|
- 2008/07/20 21:3329 縄文時代には戦争はなかった・日本列島と戦争(その2)
- 日本列島の「戦争」は、弥生時代に始まった。そう、考えられています。 では、弥生時代に先行して1万年も継続した「縄文文化」は? 縄文時代には、本当に戦争がなかったのでしょうか? エントリーの28では、弥生時代の「戦死者の遺体」について説明しました。 実は、縄文時代の遺跡からも、戦いの犠牲になったと思われる人骨は発見されています。 ただし、数が違います。 [続きを読む]
|
- 2008/07/04 21:0928 彼らはコメと戦争をもってやってきた・日本列島と戦争(その1)
- これから何回かにわたって、歴史の中の「戦争」について考えてみたいと思います。 はじめに、「日本最古の戦死者」を紹介します。 福岡県志摩町新町遺跡は、紀元前4世紀ごろの遺跡とみられます。 弥生時代のはじめ、朝鮮半島から北九州にわたってきた人々がいました。 新町遺跡は、そういう人々がつくった「コメ作りのムラ」のひとつです。 この遺跡で見つかった24号木棺墓には、40代の男性が埋葬されていました [続きを読む]
|
- 2008/06/29 23:4427 古代・北関東王国の没落
- 古墳時代中期、西暦5世紀の北関東地方。 そこに、雄大な勢力を誇った「国」がありました。 彼らは今の群馬県、榛名山の東南のふもとに本拠をおいて利根川の水運をおさえ、朝鮮半島から技術者を迎えいれて、先進的な地方社会を築いていました。 その国の名は、「毛野」。 『日本書紀』の安閑天皇元年の条に、つぎのような伝承が記されています。 [続きを読む]
|
- 2008/06/09 22:5626 今川義元
- 駿河守護職・今川氏の第9代目当主。 永正16(1519)年生まれ。永禄3(1560)年5月敗死。享年42才。 今川義元の名は、戦国時代の駿河(静岡県)を治めた守護大名の大物として有名です。 ただし何をもって有名かと言うと、本人にとっては、はなはだ不名誉なものでした。 言わずと知れた桶狭間の戦いで、織田信長の奇襲を受けて敗死した人物としてのみよく知られているのです。 信長の引き立て役として、これまでに小 [続きを読む]
|
- 2008/05/14 17:1525 崇神天皇と三輪山の蛇神
- 崇神天皇は、『日本書紀』に記された第10代の天皇です。 記紀(『古事記』と『日本書紀』)に書かれた古い時代の天皇は、本当に居たのかどうか疑問を持たれている人物が多いのですが、この崇神天皇は実在した可能性があると見られています。 ただし、天皇という称号が当時まだなかったことは、ほぼ確実。「崇神」というのも、漢風諡号と言って後世になってから贈られたものです。 ですが、話が面倒くさくなるので、ここ [続きを読む]
|
|
|
- 2008/04/19 20:2924 幻の女王国(その3)・新時代の胎動
- (1)時代の転換期と「乱世」 前回の話題では、「邪馬台国の時代」が歴史上のどのあたりに位置づけられるのかを確認してみました。 先行する「倭国乱れ」と中国の史書に記された時期も含め、年代的には紀元2世紀末葉〜3世紀前半。考古学的時代区分では、弥生時代終末期〜古墳時代初頭ということになります。 この「弥生時代終末期〜古墳時代初頭」というところに、まず注目してください。 「邪馬台国の時代」 [続きを読む]
|
- 2008/03/23 19:1923 幻の女王国(その2)
- 考古学から見た「邪馬台国」について、書いてみたいと思います。 一昔前までは、このテーマに関連して「三角縁神獣鏡」というシロモノがよくクローズアップされました。 これは中国鏡の形式でつくられた青銅製の鏡なのですが、日本各地の前期古墳から出土する独特の考古遺物です。 最近、「鹿男あをによし」というテレビ・ドラマを観ていたら(原作は未読)、この三角縁神獣鏡が重要なモチーフとして使われていて、ちょ ... [続きを読む]
|
- 2008/02/27 19:2822 古代東国の王者と「稲荷山鉄剣」
- 「稲荷山鉄剣」というのをご存知ですか? これが見つかったのは、埼玉県行田市の稲荷山古墳。 発掘調査は1968年のことですが、調査後の資料整理が追いつかず、この鉄剣は10年間も倉庫の中で眠っていました(遺跡の発掘では普通のこと)。 そして10年後の1978年秋。 突然、「世紀の大発見」として脚光をあびました。 当時はマスコミでもけっこう取り上げられていたので、覚えている方もいらっしゃると思います。 な ... [続きを読む]
|
- 2008/01/29 18:3921 蘇我氏 − 列島の古代国家をつくった一族 −(その1)
- 「蘇我氏」について、考えてみたいと思います。 日本の歴史の流れの中に、時代を牽引する役割をになう一族がいくつも現れています。 蘇我氏もそのひとつですが、活躍した時代が古いため、かなりの歴史好きでなければイメージがつかみにくいのではないでしょうか。 蘇我氏が勢力をふるった期間は、おおよそ6世紀から7世紀にかけてです。 とくに7世紀前半を「飛鳥時代」といいますが、有名な蘇我馬子・蝦夷・入鹿の3 [続きを読む]
|
- 2008/01/20 17:3220 諸星大二郎『マンハッタンの黒船』
- たまには、息抜きを。 インテルメッツォ(幕間劇)として、諸星大二郎の短編漫画から隠れた傑作というか珍作をひとつ紹介します。 タイトルは、『マンハッタンの黒船 −アメリカ開国秘話−』。 時代は近未来です。 この時代のアメリカは、なんと「鎖国政策」をとっています。 その100年の眠りを覚ますために、日本の黒い原子力潜水艦がニューヨークに派遣されるのです。 もちろん日本の幕末をパロっているのですが ... [続きを読む]
|
- 2007/12/19 19:2619 田沼意次と、近世通貨の歴史
- 江戸時代中期、幕府は経済の分野での多くの”実験”を試みました。 有名な田沼意次が政権の中枢をになったころのことです。 歴史の流れの中で、その後の”日本”に大きな影響をもたらした重要な時代がいくつかあります。 田沼時代もそのひとつと言えるでしょう。 ... [続きを読む]
|
- 2007/12/08 23:30 18 阿井景子 『濃姫孤愁』
- 織田信長の正室 ”濃姫” には、輿入れしたころの有名なエピソードがふたつあります。 ひとつは、婚礼のため尾張におもむくときの、父・斉藤道三との会話です。 道三は、一振りの懐剣を娘にさしだしながら言いました。「そなたが嫁ぐ男は、うつけと言われている。もし信長がまことのうつけであれば、この刀でかの男を刺せ」 懐剣をうけとった濃姫は、とっさに切りかえします。「この刀は、父上を刺す刃となるやもしれま ... [続きを読む]
|
- 2007/12/02 12:23 17 ”正倉神火” と武士の誕生
- 奈良時代の後半から平安時代初頭の東国に、正倉や官舎が原因不明の出火で焼失するという事件がたびたびおこりました。 正倉というのは、穀物や財物をしまっておく公の倉庫のことです。 朝廷はこれらの不審火を、はじめは神の祟りということで処理していました。 古代においては、政治はマツリゴトといわれました。神を祭ったり供え物をするのは、当事にあっては政治の根幹だったのです。 ただ、この”神火”事件に ... [続きを読む]
|
- 2007/11/17 19:26 16 織田信長の実像(その3、桶狭間2)
- ”14 織田信長の実像(その2・桶狭間1)では、通説にそった桶狭間の戦いを概観してみました。 そのさい、この有名な合戦の実相についてのさまざまな考察のなかで、わたしがとくに興味をひかれた書物として、藤本正行『信長の戦争』をあげました。 まず、この本の内容を簡単に紹介しておきます。ここでは、織田信長にかかわる7つの“戦争”がとりあげられています。 桶狭間の合戦、美濃攻め、姉川合戦、長嶋一揆攻め ... [続きを読む]
|
- 2007/11/08 00:04 15小沢炎上
- 民主党と小沢一郎代表が、迷走しているようです。 突然の党首会談、大連立構想とその破綻、代表辞任表明、慰留され辞任撤回。 さっき小沢代表の2度目の記者会見を、ラジオで聞きました。わたしの印象としては、わりあい率直に話しているのかな、と。 しかし世間やマスコミは、小沢代表の一連の言動をめぐって、不可解、なにか腹に一物あるのでは、という憶測が飛びかっているようです。 たしかに、もうひとつ真意がわか ... [続きを読む]
|
- 2007/10/29 22:47 14 織田信長の実像(その2・桶狭間1)
- 織田信長の事績については、現在さまざまな観点から見直されています。 有名な桶狭間の戦いもその一つです。 通説では。 永禄3年(1560年)、今川義元率いる2万5千の大軍が尾張をめざして進軍を開始します。その目的は、京に今川の旗を立てること。当時、国力の充実した駿河・今川勢が、戦乱の世を鎮めるための行動をおこしたのだとされています。 そもそも今川家は足利の名門、天下に号令する資格はじゅうぶん ... [続きを読む]
|
- 2007/10/14 20:49 13 織田信長の実像(その1・入門編)
- 織田信長という人物の人となりを知るうえで、欠かすことのできない有名な史料があります。 天正4(1576)年頃、信長が秀吉の妻に宛ててかいた手紙です。 このころの織田家は、多くの難敵との長年にわたる苦しい戦にもようやくめどがつき、全盛期をむかえようとしていました。 先立つ天正元年には、将軍、足利義昭を追放し、抗争をくりひろげてきた浅井・朝倉両家を滅亡に追い込んでいます。また天正3年には、有名な長 ... [続きを読む]
|
- 2007/09/24 13:5812 濃姫の謎と歴史を創る愉しみについて
- 質問サイト、「教えて!goo」で、摩訶不思議な人を見かけました。 いわく、倉庫(ご実家の?)から、明智光秀の書状が出てきた、と。 上杉景勝にあてたもので、徳川家康と明智光秀が「本能寺の変」にさいして共謀していた、というような内容だそうです。で、この資料をどこへ持っていけばいいか、と質問しています。 回答は、”つるしあげ”みたいな感じになっていました。 この質問者の同じような質問は他にもいくつ [続きを読む]
|
- 2007/09/16 15:30日本の歴史を探す旅
- 《最新記事》29 縄文時代には戦争はなかった・日本列島と戦争(その2)《ピックアップ》28 彼らはコメと戦争をもってやってきた・日本列島と戦争(その1)27 古代・北関東王国の没落26 今川義元25 崇神天皇と三輪山の蛇神24 幻の女王国(その3)・新時代の胎動22 古代東国の王者と「稲荷山鉄剣」21 蘇我氏 − 列島の古代国家をつくった一族 −(その1)16 織田信長の実像(その3・桶狭間2)12 濃姫の謎 [続きを読む]
|
- 2007/09/16 15:29 11 青岳尼と房総里見氏の栄華
- 青岳尼は、戦国時代の東国に生きた女性です。 鎌倉の名刹・太平寺の住持をつとめた尼僧ですが、弘治2年(1556年)、房総の里見義弘が鎌倉に侵入し、この女性を略奪して正室にむかえるという劇的な事件がおこります。 里見義弘の父は、房総里見氏の最盛期を築いた戦国武将・里見義堯です。 一方、青岳尼の父は、小弓公方・足利義明。 一般になじみのうすい名前ばかりですね。 足利義明というのは、織田信長との関わ ... [続きを読む]
|
- 2007/09/09 15:33 10 日本の歴史をエレガントに記述する試み
- 今回はちょっと趣向をかえて、このブログのこれからの構想についてふれてみたいと思います。 ちなみに「姫氏の国」の読み方について一言。 「姫氏の国」は”前口上”で書いたように「東海姫氏(きし)の国」に由来します。 だから「きしのくにのものがたり」と本来は読むべきです。 ただ、言葉というものは、文字だけであっても無意識に頭の中で”音”にして読んでいるものですね。 私自身はどうかというと、記事を投稿し ... [続きを読む]
|
- 2007/09/02 18:39 9 八犬伝博物館のある城
- 千葉県館山市に、八犬伝博物館があります。 正式な名称は、館山市立博物館分館。 本館の方には安房の歴史と文化、戦国大名・里見氏関連資料、民俗資料などが展示されていますが、こちらの館山城を模した分館は「八犬伝」で満載!! 滝沢馬琴が江戸時代に著わした、一大長編伝奇小説『南総里見八犬伝』。 ここには、その馬琴についての資料がある。錦絵や、歌舞伎のからくりもある。昔、NHKで放映された『新八犬伝』 ... [続きを読む]
|
- 2007/08/31 22:28 8 イエス・キリストの話術(その1)
- あるときパリサイ人たちが、イエスを陥れようとはかり、弟子をつかわして言わせました。「これはこれは、先生、山上のシンポジウムはお見事でした。あなたこそまことの神の道を教える方であることは、みんな知っておりますよ。そこで、先生の叡智を少しわけていただきたいのです」 イエスは、ははんとバカにしたようなまなざしを、その男になげかけました。 男はつづけます。「いやあ、どうにもね。私は頭がわるいもので ... [続きを読む]
|
- 2007/08/26 13:16 7 女は遊べ物語
- 司馬遼太郎からもうひとつ、短編の佳作を紹介します。『戦国の女たち』PHP文庫などに所収されている、「女は遊べ物語」です。 主人公は伊藤七蔵政国。 妻の浪費から大金持ちになった男の話です。 この七蔵という男、女運がわるいのでしょうか、いいのでしょうか。 彼は、織田信長と豊臣秀吉につかえました。腕っ節はなかなかのようですが、とりたてて才覚のある男ではなさそうで、歴史上の人物としてはまったくの ... [続きを読む]
|
- 2007/08/24 19:54 6 戦国の梟雄
- ”「国主になりたいものだ」” この一言から、司馬遼太郎は波乱万丈の物語をスタートさせました。”この夜のつぶやきは、日本史が永久に記憶しなければならなくなった。” 時は戦国初頭。オープニングの舞台は、荒廃した京都。 つぶやいた男の名は、松浪庄九郎。後の斉藤道三です。 『国盗り物語』は、司馬遼太郎の代表作の一つ。 この小説のストーリーは、前半と後半にわかれます。 斉藤道三の野望の生涯を描いた前 ... [続きを読む]
|