- 2008/05/16 09:22狼の山の魂(162)「犬の表現 02」
- <2008年5月16日>犬たちは実に表現豊かです。その表情も刻々と変わります。遊びを誘うポーズ、遊びを誘う表情、遊びを開始する瞬間の、そこに流れるスリリングな空気、ワクワクの静寂の次の瞬間に突然幕開けされるダイナミックゲーム、そこには心に満ち満ちたドラマが溢れているのです。例えば犬が仰向けになったからといって、「服従」を表現しているばかりではないのです。愛撫してもらいたかったり、わざと自分が寝転が [続きを読む]
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- 2008/05/15 18:33狼の山の魂(161)「非肉食時代」
- <2008年5月15日>かつて世界には非肉食文化があった。東洋に多い。仏教の影響だ。中国に。韓国に。インドに。東南アジアに。日本に。非肉食習慣が国の文化として定着し、国民に受容されたのだ。中国も韓国も長い間に亘り非肉食文化が浸透していたが、いずれもモンゴルの侵入によって、その文化は破壊された。朝鮮国では新羅時代に「殺生禁止令」が出され、百済・高句麗・高麗と継がれ、国内全土が非肉食文化に彩られていた [続きを読む]
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- 2008/05/14 22:30狼の山の魂(160)「動物の心 03」
- <2008年5月14日>動物の心は、理屈で議論される領域ではない。理屈でいくら説明しても、永遠に分からないだろう。実感の世界なのだ。どこまでも実感の世界なのだ。知ろうと願う人は、いつか実感できるはずだ。その強い想いは集中を生み、心眼の姿勢を生み、実感するだろう。だが動物の心など眼中に無い人は、永遠に否定し続ける。知ろうとする以前に眼中に無く、つまり「どうでもいいこと」なのだ。「動物はしょせん畜生だ [続きを読む]
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- 2008/05/13 14:15狼の山の魂(159)「動物の心 02」
- <2008年5月13日>動物たちよ、人間はお前たちには心が無いという。お前たちがあんなに語りかけても、お前たちには心が無いという。お前たちが泣いても、お前たちが苦しんでも、お前たちが喜んでも、お前たちが悲しんでも、人間はお前たちに心が無いという。お前たちがどれほど主人を愛しているか、お前たちがどれほど主人を待っているか、それを知っているはずなのに、お前たちに心が無いという。人間は、どうしても、お前 [続きを読む]
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- 2008/05/13 10:16狼の山の魂(158)「動物の心 01」
- <2008年5月13日>私は驚いた。世間は私の想像以上に「動物の心」を認めていない様子だ。私は衝撃を受けた。愛犬家でさえ犬の心の存在に半信半疑の様子なのだ。「心」が無ければ「表現」など出来ないのに、動物たちの表現は人間以上に感性豊かだと言うのに、それでもまだ「動物に心はあるのか??」と議論が絶えないのだ。「心」に対する判断尺度は、「人間界の価値観」が絶対支配している。言語の使用・読み書き・計算・な [続きを読む]
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- 2008/05/12 11:38狼の山の魂(157)「狼山通信 03」
- <2008年5月12日>このブログは「野性界からの伝言」です。人間側からの視座ではなく、動物側からの視座で書きました。思い込みで書いたのではありません。己の全てを賭けて、彼らの真意を書きました。全霊で集中し、25年間の一瞬一瞬を呼び戻し、言葉に再現しました。本当は言葉にできないほどの感動の世界なのですが、なんとか言葉に換えました。このブログでの伝言は、第一ステージを終えました。書庫には一杯記事があ [続きを読む]
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- 2008/05/10 20:14狼の山の魂(156)「心観大自然」
- <2008年5月10日>夜の山で、野性禅に入る。地面に坐り、犬たちとともに入る。森の命たちの声が聴こえる。夜の闇の中で活動する彼らの息遣いが聴こえる。山の魂の出す音が聴こえる。地鳴りのような時もある。重低音の、音楽のようなものが聴こえる時もある。ラップ音の聴こえる夜も多い。去年、三週間に亘って熊が訪れた頃は、毎日頻繁にラップ音が響いていた。大きなラップ音の後で、必ず熊が現われたのだ。ラップ音の前か [続きを読む]
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- 2008/05/10 06:38狼の山の魂(155)「個性との対峙」
- <2008年5月10日>※今日は「咬む犬」のことも若干触れます。犬たちには、さまざまな個性があります。100頭いれば100の個性があります。個性は、命の輝きです。その命の輝きを、その子の真髄を、その子の本領を、それを知ってあげることこそが「共に生きる」ということです。「個性」には、深い理由が隠されています。調和の中でのそれぞれの重大な使命があるから、すべての命が、それぞれに深秘で絶妙な個性を秘めて [続きを読む]
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- 2008/05/09 09:47狼の山の魂(154)「愛の讃歌 03」
- <2008年5月9日> 「02」から続く。※子犬たちは逞しく成長し、今は森の中にいます。みんなとにかく丈夫で、一度たりとも不調になったことがありません。物凄く元気で大変ですが、一頭のときには静かに私と対話します。※写真には「蓮」とシェルティーの「ケイ」も映っています。※ケイは他界しました。※蓮が父犬ではありません。※蓮もケイも茜も椿も、保護して家族に迎えた子です。外に出掛けるときも、いつも心は森の [続きを読む]
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- 2008/05/08 21:45狼の山の魂(153)「愛の讃歌 02」
- <2008年5月8日> 「01」(no.112)から続く。深い事情があって生まれた子供たちの写真集です。事情を話せば長くなるので省略しますが、とにかくみんな無事に元気満々に育ってくれました。時間も経済も限界状況の中での誕生でしたので、絶望的な心境でした。「茜と椿」の姉妹の両方が産んだので、11頭の誕生だったのです。その子犬たちだけでなく、他の家族も一杯いるのです。そして人間は私一人なのです。破滅を覚悟 [続きを読む]
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- 2008/05/07 10:02狼の山の魂(152)「狼山健康法」
- <2008年5月7日>野性たちは、自分で自分の心身を整えます。誰にも頼らずに、己の力で己を回復させます。本来は、それが「真の癒し」です。それが最大の癒しなのです。術とか物に頼らずとも、自分で大きな回復ができるのに、人はその努力を忘れて他者に頼ります。ほんの僅かな努力なのに、それすらも怠って結局健康を失います。「かばう」意味ではありません。過剰にかばっていたら、身体力は高まりません。野性たちは己を過 [続きを読む]
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- 2008/05/05 14:12狼の山の魂(151)「傲慢理屈世界」
- <2008年5月5日>理屈の声だけを聞いて生きる人を見かける。思考こそが生きる羅針盤だと妄信する人がいる。平穏無事に人間生活を謳歌している人のように感じる。今日食う飯には困らない人たちのように感じる。烈しい肉体的苦行の経験を持たない人のように感じる。断崖絶壁の窮地を味わったことのない人のように感じる。孤独と絶望の闇を味わったことのない人のように感じる。勿論この限りではないが、その印象を感じる。人間 [続きを読む]
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- 2008/05/02 09:29狼の山の魂(150)「狼の山の祈り 03」
- <2008年5月2日>この瞬間も、世界中に、苦しむ動物がいる。並大抵の苦しみではない。誰も耐えられない、地獄の苦しみだ。人間のために尽くしてくれた動物たちが、人間の手で地獄の拷問にかけられる。理不尽の極みだ。どこを探しても、こんな理不尽は存在しない。今の私には、どうすることもできない。その苦しみを、その悲しみを、その絶望を、彼らの涙を、彼らの悲鳴を、彼らの哀願を知りながら、私にはどうすることもでき... [続きを読む]
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- 2008/05/01 13:05狼の山の魂(149)「冷酷世論 02」
- <2008年5月1日>昨日「01」を書きましたが、その著者だけがそのような動物観を持つ訳ではありません。世間には同様のスタンスの人が大勢いるのです。だからその本が売れているのです。メディアが注目し、文化を考察する様々なサークルが注目し、シンポジウムに招かれ、学校に招かれ、大きく賛辞されたようです。世間は、愛護の方々の想像以上に、旧来と変わらぬ人間絶対世界のままなのです。ところで私の文章は人々から賛... [続きを読む]
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- 2008/04/30 02:43狼の山の魂(148)「冷酷世論 01」
- <2008年4月30日>「屠畜」の本が売れているらしい。25000部も発行したらしいから、相当なヒットだ。食用動物の殺し方のレポートの本らしいが、著者も人気者らしい。特にインテリたちにファンが多いらしい。大衆派を気取るインテリたちが、著者をバックアップしている様子だ。著者は、動物が殺される光景がとても好きらしい。自分が平然と見ていられることを自慢しているらしい。読者も同様な心境らしい。「おもしろい... [続きを読む]
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- 2008/04/29 22:27狼の山の魂(147)「愛護哀歌」
- <2008年4月29日>動物愛護家は世間の中の「マイノリティー」だ。ネット上だと多いように感じても、実際には極めて少数派だ。それでも今はWEBでのネットワークがあるから心強いが、昔の愛護家は本当に孤独の中の孤軍奮闘だった。捨て犬がいる。誰も保護しない。虐待されている犬がいる。誰も助けない。誰も何もしないから、誰かが立ち上がるしかない。見て見ぬ振りなどできない。自分に力が無くとも、見て見ぬ振りなどで [続きを読む]
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- 2008/04/29 11:09狼の山の魂(146)「猛犬対話道」
- <2008年4月29日>私はたまに「闘い」や「力」のことを書く。そしてそれに対する「対応のヒント」を書いているつもりだ。犬の中には、強い力の犬もいるし、烈しい気性の犬もいる。おだやかな犬ならば扱いやすいから放棄される確率も少ないと言えるが、強力な犬は放棄されやすいから、だからその防止のために書いている。力や強さも、本当なら犬の特長のひとつだ。だがその部分を嫌い、その部分を不都合とする人が多いようだ [続きを読む]
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- 2008/04/28 07:39狼の山の魂(145)「S P I R I T」
- <2008年4月28日>今日は、狼「太郎」の命日だ。4月28日に我が家族となり、4月28日にこの世を去った。太郎の最後のホウルが、今も聴こえる。もはや一滴の力も残っていない身体で、彼は渾身の別れの歌を歌ってくれた。力に満ちた勇壮なホウルが、森の空気を震わせた。辺りのすべてを圧倒するあの「狼の歌」を、最期に歌ってくれたのだ。「お父さん!! お父さん!!!」森のはずれで作業していた私は、その瞬間に、彼... [続きを読む]
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- 2008/04/26 06:13狼の山の魂(144)「核心貫徹義」
- <2008年4月26日>「核心」を常に心に据え置けば、迷わずに進める。常に「本来の判断」が可能になり、迷わず果敢に進める。枝葉の虚言に惑わされずに、いつでも「本源」を目指せる。核心と共に生きれば、心が揺らいで迷宮に彷徨うことが無い。迷いとか疑念とかは、まだ核心を知らずにいるか、或いは核心を信じていないかだ。核心を実感していれば、核心を本心で信じていれば、他から惑わされることなど無い。核心を念頭に置... [続きを読む]
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- 2008/04/24 14:16狼の山の魂(143)「尊厳平等義」
- <2008年4月24日>山はまだ雪を被っている。 我々は中腹に棲んでいるが、その上はまだ雪が残っている。山には無数の命たちが暮らしている。 みんな、誰もが、全身全霊で生きている。どんなに飢えても、どんなに凍えても、どんなに孤独でも、渾身の力で耐えている。山で、彼らを想う。 瞑目の中に、彼らの姿が浮かぶ。なんでそんなに、なんでそんなに、頑張れるのか!!一言の愚痴も無く、一言の嘆きも無く、一言の妬みも無... [続きを読む]
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- 2008/04/21 15:44狼の山の魂(142)「野性闘義 02」
- <2008年4月21日> ※「01」から続く。ところで実は、太郎も怪我を負っていた。太郎の方が大きいので、ライは後頭部の首を咬まれたが、太郎は胸の下の前肢の付け根を咬まれていた。彼があまりにも平然としていたので、私は気が付かなかったのだ。帰宅してから太郎を見ると、わずかに歩行がおかしい。それで急いで診てみると、前肢の付け根に牙の穴が空いている。その傷は、深かった。 だが太郎は無言を貫いて耐えていた... [続きを読む]
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- 2008/04/19 19:09狼の山の魂(141)「野性闘義 01」
- <2008年4月19日>今日は「野性の闘い」の話をする。「野性」とは「大自然のスピリット」のことだ。或いは「そのスピリットで生きる者」のことだ。<因みに「野生」とは、「大自然で生きる状態」を指す>動物たちと生きるには、「闘いの実像」も知らねばならない。私は25年間に亘り、非常に多くの犬たちと暮らしてきた。その中には「野性そのもの」の犬たちもいた。そしてまた「オオカミ」も家族だった。長い年月の中で、... [続きを読む]
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- 2008/04/19 06:11狼の山の魂(140)「犬の表現 01」
- <2008年4月19日>犬は「表現」に満ちている。彼らは、全身で心を表現する。それなのに、「犬は表情が乏しい」とか「犬は感情が乏しい」と語る人がいる。人間よりも表現豊かだというのに、なんでそれを感じ取れないのか不思議でならない。本当に犬を観ているのか、はなはだ疑問だ。犬を観るときには「全身」を観なければならない。全身で、ひとつの表現となっているのだ。その習慣で犬を観ていれば、犬が何を表現しているの [続きを読む]
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- 2008/04/19 04:01狼の山の魂(139)「尊・義・礼」
- <2008年4月19日>「動物との対話」には、「尊・義・礼」が求められる。「尊」の意味は分かりやすい。「礼」も分かりやすい。だが「義」の意味は、分かりずらいかも知れない。義には二つの字義がある。一つは「核心・エッセンス・要諦」という意味だ。もう一つは「湧きあがる使命感」という感じの意味だ。適確な説明が浮かばないが、雰囲気としてはこのような意味だ。内村鑑三は「義のキリスト教」という言葉を使った。「義 [続きを読む]
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- 2008/04/17 18:18狼の山の魂(138)「愛犬散歩道」
- <2008年4月17日>愛犬との散歩を、喜びに感じる人と苦痛に感じる人がいるだろう。元気満々の力強い犬の場合には、苦痛に感じる人の方が多いだろう。毎日のことだから確かに大変だし、精神的な圧迫も大きいだろう。だが、この散歩の日々が、あなたを飛躍的に強くする。どんなジムに行くよりも、顕著な効果をもたらす。25年間犬たちと運動し続けて、私はそれを実感している。犬との散歩は、あなたの心と身体と感覚を練磨し... [続きを読む]
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