致知随想 さん

致知随想さん: 心にしみるちょっといい話ー月刊『致知』の名エッセイ
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プロフィール

ハンドル名致知随想 さん
ブログタイトル心にしみるちょっといい話ー月刊『致知』の名エッセイ
サイト紹介文様々な生き方を紹介する人間学を学ぶ月刊誌『致知』の超人気コーナー「致知随想」を音声で配信!
参加カテゴリー
更新頻度情報提供20回 / 255日(平均0.5回/週) - 参加 2007/11/15 22:45

致知随想 さんのブログ記事

記事削除機能過去の記事 …
  • 2008/07/25 11:55絵てがみで作る自分史
  • 宅配便でどなたかから、お野菜や果物をいただいたとしましょう。電話ですぐにお礼を言うのも良いのですが、そのいただきものを「絵てがみ」に描いてお礼状を出せば、贈られたご本人もきっと喜んでくださるはずです。 [続きを読む]
  • 2008/07/11 11:38論語塾を通して知った祖父の思い
  • 東京都文京区・小石川にある浄土宗・傳通院で月に一度「文の京こども論語塾」が開かれています。『論語』を素読してその意味を味わうことで生きる上での規範・指針を身につけてもらおうと始めたことの会も、発足から無事に1年を終え、2年目に入りました。 [続きを読む]
  • 2008/06/27 10:39人生で成功する人 失敗する人
  • 優秀なビジネスマンでも50代ともなると再就職は難しいと考えられています。しかしそうではありません。20代、30代を求めていた企業がベテランを採用して成功した例は決して少なくないのです。 [続きを読む]
  • 2008/06/13 10:12胎内記憶からわかること
  • 「おなかの中は暗くて、でもあったかくて、泳いでたんだ。早くママにあいたいと思ってた」――これはある2歳の男の子の言葉です。私は、産婦人科医として多くのお産と関わり合う中で、母親のおなかの中にいた時のことを覚えている子どもがいることに気づき、大変興味を覚えるようになりました。 [続きを読む]
  • 2008/05/30 10:21命がけの執念
  • 韓国・釜山にあった私の家具工房に一人の日本人の紳士が訪ねてきたのは、20年ほど前の話である。紳士は片言の韓国語で挨拶を済ますと、おもむろに持っていた風呂敷を広げた。中身は、日本の宴会で使われる螺鈿(らでん)の「お膳」だった。相当古いらしく、真ん中から割れている。「私どもの料亭のお膳を修理していただきたいのですが……」 [続きを読む]
  • 2008/05/16 09:44いま、この時を生きる
  • ローザ・シュライフェ。私の運営する美容室は、ピンクのリボンを意味するこのドイツ語をお店の名として掲げています。2年半前、京都の自宅を改装して始めたこの美容室は、口コミでお客様の輪が広がり、いまでは遠く沖縄から足を運んでくださる方までいらっしゃいます。 [続きを読む]
  • 2008/05/02 10:09天風先生の美しい最期
  • 一目惚れというのは確かにあるものです。中村天風先生との出会いがそうでした。昭和26年です。当時私は医学部を卒業し、東京逓信病院でインターン中でした。天風先生に師事している先輩医師がいて、音羽の護国寺で開かれていた天風会をのぞいてみないかと誘われたのがきっかけです。 [続きを読む]
  • 2008/04/18 11:58一杯入魂
  • 戦後まもない昭和24年の創業以来、58年間変わらぬ味を守り続けてきた東京・荻窪の老舗ラーメン屋・春木屋に嫁いできたのは、いまから30年前になります。 [続きを読む]
  • 2008/04/04 10:04日本一の空師
  • 「空師(そらし)」――今年37歳になる私は、東京でこの耳慣れない職業の4代目を継いでいます。空師は木の伐採や剪定(せんてい)をする職人の中で、空に近い、特に高い木に命綱一本で登り、仕事をします。 [続きを読む]
  • 2008/03/07 10:49Jリーガー、司法試験に挑む
  • 私は昨年、4度目のチャレンジで司法試験に合格しました。幼稚園でサッカーの虜になり、高校、大学のサッカー部を経てJリーグのガンバ大阪へ入団。サッカー一筋の人生を歩んでいた私が、まったく畑違いの司法の道を志したのは、6年前に現役を引退した後でした。... [続きを読む]
  • 2008/02/22 10:08昭和天皇一代の料理番として
  • 「ぼうやいくつだ、どのくらいできるんだい?」――東京オリンピックが開かれた昭和39年の初春、天皇の料理番として有名な秋山徳蔵さんんおこんな第一声で宮内庁大膳課の面接が始まりました。... [続きを読む]
  • 2008/02/08 09:55一隅を照らすものでありたい
  • 一隅を照らすもので私はありたい/私の受け持つ一隅が/どんなに小さいみじめな/はかないものであっても/悪びれず/ひるまず/いつもほのかに/照らして行きたいこれは元住友本社常務理事の故・田中良雄さんの詩です。... [続きを読む]
  • 2008/01/25 10:13母との葛藤
  • 私は昭和20年、終戦の一か月前に満州国新京市(現在の中国長春市)で生まれました。終戦後、父が捕虜収容所に送られたため、母は数多くの死体が横たわる中、一人で幼い二人の兄の手を引き、生まれたばかりの私をリュックの中に隠して、命からがら引き揚げ船に乗り込んだといいます。... [続きを読む]
  • 2008/01/11 09:58己の如く人を愛せよ
  •  被爆直後の長崎で、ご自分の身も顧みず被爆者の救護にあたられた医学博士・永井隆先生。43年の短い生涯は、「己の如く人を愛せよ」と説く新約聖書の教えそのままの生き方でありました。... [続きを読む]
  • 2007/12/28 10:133年目の転機
  • 静岡県の富士山の麓に、「地獄の訓練」で知られる管理者養成学校があります。ここでは13日間の合宿生活を通して厳しいビジネスマン生活を乗り切る知恵を身につける「地獄の訓練」以外にも、管理者やビジネスマンとしての心得を学ぶ様々な訓練やセミナーが開催され、自分を高めようとする方々が全国から集まってこられます。 [続きを読む]
  • 2007/12/27 13:563年目の転機
  • 静岡県の富士山の麓に、「地獄の訓練」で知られる管理者養成学校があります。ここでは13日間の合宿生活を通して厳しいビジネスマン生活を乗り切る知恵を身につける「地獄の訓練」、管理者やビジネスマンとしての心得を学ぶ様々な訓練やセミナーが開催され、自分を高めようとする方々が全国から集まってこられます。 [続きを読む]
  • 2007/12/14 10:29誰にでもできることを積み重ねて生きる
  • 誰にでもできることを積み重ねて生きる午前6時、新宿駅東口広場。ここから僕の一日は始まります。日本一、いや世界一往来が多いといっても過言ではないこの広場のゴミを拾い、それから大学に行く。そんな生活を始めて約半年が経ちました。... [続きを読む]
  • 2007/11/30 11:57人という字を刻んだ息子
  • 主人が肝硬変と診断されたのは昭和54年、結婚して間もなくの頃でした。「あと十年の命と思ってください」という医師の言葉は、死の宣告そのものでした…秋丸由美子(明月堂教育室長)2007年5月号掲載... [続きを読む]
  • 2007/11/14 09:56人という字を刻んだ息子
  • 主人が肝硬変と診断されたのは昭和54年、結婚して間もなくの頃でした。「あと十年の命と思ってください」という医師の言葉は、死の宣告そのものでした…秋丸由美子(明月堂教育室長)2007年5月号掲載... [続きを読む]
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