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- 2008/06/29 15:08第四話 遥かなる始まりの国 26-3
- 「それで本当にいいのか。王子さまよ」 海の薫りが近付いて来た。ラウス・ロウの外套から漂う薫りだった。彼が僕へ詰め寄って来たのだ。不意のことに僕は驚き、自分より少し背の高い人を見上げた。見下ろす瞳は怒りで光っていた。 逃げる間もなく両肩をつかまれ揺すられた。「真に人として目を覚ませ。あなた... [続きを読む]
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- 2008/06/29 15:07第四話 遥かなる始まりの国 26-2
- 「よく来てくれた」 と、ラウス・ロウは言った。 思いがけずその声は優しかった。 いつかのように風の強い日だ。慣れてしまった鼻にはもう腐臭は感じられない。風に煽られ、時々露(あらわ)になるラウス・ロウの瞳だけが、前と同じ憂(うれ)いを宿している。彼は穏やかな顔で高い壁を見上げて呟いた。... [続きを読む]
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- 2008/06/29 15:06第四話 遥かなる始まりの国 26-1
- ユィンが迎えに来る前にここを出なければならない。迷っている暇はなかった。 寝台から這い降り、衣を身に着けた。クオートの衣を羽織ると少し痛みが引いて動けるようになる。クオートの繊維にはある程度、人の体を癒す力があった。度重なる虐待を受けても僕が生き延びていたのは衣のおかげもあったろう。 だが... [続きを読む]
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- 2008/06/29 15:06第四話 遥かなる始まりの国 25-3
- ……闇に光が射す。 そして物語が始まる。 薄く開いた瞼に光が溢れた。 意識が戻ったとたん、全身に痛みが走った。 辺りに視線を走らせた。蜜色の光が寝室に満ちていた。まだ陽が落ちる前で、殴られてから少しの時間しか経っていないと分かった。 久しぶりの激しい暴力で疲れた父は他の... [続きを読む]
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- 2008/06/29 15:05第四話 遥かなる始まりの国 25-2
- 「駄目、だ」 とっさに身を起こし叫んでいた。「行くな! 大陸へ行くな、ラウス・ロウ」 ぎょっと目を剥いて父が僕を見る。 最近では縛められることもなく虐待も穏やかとなっていたから僕には力が残っていた。それで心の赴くまま叫ぶことが出来たのだが、無論、叫ぶことは許されていない。 たち... [続きを読む]
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- 2008/06/29 15:04第四話 遥かなる始まりの国 25-1
- ラウス・ロウは今日も壁際に立つ。 斜めに落ちる自分の影へ冷めた瞳を向けながら。 寝台の頭側、少し離れた壁際に立つ彼は飾り物であることに徹している。 幾つかの午後が過ぎた今、その姿は自然に寝室の景色へ溶け込んでいた。 父はラウス・ロウへの信頼を深めた。この懲罰的な命令に従った彼の忠誠... [続きを読む]
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- 2008/05/11 13:12第四話 遥かなる始まりの国 24-3
- 僕の狼狽を察して手を止め、父は説明する。「最近、俺の身辺には怪しい動きがある。刺客(しかく)がこの宮中に潜り込んでいるという噂があるのだ。いつ何時、襲われるか分からない。たとえ寝室でも気は抜けないだろう。だから、あいつに警護してもらうことにした」 嘘だ。この間のことが気に食わなかったのだ。... [続きを読む]
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- 2008/05/11 13:12第四話 遥かなる始まりの国 24-2
- 静かに立つラウス・ロウの前で喚く父は、大人に叱られて泣いている子供に見えた。「こいつを壊してたまるか。こいつを失ったら俺は終わりなんだ。貴様ごときに分かってたまるか。外国人に、他人などに、分かってたまるか」 ラウス・ロウはもう何も言わない。 父はラウス・ロウから目を逸らし、僕の両腕をつ... [続きを読む]
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- 2008/05/11 13:11第四話 遥かなる始まりの国 24-1
- 始め何が起きたのか分からなかった。 怒りに震える父、父の腕をつかみ微動だにしないラウス・ロウ。 僕はこの光景を廊下の床に倒れた姿勢のままぼうっと見上げていた……。あまりに意外な光景だったので驚くことすら忘れた。父の体に自分から触れた人間を見たのは、いや正面から視線を合わせる人間を見たのは、... [続きを読む]
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- 2008/04/29 14:17第四話 遥かなる始まりの国 23-4
- それでも今はこの身を生かして父の横暴を食い止めなければならないのだ。 もし父が人を殺す目的で僕の身を使うことがあれば、その時こそ自分で命を絶とう。 今さら躊躇(ためら)う理由などない。 そのためユィンが言うように僅かな意志だけは残しておかなければならないと思う。苦しみの下でも最後の意識... [続きを読む]
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- 2008/04/29 14:16第四話 遥かなる始まりの国 23-3
- 「何……のことだ。分からない。もっときちんと教えてくれ」「お教えする必要はございません。使わないで済めば越したことはない。ティオン様ですら簡単に使うことはためらわれる兵器なのですから。けれどティオン様は今すでに、外国に対してあなたの存在を脅しの材料として使い始めている。今以上に追い詰められたなら... [続きを読む]
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- 2008/04/29 14:15第四話 遥かなる始まりの国 23-2
- 分かっている。暴力を与える側、受ける側、眺める者からすれば一体だ。 決して暴力を悦んでいるわけではない。快楽に溺れているわけでもない。ひたすら抵抗なく虐待を受けるしかない側も、与える側と同じ嫌悪の対象。 欲を受けた物。そうか。僕は汚れ物か。 卑屈な気持ちで込み上げる笑いを口元に浮かべた... [続きを読む]
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- 2008/04/29 14:14第四話 遥かなる始まりの国 23-1
- 朝、白い光に晒(さら)されて目覚める。 顔を横に向けると四角く切り取られた空が見える。四角い青の中を、丸い雲がゆっくり過ぎるのをしばらく眺めて過ごす。 父の部屋には壁を長方形に切り取った大きな窓があった。寝台の横の、クオートの入っていないその窓から吹き込む風は乾いて冷たく、傷付いた全身に容... [続きを読む]
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- 2008/03/23 15:12第四話 遥かなる始まりの国 22-3
- 「ああ。おとう、さま」 苦しみの下から必死に呼び続けると、殴りつける腕がひととき止まった。 いつも静かに耐えている子供が悲痛な声を上げたので、さすがの彼も気になって耳を傾けたのだろう。「なんだ」「お父様……。あなたは何故このようなことをされるのですか?」 すると一瞬だけ彼に冷静が... [続きを読む]
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- 2008/03/23 15:11第四話 遥かなる始まりの国 22-2
- ――不思議なことに僕はこの光景を少し離れた視点で眺めている。 虐待が繰り広げられている寝台を、やや斜め上の角度から見ているのだ。 ちょうど空中に浮いて自分の体を眺めていることになる。そのために苦しみを直接に味わうことはない。離れた体から、痛かった、苦しかったという感想を受け取るのみだ。... [続きを読む]
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- 2008/03/23 15:10第四話 遥かなる始まりの国 22-1
- 長く暗い虐待の日々はそうして始まった。 少なくとも七日に一度、多い時で毎日、父は生贄を求めた。 たいてい陽が傾き始める暖かな午後、人々がくつろぎを求める時刻。父は休憩を取る代わりに息子の部屋を訪れる。そして抵抗の声すら上げられない息子の両腕をつかみ廊下を引きずって行く。 きっかけなどな... [続きを読む]
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- 2008/03/01 09:22第四話 遥かなる始まりの国 21-3
- 「時間だ、出て来い」 乱暴に扉が開け放たれた。 ティオンは見開いた目で部屋を見回した。寝台の傍らにユィンの姿を認めると、口端を上げて笑った。「子守の時間は終わりだ、ユィン」 ずかずかと部屋に入って来て、「来い」 と叫んだかと思うと僕の腕を掴んで寝台から引きずり降ろした。「... [続きを読む]
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- 2008/03/01 09:20第四話 遥かなる始まりの国 21-2
- ふっとユィンが目を逸らした。「それは私から申し上げることではございません」 また彼はいつものようにお互いの間に幕を降ろし、冷めた表情を繕って言う。しかしその頬は震えていた。「ユィン。頼む。母は、今どこに」 彼の着物の襟に縋(すが)って訊ねた。するとユィンは僕の手を取り、そっと離して... [続きを読む]
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- 2008/03/01 09:19第四話 遥かなる始まりの国 21-1
- 「真実を知ってしまわれたのですね」 寝台の傍らで、傷の手当てをしながらユィンは呟いた。僕の耳にかかる溜息は憐れみを含む。 窓から吹き込む冷たい風が胸の傷に沁みた。窓に新しく取り付けられた格子越しに見上げる空は、今日も青く澄み切っている。見つめていた空が明る過ぎて、室内に目を移すと視界が暗くな... [続きを読む]
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- 2008/02/18 19:48第四話 遥かなる始まりの国 20-4
- 「お許しください、お父様。あなたを裏切った僕は愚かでした。ごめんなさい。どうか、どうか許してください。もう二度とあなたを裏切るようなことは致しませんから」 自然に涙を浮かべて僕は父へ許しを請うていた。 可愛らしい声を繕い、憐れみを誘うように。 卑屈に堕ちた僕を見て父がどれほどの満足を得た... [続きを読む]
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- 2008/02/18 19:48第四話 遥かなる始まりの国 20-3
- ――――――――― ッ! 叫びは声にならず苦痛の喘ぎだけが石壁に響いた。胸から床へ、細い血の筋が滴り落ちる。 楔は皮膚を切り裂きながら、ゆっくりと胸を横へ滑った。「この横線は、悪しき大地を表す。お前を育み産んだ者だ」 それが終わるとティオンは楔を離し、今度は首の少し下辺りに... [続きを読む]
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- 2008/02/18 19:47第四話 遥かなる始まりの国 20-2
- 「この裏切り者が」 と、低い唸り声をティオンは吐き出した。「貴様は裏切り者だ。俺を裏切り、顔に泥を塗ってくれた。優しくしてやればつけあがりやがって。これからは今までのような生ぬるい扱いはないものと思え。裏切ったことを後悔させてやる」 彼は平手で強く僕の頬を打った。 唇が切れ血が散った... [続きを読む]
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- 2008/02/18 19:46第四話 遥かなる始まりの国 20-1
- *痛そうな描写あり。苦手な方は避けてください そこは真の闇だった。 目を開いているのか閉じているのか。生きているのか死んでいるのかも分からない闇の中に横たわっていた。 湿り気のある闇がまとわりつく。生暖かく、重く、息苦しい。 体が動かなかった。身を起こそうとすると、腕と足がぎしぎ... [続きを読む]
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- 2008/02/03 12:26第四話 遥かなる始まりの国 19-4
- いつの間にか周囲に集まって来た兵士たちが驚いた表情で僕を見つめている。 頬へ手をやると冷たかった。 泣いていることに自分で気付けぬほど静かに、涙を落としていたのだった。濡れた頬が風に晒されて冷たくなっても、涙を止めることは出来なかった。 意志を超えて涙は溢れる。 あの静止した悲しみ... [続きを読む]
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- 2008/02/03 12:26第四話 遥かなる始まりの国 19-3
- 「悪いのは誰なのか……。さあ、それは自分たちには分かりません。 我が国は十五年前からこの状態です。 反乱を起こした影島の民たちは全て殺されました。当然の報いだと言われています。 しかしクオートと食料を生産していたのは、影島の民たちなのです。 影島の民が滅んだために、あらゆる物資の供給... [続きを読む]
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