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- 2008/12/01 22:05源ノ範頼
- 今日の気分は源の範頼さんですっ!(のつもりです。)きのうから脳内、源氏頭だったので源氏で一番好きな武将ということで、男前に描いてみましたw。孫子の兵法では、大軍をもって、寡兵を制することは戦の正道ですが、大軍を律すること、組織として機能させる大将の能力がなければ、それは烏合の衆であり、勝利はないと説いています。義経さんは「兵はき道なり」を地でいく人ですが「正兵」に優れた範頼さんが真正面から平家軍と [続きを読む]
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- 2008/11/30 20:08斎藤利三
- 今日の気分は、斎藤利三!(のつもり)バックの言葉は、明窓玄智居士(明智光秀)の辞世といわれてますが、誰かが後付けしたものでしょう。意味はよくわかりません(笑)順逆に門なし、と今日まで思ってたら「二門なく」が正しいみたいです。53歳で散った斎藤利三さんも同じ心かと思って書かせていただきました。稲葉一鉄さんの兄の娘婿さんという縁で稲葉家にいたのに、同郷出身(美濃)の明智さんとこが活躍できると稲葉家を抜け [続きを読む]
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- 2008/11/28 19:15北畠(織田)信雄♪
- ひさびさに4コマ漫画w「信忠公記♪」信雄編1579年5月「天正伊賀の乱」で描いてみました(やっぱ時間かかる)。こおゆう敗戦のときの信長様への使者は命がけでしょうねえ(恐怖)。おなかのあたりをぐるぐる手のひら回して台詞は「水晶うらない〜♪水晶うらない〜♪(魂)」 ↑(^▽^)>ここを一発クリックで一票のご協力を宜しくお願いしま〜す”←こちらのランキングにも参加しました。上と同じく一発クリックで応援お願いシマス。押し [続きを読む]
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- 2008/11/23 21:33御礼!「天下侍魂」壱万打。
- 「バンパイヤハンターDかああっ!(くわっ。」というカッコになりましたが、南蛮図屏風の南蛮人が着てる服を信忠さんが着たらこんな感じ?というぐあいで描いてみたら、こうなりましたw。織田信忠さんをヨイショするために作ったHP(え、「天下侍魂」のカウントが、先週のうちに10000ヒット達成させていただきました。見てくださった皆さんに感謝、感謝で〜あります。(リンクはっていただいた(たぶん)台湾のかたにも感謝。 [続きを読む]
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- 2008/11/22 19:58鈴木重秀(雑賀孫市)
- 今日の気分は雑賀鉢!!じゃなくて、鈴木重秀(のつもりです)。兜の鉢をみてたら、描きたくなりました。根来・雑賀・湯川・紀伊国奥郡衆 二万ばかり罷り立ち、(略)鉄砲三千挺これある由に候。(略)「御敵 みかたの鉄砲、 誠に日夜 天地も響くばかりに候」『信長公記』1570年、織田の鉄砲隊を含めれば、両陣営で大阪平野にどんだけ鉄砲あつまってたんでしょう?という感じですね。(1575年に鉄砲千挺しか用意できなかったと [続きを読む]
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- 2008/11/21 22:21顕如光佐
- 今日の気分は、本願寺顕如さん!!(謎ッス)大阪京橋口あたりの織田方の砦を強襲したことにより、石山戦争勃発。「正月に大阪帰ろう」と思って読み出したガイドに信長様関連の記事があったので、パラパラと見てまして、大阪時代慣れ親しんだあの場所が、「血戦場やってんなああああ」と、今日ふとおもったので顕如さんを描いてみました(つもりです)。しばしば休戦していたとはいえ、10年もよく戦ったなあ〜。京橋でよくカツアゲ [続きを読む]
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- 2008/11/19 22:04松野(松田)一忠
- 今日は気分で、松野一忠!!(のつもり。)織田信長様の馬廻衆にして元医師です(戦場では大忙しですな)。戦国の医道は、中国の李・朱医学を基本とする医師・曲直瀬道三が800人ほど弟子をそだてたらしいので、その一派かと想像されます。安藤家重臣・松田雁助の養子で、元・安藤守就の家臣であったのが、1580年、信長様の重臣粛清政策で安藤家が御取り潰しとなった時に、松野さんだけは、直参馬廻にヘッドハンティングされていま... [続きを読む]
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- 2008/11/18 22:57湯浅直宗
- 今日の気分は湯浅甚助ッ!!という感じで、湯浅直宗さん(のつもりです)。信長様の最後の馬廻衆の中で、尾張譜代で、小姓上がり、1560年の桶狭間にも従い、尺限廻番衆にも選ばれ、黒幌の指物を許可された勇者。「本能寺の変」に、宿から「本能寺」に(本能寺に!!)かけつけ、惟任(明智)勢と火花を散らして散った武将でっす。信長様の直参中の直参ですね。生まれは1545年で、前田利家は1538年生まれなので、この世代差が赤幌... [続きを読む]
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- 2008/11/16 22:06福富秀勝
- 今日の気分は、福富秀勝!!というかんじで、ふりむきざま描いてみました(LEDとREDのこだわりw)。「福富」姓がまず、めづらしい。うちに眠ってた『新編 姓氏家系辞書』というのをひっぱりだして調べてみたら、橘姓の流れらしいです。橘の家紋は、橘と菊水。楠木正成につながるみたいですね。南朝の忠臣家は、明治に男爵に任じられたとか、(なぜか20日発売の沢村氏・エロ男爵の自伝が 頭の中にちらついたとは、 おお... [続きを読む]
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- 2008/11/15 20:18前田利家
- 今日の気分が、前田利家!(のつもりです。)織田信長様の親衛隊、赤幌衆のひとり、「槍の又左」です。柴田勝家、羽柴秀吉の間を見事に渡り冷静な政治家として高く評価されてますが、自分的には情熱的な侍という印象が強いです。幼い頃は信長様の男色相手も勤めたらしく(信長様本人談)、まさに一心同体(え。しかしながら一度、信長様のお気に入りの同朋衆の人を切り倒して、出奔したらしいですが、信長様の許しを得る手柄を立て [続きを読む]
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- 2008/11/14 20:44織田(菅屋)長頼
- 今日の気分は おだおなが!!(え。菅屋長頼さんの登場ですっ。「御長」と呼称されていたらしいので、面長にしてみました(素)。『信長公記』をよんでたら、大活躍してはります(親・子・孫でも)。ちなみに、・親は織田酒造丞信房さん。織田一門ではないが、 軍功により織田姓を許されたらしい。きっと信秀さんが許可。・長頼さんの息子には勝次郎(二条御所で戦死)と、 角蔵(本能寺に戦死)さん。その他に思ったこと、・筆者 [続きを読む]
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- 2008/11/13 22:24雑賀侍
- 薩摩伝来の雑賀鉢をどっかで目にして記憶に残ってたので、呼び起こして描いてみましたw種子島に鉄砲が伝わって、津田さんにより紀州に伝えられて、鉄砲が爆発的に流行するわけやから、雑賀鉢があっちに(九州に)あってもええっちゅうことかいなあ〜。秀吉さんの九州征伐に従軍して、散った侍さんから奪った分捕り品なんでしょうか・・(妄想〜)。どこでみたんやろなあ〜思いだせんです(>▽<;)。絵に該当する武将は特定してま [続きを読む]
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- 2008/11/12 23:40大久保忠世
- 今日の気分は大久保忠世さん!(のつもりです。)信長様から、「長篠の髯」と愛着を持って呼ばれた武将。三国志の話しで、劉備の義兄弟・関羽を「士を愛する」曹操が自分の部下にほしがる気持ちに似た感情が信長様にもあったんだろうなあと思える話しです。なので神様になってしまった関羽公にもじって「美髯公」とかってにふってみましたw。それにしても、部下を褒められて嬉しい気持ちと、「名誉也。」と大喜びする大久保家に対 [続きを読む]
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- 2008/11/10 20:59徳川家康
- 今日は今までの流れ上、徳川家康さん!(のつもりですw)。なんとなく失敗したんですが、家康さんだしま〜いいかっ(え。大御所になってからの白髪でプヨプヨしてはる家康さんの肉をそぎおとして、「味方ケ原」の敗戦で爪をかんではる家康さんをプラスして、若返らしてみましたw。織田家 中心脳の自分は、家康さんを同盟者として扱うと、武田討伐後のその後の処遇はどうなっていくんやろうと、そればっかりかんがえてしまいま... [続きを読む]
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- 2008/11/09 22:10戦国時代
- 日本ブログ村のランキング旅から旅を重ねて「戦国時代」に戻ってきました。またよろしくお願いします(^^)。 ↑(^▽^)>ここを一発クリックで一票のご協力を宜しくお願いしま〜す”←こちらのランキングにも参加しました。上と同じく一発クリックで応援お願いシマス。押してくれた貴殿に感謝でぇ〜あります。 ... [続きを読む]
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- 2008/11/09 09:10明智(惟任)光秀
- 今日の気分は、明智光秀さん(のつもりです)。本能寺の変は、光秀自身が「天下人の器」を見誤ったとしか思えません。千載一遇のチャンスではあったでしょうけど。なんでこんな視野が狭い事件をおこしてしまったのか。謀反後、諸将に対して、「信長親子の悪逆非道」と記すのですが、日ノ本を治める天道に対しての非道を示しているとするならば「足利将軍を追放した信長のような」天下の正道のもとに自分(光秀)がいると解釈できな [続きを読む]
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- 2008/11/08 08:31惟住(丹羽)長秀
- 今日の気分は惟住長秀!織田信長様の御学友にて、戦友でもあり、信長様も五郎左(長秀)は「兄弟のようなもの」だと重臣中でもずば抜けた信頼をよせています。なので「分身」のようなものかと台詞つけさせてもらいました。(妄想ですw)1560年「桶狭間合戦」にも傍で活躍していたとか。長秀さんの特徴としては、妖刀「景清あざ丸」を所持してたときに眼病を患ったらしいので、視力が問題かなとおもい、当時宣教師さんがもちこん... [続きを読む]
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- 2008/11/07 00:34瀧川一益
- 今日の気分は、「攻めるも瀧川、退くも瀧川。」で瀧川一益さんです。(のつもりです。)自分の中では「左近」といえば瀧川です!関ヶ原での勝利を装飾するために勇者に仕立て上げられた島左近なんて、とんでけ〜(ウキャーほんと江戸時代にここまで一益さんが、名をオトシメラレルトハ(涙。という気分です。「左近」一益さんが、すっかりかすんでしまっているじゃまいか。んで「左近」の由来を想像してみたんですが、信長様の愛... [続きを読む]
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- 2008/11/05 20:43柴田勝家
- 今日の気分は「鬼柴田!!」ってかんじで柴田勝家さんです。(のつもりです。)しばらく織田家の軍団長でいこかなあ〜。(なんせ好きなんでw)柴田さんといえば、本陣馬標(馬印)の「金の御幣」。御幣とは、梵天を指し、梵天とは仏教の守護神にして、生産の神様とか。柴田さんは内政にも優れていたしぴったりといえば、ぴったりな馬標なのかもなあと思います。伊勢長島で一揆に奪われたところを小姓・毛受勝照が奪いかえす話しとか [続きを読む]
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- 2008/11/04 23:16羽柴秀吉
- 今日の気分は、羽柴藤吉郎。(のつもり。)前田家伝来の秀吉さんの唐冠様の兜を見て、(実戦仕様のシンプルなものらしいです、これでもっ)なんかカッコイイナ〜とおもって、秀吉さんの顔をあてはめてみたくなり、ついつい描いてしまいました。前々から思ってたんですが、平安美人が現代ではもさく見えるとか(おれだけっ?)世の流行により、美形の評価は変化するというので、「(親しみをこめて)はげネズミ!」と信長様から呼... [続きを読む]
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- 2008/11/01 17:49富永直勝
- 今日の気分は、アオゾナエ(青備え)。戦国時代、相模の後北条氏の誇る戦闘集団、あおぞなえ旗頭・富永直勝さんです。(のつもりです。)北条早雲の代から、富永家は仕え相模の青波で関東を席巻し、関東平野を飲み込みます。遠山氏とともに江戸城主となり、遠山氏は行政面、富永氏は譜代家臣の中でも武門の重鎮として武蔵平野を抑えます。後に「地黄八幡」で有名になる北条(福島)綱成が今川家中での反乱に敗れ、北条家で育てられ [続きを読む]
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- 2008/10/29 21:01相馬義胤
- 奥州伊達家の濃い血を受け継ぎながらも、「新皇」平ノ将門(相馬の小次郎)の子孫として、相馬家の侍として伊達家と敢闘した、相馬義胤さんです!(のつもりですw)伊達家の家臣団、芦名家の家臣団を調べてたんですが、なんでか相馬義胤さんの兜・鎧が、頭に こびりついて離れなくなったので描いてみました。あ〜すっきりwしかし、なんで蜂なんでしょう?。伊達成実さんと同じ昆虫シリーズです。鯰尾とかは国を揺るがす意味と... [続きを読む]
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- 2008/10/26 19:59伊達成実
- こんばんは、最近は東国偏重気味脳内のしょうちんですw。今日は伊達政宗の従兄弟、伊達成実さんの登場です!兜の前立てはたしか毛虫だったとおもいますが、毛虫だとかわいくなってしまいそうなのでムカデにしてみました。「戦いの中で引く事はない!」ということでバックできない虫を選んだらしい成実さんの 「ぽりすいぃ〜〜〜〜〜」。「侍」ですw。朝鮮の役に従軍後、伊達家中にて不穏な空気が流れたようです。この前後で出奔 [続きを読む]
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- 2008/10/24 20:06安倍頼良
- 今日はいきなり平安時代。奥州の王、東夷の酋長とよばれる、安倍頼良です(のつもりですw)。陸奥守として奥州にやってきた源ノ頼義に遠慮して、頼時に改名したとか。安倍氏に関して、神話からの説を信じれば、河内国の志貴あたりを根拠とする(今の大阪、八尾)物部氏の先祖が、西の朝廷の東征に追われ、信濃諏訪やらも追われて、奥州にたどりつきアテルイや、まつらわざるものの英雄を生み出し、安倍氏にいたるのかなあ・・・... [続きを読む]
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- 2008/10/23 21:42万見重元
- 今日は、信長様の小姓にして、側近。奉行(五奉行)としても、武将(親衛隊隊長)としても活躍した、信長様の寵童・万見仙千代さんです(のつもりです)。織田一族とも、近江の神子田長門の息ともいわれてますが、その用いられ方からして、なにかしら織田と由緒のある人物なのでしょう。上様(信長様)の御気色を伺いうまく報告してあげましょう、と織田家臣団からの陳情をいれ、代弁してあげることができる頼りになる貴重な人物... [続きを読む]
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