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- 2008/07/25 15:00ペルー ・リマ 23
- リマサンフランシスコ教会黄色い教会に黒い点になって見えるのは鳩です。鳩がいっぱいいました。日本大使館近くの住宅体調も戻り初めて食べれた昼食(サラダを写すのを忘れました)お魚プリン黄金博物館ペルーに関する歴史・考古学の博物館。金、銀、銅、宝石入りの装飾品、食器、議式用品、織物等の他ミイラもありました。残念ながら内部撮影は禁止でした。リマ〜ナスカ途中の休憩所可愛いうさぎさんがいて靴をかじりに来ました。 [続きを読む]
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- 2008/07/24 15:00ペルー ・リマ 22
- リマ人口600万人を数える大都市です。*600万人とはガイドブックの数値ですがネット検索では800万人、900万人になっています。Gran Hotel Bolivar(泊まったホテルではなく観光用に入ったホテル)クラシックカー(動いてもないのにボケボケ)サンマルコ広場マイヨール広場カテドラル(中央寺院)司教の宮殿(カテドラルの隣でカテドラルの一部の様な感じです)木製の出窓が綺麗大統領官邸続きます。 [続きを読む]
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- 2008/07/23 15:00ペルー ・チチカカ湖 21
- チチカカ湖面積は琵琶湖の約12倍の湖飛んでいる鳥は難しくて撮れません。見えている船がレストランになっていて昼食場所です。食後近辺をほとんどの家が建てかけの様に上部に鉄線が出ていましたがこれは税金対策だそうです。建ちあがったら税金がかかるので建ちあがっていないように見せるとか・・・チチカカ湖〜アリアカアリアカ15:40発の国内線で空路リマへやっと頭痛から解放されます。空港に向かう途中で市場に寄りました。市 [続きを読む]
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- 2008/07/22 15:00ペルー ・チチカカ湖 20
- チチカカ湖面積は琵琶湖の約12倍の湖ウロス島観光島の人たちに見送られ葦舟で学校見学へ乗ったのは葦舟の一番高い所(又一番上です。**は高いところが好きと言いますね)2人で漕いでいます。すれ違う空の葦舟島に着けようとしている私達が乗った葦舟学校がある島に到着しました。建物は2つで葦ではありませんでした。子供たちが歌を歌って歓迎してくれました。汽船に乗って学校の島を後にしました。続きます。 [続きを読む]
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- 2008/07/21 15:00ペルー ・チチカカ湖 19
- チチカカ湖面積は琵琶湖の約12倍の湖ウロス島観光コンドルコンドルは飛んで行くを口ずさみそう家の中の様子こちらも鳥さん私達が学校見学に行くのに乗る葦舟 [続きを読む]
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- 2008/07/20 15:00ペルー ・チチカカ湖 18
- チチカカ湖面積は琵琶湖の約12倍の湖船でウロス族の住むウロス島観光へ家が1戸だけの島もありました。コンドルがいるウロス島上陸この島には7戸の家族が暮らしているそうです。島と家の造り方の説明葦を束ねて湖に浮かせるようです。その上に縦その上に横と葦を敷き詰めて上に家を作ります。説明では青い葦を使っていますが実際は古い葦を使うようです。葦が腐ってきたら上から新しい葦を補充するようです。浮島には電気は来ていま [続きを読む]
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- 2008/07/19 15:00ペルー ・チチカカ湖 17
- プーノプーノの標高も3812m〜3855mまで書いてあるものによって違うようです。ガイドブックには3855mとありました。頭痛プラス動悸で眠れませんでした。添乗員さんの話によると頭痛と動悸は普通の事だそうです。ここでは酸素吸入をしてもらう人が多くなりました。ホテルの朝の散策すぐ前はチチカカ湖ホテルの庭ホテルからバスでチチカカ湖のウロス島観光船発着場へ出発。チチカカ湖ペルーとボリビアにまたがる標高3812mの湖。面 [続きを読む]
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- 2008/07/18 15:00ペルー ・シルスタニ遺跡 16
- シルスタニ遺跡標高は4000mか4050m位です。シルスタニ遺跡は古代墳墓跡でいくつかのチュルパ(墳墓)が残っています。以前は100基程有ったそうですが原形をとどめているのは6基だそうです。最も大きいチュルパは高さ12メートル。ここではバスから降りなかった人、降りても途中で引き返された人等が半数程いましたが私は頭が、がんがんしながらも頑張りました。バスに残っても頭が痛いのは同じだし景色を見ながら登った方が気が [続きを読む]
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- 2008/07/17 15:00ペルー ・ララヤ峠 15
- ララヤ峠今度の旅行の最高地点に来ました。バスの中も外も標高は同じなので降りました。ララヤ峠〜シルスタニ遺跡バス車窓から列車が走っています。続きます。 [続きを読む]
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- 2008/07/16 15:00ペルー ・クスコ〜ララヤ峠 14
- クスコ夜、高原列車から降りて夕食に行く途中でクスコの町の夜景を見ました。手ぶれしてますが翌日の朝出発前、ホテルのストーブをクスコ〜ララヤ峠現地ガイドさんも交代してララヤ峠(4335m)に向かってバス移動です。バス車中添乗員さんが持っているのはトウモロコシで作ったパンです。大きいクスコに戻って痛み出した頭痛は治りそうもないので気晴らしにバス車窓から途中休憩所(4000m)4000mの休憩所で私達を迎えてくれたの [続きを読む]
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- 2008/07/15 15:00ペルー ・マチュピチュ 13
- マチュピチュ下の右の写真はコンドルの神殿で地の石の部分が頭だそうです。背後の石でコンドルが羽を広げたところを表していますが全体を撮ってきていません。コンドルの神殿は拷問施設と考えられていて下の地下室の部分が牢獄。上の部分に独房と罪人の両手を固定する為の穴の開いた石があります。 コンドルの神殿罪人の両手を固定する為の穴の開いた石はたぶんこれ [続きを読む]
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- 2008/07/13 15:00ペルー ・マチュピチュ 11
- マチュピチュ主神殿(本神殿)神殿などは四角形の石が使われています。インカの住居は耐震を考えて複雑なものが使われているそうですが神聖な場所は四角いシンプルな石が使われているようです。3つの窓の神殿段々畑とグラジオラスインティワタナ太陽信仰を表し日時計であったのではないかと言われているそうです。触らないで手をかざしてパワーをもらうそうです。標識(道案内)続きます。 [続きを読む]
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- 2008/07/12 15:00ペルー ・マチュピチュ 10
- マチュピチュ太陽の門からみえるワイナピチュ(若き峰)段々畑が綺麗です。段々畑にはコカ、ジャガイモ、トウモロコシ、キヌア(キノア )等が栽培されていて、ここで収穫された野菜や果物がインカの民の糧であった様です。歩いている人が小さく見えています。綺麗な段々畑と石積み太陽の神殿神殿の中には入れません。真下は陵墓(王のミイラ)になっています。 円形の石積みお花の名前わかりません。続きます。 [続きを読む]
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- 2008/07/11 15:00ペルー ・マチュピチュ 9
- マチュピチュ1911年にアメリカの歴史学者「ハイラム・ビンガム」によって発見された。「謎の空中都市」と呼ばれています。発見された時インカの黄金は残されてなくて黄金と共に人々はマチュピチュを去ったと考えられている様です。ガイドブックには「失われた都市」の謎は深まるばかりとの記載があります。遺跡は想像力をかきたてられますね。案内図は見学の最後に撮影しましたが最初に載せます。メインゲート(太陽の門)を囲んで [続きを読む]
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- 2008/07/10 15:00ペルー ・クスコ〜マチュピチュ(高原列車) 8
- クスコ〜マチュピチュスイッチバック方式、最後の方は同じ方向が長かった気がします。高原列車( ペルーレイル)サボテンはたくさんの場所で見ました。マチュピチュに着きました。乗合バスで遺跡まで行きますが33名+添乗員さん、現地ガイドさんの35名。一度には乗れないので別れての乗車でした。明日からのマチュピチュ遺跡の枚数を数えたら省いた枚数で79枚あったので5日位かかりそうです。思い切って、もっと省いても良いのです [続きを読む]
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- 2008/07/09 15:00ペルー ・クスコ〜マチュピチュ(高原列車) 7
- クスコ〜マチュピチュマチュピチュは2460mでクスコよりずっと標高が低いのでやっと頭痛から逃れる事ができそうです。マチュピチュに行ったら標高が低いので、みんな元気になるそうです。高原列車( ペルーレイル)クスコからマチュピチュまで約4時間乗ります。スイッチバック方式で前に走ったり後ろに走ったりして進んで行きました。走っている列車から写真を撮るのは難しいです。手ぶれしてます。指定席が通路側だったので雪山を [続きを読む]
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- 2008/07/08 15:00ペルー ・クスコ 6
- クスコクスコはインカ帝国時代、1世紀にわたり首都として栄えた町です。十二角石両脇の見事なインカの石積みを見ながら十二角石へ進んで行きました。地震の多い地ですがインカの石積みはびくともしないそうです。この石積みの名前も聞いたのですが覚えていません。(動物が出てきたような・・・)十二角石です。十二角数えてみて下さいね。大聖堂に向かっています。大聖堂お昼に見たかったと思いますが夜景も綺麗でした。大聖堂前 [続きを読む]
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- 2008/07/07 15:00ペルー ・クスコ 5
- クスコクスコはインカ帝国時代、1世紀にわたり首都として栄えた町です。サント・ドミンゴ教会飛行機が1時間遅れたせいと、いきなりの高山で私達が早く歩けなかったせいもあって教会に着いたのは閉まる時間の5時半ちょうどでした。入れてもらえました。内部の壁は黄金一面だったというインカ時代の宮殿跡地。土台である石組の上に教会が建てられたそうです。1950年の大地震で教会は大きな被害を受けたそうですが土台のインカの石積 [続きを読む]
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- 2008/07/06 15:00ペルー ・クスコ 4
- クスコクスコはインカ帝国時代、1世紀にわたり首都として栄え、サクサイワマン遺跡、タンボマチャイ遺跡、ケンコー遺跡、プカプカラ遺跡などがあります。頭ががんがんしてガイドさんのお話があまり残っていません。ガイドになって初めての時日本人ツアーの年代を見たらみんな60代70代で山登り大丈夫かなと心配したら自分が真っ先にばててしまったとの体験談と温暖化で雪が少なくなった事の話位しか思い出せません。コカ茶を飲みに [続きを読む]
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- 2008/07/05 15:00ペルー ・クスコ 3
- クスコクスコはインカ帝国時代、1世紀にわたり首都として栄え、サクサイワマン遺跡、タンボマチャイ遺跡、ケンコー遺跡、プカプカラ遺跡などがあります。クスコの写真、遺跡はサクサイワマン遺跡とタンボマチャイ遺跡を撮ってきています。サン・ドミンゴ教会と残念ながら夜になってしまった十二角石や大聖堂の写真も撮ってきています。今日はサクサイワマン遺跡です。昼食場所からの町の眺め左の山に文字、右の山に絵が書いてあり [続きを読む]
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- 2008/07/04 15:00ペルー ・リマ〜クスコ 2
- リマ〜クスコ飛行機よりクスコクスコ(3360m)到着後少しの間動悸が同じ位の標高のスイス・イタリアのアルプスでは何ともなかったのに先行き不安。心臓がどきどきしたと沢山の方がおしゃっていたし、すぐ治まったので気にせず・・・行く前読んだブログには大声を出して倒れた人もあるそうでそれから比べれば軽い軽い等と思いました。午後の観光前に荷物を置くためホテルへホテル内部続きます。... [続きを読む]
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- 2008/07/03 15:00ペルー ・日本〜ロサンゼルス〜リマ 1
- ロサンゼルス付近上空飛行機よりロサンゼルスで乗り換えてリマ着、夜中の0:25それからバスでホテル。翌朝はクスコに向う為リマ発9:50の航空機の予定で7時台には出発、わ〜ハード60代が一番多く20代〜70代の総勢33名。日程表を見ると毎朝早く毎晩遅いので大丈夫かなと・・・今迄で一番ハードなツアーです。リマ空港で飛行機出発が1時間遅れたために空港内のベンチに座って無駄な時間を過ごしました。リマ空港ツアーは強行... [続きを読む]
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- 2008/07/02 15:002008-07-02
- 御訪問ありがとうございます。本日はサブブログの方で称名滝を掲載しています。サイドのネコちゃんクリックからかhttp://yuki-ukiuki-asia.blog.so-net.ne.jp/から宜しくお願いします。明日からこちらの方でペルー掲載します。それでは又明日... [続きを読む]
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- 2008/07/01 16:00オーストリア5
- ウィーン7月の自由行動の時です。ホーフブルク王宮オペラ座内部見学ツアーは国毎にガイドさんについて案内されます。表の掲示板に日本語*時*分というように集合時間の案内が貼ってありました。シュテファン寺院11月の自由行動の時です。国会議事堂ヴォティーフ教会 カール教会クリスマス市明日はサブブログでの掲載です。明後日から、こちらの方でペルー旅行開始します。何故か予約投稿されていません。(T_T)設定は7月1日15時 [続きを読む]
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