- 2008/04/21 09:52牢獄の狼
- あの時舞っていたのは雪だったか。それとも桜だったのか。もしかしたら陽光のきらめきだったかもしれず、秋の木漏れ日だったのかもしれない。そんないつだったかのある日、僕はなぜか動物園にいる。開園直後の園内は静かで、ただ自分の息遣いだけが耳に響いた。獣がいる気配は、匂いだけ。その匂いも空中に拡散し、街角のペットショップ程にも感じられない。たくさんの動物たちが閉じ込められた動物園で、獣たちは自らの気配を自身... [続きを読む]
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- 2008/04/14 09:13足音
- 最初は、気のせいだと思っていた。本当に小さくて、日常の騒音に掻き消されるほどだったから。ほんの僅かに近付いてきたかもしれないと感じた時、あまりにもさりげなくカモフラージュされていて、気にしすぎてありもしない気配に反応しているのだと自分を嗤った。そして、気のせいなどではなく、現実に身近に迫っているとはっきりと知った時。もう逃れることなど出来なかった。カッカッカッカッカッカッ・・・・・・足音が響いてく... [続きを読む]
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- 2008/03/21 07:14ここにいる
- 辛気臭いったらありゃしない。私の前でべそべそと泣くのは、もう止めてくれないかしら。お願いだから。あなたの頬を濡らす涙。その涙を見ていると、大嫌いな雨の日を思い出して憂鬱になるの。雨の日は訳もなく不愉快で鬱陶しくて、ほんの少し体を動かすのも億劫なくらいなのに。ただでさえそこら中が痛くて、関節がどこもかしこも悲鳴を上げてる私に、これ以上嫌な思いをさせないで。大嫌いな雨の日。私が、誰かに、見捨てられた日... [続きを読む]
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- 2008/02/10 22:55語ってはならぬ
- ねえ、なにか昔話を聞かせてよ。いい具合に泡盛の酔いが回ってきたころ、この酒宴で一番年寄のおじいに声をかけてみた。僕は余所者で、この島に通い始めてまだ日は浅いけど、おじいはなぜだか気に入ってくれたみたいでよく昔話を聞かせてくれた。新しいものや古いもの、お伽話やうわさ話。昔話と言っても、いろんな形があるんだ。おじいの三線は絶品、でも実は語り部としても最高の部類に入る。泡盛で滑らかになったおじいの舌が紡... [続きを読む]
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- 2008/01/19 01:09黄昏時
- 私の髪も白くなり、この頃は昔のことばかり思い出されるようになりました。若くして召集された兄のこと、広島の地で跡形もなく消え去った父と母のこと、今ではもう顔すらも思い出せなくなった弟のこと。どんな運命のいたずらなのか、あの夏、私だけが助かった。助かってしまった。あの暑い夏、小学生だった私は家族のもとを離れて、山口にある母方の祖父母の家に身を寄せていました。小さいながらも商いを営んでいた両親は、家の仕事... [続きを読む]
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- 2007/12/31 03:42始まり
- ぼくの一日の始まりは、お仏壇に手を合わせることから始まる。お父ちゃんのおじいちゃん、おばあちゃんの位牌よりも手前に、学生服を着て正面をじっと見据えるお兄ちゃんの写真。お兄ちゃんはちゃんと生きてるけど、ちょっと前に兵隊さんになった。だから、武運を祈って毎日手を合わせるように、家族のみんながお兄ちゃんのことを忘れないようにとお父ちゃんがこの場所に写真を飾った。お兄ちゃんが兵隊さんになった日のことを、僕... [続きを読む]
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- 2007/11/06 01:10朝靄に抱かれて
- これを、虫の報せ、と言うのでしょうか。夢枕に立つ、と言うのでしょうか。まだ夜も明け切っていない早朝に、私は目を覚ましたような気がします。なぜだか胸がざわめいて、恐る恐る薄い障子戸を引き開けると、白い朝靄がさあっと部屋に流れ込んできました。白い朝靄は蚊帳を取り巻くように漂って、何かの生き物のように蠢き、一つの影を産み出しました。これは、きっと、夢。私の想いが見せた、儚い夢。影はやがておぼろげながら表... [続きを読む]
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- 2007/11/02 23:10洞窟の中で
- 母さん、あなたにはこの状況が想像できますか。お国のため、天皇陛下のためと勇ましい万歳三唱で送り出してくれた父さんには、銃を担って勇ましく戦場を駆け巡る僕の姿しか思い浮かばないでしょう。絶えぬ涙を拭いながらも、気丈な顔で千人針を手渡してくれた母さんには、果敢に敵兵を追い詰める僕の姿しか思い浮かばないでしょう。薄暗い洞窟の片隅で、餓えと恐怖で震えている僕の姿なんか、郷里で待つあなた達には想像も出来ない... [続きを読む]
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- 2007/10/14 03:12サバニの記憶
- 海に、潜る。そんなに深く潜る必要はない。手を伸ばせば海面に届くくらいのところで、そっと瞼を開いてみる。なれないうちは潮水が目に沁みるけども、何度も頑張って挑戦してみればやがて平気になってくる。そしたら、水面を見上げてみるといい。太陽が波と溶け合って、どんな万華鏡よりも不思議な世界を作り出しているから。自分の鼻から漏れる空気の粒さえもが、この上もなく美しく見えるから。頭の上に浮かぶサバニから、父ちゃ... [続きを読む]
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- 2007/10/12 23:03月明かりの下で
- 台所仕事をしていた私に、硬い表情をした夫が赤紙を差し出した。握り締めた拳はぶるぶる震え、歯を食いしばった口元は今にも何かを叫びだしそう。私は夫の気勢を制するために、努めて冷たい口調で言ったのです。あら、ようやくあの子も御国の役に立てるのね。役にも立たない絵ばかりを描くと、これで後ろ指刺されずに済みます。夫は、憎憎しげに私を睨みつけ、右手を大きく振り上げた。その右手は私を殴ることなく、やがてやり場のないま... [続きを読む]
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- 2007/10/05 21:59歴史に呑まれた者
- 大いなる魂は、我々になにを求めてこのような試練を与えたまうのか。最新式の銃器を多数備えた軍隊は、今までに出会ったことのあるどんなに大きな野牛の群れよりも多い数で、我々の村を取り囲んだ。ずいぶん前から食糧不足に悩んでいた村は、成人の男たちのほとんどが狩りに出かけていて、留守を守っていたのは女、子供、老人。小さな動物を仕留めるための弓矢は、巨大な軍隊の前にほとんど役立ちはしなかった。一方的な銃撃は短時... [続きを読む]
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- 2007/10/03 00:38歴史の立役者
- 故郷を旅立ってから、この手でどれだけの“やつら”を殺してきたのだろう。さんざん“やつら”を殺してきた今となっては、“彼ら”の代名詞を使うのは何とはなしに抵抗感がある。“やつら”は“それら”で充分だ。“やつら”は二本足で走り回るし、ぼくには理解できない言葉で会話し、生意気にも時代遅れの武器まで使って抵抗する。小さな子供だったら可愛く見えないこともないし、ごくまれにだが欲情を刺激するような女がいないわ... [続きを読む]
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- 2007/09/17 23:02ばあちゃんの戦争、じいちゃんの戦死
- 僕の一族の中で、ばあちゃんは太陽みたいな存在だ。力強くて揺るぎない。厳しい時や鬱陶しくなることもあるけれど、常にみんなに気を配り、遠く離れていても見守っていてくれる。おじさん、おばさん、大勢のいとこたち、みんなみんなばあちゃんを慕っていて、ばあちゃんがいるからこそ一族の結束も固くなる。みんなから愛されているばあちゃん。たまに機嫌が悪くなっても、すぐに笑顔を見せてくれる。そんなばあちゃんが、長い人生... [続きを読む]
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- 2007/09/14 09:42白昼夢
- 愛しい我が子の召集令状を受け取って、心底喜ぶ親がどこにおるか。赤紙を差し出されて、わしの拳は震えてしもうた。町内会長は気付かんかったのか、名誉な事じゃけんと笑って言いよった。あんたのとこは良かったよな、女の子供しかおらんもんな。わしとこみたいに、大事な息子をもっとらんけえ笑っておれるんよな。国防色の上着とゲートル巻の町内会長、軍人気取りの町内会長、あんたの横っ面を、張り倒してやりたい。わしは貧乏な家庭... [続きを読む]
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- 2007/09/12 09:48鬼の末裔
- 初夏。梅雨の合間に。抜けるように透き通った空が頭上に広がり、ビー玉のように透明な波が海に翻る。この島に住む人々の真っ黒に日焼けした顔に浮かぶ笑顔は優しくて、温かくて、辛いことなんか何にも知らないんじゃないかと思わされた。のんびりゆらゆらとたゆたうように生きているから、辛いことなんて知らずに生きていられるから、人々はこんなにも穏やかに笑っているに違いない。泡盛で緩んだ空気の中、誰ともなく奏でる三線は... [続きを読む]
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- 2007/09/10 10:41歪んだ音色の
- じいさんの腕前に、あの三線は似合わないといつも思っていた。偉そうなことを言う僕自身が巧みに三線を弾くわけじゃあないけれど、毎日のように聞き馴染んだ楽器の音色だから、弾き手の腕前だけじゃなく道具の良し悪しも多少なりともわかるつもりだ。馴れていなければ同じように聴こえる三線の音も、物が違えば大違い。棹の良さ、太鼓の張りでずいぶんと音色も響きも違ってくる。安物の三線が出す音はやっぱり安っぽいし、高価な三... [続きを読む]
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- 2007/09/09 01:57サバニ
- じいさんは、いつも、いつも海を見ていた。波の果てを、いつまでも。見る・・・と言うよりも、突き刺すような視線で。波打ち際で白く泡立つ波頭から、ゆっくりと目線を遠くへ動かすと、遮るものの何もない水平線が現れる。いつしか大空と交じり合い、上下の区別がなくなっていく水平線。既存の言葉では、とても言い表せない空と、海の色。幼い頃からずっと、じいさんと眺め続けてきた景色。じいさんはいつも波打ち際に立って、皺深い... [続きを読む]
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- 2007/09/08 10:58サバニに揺られて
- 今夜も、海に出てしまった。満月に照らされて、何のあてもなく。小さなサバニが波に揺られて、心もとなく彷徨っている。わしは舵を取るでもなく、ただゆらゆらと波任せ、風任せ。こうやって海に出るようになって、どのくらいたっただろう。村の者たちは何も言わないが、狂人を哀れむ目でわしを見る。すれ違いざまに挨拶を交わしつつ、気の毒げに見送るのを感じる。。家内は心配しながらも、わしが海に出るのを止めようとはしない。夜中に... [続きを読む]
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- 2007/09/08 00:36真夏の夜に
- 今夜の月は、なんて綺麗なんだろう。飽きれるほどに完璧な満月。仲間達が眠る営倉をこっそり抜け出して、月明かりを頼りに手紙を書いた。遠い故郷で帰りを待っているはずの、父さん、母さん、幼い妹や弟達に宛てて。もう一人、駅舎の陰で泣き顔で佇んでいたあの人にも書こうと思ったけど、結局最後まで書けずに終わってしまった。たぶん、この手紙は、家族の元には届かない。思いのすべてを打ち明けたこの手紙は、検閲官の手で握りつぶ... [続きを読む]
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