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- 2008/12/01 22:01摂理日記 天と私のサッカー So What!
- 思いがけず一人でフットサル場を使うことになりました。元々はそう願っていたことではなく、ちょっと憂鬱で、一人で練習すると考えると、面白くないだろうなと思ったのですが、会場に向かうにつれ、ここからは誰にも邪魔されない天と私の時間だという思いが沸き起こってきました。どんな状況でもひたすら神様、ひたすらイエス様を呼び求める先生の教えに影響を受けているからだと思います。そして、ゴールを捧げよう、ゴールが天... [続きを読む]
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- 2008/11/29 22:56摂理日記 裁判でもどんな時でも命のために
- 最近摂理の先輩から話を聞く機会がありました。その人へ、ある海外への留学生が倒れたとの連絡が入りました。元々心臓が弱かったらしいのですが、原因不明で意識もなかったそうです。ICU(集中治療室)に入るも、自力で心臓を動かしているかも分からないため、心臓を刺激するような施術も24時間様子を見てからしかできない状況であり、また万一のため親の同意を得て出ないとできない状況だったそうです。そこで何とか裁判中... [続きを読む]
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- 2008/11/28 19:03摂理日記 裁判とゲッセマネの祈り
- 聖書での有名な場面としてゲッセマネの祈りというものがあります。イエス=キリストがご自身の身体を捧げることで、世の罪を全て神様の前でとりなしとし、人類が神様の前で罪人たる立場から開放されるようになりました。もっと俗的に言うならば、当時の人々が神様から見てものすごく罪深い行いをしていて、いつ死刑にされてもおかしくない状況の時に、代わりに自分を裁いてくださいと言って、イエス様が全ての人を救うことのでき... [続きを読む]
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- 2008/11/27 21:31摂理日記 お祈りは戦場の武器
- 私はかつて、コミュニケーションをとるのが大の苦手で、一緒に人と食事をするにも、何を話したらいいのか分からなくてストレスがたまるほどでした。なので一人で食べるのが好きだったくらいの自分にとって、新規開拓の営業をするということは本当に苦痛でした。それでも仕事である以上はやるしかなくて、営業職を始めた当初は、一日最低30件は回る仕事をしていました。そんな自分でも毎日の繰り返しの中で度胸がつくようになりま... [続きを読む]
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- 2008/11/26 07:54摂理日記 お祈りしたら問題が起こった?
- 摂理の鄭明析先生は先週の御言葉で、お祈りの絶対的な必要性を説いてくださいました。「神様は聖書に、自分を愛する人達が祈ればあげると約束したから、神様に祈ればくださる。もらったら、大切に使うと言って感謝しなければならない。使ったあとには、神様に感謝のしるしとして何かをしてさしあげる人は祈る時にさらにくださる。」そうおっしゃったので、ちょうど最近人に証したことを文章にも残します。サービス業の営業で働い... [続きを読む]
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- 2008/11/25 11:26摂理日記 お祈りしないと問題が起こる
- 摂理で信仰生活をするようになってから、お祈りがかなったことがあまりにも多いので、今日も摂理で信仰生活する人達は、先生のようにお祈りの生活を捧げます。先週、先生の御言葉では、お祈りの必要性を説いてくださいました。神様を信じたい、しかしお祈りって本当に効果があるの?と思われる人も多いでしょうが、先生は、「お祈りは神様との対話」だとおっしゃいます。「自分の力でできないことやある大きなことは、神様が人を... [続きを読む]
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- 2008/11/18 10:41摂理日記 明日への神話 サッカーをして足の痛みがひく
- 愛する神様へ。サッカーで捻挫をしてからはや3週間。整形外科で水も血も抜いていただき、それ以来痛みは相当ひきましたが、それでも歩くといまだに痛みが出ます。そんな中、そろそろサッカーを再開しようかという気になりました。とはいえ、前日も信号が点滅するのをちょっと小走りしたら、足が痛んで思い切り走れない状態でした。そんな状況でできるのだろうか、朝起きてから痛みがでなければしようと思って、明け方起きた時は... [続きを読む]
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- 2008/11/10 16:40摂理日記 ただ神様と主だけに頼りなさい
- とあるサッカー大会の大一番。選手達は試合前に賛美をして試合に臨みました。さすがに相手も強く、パス回しもよせも早かったです。この週の御言葉は「ただ神様と主だけに頼りなさい」自分達は全力で責任を果たしつつも、神様が必ず共にしてくださると信じ、また試合中もより頼んで臨みました。一人ひとりがいつも以上に気合が入り、また大胆にシュートを打っていました。しかし後半に追いつかれて、延長戦にもつれ込みました。こ... [続きを読む]
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- 2008/11/08 07:06摂理日記 eyesight 3.0
- 最近、割りのいい単発の仕事紹介があったので、行くことにしました。その週に会おうと思っていたメンバー宅に近かったので、ちょうどよかったです。 内容は視力が1.0以上必要とのことで、最初に視力検査をしました。その検査は、何でこんなに長くかかるのだろうと思うくらい続いて、相当正確に計ってくれました。見る対象物がどんどん小さくなり見えなくなっているから、もう適当に選ぶしかなかったのですが、その結果は視力3.0と... [続きを読む]
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- 2008/11/07 06:25摂理日記 神様が全て用意してくださっている
- 先週就職相談で、教会のあるメンバーと会いました。その子は事情があってすぐ正社員は難しいキャリアの子だったので、紹介予定派遣を探していたのですが、話している時にちょうど派遣会社から電話があり、仕事の紹介を受けました。就職相談をしているまさにその時に連絡があったので、神様の御心、つまり神様の働きではないかと思い、すぐに現実的かつ具体的なアドバイスができました。そして結局その会社に決まりました。しかも... [続きを読む]
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- 2008/10/28 07:00摂理日記 整形外科で捻挫した足首の水を抜く
- 愛する神様。捻挫した足を引きずって、とある整形外科へ行きました。ここは警察病院でも診察しているプロです。レントゲンをとった結果、骨折ではなかったので感謝します。ただ、たまった水と血を5cc(結構な量らしくこのお医者さんは嬉しそうだった)を抜いてもらいました。水がたまるとそれが神経に当たって相当な痛みになるのです。痛みがだいぶ抜けて本当に感謝します。でも、受けた教訓、啓示は生かしてしばらくおとなしく... [続きを読む]
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- 2008/10/26 17:20摂理日記 面倒を見る
- 摂理の鄭明析(チョンミョンソク)先生は、何でも徹底的になさいます。講義も運動も賛美も何でもです。だから面倒見もお母さんのようにしてくださいます。ある時には、精神的に病んでしまった人を家に呼んで、下着まで洗ってあげたり洗濯してあげたりしたことがありました。それでもその人はいつも先生に不満をもらしてきたのです。だから人がどれくらい人格的で磨かれているかということを知りたければ、精神的に病んでしまった... [続きを読む]
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- 2008/10/25 06:24摂理日記 アトピーは治る
- 先日摂理の鄭明析(チョンミョンソク)先生の故郷ウォルミョンドンへ行ってきました。摂理では10月、特に神様に栄光を帰そうという期間となります。やはり思い切りお祈りし賛美できるこの地では、いろいろな人がそこかしこで神様へ感謝のお祈りや賛美で栄光を帰していました。さて、最近先生が祈ってくださってアトピーが治ったという話があります。先生は「1千回祈って、祈ってあげたとは言いません。少なくても1万回以上祈って... [続きを読む]
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- 2008/10/22 07:07摂理日記 削って話してはいけないこと
- 今週の主日御言葉では、「これを行いなさい。行えなければ到着する目的地が変わってしまう」というもっともな、それでいて現実的によくありそうな話だったので、気が引き締まりました。特に、ちょうどその日の夜は、御言葉を伝える予定だったため、「自分の考えで削って話してはいけない。」という言葉が特に自分の心に残りました。おかげで、その日御言葉を伝えたときは、私の考えではなく神様が私の身体を通して全て伝えてくだ... [続きを読む]
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- 2008/10/20 06:45摂理日記 神様のはたらき
- 土曜日の御言葉の中で、先生は「一日でも御心が遅れたら神様にとって大きな損失だ。」とおっしゃいました。確かに日本の輸出企業も1ドルの為替レートの違いで100億円規模の損益が変わるとよく言われます。神様の損にならないように、伝道の時、御心の時を遅らせないようにしたいと思います。 それから、この日のサッカーでも神様に栄光を帰そうと頑張ってきました。とてもいい天気の下、仲間のメンバー達も本当に笑顔の絶えない時... [続きを読む]
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- 2008/10/18 20:17御心を成す引越し
- 引っ越しました。自分の家というよりは新しい聖殿を造る気分で、また神様と相談しながらしている気分だから、とてもやりがいもあるし、楽しく力が湧いてきます。この日の朝の御言葉は、「御心通りに行いなさい。御心通りに行うには、アブラハムのように忠誠を尽くしなさい。」ということでした。アブラハムと言えば、神様のおっしゃった通りにとにかく忠誠を尽くして行った人です。後世まで、神様からも人々からも信仰の見本とな... [続きを読む]
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- 2008/09/28 23:15摂理日記 卒業旅行と信仰の旅 ロンドン
- 2月25日(日)4時に目が覚める。玄関の呼び鈴が鳴り続けていました。この時間に到着した客がいたようです。空港まで安い行き方を教えてもらってロンドンへ。礼拝の日だからか、空港で日本に電話するもつながりませんでした。1時間40分でロンドンへ到着。ロンドンの人は思ったよりもずっと親切でした。中心部ピカデリーサーカスでさっと観光し、ホテルに帰りました。それからグリーンパーク、ヴァッキンガム宮殿、ハイドパークへ。... [続きを読む]
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- 2008/09/26 10:15摂理日記 卒業旅行と信仰の旅 再びダブリンへ
- 2月23日(金)8時に起床して寝室を出ると、ダイニングはテレビの明かりのみで暗いままでした。そうB&Bは基本的に一般家庭の家なのです。しかし8時半には朝食となり、朝食と言うには豪華なアイリッシュ・ブレイクファストをいただきます。この日は、コークに行くと別料金がかかるのでマーロウかダブリンに行こうか、迷いつつもそのままダブリンへ戻りました。駅でまたB&Bを予約しましたが、そこは遠かったです。それにしても... [続きを読む]
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- 2008/09/25 06:14摂理日記 卒業旅行と信仰の旅 キラーニー
- 2月21日9時10分の列車に無事乗ってキラーニーへ向かいました。車窓はただただ牧草地が広がっています。大きく仕切った牧場には、贅沢に思えるくらい数頭の馬か牛か羊しかいませんでした。馬と牛が一緒にいるのが面白かったです。13時前に到着。一度泊まってみたかったB&B(ベッド&ブレックファーストというベッドと朝食を提供する宿で、本場英国では普通の民家が余った部屋を旅人に提供する場合が多い)へ。それから早速目当... [続きを読む]
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- 2008/09/24 06:26摂理日記 卒業旅行と信仰の旅 ダブリン
- 2月20日ホテルの食事はこれまでの中で一番豪華でした。当時日本から予約できるダブリンのホテルは限られていました。また泊まりたい高級ホテルです。高級感のあるバスタオルとせっけん箱をもらっていきました。9時すぐに前日指定された店に行くと(前日ガードマンに9時半に開くと聞いていたので)、10時から開くとのこと。しかも10時に行ったら別の店であることが判明。正しい店に行ってようやくバッグを替えてもらいます。100ド... [続きを読む]
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- 2008/09/23 10:07摂理日記 卒業旅行と信仰の旅 ダブリンへ
- 2月19日7時過ぎに友人のアパートを出て空港へ。外は雨。空港に着くと雪になっていて寒い。ロンドンで乗り継ぎアイルランドのダブリンへ。アイルランドに行きたいのは私1人だけだったのでここからは1人で1週間旅をしました。ロンドンで乗り継ぎの通路を歩きながら、新聞を流し目で見たらIRA(アイルランドのイギリスへの独立ならびにテロ闘争を行ってきた武装組織)の文字が大きく書いてありました。その日ロンドンの売店でIRAの爆... [続きを読む]
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- 2008/09/19 09:35摂理日記 卒業旅行と信仰の旅 パリ
- 2月18日ついにこの日がやってくる。一体フランス人が何人いるのか。ちゃんと情報をもらっておけばよかったと思いつつ、緊張気味に10時待ち合わせ場所の駅へ。駅に着いたら電話しないといけないのにコイン式の電話がない!探し回るも見つからず、結局カフェの中に入って電話しましたがうまくいきません。心の中で泣きそうになりながら「神様、お願いします!」と言った途端にかかりました。するともう彼女は出たというので再び地... [続きを読む]
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- 2008/09/19 08:55摂理日記 卒業旅行と信仰の旅 ローザンヌ、パリ
- 今の信仰で、同じ旅行をしたら、もっとたくさんの神様の働きと導きを感じたことと思います。2月14日 ローザンヌ午前中に今後の旅程を話し合い、14時にミラノからスイスのローザンヌへ。快適な列車に、素晴らしい車窓!北イタリアの湖や、山々。そして不思議だったのは湖の中にある町。一体どんな町なんだろうと想像がふくらみます。スイスへの国境越えは、雪に囲まれた山中の列車の中で行われました。そしてレマン湖へ。前日のコ... [続きを読む]
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- 2008/09/17 22:39摂理日記 人としての信仰、神様に遣わされたキリスト者としての信仰
- 集いの続きですが、とある話から戦争と宗教の話になりました。もし自分が戦争に駆り出されていたら、当時の特攻隊のように銃を撃って戦死していたかもしれないとある人が話しました。前の記事に出てきた摂理ではない他のプロテスタント牧師さんは、かなりのご年配で、戦時の少年時代を過ごした方のようでした。(どの戦争とおっしゃっていたか忘れましたが)戦争では20%の人しか銃弾を使わなかったから、訓練時にもっと実践的な... [続きを読む]
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- 2008/09/17 01:20摂理日記 天と一体になること
- El Greco 「The Despoiling Of Christ」ある集いで、他のプロテスタント系の牧師さんも含めて話をする機会がありました。その中である方が、「宗教ではよく宗派が分かれてしまうのがどうかと思うのですが」とよく疑問に思われそうな質問を牧師さんに投げかけました。するとその方は、「そういうことは外部の人が言うことであり、当事者にとってはどこかに自分を置くことを決断しないといけないことなんだよ。」と強い口調でおっ... [続きを読む]
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