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- 2007/11/30 12:07今年もやります大大阪忘年会
- 12月20日(木)に恒例の記念館の忘年会を行います。参加は自由というか記念館の運営資金稼ぎなんで是非参加いただきたい。 今回の忘年会のタイトルは「可能性のまち大阪 復活の宴」である。まあなんと大層な題名をつけたもんだと自分で自分を感心する。 これには悲喜こもごもの思いがある。大阪はかつては「東洋のマンチェスター」と呼ばれ、「天下の台所」と称された。現在のヘッジファンドなどといわれる金融工学を駆使した... [続きを読む]
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- 2007/11/27 09:14自分の根っこ
- 本家の法事があったので、12年ぶりに福井に出かけた。平成の大合併で越前町となっているが、本家があるのは昔でいうと福井県丹生郡織田町である。代々建築土木業を生業としており、当主は茂左衛門を名乗っている。なんせ集落には名字は数種類しかなく、大阪では変わった名前で既製品で判子を手に入れることも困難な私の名字も織田では普通の名前ということなのだ。 それで親戚は住まいをしている場所でお互いを言うようで、本... [続きを読む]
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- 2007/11/21 11:51月例の運営委員会
- 11月度の運営委員会を開催した。事務局担当していただいているTさんが退職するのでKさんが代わりにに事務局業務を引き継いでくれる。 先月イベントの報告とトヨタ財団への助成金応募の件を私から報告。刀のことはいい話であるが、滞納家賃が100万円に達する。いやはや危機そのものである。全くもって頭が痛い。いつもながら大大阪忘年会をやって御浄財を得ることで委員一同意見が一致する。政治家もびっくりの資金調達忘年会... [続きを読む]
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- 2007/11/20 11:32なんでこんなに大変なのか
- いつもながら財政の問題である。記念館は相も変わらず財政難である。大家が長屋ストックバンクネットワークでなければ、とうに追い出されているところなのである。根本的にビジネスモデルができてないのだろうか。 上町台地マイルドHOPEゾーン協議会のまちづくり提案助成金は二年連続で40万円づつ戴いていたりしてるのにちっとも潤った実感はない。今度の日本刀の件にしても、嬉しくて小躍りしたい気分であるが、冷静に考える... [続きを読む]
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- 2007/11/19 13:01大阪市長選挙 橋爪紳也さんのチャレンジに
- 大阪市長選挙は大方の予想通り、民主党推薦のMBSナウのキャスターだった平松邦夫氏で決定した。私達が応援した橋爪紳也さんは健闘したが残念ながら落選となった。返す返すも惜しい人を落選させてしまった。ここで敗因の分析をしても仕方ない部分はあるが、やはり橋爪さんの訴えかけを市民の隅々まで浸透できなかったことが悔やまれる。 今朝のニュースに出ている平松氏が「大阪をどないかせえへんかったらアカンという気持ちで... [続きを読む]
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- 2007/11/16 11:55びっくりする話
- 今朝、事務局からメールが転送されてきた。なんと直木三十五が借金のカタに差し出した日本刀を持っているという齢100歳になるご婦人がいるとのこと。 まさにお宝発見である。しかもそれを寄贈してもいいとのことである。記念館はじまって以来の出来事である。またひとつ大きな名物ができることになる。 しかしながら、具体的にその刀が直木三十五が持っていて借金のカタに渡したという証文なりというものがない。まあ甥の植... [続きを読む]
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- 2007/11/15 14:51中之島中央公会堂
- 直木三十五がまだ植村宗一を名乗っていた大正七年のこと、矢野橋村らと芸術運動をなぜか大阪で行っていた。その一環として中央公会堂に菊池寛、久米正雄、芥川龍之介、宇野浩二らを迎えて文化講演会を実施した。 直木が大阪美術学校の設立に貢献したことは僅かに知られているが、この講演会をはじめとしていくつかの謎がある。私は証拠というか根拠となる事実を示せないが、どうやら鷲尾雨工の出す冬夏社の資金を流用していたの... [続きを読む]
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- 2007/11/14 11:55市民というものの意味
- わが記念館も市民参加型ということを標榜しているが、一体のところ市民とはなんであろう。 言葉の表す意味合いということを考えれば古代ギリシャの都市国家を形成してた人々が市民というものの本質ではないだろうか。つまりは直接民主主義の担い手ということ。判断を一旦誤れば後世の賢人さえも断罪し処刑しかねない危うさを持つ。「だから俺は多数決の有効性を信じない」と言った人もいたことを思い出す。 しかしながら現在に... [続きを読む]
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- 2007/11/13 11:36梅田に行くのは久し振り
- 仕事で久しく行ってないかった梅田へ行く。ウェスティン大阪に用事があったので北ヤードの下の地下道を通る。ここが大阪再開発の最後の砦なんであるが市長選挙でここをどうするかはあまり議論させれない。 中途半端な時間で終わったのでマルビルのタワーレコードに寄る。トムラッシュの「消え去りし虹」(紙ジャケ仕様)。ニールラーセンの「ジャングルフィーバー」とジョーパスとエラフィッツジェラルドが二人でやってるCD計3... [続きを読む]
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- 2007/11/12 14:26何も終わったわけでないが
- ふと気がつくとブログの更新が11月に入ってから鈍っている。確かにまちあアートの時期を頂点に動いていたのは事実である。 なによりも今度は12月15日に大塚まさじさんをお呼びしてライブがある。これはなんとしても成功させたい。とにかく多くの人に来場してもらわないことにはどうにもいかないことである。記念館の大きさから鑑みれば精々40人程度の許容範囲であるが、果たしてその人数が集まるかが大きな問題である。なんせこ... [続きを読む]
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- 2007/11/07 13:17いろは湯へ行く
- 11月4日のまち歩き「落語で語られた空堀・上町台地」が終わってから、参加いただいた方と運営スタッフで天王寺の「百萬石」にて打ち上。連続参加いただいているIさんはなんと繁昌亭に100万円寄付したという話しを聞く。 その後皆と別れて前々から一度行かねばならないと思っていた「いろは湯」へ行く。 直木三十五が編集者をしながら作家活動を開始したプラトン社の編集部は当初谷町にあった。ちょうど現在の安堂寺町から北に... [続きを読む]
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- 2007/11/05 13:40ひと段落か
- 26日から五回続いた「可能性のまち上町台地」も無事終了をした。紆余曲折、ドタバタではあったが一応はひと段落である。関係各位、運営を手伝っていただいた皆さん、講師の先生方何よりも参加いただいた皆さんに御礼と感謝申し上げたい。 さて、今回の講座を通じていくつかの問題提起と今後の課題がいくつか浮きあがってきた。オダギリ君が志向している着地型の観光。塙さんが実施しようとしている子供たちへの物語の読み聞かせ... [続きを読む]
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- 2007/10/31 09:27本郷菊富士ホテル
- 11月3日の「観光」を主題とする「可能性のまち上町台地」での参考資料に使うために近藤房江さんの「田端文士村」(中公文庫)をアマゾンで注文しておいた。送料の関係からもう一冊近藤さんが書いた「本郷菊富士ホテル」も購入。 本郷菊富士ホテルは聯合映画芸術家協会での失敗で東京から逃げ帰ってきた直木一家が宇野浩二がいる菊富士ホテルに転がり込んだところであるが、それ以上に以前から気になる存在であった。 伊藤晴雨... [続きを読む]
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