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- 2008/07/26 23:02西日本最大の竪穴住居跡 〜中飯降遺跡
- 和歌山県伊都郡かつらぎ町先日、「西日本最大の竪穴住居跡」発見のニュースがあり、今日7月26日に現地で説明会が開かれるとの記事が地元の新聞に載っていましたので、行ってみました。場所はJR和歌山線・中飯降(なかいぶり)駅を降りて北へ7〜8分歩いたところで、駅から緩やかな斜面をずっと登ってたどり着く丘の上です。大型竪穴住居跡です。大型である、というのは縄文時代の竪穴住居跡は直径4〜5m程のものが多く見つ [続きを読む]
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- 2008/07/21 22:02道端の塔心礎 〜天王平廃寺跡
- 島根県大田市羽根町島根県大田市内、羽根町の国道9号線沿いに見かけた塔心礎です。塔心礎、というのは文字通り寺院に建てられる塔の心柱を受けるための礎石で、ここに建てられた塔が三重であったのか五重であったのか、またどれくらいの高さであったのかは判りませんが、塔の中心に有って建物の安定に大きく影響する心柱を支えるために、多くは巨大な石が使われます。ここに塔心礎が保存されていることは全く知らなかったのですが... [続きを読む]
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- 2008/07/17 09:54出雲大社特別拝観について、訂正です。
- 出雲大社で7月と8月に特別拝観があります。7月の特別拝観について、7月15日にアップロードしました記事に誤りがありましたので訂正します。申し訳ありませんでした。出雲大社のホームページ上に、7月と8月に予定されている特別拝観の情報が掲載されています。今回の特別拝観では、全ての日程で整理券が配られるようですから、炎天下で長時間待つことにはならないと思われます。特別拝観予定7月19日(土)〜21日(月・... [続きを読む]
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- 2008/07/16 00:26石積みの壁に 〜大野教会、「ド・ロ壁」〜
- 長崎市下大野町2619県指定有形文化財となっている長崎市外海町の大野教会です。「明治26年(1893年)マルコ・マリ・ド・ロ神父による設計、工事監理により大野地区26戸の信者のため建てられた出津教会の巡回教会である、」との説明が、現地の案内板にあります。屋根を低くした瓦葺きの建物で、一見民家のようにも思えますが、上半部がアーチとなった窓や、瓦に描かれた十字架から教会であることがわかります。窓に雨戸... [続きを読む]
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- 2008/07/15 23:45出雲大社本殿の特別拝観があるそうです
- 出雲大社の特別拝観について、記事に誤りがありましたので、7月17日アップロード分にて訂正しています。誤り:7月の特別拝観については、前回までと同じ方式になるようです。↓正しくは:7月、8月の拝観とも、境内で整理券が配られます。申し訳ありませんでした。7月17日アップロードの記事(訂正後)... [続きを読む]
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- 2008/07/06 19:50薩摩街道を通りかかって 〜一條殿の田の神さぁ
- 鹿児島県 薩摩川内市 陽成町写真は、薩摩街道、出水筋沿いの集落に立っておられる田の神さぁです。鹿児島城下を出て熊本や宮崎にむかう街道を、以前は「薩摩街道」と言ったそうです。そのひとつ、城下から伊集院、現在の薩摩川内市を経て、阿久根市付近の海沿いから熊本県内へと延びる道は「出水筋」と呼ばれました。現在はほぼ同じルートを県道が通っています。その日は鹿児島市内から車で阿久根市方面に向かっていたのですが、薩... [続きを読む]
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- 2008/06/30 19:05欠片(かけら)で築きあげたもの
- 先日、保存していたCD−Rのデータに、偶然「博多塀(はかたべい)」の写真を見つけました。福岡市博多区の櫛田神社境内で撮影したものです。この時は、丁度博多に行った折に「博多塀」という桃山時代頃に築かれた塀がまだ残されているらしいという話を聞いて、ちょっと探してみたのです。櫛田神社にある博多塀「博多塀」、というのは、天正15年(1587)頃から町屋や寺院の塀として築かれ始めたといわれる土塀のことで、戦... [続きを読む]
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- 2008/06/23 09:23祁答院町の田の神さぁ
- 鹿児島県 薩摩川内市 祁答院町引越しで全ての荷物を移動したので、いまだに「・・・あれはどこへしまったのか、」という探し物がよくあります。それがデジタルカメラの写真など、データの場合は、ハードディスクやCD、DVDのフォルダの中をを確認しなければならないことになり、意外と大変な作業になるのですが、時々、思いがけず懐かしい写真が入っていたりして、却って時間を忘れるような楽しさもあります。そういったいきさ... [続きを読む]
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- 2008/06/21 01:14煉瓦造りの天主堂 〜黒島天主堂
- 長崎県佐世保市黒島町長崎県佐世保市の黒島に大きな天主堂があります。煉瓦造り、ロマネスク様式の建物で、マルマン神父の設計によって明治33年から建設が始まり2年後の明治35年に完成したそうです。先々月、4月の話ですが、国指定の重要文化財となっているこの黒島天主堂に行ってみました。場所はフェリーが着く港から坂道を1.6キロメートル上ったあたりでした。黒島の中でも標高のより高いところ、近くに公民館や小学校... [続きを読む]
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- 2008/06/11 22:41時繋ぐ橋のひとつ 〜恒吉太鼓橋〜
- 鹿児島県曽於市恒吉4月に鹿児島の曽於市内を車で走った際に、「そういえば…」と急に思い出して、岩川から恒吉(つねよし)まで遠回りして立ち寄ったのがこの石橋でした。案内板には「恒吉太鼓橋」と書かれています。この橋のすぐ西側には恒吉城(日輪城)という城跡があって、かなり規模の大きな城跡なのですが、やはり南九州によく見られる、シラスの切り立った崖に囲まれた曲輪がいくつも集まっているタイプの城です。その城跡... [続きを読む]
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- 2008/06/05 00:55石垣は流鏑馬の的場?〜鷲原八幡宮流鏑馬馬場
- 島根県鹿足郡津和野町鷲原津和野の鷲原(わしばら)八幡宮を訪れたおり、本殿に向かう途中の道路から、樹々のあいだに時折、石垣のようなものが見えるのに気付きました。社殿を見たくて津和野の市街地から離れた鷲原神社まで走ってきたわけですが、自転車に乗っているとはいえ、道端に石仏さんが奉られているのではないかなどと周りを気にしながら走るのが習慣になっているようです。それで「これは何だろう、」ということで自転車... [続きを読む]
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- 2008/05/29 00:04吹屋小学校
- 吹屋小学校本館:明治42年(1909)建築の木造二階建、寄棟造です。100年以上の歴史があり小学校校舎としてはかなり古いもので、現在校舎として使われている建築のなかでは最古級のものだそうです。(岡山県指定重要文化財)夜9時まで校舎のライトアップがあると聞きましたので8時過ぎになって、このときは少し雨が降っていたのですが、歩いて行ってみました。玄関の明かり取り窓がこの建物における特徴のひとつであるようです。... [続きを読む]
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- 2008/05/28 23:24ベンガラの紅い町並み
- 岡山県高梁市成羽町吹屋その日は米子から明智峠を越えて国道181号をずっと南に向かったのですが、岡山県の新見市内に入ったところで国道180号をたどることにしました。高梁市成羽町にある「吹屋」という町に寄るためです。この、「吹屋」という町は、古くから(平安時代の大同2年・西暦807年の発見と伝えられています)銅の産出で知られる吉岡銅山のそばに栄えた町です。吉岡銅山は戦国時代、尼子氏と毛利氏によってその争奪が繰... [続きを読む]
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- 2008/05/23 22:10和歌山に到着しました。
- 昨日、目的地の和歌山に到着しました。パソコンからの記事のアップを再開したいと思います。途中で訪れた史跡などについては、道中で携帯からアップできなかった分も多いので、改めて掲載していきたいと思いますので、宜しくお願いいたします。 [続きを読む]
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- 2008/05/21 22:18訂正です
- 「明治時代のステーション」について、訂正です。道標が建てられたのが、「明治十二年」とありますが、正しくは「明治十四年」です。また文字は、「従是住吉ステーション迄九丁四十五間」とあります。場所は神戸市東灘区です。... [続きを読む]
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- 2008/05/21 22:08明治時代のステーション
- 石の風化の具合からして「古そうだな・・・」と、思ったのですが、カタカナで書かれた「ステーション」の文字を見れば、まさか明治時代のものとは気付かないところでした。傍に立てられた案内板によると、その頃このあたりに鉄道が敷設されて、近くに住吉駅ができたため、その場所を知らせる目的で建てられたものだそうです。確かに、側面には「明治十二年六月建之」の文字がありました。... [続きを読む]
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- 2008/05/21 12:41播磨国分寺の塔跡
- 中国山地をようやく越え、姫路市内まで来ました。写真は播磨国分寺の塔心礎です。国分寺跡というと、たいていは基壇跡のみの整備された公園や広場なのですが、やはり礎石が残っているとかつて栄えた寺院の雰囲気が感じとれます。すぐ南側を新幹線が通っていますが、スピードが速すぎるからでしょうか、車内からこの遺跡に気付くことがありませんでした。ここからは大阪府南部まで、交通量の多い道となりますのでそれほど進めないと... [続きを読む]
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- 2008/05/21 00:23出雲大社の本殿特別拝観に行ってみました
- 18日まで出雲大社の本殿特別拝観があったので、行ってみました。本殿は今、60年に一度の遷宮で、今年から修理が始められ、平成25年には完成するらしいのですが、それに伴う公開で本殿内部を見ることができるという事でした。早朝キャンプサイトを出発したところが現地到着は11時前だったので、もう拝観受付のために長い列ができ、「4時間待ち」とのことだったのですがせっかくですので、(実際の待ち時間は3時間だったのですが)... [続きを読む]
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- 2008/05/15 21:25薦神社・呉橋
- 呉橋は非常に珍しい建築であるらしく、全国的にも例が少ないそうですが、薦神社にもこの、「呉橋」がありました。橋の下には、現在は水の流れこそありませんが、ちゃんと小さな川がありました。... [続きを読む]
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- 2008/05/15 21:21宇佐神宮・呉橋
- 宇佐神宮の呉橋(くれはし)です。中国の、呉の国の人が造ったと言われる建築ですが、いつ建てられたのかは不明だそうです。この呉橋から西に向かって、ずっとまっすぐな道が延びており、以前はここが神宮の正門だったそうです。(まっすぐな道は「勅使道」と呼ばれる道で、昔神宮への勅使が通った道とのことです)... [続きを読む]
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- 2008/05/15 21:03薦神社「神門」
- 大分県の中津市にある薦神社(こもじんじゃ)で「神門」という、珍しい建築を見かけました。重要文化財となっています。案内板によると、建てられたのは建物に残る墨書から、元和7年(1621)頃、細川忠興による造営とあります。薦神社の創建は承和年間(834〜848)だそうですからかなり古くからあることになります。名前に「薦」、と付くぐらいですから、なにか薦に関わる言われがあるのだろうと考える方が多いと思いますが、やは... [続きを読む]
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- 2008/05/14 22:52想いを馳せて観た景色は・・・
- 写真は宇佐神宮の弥勒寺跡に残る、礎石の列です。現地の案内板には、西暦725に八幡神を現在の小椋山に移した際、その東方に弥勒禅院を建てた記録が残るとあり、それがこの場所にあたりますので、これらの礎石がその弥勒禅院(弥勒寺)のものと考えられています。また、738年には金堂と講堂が建てられ、弥勒寺は薬師寺式の伽藍を持つ寺院であったそうです。既に発掘調査もなされていますが、いまここにあるのはいくつかの礎石のみで [続きを読む]
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- 2008/05/14 13:32宇佐神宮に参拝
- 全国八幡宮の総本宮・宇佐神宮に着きました。国道を走っていると、歩道の手摺りも朱いものになり、やがて朱い大きな鳥居が見えてきます。境内の御由緒案内によると、上宮に一、二、三之御殿がありそれぞれ八幡神(応神天皇)、比売大神、神功皇后が祭られており、この地にはじめて神(比売大神)が祭られたのは神代のこととあります。また、一般的に神社では二礼二拍手一礼で参る、とされますが、この宇佐神宮だけは二礼四拍手一礼... [続きを読む]
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- 2008/05/13 22:48記憶をたどり道をたどって
- 大分市に向かう国道326号を三重町の菅尾小学館近くで左折して、1.9キロ程走ると、「菅尾石仏」があります。途中には多くの道案内板があるので、迷うことはありませんでした。大分には7,8年ほど前に、一年間の出向で別府に住んだことがあって、その時にたいていの石仏は見て廻ったのですが「菅尾石仏」だけは、記憶になく、ただそこへの道案内の標識が道路脇にあるのを、国道を走る車内から見たことだけ、覚えているのです。今回、... [続きを読む]
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