても寂しかった。 たまに帰ってきても折り紙を折っていた姿しか 思い浮かばない。 両親のあの大ゲンカがある前までは、 ほんとに普通の家庭で、 父親はとても優しかった。 父親はよくしゃべる人で、よく笑う人で、 おもしろい父親だった。 父親は冗談をよく言う人で... [続きを読む]
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