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- 2008/07/21 21:06小説「青空」 闇の章(四)
- 亜季は思いがけないテツオの言葉に、じっとその顔を見つめた。「まだ左手がついている。この金網が撤去されたとき、試合に出られるように練習しなきゃ。」そう言ってにこりと笑うテツオの顔を見て、亜季は思わず口を両手でふさいで、その両目からは大粒の涙が溢れ出た。片手を失いながら、この人は自分明るく振る舞ってくれる。今にも崩れそうな私のために、辛い素振りは何も見せないで笑ってくれる。一番苦しいのは、この人のほう [続きを読む]
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- 2008/07/17 19:04小説「青空」 闇の章(三)
- 「ほらよ。」テツオは左手一本で、手にした包みを軽く放り投げた。それはきれいな放物線をえがいて、二つの金網を楽々に飛び越えると、小さな音を立てて亜季の足元の草の上に落ちた。亜季は座ったままそっとそれを拾い上げると、そっと包みを開けた。その中にはきれいに洗われたタッパが入っており、その上には几帳面そうな字で書かれた手紙が乗っていた。「尾上は喜んでいたよ。」「そう。」亜季は手紙を見つめたまま、静かに言っ [続きを読む]
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- 2008/07/12 12:02小説「青空」 闇の章(二)
- 亜季は脱力したまま、ぼんやりと空を見上げた。頭上には夏の澄み渡った空が広がり、その中を白い雲がゆっくりと流れていく。その様子は、亜季がこれまで生きてきた田舎の空とも、東京で見た空とも、なんら変わりがなかった。亜季は疲れきったように投げやりな視線を落とすと、夏の熱い風に揺れる緑の夏草をじっと見つめた。「ここにずっといたのか。」突然のその声に、亜季は驚いて振り向いた。そこには、心配そうな顔をしているテ [続きを読む]
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- 2008/07/09 22:56小説「青空」 闇の章(一)
- 「もくじ」 → こちら -------------------------------亜季は目を覚ました。 金網に身を預けてまま寝てしまった亜季は、右手に巻いた腕時計を見た。時間はもう正午を回っている。亜季ははっとして慌てて振り向いたが、金網の向こうにはもう人影はなかった。大きく息を吸った亜季は、もう一度体を向きなおすと、再び金網に身を預けて腰を下ろした。金網の向こうにばかり気を取られていた亜季は、この時初めて自分が丘の上にいる [続きを読む]
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- 2008/06/28 09:47小説「青空」 絶の章(八)
- そう言い残すと、テツオは歩を早め、林の奥へと走っていった。その後姿を何も言えずに見送ると、亜季は頭を抱えてうずくまり、声にならない叫びを上げた。テツオと自分を隔てたこの金網をあんなにも憎んでた自分が、テツオにほかの人を隔離するように強要してしまった。情けない。いつまでも考えの浅い自分が情けない。こんな自分が、東京に出るだけで変われると信じていたことが、この上もなく恥ずかしい。 [続きを読む]
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- 2008/06/25 20:15小説「青空」 絶の章(七)
- 「どうしたの?おいしくなかった?」「いや、すごいおいしかった。」「じゃあ、何故…?」心配そうにそう尋ねる亜季に向かって、テツオはにっこりと笑って答えた。「こんなうまいもの、一生懸命頑張ってる尾上にも食べさせてやらなきゃ。」「駄目!」張り裂けそうな亜季の叫びに、テツオは驚いて言った。「どうしてだい。」「だって…。病人が一杯いるところに行ったら、テツオも感染しちゃうかもしれないし…。」亜季の言葉に、テ [続きを読む]
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- 2008/06/21 11:44小説「青空」 絶の章(六)
- 「ありがとう。」テツオは亜季に向かって大きく頭を下げると、おにぎりからラップをはずしておいしそうにをほおばった。そして一緒に入っていた割り箸をパチンと割ると、それが入っていた箸袋をじっと見つめた。そこには、もう行くこともないかもしれない村の蕎麦屋の名前が書いてあった。テツオはぐっと食いしばると、その紙片を丁寧に折りたたんで、ポケットに押し込み、左手だけで不器用そうに容器を開けた。しかしテツオは、お [続きを読む]
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- 2008/06/19 21:42小説「青空」 絶の章(五)
- 宙を飛んだ風呂敷は、1枚目の金網を跳び越し、2枚目の金網の上に当たってバウンドした。その激しい衝突音を聞き、届かないかと思い亜季は思わず身をすくめる。しかし風呂敷は、どうにか金網を越えて、力なく座るテツオの目の前の草の上に落ちた。テツオはその風呂敷を手に取ると、何度か亜季の方を見た。そして亜季が頷くのを確認すると、なれない左手で試行錯誤しながらその封を解いた。中には、三個のおにぎりと、容器に入った [続きを読む]
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- 2008/06/12 17:59小説「青空」 絶の章(四)
- 「ありがとう。」「私何もしていないよ…。」「いや、俺の体を心配してくれる、その気持ちがありがたいんだ。」その感謝の言葉から溢れてくる切ない心情に、亜季は思わず泣きだしそうになり必死に耐えた。多くの人々が、誰にも知られないうちに息を引き取っている。テツオの心は、亜季など想像もできないほど、恐怖と孤独感で一杯であろう。亜季は話題を変えようと、長い道程で抱えてきた風呂敷を、両手で頭上に掲げながらテツオに [続きを読む]
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- 2008/06/11 15:58小説「青空」 絶の章(三)
- 「この金網を立てられるとき、役所の人から説明を聞いたよね。」「ああ、生物兵器なんだろ?」「うん。」亜季は頷いた。「その症状が分かってきたの。発病すると高熱が出て、傷口から黒い発疹が出るらしいの。」たどたどしくそう言う亜季の言葉に、テツオは小さく頷いた。「そうか。だから体温が昨日より上がっていないか、確かめたってことか。」テツオは薄明るくなりはじめた空を見上げながらそう言うと、亜紀に向かってはっきり [続きを読む]
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- 2008/06/10 09:56小説「青空」 絶の章(二)
- 「テツオ!大丈夫!?」その声にテツオは顔を上げて、拍子の抜けたように言った。「大丈夫なわけないだろ。腕がないんだぜ。」「違うの!熱がない?どう?」その余りの慌てぶりに何かを感じ取ったのか、テツオは真顔になって答えた。「ああ。昨日は怪我の影響で微熱があったけど、寝たら下がったよ。まあ、体温計で図ったわけじゃないけど。」「そう、下がったの…。よかった。」金網に指をかけながらそう言う亜季の様子を見て、... [続きを読む]
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- 2008/06/09 22:53小説「青空」 絶の章(一)
- 「もくじ」 → こちら -------------------------------亜季は午前五時頃、無機質な金網の前に着いた。そこには恐ろしい光景が待っていた。数時間前までは泣き叫び、拳を振るっていた民衆が、金網の向こうで微動だにもせずに何人も横たわっていた。高熱にうなり声を上げている人も何人かいいたが、それはほんのわずかであった。大勢の人が金網の「こちら側」で、「向こう側」の様子を無力感に支配されながら見つめて立ち尽くし... [続きを読む]
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- 2008/06/05 20:55小説「青空」 哀の章(五)
- 亜季はそう言うと、隔離地域内で起こっている事情を説明した。伯父はそれを真顔で聞いていたが、亜季が話し終わるとにっこり笑った。「そう言うことならもちろんじゃ。幸い米などの農作物だけは山ほどある。好きに使いなさい。」「ありがとう。」そう言って台所の奥に走っていく姪の姿を、伯父は悲しそうに見送った。どうして戦争は、いつも前途ある若者に苦悩を与えるのであろう。戦時中もそうだった。自分を置いて死んでいった... [続きを読む]
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- 2008/06/04 20:53小説「青空」 哀の章(四)
- 「おじさん。他にも何か分かったら教えて。」「うむ。」伯父が返事し終わるのも待たずに屋の部屋に駆け込むと、亜季は白いキャミソールを脱ぎ捨てた。そして寝るときに着るつもりであった赤いTシャツに着替えると、店に戻って脱いだキャミソールを伯父に差し出した。「ごめん、これ洗濯しておいてくれる?」「うむ…、わかった。」伯父は、多少の驚きを覚えながら、それを受け取った。その思い切った着替え方は、以前の恥ずかし... [続きを読む]
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- 2008/06/03 08:51小説「青空」 哀の章(三)
- 「まだ病原菌については、特定が出来ていないらしい。ただ…。」「ただ?」亜季は思わず問いかけた。「ただ、発症した方がいるようじゃ。」「え…?」亜季は息を呑んだ。「で…、どんな症状…?」「うむ…。」伯父の言葉のトーンは落ちた。「何せ隔離されているため詳しくは分からんが、高熱を発し、傷口から黒い発疹が全身に広がるようじゃ。」「そう…。」亜季はそう言ってうつむいた。しかしすぐに顔を上げると、立ち上がって... [続きを読む]
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- 2008/06/02 20:48小説「青空」 哀の章(二)
- 亜季は伯父の店に到着すると、入口のガラス戸を力まかせに開けた。そのけたたましい音に、ガラスカウンターの向こうでじっとテレビを見ていた伯父が、ゆっくりと顔を上げた。もう夜中の二時を回るというのに、伯父は寝ないで待っていてくれたのだ。「おかえり。」真夜中の来訪者を、伯父は柔らかい笑顔で出迎えた。「ただいま。」そう言うと、亜季は伯父の側に駆け寄った。どうしてこの村の人たちは、こんなにも暖かいのであろう... [続きを読む]
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- 2008/06/01 14:46小説「青空」 哀の章(一)
- 「もくじ」 → こちら -------------------------------亜季は、来た線路を逆走するように、必死に走り続けた。しかし真夜中の線路である。何度も転んだし、亜季と同じように被災地に向かう人々ともぶつかった。しかしひじをすりむき、ひざを怪我しようとも、亜季は走り続けた。走らねばならなかった。テツオが言うには、被災地では食料が不足しているようであった。それは尾上の止血によって一命を取り留めたとはいえ、衰弱し... [続きを読む]
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- 2008/05/31 20:44小説「青空」 畏の章(三)
- あたりの声に、土門は少し驚いたように周りを見回した。同乗者たちは、何かに引き寄せられるかのように、視線を一点に集中させている。土門は、それらの視線の先を追った。それらが集中している場所を認識すると、土門は思わず息を呑んだ。そこには、電車に乗った時に何気なく見ていた、あの電光ニュースが流れているモニターがあった。(… <臨時ニュース>東北…県の県庁所在地に、国籍不明のミサイルが着弾。多数死者が出た... [続きを読む]
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- 2008/05/30 09:42小説「青空」 畏の章(二)
- その何気ない視界に、車両と車両を仕切る位置にある自動扉が入った。さらには、その上に流れる電光ニュースに目が移る。「ふむ…。」土門は、そこに流れるニュースを何となく見つめ続けた。昨日の国会における総理大臣の陳腐な答弁、プロ野球の結果、天気予報…。正直どのニュースも真新しいものは無く、土門はつまらなそうにあくびをした。どのくらいたったであろうか。いつの間にか寝てしまっていたようだ。土門はまだ眠そうに... [続きを読む]
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- 2008/05/29 13:38小説「青空」 畏の章(一)
- 「もくじ」 → こちら -------------------------------土門は新幹線の指定席に腰を下ろすと、小さく息を吐いた。そして多少体を揺さぶるように体勢を落ち着けると、革のカバンを足元に置いて左手にはめられた腕時計の針を見つめた。それは初任給で買った思い入れのあるものでもあり、三年以上たった今でも大事に使っている。「東京、二時には着くな。」そう言って土門は両手をおなかの上で軽く組むと、窓の外を流れる景色をぼ... [続きを読む]
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- 2008/05/28 19:20小説「青空」 離の章(六)
- 亜季はその小さなこぶしで、軽く金網を叩いた。どうして何の障壁もなかった青い時期に、この級友に優しい言葉ひとつかけられなかったのであろう。絶望的な距離が出来て初めて、彼の温もりに触れたいと心から思った。 [続きを読む]
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- 2008/05/28 11:19小説「青空」 離の章(五)
- 「東京に出て頑張ろう、その一歩を踏み出したじゃないか。俺にはそんな勇気なんかないよ。」「…。」「次は、もう一歩踏み出せばいいだけじゃないか。」そう言って、まっすぐと見詰めるテツオの視線が痛かった。「可愛くなったなあ、亜季。」テツオは突然、無邪気そうにそう言った。突然の言葉に亜季は一瞬あっけに取られたが、すぐに真っ赤になりながら答えた。「こんな時に、何言ってるのよ。」「こんな時だから言ってるんだ。... [続きを読む]
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- 2008/05/27 18:17小説「青空」 離の章(四)
- 「恥ずかしい話だけど、俺は本気でプロ野球を目指してたんだ。」テツオはじっと、澄み渡った夜空を見つめた。「へたっぴいなくせにな。」「そんな…。」亜季はうつむきながらそう言うと、すぐに言葉が出てこなかった。ただ一筋の涙が、静かに形のよい頬を伝っていく。唇の震えが止まらない。「私は…テツオに認めてもらえるほど、頑張ってはいなかったんだ。」「そんなことないさ。」そんなやさしいテツオの言葉に、亜季は必死に... [続きを読む]
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- 2008/05/27 10:14小説「青空」 離の章(三)
- 「こんなにみんなが苦しんでるのに、月は変わらず輝いてやがる。」その一言に、テツオの内心が垣間見えた。亜季はその顔を、何も言えないまま黙って見つめた。「この同じ月を見ながら、亜季が夢に向かって頑張ってるんだなあ、ていつも思っていた。」そんな純粋なテツオの言葉に、亜季の胸は鈍く痛んだ。自分は東京でそんな思いに耐えられるような、たいそうな生活など送ってなどいなかったよ。ごめんなさい。ごめんなさい。亜季... [続きを読む]
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- 2008/05/26 19:13小説「青空」 離の章(二)
- 「そいつは偉くてさ。医学部にある薬品を持ち出して、けが人や病人を診てる。何千人も並ぶ列の前で、休みもせずずっと診察を続けてるんだ。」「そうなんだ。尾上君ってすごいんだね。いつか会えるといいな。」「…。」亜季の言葉に一瞬黙ってしまったテツオを見て、亜季は無神経なことを言ってしまったことに気がついた。この無常な金網で、テツオたちは政府から見捨てられたのだ。再び開放される保証などどこにもない。「…ごめ... [続きを読む]
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