ukyuu さん

ukyuuさん: 市川和男のブログ
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エッセー(エッセイ)
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プロフィール

ハンドル名ukyuu さん
ブログタイトル市川和男のブログ
サイト紹介文 四万十川中流域
     そのほとりの邑から
自由文 足元を見つめてみたり
 遠くに霞むものに目を注いだり
 今という時に
   ぎっしり詰まっているものに気をとられたり
   それがまるで空っぽのように感じたり
参加カテゴリー
更新頻度情報提供56回 / 290日(平均1.4回/週) - 参加 2007/09/14 15:07

ukyuu さんのブログ記事

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  • 2008/01/03 19:57風・彼方・雲
  •  元日に続く。 元旦の新聞での、もう一人は「千の風」で知れわたった、多彩な創作 活動で総合芸術家の呼称を持っている新井満氏だ。  氏は、歌人・俵万智三との対談で言う。 「日本人は風が大好きな民族。  定家の”み渡せば花ももみぢもなかりけり浦の苫屋の秋の夕ぐれ”   も風という言葉はないが、明らかに秋風が吹いている歌です」と。  また、「千の風になって」を聞いた方から   「ーー風に生まれ変わって、... [続きを読む]
  • 2008/01/01 17:21雪の元旦
  •       元旦や訪れ来る屋根の雪 白銀のお正月。久しぶりだ。 静かな年明けである。 雪晴れにドサッと屋根に積もった雪が落ちる。 それが我が家の年賀客である。 新聞に色々いっぱい記事や広告があふれている。 その中にある二人の言葉が、私の中に入ってきた。 その一人は立花隆氏。 氏は、日本の近現代史を、前半は明治憲法レジームの時代であり、後半は昭和憲法レジームの時代である、と明確に語られる。 そしてい... [続きを読む]
  • 2007/12/30 14:43魂の遡行ー2
  •  一説によれば、いまや、「哲学的世代の終結」だという。 それを象徴するのが、J・デリタの死である。 デリタは、「希望のヨーロッパ」という講演で語りかける。 <新しいインターナショナル>とは、苦悩、希望を介して結ばれた絆をはじめとして、反時代的な絆、公にされることのない絆、国民共同体と無縁の絆、ひとつの階級に帰属しない絆、など、十の絆。 そして、シャロンとブッシュの政策を批判することのできるヨーロッ... [続きを読む]
  • 2007/12/20 17:00魂の遡行−1
  •  「現在性」から、如何にして未来を望見できるのか。 これまで、例えば、場の思想から、共創の思想から、そして、地球惑星の視座から、また、今世紀的神学から、それぞれのアングルで、清水博氏、石川光光男氏、松井孝典氏、イヴァン・イリイチ氏たちの、現在性に関する言葉を勝手にピックアップさせていただき、、我流に考察してきた。 「現在性」という闇に射す光りを各氏は示されている。 が、ここで、もうひとつの角度から... [続きを読む]
  • 2007/12/17 18:23現在性−6
  •  〔現在性ー5〕での     イリイチの遺言、の続き(『生きる希望』言葉から)システムに呑み込まれた人間 より   ――1960年代と1970年代の間には使うことのできた諸々の欲求や法、そして特権といった言語は効力を失っています。 1960年代にはわたしはまだ「希望の世俗化」を語ることができました。人々はまだいくらかの力が漲るのを感じていたのです。――力漲る人々はまだ深く世俗化された希望を楽しむこ... [続きを読む]
  • 2007/12/12 14:29現在性ー5
  •  前に述べたように、人にはそれぞれの鏡がある。 特に「現在」という歴史の、実に多様で膨大な堆積体が、 その鏡に映るものは多彩を極める。 それは見る角度によって色々に異なる。 その角度は、それぞれの体験や知識、関心の方向などが複雑に絡み合って、先天的かつ後天的に定まってくる。 そのとき決定的な役割を「言葉」が果たす。 だが、その言葉・言語というのは、本来、人々のこころを生き生きとつなぎ合わせる通信伝... [続きを読む]
  • 2007/12/09 17:45現在性−4
  •  松井孝典博士は私たちの置かれている現在という時空に、地球惑星物理学の視座に立ち、そこに写る地球の深刻な危機を憂い、そこから絶えず警告を告げられている。 最近では2007年8月、氏は『地球システムの崩壊』という著書を出された。 ここでは、その中に刻まれた文章から、「現在」に関わる幾つかの視点をピックアップさせてもらいたい。 「現代とはいかなる時代かと問われれば、我々の存在が宇宙から見える時代、ある... [続きを読む]
  • 2007/12/08 12:00現在性ー3
  •  際限のないフロンティアが、この地上に残したものは何か。 今世紀の境目あたりから、その姿が現れだした。 野放しの、科学時術と結託した経済の近代化と米国型資本主義がもたらせている災禍の現象群だ。 今世紀、天罰が下っているようだ。 自然の猛威でけりがつく問題ではない。 異常な気候変動が一斉に地球を責めたてている。 このような物理的な諸現象に重なる非人倫的行為の続発。 テロを含め、凶悪きわまる犯罪や、そ... [続きを読む]
  • 2007/12/06 17:25現在性ー2
  •  今求められているのは、私は「ポスト効率の論理」だと思う。 機械的な効率化は、精妙で繊細なものを失わせた。 とりわけ日本的な情緒が、近代化の進展の中で次第に喪失してきた。 そんな精神の時節、ポスト効率の論理を何に求めるべきか。 結論的にいえば、それは、おそらく宇宙の摂理を尊ぶ東洋美学のなかに潜んでいるのではないだろうか。。 それを、如何にして、現在に呼ぶ起こすのか、が何にも勝り問われるべきではない... [続きを読む]
  • 2007/11/30 12:05現在性についてー1
  •   現代の危機的状況に身を置いて生きるということの意味、その意味の哲学的な考究の磁場での想いを、自分なりに書き留めていきたい。 ここに、このとき存在する自己の、社会科学的、人文学的な位置づけを、どのように認識すればよいのかということだ。 ここにきて、「伝統」と「正統」が喪失している。 そして「感情」と「思想」の問題も見えなくなっている。 いつの間にか置き忘れた感性。スピードによってかき消されたもの... [続きを読む]
  • 2007/11/21 21:01季刊誌『仏教』復活を
  •  京都の仏教書出版で150年以上の歴史を持つ法臓館。 ここで季刊誌『仏教』という仏教思想と近代文明の交点を探る、 素晴らしい総合文化雑誌を発行していた。 それは昭和62年(1987)10月から、平成13年(2001)に至る期間であった。 私とっては実に貴重な愛読雑誌であったが、その第一期の幕が閉じられたまま、第二期の幕は開かれていないようだ。 この誌の第一号の後記の欄には次のようにあった。「――... [続きを読む]
  • 2007/11/16 20:26コトの「場」と合わせ「鏡」
  •        一切の存在のうちに存在しつつ       しかも一切の存在と異なったものであり       一切の存在はそれを知らないけれども       一切の存在が そのものの身体であり       内部にあって一切の存在を支配するもの       それがあなたのアートマンであり        内部にあって支配する者であり       不死なるのもである。  (『ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニ... [続きを読む]
  • 2007/11/08 10:29「行き詰まる政党政治」−3
  • 壊し屋、結構格差解消の機能不全に陥った政党の壊し屋、結構だ。何でも硬直化すれば、機能不全になってしまう。閉塞状態のままの既成政党は、無用の長物だ。変化する時代に中で、作っては、壊し、壊しては、また作る。それが政党の枠自体であれ、或いは、枠内での行為であってもいい。組織の内外を問わず、イノベーションは絶えず繰り返されれるべきものだ。ねじれ国会、これも結構世の現実は、ますます多様化・複雑化し、しかも交... [続きを読む]
  • 2007/11/07 21:22「行き詰まる政党政治」−2
  • 権力分立と政党「天下の権力、総てこれを大政官に帰す、則政令二途出るの患無らしむ」。これが日本の三権分立主義を採った採取の文言である。1868年(明治3年)、五箇条のご誓文を実行するための『政体書』にある言葉だ。大日本帝国憲法は、1890年(明治23年)から施行されたが、そこですべての権力、つまり統治権は天皇が統轄することが明記された。すなわち、立法権は帝国議会の協賛を以って天皇が行使する。司法は天... [続きを読む]
  • 2007/11/05 12:09「行き詰まる政党政治」−1
  •   いま「政党政治が行き詰まっている」との声が聞かれる。どう行き詰っているのか。日本の本格的な政党内閣は、1918年(大正7年)原敬によってつくられた。やがて戦時下に入り、軍人や官僚の内閣となって政党政治は終わる。復活したのは1945年、第二次大戦終結後である。戦後日本の政党制は、昭和21年4月の総選挙までに全国に364もの政党が結成された。1955年を画して政党再編成が行われ、一党優位政党制が長年続く... [続きを読む]
  • 2007/11/02 14:02林住の画家・一村
  •  田中一村も、魂の林を住処とした数少ない孤高の人だと思う。 天与の画才を授かりながら、むしろそれゆえに、あえて身を切るよう  な孤高のなかで、秀逸な作品をつくるだけに生き死んだ。 創造意欲が湧きいずる隠棲の場が、一村にとっては、 瑞瑞しい精神の林立する最果ての孤島であった。 一村が終いの仕事場に選んだ奄美の島々。 その一角に、東洋の真珠と呼ばれ、美しいサンゴ礁に囲まれた与論島 がある。 まずそこを... [続きを読む]
  • 2007/10/31 13:37共生・共死の場
  •  宗教民俗学者である山折哲雄・国際日本文化センター教授は、 次のように言う。「(前略)共生論のなかで一番欠けているものがある。それについては あまり指摘されないが、共生の思想というのは「共死」の思想の裏付 けがないとダメだ、ということ。 共に生きるだけではダメなんだ、そこは共に死ぬところでもあるとい うことです。  死ぬ場所が、我々の都市じゃないかという視点だ大切です。 不思議なことに共生、共生と... [続きを読む]
  • 2007/10/27 14:57林住期−3 樹下の風信
  •    わが内なる林の中に吹いてくるもの   ☆ 法然(1133〜1212)の「念仏・浄土」行   ☆ 道元(1200〜1253)の「放下・脱落」行   ☆ 一遍(1239〜1289)の「捨聖」行  さけばさきちるはおのれと散る花のことわりこそ身は成りにけり                      一遍の「自受用三昧」境     ☆ 西行の浄土行としての歌道   ☆ 良寛の「騰々任天真」の行   ... [続きを読む]
  • 2007/10/24 22:05「林住期について」―2
  • 二千年も前からインド人が抱いていた人生観に「四住期」というのがある。 その第一は「学生期」で学びの時期。    その第二は「家長期」で家庭営みの時期。 その第三が「林住期」という開放・自由の時期だが、        やがて家庭に落ち着くようになる。 その第四が「遊行・遁世期」で、ここに至る人は少なく、       もう家庭には戻らないという、聖の道。 一般には晩年を「林住期」として、その時期での... [続きを読む]
  • 2007/10/20 16:55「林住期について」 ―1
  • ある秋の夜のこと。閑散とした居酒屋で三人の男が久しぶりの杯を交わしていた。50歳前の公務員、50歳半ばのある団体の長、役職から離れた70歳をまわった男たちだ。話題はブログに関心が向いていたが、酒がまわるにつれて次第に、今の自分を語るとになっていた。 「林住期」という人生にどう身をおくか。そんな時、50歳半ばが言った言葉に盛り上がった。その折の話を、要約すればこのようになろうか。今や天然の林は少なくなったが... [続きを読む]
  • 2007/10/11 10:08民主と衆愚
  •  民主主義とは、民衆(demos)の支配(kratia)というギリシア語・デモクラシーが語源である。 つまり、それは支配者と被支配者が同一であることを意味する。 そのような政治体制とそての「民主制」は遠く古代ギリシアを発祥地としている。 しかし、そのときすでに、民主政治の内在する負の部分、すなわち、浮動する大衆に依存した政治形態の堕落として、衆愚政治の危険が、アリストテレスらによって指摘されていた。 それはと... [続きを読む]
  • 2007/10/10 17:35共生―? 〔共生と争生〕
  •  新総理初の記者会見。 そのとき、知りたかった肝心のことが聞かれなかった。 記者は、国民の目線で政治を質すのが仕事だ。 一方、総理には一国をガバメントする哲学が要る。 今回は、その統治の基本概念が、福田総理の打ち出した「自立と共生」なのである。 日本の今後の進路を示すべき政治理念である「自立と共生」の意味するものを問う質問がないのに驚いた。  なぜ、いま「共生なのか」。 「共生することを、現在阻害... [続きを読む]
  • 2007/10/08 18:12共生―〔共生と自立〕  
  •  近年ほど「共生」という言葉があちこちに溢れているのは、これまでにないことだろう。 それほどまでに「共生を阻むもの」が大きく、かつ、数多く存在している証左だ。「共生」というからには、いまここで「共生」の成り立つ状況がないということに他ならない。 今回,背水の陣内閣という福田総理は、2007年10月1日、初の所信を表明し、その終わりに<自立と共生の社会に向けて>と銘打った締めくくり演説の中で、 「改... [続きを読む]
  • 2007/10/08 16:03共生―〔共生とは〕  
  • 以下は、「シ・マヌタ アルカディア委員会」という仮想の、一種の農村委員会のような、自治体で設置すべき組織を想定し、その根拠とすべき思想の提言を意図して、昨年の初頭に書き上げた原稿である。      【共生への思考】     共生(ともいき)の地域的復位                     −見失ったものの回復に向かってー                            市川 和男  ... [続きを読む]
  • 2007/09/21 22:50今、政治のなすべきは
  • 秋彼岸、ようやく炎天・酷暑も和らぎ、朝夕には秋の風が少し吹く。  秋澄む朝の大気は、心も透明になる感じだ。 ふと、大和の国人は自然人だと思う。 人々の心の底流に、アミニズムの水脈が滔々と流れている。 だから、四季に敏感だといえそうだ。   ところで、明日は自民党の総裁選ということで、まるで特売セールの 騒ぎみたいだ。(そう昨日書いたが、今日の最終討論を聞いて訂正・補足している) 福田候補は、自明... [続きを読む]
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