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- 2008/10/11 00:29Russian Counter-Attacks at Stalingrad
- ”Why We Fight”はイタリア系アメリカ人の映画監督フランク・キャプラFrank Capraによる戦争記録映画シリーズ。このなかの長編が”The Battle of Russia”。戦意高揚のプロパガンダだが、実写映像によるレニングラード包囲中の人々の哀歓、スターリングラードの市街戦の迫力、そして戦争の持つ残忍さを生々しく記録した貴重な作品である。この映画DVDの日本語字幕を引用、スターリングラード攻防戦の勝利でロシアが反攻に転じ... [続きを読む]
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- 2008/10/04 15:10Ceddin Deden
- チャーチルさん、カサブランカ会談のあとは砂漠のオアシス・マラーケッシュで一休みか、と思ったら、そこから今度はトルコに飛んだ。連合国と枢軸側の激突のなか地勢的に肝心カナメの位置にいるトルコは、中立を保ってただひたすらじっとしている。ナチスはいやだが、それより、ロシアが怖いというトルコ共和国に連合国側での参戦の説得をしに行ったのだ。トルコ大統領はイニューヌ Ismet Inönüという人。さすがに老大国の末裔の... [続きを読む]
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- 2008/09/28 00:15The Casablanca conference
- 1942年11月8日の英米軍の北アフリカ上陸による「たいまつ」作戦で、最西端モロッコのカサブランカ、アルジェリアはオランからアルジェまでは、あっという間に英米連合国の手に帰し、北アフリカのフランス陸海軍部隊も連合国側へついた。連合軍はチュニスを前に頑強な抵抗に会い戦線は膠着、怒ったヒトラーはヴィッシーに任せていた部分の大陸側フランス全土も完全に占領し、1942年の年は暮れた。明けて1943年1月、... [続きを読む]
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- 2008/09/21 17:55The Torch is lit
- 1942年11月5日第二次アラメインの戦いは決着がつき、“イギリス沙漠軍”は、ロンメルの部隊を打ち負かした。11月8日には、かねてからの計画通り北アフリカ戦線西方、モロッコ・アルジェリアからの英米連合軍による上陸・進攻作戦「たいまつ」が点火された。The Torch is lit !仏領モロッコの西方、そしてアルジェリアの中央と東方と、北アフリカ3箇所から同時上陸だった。いっぽう、アラメインで勝利したモンティことモ... [続きを読む]
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- 2008/09/14 19:15The batttle of Alamein
- 沙漠の狐・ロンメル将軍率いるドイツ派遣部隊The German Afrikakorps。ロンメルは英軍をエジプト北部のエル・アラメインEl Alameinまで後退を余儀なくさせたが、カイロとスエズへの進軍の途上で食い止められていた。この間英軍は新たな指揮官・アレキサンダー、モントゴメリー両将軍のもと兵備増強とドイツ軍補給路の遮断に専念していたが、1942年10月23日満月の夜、2回目の「アラメインの戦い」の火蓋は、こちら側から切... [続きを読む]
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- 2008/09/07 00:09Return to Cairo
- どこまでいったか、チャーチル。モスクワは、宮殿やスターリンのアパートで深夜パーティ、二日酔いの頭を抱えてテヘラン経由でカイロに戻ってきた。アメリカはミッドウェイで早くも太平洋では局面は好転、ロシアはまたまた冬将軍も援軍につけての粘り腰、しかしイギリスといえば個々の戦闘は負けどおしで何とか持ちこたえている状態なのだ。ロンメルのカイロ、スエズ運河への攻勢を前に、チャーチルは指揮官交代や防備の手を打って... [続きを読む]
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- 2008/08/31 00:21Moscow, A Relationship Established
- チャーチルがモスクワに乗り込んで、西ヨーロッパにおける第二戦線の展開の話をスターリンとしている。1942年の夏の日だ。ワンマン首相と相手は独裁者、サシでのハナシしかモノにならなかったようだ。スターリンは他人に心を許したり人を信じるような人物ではなかったのだろうが、こんなパフォーマンスもできたのだというエピソードを。プルタルコスみたいに、その場で見てきたような描写のほうが、抽象的な思想や路線論争の記... [続きを読む]
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- 2008/08/24 00:36Moscow, The First Meeting
- およそ他人の意見に耳を傾けたりすることも考えられず、ましてや説得されることなどありそうもないような男、スターリン。いまや共通の敵ドイツに対する西ヨーロッパでの第二戦線をどこに展開するかという難題。チャーチルは、カイロで身内の問題に見通しをつけるやいなや、わが同盟国たるモスクワにとんだ。永年の宿敵同士初めてのご対面となるが、会談の相手はドイツとの戦いで動きが取れないから、場所はモスクワでと...最初... [続きを読む]
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- 2008/08/17 00:36My journey to Cairo
- チャーチルの率いる連合王国は、マラヤ、シンガポール、ビルマと破竹の勢いの日本に侵攻され、北アフリカではロンメルにキレナイカを奪回され重要拠点トブルクまで陥落。沙漠軍Western Desert Forceは5万人もの死傷者と捕虜の大損害でエジプトに大きく後退。破竹の進撃を続ける敵への防戦だけでも懸命なのに、お国で足元からまたしても敗戦続きの戦争指導を問いただす騒ぎ、下院では不信任動議が出される始末。こちらの波風は7月... [続きを読む]
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- 2008/08/13 20:59My second visit to Wasington
- 日本の真珠湾攻撃でのアメリカ参戦直後に訪れて半年後、チャーチルは2度目のワシントン訪問をした。1942年から43年にかけての作戦決定が主要な目的だったが、さらには原爆開発の道筋をつけておくことも重要な課題だったようだ。ルーズベルトも賛意した北アフリカ戦線での反攻戦が第一義となったが、訪問中に届いたのはドイツのロンメル将軍にまたしても完敗の報、これまで守り通してきた北アフリカの拠点トブロク Tobrukが... [続きを読む]
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- 2008/08/10 22:41Second Front Now !
- 1941年末から1942年はロシアの東部戦線が主戦場、モスクワ寸前50マイルでロシアが必死にナチス・ドイツ軍を持ちこたえている。アメリカも参戦した今、スターリンのロシアは何とか英米に西ヨーロッパに第二の戦場・戦線を生み出してもらいドイツの攻撃の鉾先をロシアからそらしたいのであった。しかし、大規模な戦争の確実な勝利への道を作るには緻密な作戦計画が必要で準備する軍事力もぼう大なものとなる。ロシアの苦境 [続きを読む]
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- 2008/08/03 00:29Battle of Midway
- こんなことになるんだったらGF機動部隊総司令官は、山口多聞少将にやってもらいたかった。形見の軍帽を奥様に残し沈みゆく飛龍の艦橋にとどまった。十年、二十年とかけた準備も人材も、わずか3日の戦闘で消滅する。空母と艦載機に目をつけた日本はこの時点では一歩進んでいたのだが...最前線での瞬時の判断と采配は人による...大型の艦爆や艦攻が飛び立つには秒速18メートルもの向い風が要る。母艦自体が風に向って立ち [続きを読む]
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- 2008/07/27 00:57Battle of the Coral Sea
- 珊瑚海海戦というのはどんな意味があって、どっちが勝ったか。チャーチルが書けば「敵」のこちらの負け。第4艦隊司令長官井上成美提督から英語で読めと夏休みの宿題!?こんな弱小艦隊で渡り合い空母を沈めた戦いが他にあったか。>>>>>戦争の全方向に影響を及ぼす驚くべき事件が太平洋に起こった。3月末までに日本の戦争計画の第一段階は、その計画作成者たちさえ驚いたほどに完璧な成功を成し遂げた。香港、シャム、マラヤ [続きを読む]
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- 2008/07/20 00:22a Vote of Confidence
- アメリカの参戦でやっと光明は見え始めたが、この戦争のはじまりからイギリスも耐えに耐えてはきているものの、ほとんど負け続けなのだ。プリンス・オブ・ウェールズも沈められマラヤに刻々迫る危機、北アフリカではつかの間の勝利もロンメルにすっかり巻き返される。演説は任せるから戦争指導は誰かに譲るべきだと!?皆さんごちゃごちゃいうなら、私、チャーチルの信任投票をやってくれ、どうだ!この騒ぎが、まもなく起きたシン [続きを読む]
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- 2008/07/13 00:15Return to storm
- ナチス・ドイツのポーランド侵攻にはじまった西ヨーロッパの席捲、次はロシアに攻め入り東部戦線での死闘、そして日本がアメリカのボイラーに点火、アメリカの参戦で第二次大戦はついに第三段階に突入、連合国と枢軸側に分かれ世界を二分する大戦争となった。チャーチル著「第二次世界大戦」の第3巻の大きな表題は「大同盟」THE GRAND ALLIANCE 。文字通りこの大同盟が成ったわけで、連合国側二十数カ国を軍事力から作戦までも結... [続きを読む]
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- 2008/07/06 00:40Arcadia Conference
- 日本の真珠湾攻撃を機にドイツもアメリカに宣戦し、ついにアメリカも第二次世界大戦に突入した War comes to America。すぐさまアメリカに渡ったチャーチルは、ルーズベルトとのあいだで、最初に打倒すべき相手は日本ではなくナチス・ドイツ、主戦場はヨーロッパであるとの戦略一致を確認、ルーズベルトの意思で1942年元旦に連合国共同宣言が示された。今週は日本でG8サミット、構成国メンバをみれば、チャーチルが夢見た西... [続きを読む]
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- 2008/06/29 00:41Pearl Harbour !
- W・S・チャーチル著の「第二次世界大戦」にて、日本による真珠湾攻撃のくだりの章は<Pearl Harbour !>。この英国紳士の文章家にして、<!>を使わざるをえないほどの衝撃的な出来事であったが、その実、長く苦しいナチスドイツとの死闘においては「これで勝った!」We have won the war!と確信ができ、裏には大きな歓喜があったのだった。ヒトラーまでも驚愕!した身の程知らずの日本の暴挙。もともと、広い世界のほとんどの [続きを読む]
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- 2008/06/22 00:48Operation Crusader
- 近代戦の様相というものは、昔のように一大会戦で鮮やかに決着がつくようなものではない。だから戦略要地をめぐる局地戦でも取ったりとられたりの北アフリカ戦線 North_African_Campaign。今のゲームオタクたちに格好の戦争ゲームのネタを残してくれたようだ。ゲームなら危なくなればご破算でやり直すのだろうが、これは本番。チャーチルはこの戦線ではなにより自軍の司令官たちに最前線からの積極的な戦闘指導を望んだ。何しろ相... [続きを読む]
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- 2008/06/15 00:28The Atlantic Charter
- ニューファウンドランドNewfoundlandのプラセンシア湾Placentia Bayでのこの写真は1941年8月。ここでナチス・ドイツを倒した後までを見通した、持続する平和への重要な意思表明がなされた。戦艦プリンス・オブ・ウェールズの甲板に集ったひとたちが描いた自由で解放された新しい世界の目標は「大西洋憲章」The Atlantic Charter として表現され、勝利によって実現され、戦後世界の大きな支柱となった。眼前の危機への緊急措置 [続きを読む]
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- 2008/06/08 00:58Alliance with Russia
- ナチスに侵攻されて以来いまやイギリスの運命共同体となったロシアは、英米に軍事物資援助を当然の如く要求し、さらにはロシア北西部の港町アーケンジェルArkhangelskから英軍も上陸させてはいかがかとのスターリンの要請。この港はネコちゃんロシアンブルーRussian Blueお生まれの地らしいが、この大きすぎる国はまったく相手をブルーにさせるような身勝手なお友達であった。ドイツと単独講和などされるよりは軍事物資提供で何と... [続きを読む]
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- 2008/06/01 16:36Back in the USSR
- 「なんでも、総統閣下の仰る通り」のドイツ国防軍最高司令部総長カイテル元帥によれば、「独ソ戦についてヒトラーは、この戦いは二つのイデオロギーの対決だ」と言ったというので、これは信じていいのであろう。ゲルマン民族至上主義、他の劣等民族は隷属すべし、かたや世界に国境はない、われわれだけが正しいの共産主義。イデオロギーとか妙な衣をまとってみても、お互い欲得づくの他国侵略指向・覇権主義だから戦争になるのがも... [続きを読む]
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- 2008/05/31 00:33The Battle of Crete
- 東地中海、紺碧のエーゲ海最南端のクレタ島にミノス文明が興ったのは、紀元前2000年頃という。ギリシア神話のクレタの王ミノス Minosは、島中央北部クノッソスKnossosの都に宮殿を築いてエーゲ海を支配したとされる。平和で開放的であったらしいミノア期の遺跡の島で、4000年後第二次大戦中の激闘の一つ、クレタ島の戦い Battle of Creteがあった。燦燦と輝く太陽の下に、無益な戦いに散ったドイツ、イギリス、ニュージー... [続きを読む]
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- 2008/05/24 21:39General Desert_Fox
- チャーチルは、彼の著作『第二次世界大戦』において、ヒトラーやゲーリンクなど敵の戦争最高指導部を憎む記述に容赦はないが、砂漠の狐"Desert Fox"こと、ロンメル元帥Erwin Johannes Eugen Rommel についての評価は大きな例外扱いにした。ロンメルの第一次大戦からの経歴から追って、西方電撃作戦での速攻や、戦力の集中、戦闘後の再編成など見事な戦術と采配ぶりを記し、彼のなかにすばらしい軍人魂と部下に慕われる人 [続きを読む]
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- 2008/05/17 13:28The Battle of the Atlantic
- チャーチル著『第二次世界大戦』によれば、彼がドイツと戦火を交えてからが真に恐れたのは、英本土への連夜の空襲ではなく、大洋を荒らしまわるUボートの危険のほうであった。チャーチルは、「大西洋の戦い」the Battle of the Atlanticを宣言する。ヨーロッパ大陸と陸続きではない島国イギリス本土は、直接ヒトラー・ドイツになだれ込まれることはない有利な地理的条件にあったが、制海権を奪われて船での物資が入らなくなれば真... [続きを読む]
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- 2008/05/10 23:27GIVE US THE TOOLS
- 1940年は、イギリス帝国とその連邦 the British Empire and its Commonwealth にとって、フランスまでが降服、イタリアにも参戦され、英国本土には空襲が続きヒトラードイツの英国本土侵入の気配はどうやら消えたものの、孤軍奮闘してきた実に大変な年であった。ほとんど戦費は底をつきかけていた。政治家チャーチルは個人的親交を深めてきたルーズベルトに働きかける。翌年春1941年3月、再選されたルーズベルト大統領は [続きを読む]
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