悠生。 さん

悠生。さん: 砂礫ノ城
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城郭・城跡関ヶ原の戦い日本の戦国時代
城郭・城跡関ヶ原の戦い日本の戦国時代
石田三成
石田三成

プロフィール

ハンドル名悠生。 さん
ブログタイトル砂礫ノ城
サイト紹介文西軍武将を中心に、史跡巡りと戦国小説&資料等の紹介をしています。
参加カテゴリー
更新頻度情報提供64回 / 138日(平均3.2回/週) - 参加 2007/12/18 00:57

悠生。 さんのブログ記事

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  • 2008/04/30 08:19歪められた歴史・石田三成と関ヶ原戦  著者:田中巌 明玄書房
  • オススメ度:★★★★☆ (県立図書館閲覧)作者が、まぁとにかく三成のことが大好きで、彼の汚名を雪いでやる!という信念の元に書かれた強力三成よいしょ本、といっても過言ではない本です。正直笑いました。内容としては、三成が悪く言われている様々な事柄を一つ一つ拾い上げて、あの事件の真相はこうだからこうで、とか、この事柄についてはこっちの資料から読み解くとこう解釈され、とか、まじめに丁寧に考証してくれてはい [続きを読む]
  • 2008/04/30 08:02石田三成写真集  新人物往来社
  • オススメ度:★★★★☆ (市立図書館閲覧)写真集というタイトルになんだそりゃ?と常々不思議に思ってたんですが、見て納得。ほとんど全頁モノクロですが、貴重な資料がこれでもか!というぐらい豊富に載っています。一般公開されていない武具や書画なども載っていますので、こんなのもあったんだ、と新鮮な驚きが満載。三成ヲタ心を擽ること間違いなし(笑)で、毎度毎度三成の復元の顔を見る度に思うのですが、復元した時代よ [続きを読む]
  • 2008/04/25 23:01石田三成  著者:尾崎士郎  【追記説明】
  • 以前書いた尾崎先生の「石田三成」のブックレビューへの追記です。前回、出版社によって内容が中途のままで終っている、と書いたのですが、実際のところは前編を書き上げ出版したところで従軍の為執筆が中断し、後編は書かれなかったそうです。時期的には第一次世界大戦の頃でしょうか。一番最初に発行された「石田三成」が1983年中央公論社発行です。これが私が最初に読んだ本で、B5横型和綴じの旧仮名づかいです。(弘前市 [続きを読む]
  • 2008/04/24 14:56関ヶ原合戦記  著者:西野辰吉 勉誠社
  • オススメ度:★☆☆☆☆ (市立図書館閲覧)2/3が関ヶ原、1/3が大阪冬&夏の陣について書かれています。内容なんですが……正直、大まかな戦の流れを表面だけなぞって書き連ねただけ、という感じ。出来事も、その時の人物名も、ただ書いてあるだけ、なので読み応えはまったくないです。というか、他の本読めば全部書いてある内容ですな。ほぼ箇条書きに近いし、正直文章も読みづらいです。もうちょっとこう…作者の意見と方向性を [続きを読む]
  • 2008/04/16 21:19三成の新文書情報その2
  • 長浜市で公式発表出ましたね〜知りたかった原文と人物名もしっかり解ってとりあえずは満足(笑)「長浜市広報資料」文書に名前が出てたのは山田上野さんと四岡帯刀さんの二人。調べてみたら、山田上野さんは多分「佐和山落城記」を書いた山田喜庵の祖父で、関ヶ原役には佐和山城に留守し、東軍の城攻めには大手の篝尾口を守って奮戦して自刃した方だと思います。そして四岡帯刀さんなんですが、家臣団リストに名前が見当たらない [続きを読む]
  • 2008/04/14 22:12別冊歴史読本 戦国武将 御家騒動録  新人物往来社
  • オススメ度:★★★★☆ (市立図書館閲覧)面白そうな本があったのでちょっと覗いてみたら、とにかく色んな武将達のお家騒動録が各10頁ぐらいづつ書かれていて、内容も解りやすくまとめられていました。書かれてある武将は以下の通りです。伊達家、北条家、武田家、上杉家、今川家、徳川家、織田家、斎藤家、豊臣家、丹羽家、筒井家、前田家、宇喜多家、毛利家、大内家、三好家、長宗我部家、大友家、竜造寺家、黒田家、有馬家、 [続きを読む]
  • 2008/04/09 22:38三成の文書発見
  • 「石田三成の重臣・島左近、領国経営に深く関与…文書発見」のタイトルがあったんで見てみたら、写真つきでその文書が載ってました。記事読んでみたら、佐和山城下の代官にあてた手紙で、仕事で城を空ける事が多いから、自分の代わりに左近等3人に相談するように、と書かれてあるそうな。ちなみに持ってたのはその代官の子孫の方だそうです。三成の現存文書で左近の名前が出てきたのは初めてなんですね。知らなかった…まぁ、左 ... [続きを読む]
  • 2008/03/31 23:13資料集めの謎
  • 史跡巡りをするために、一番重要なのは兎にも角にもその史跡の資料ですよね。私の場合ほとんどネットで調べて、場合によってはプリントアウトして、詳細地図と一緒にファイルにはさんで現地に行くのですが、そこで疑問。史跡の残溝とか縄張図、そこにいた武将の詳細はともかくとして、そこから移築された現存門とかの情報って、皆さんどうやって集めてるんでしょう?いつもいつも、皆様がネットで公開して下さってるありがたー ... [続きを読む]
  • 2008/03/26 14:50海将 若き日の小西行長  著者:白石一郎 新潮社
  • オススメ度:★★★★☆ (市立図書館閲覧)小西が好きな色んなサイト様で紹介されていたので読んでみたのですが、本当に面白かったです♪内容的には、商人として海を渡っていた若き弥九郎(行長)が宇喜多家御用商の魚屋(ととや)へと養子にはいるところから始まり、宇喜多家と羽柴家の橋渡し的立場へとなり、御船奉行として羽柴家への寄騎となり(双方から禄を貰ってるんだからそう…だよね?)豊臣家の大奉行として九州に赴... [続きを読む]
  • 2008/03/21 22:45丸岡城址(加藤忠廣屋敷跡)・天澤寺(加藤清正墓碑)+a
  • 清正…苦手だったんですけどね(苦笑)色々資料漁ってるうちに、バカだけど(待て)憎めなくなりましたよ(^^;)そしてその資料の中で、息子の忠廣公が領地没収の上、庄内藩酒井氏に御預かりとなってた事を知りまして、探してみたらなんとも近くに史跡があるではないですか。本気で知らなかった…。そんな訳でフラッと散歩がてら行って参りました。丸岡城址案内図。丸岡城は元々は鶴ヶ岡城の支城でしたが、一国一城令の時に取り壊 ... [続きを読む]
  • 2008/03/19 23:46醜-大谷吉継-  著者:大谷晃一 河出書房新社
  • オススメ度:★★★☆☆ (市立図書館閲覧)この小説は、「楠木正儀」という本の中に「醜」というタイトルで収録されています。「人は義には動かぬ。我利によって動く」とは吉継が三成に諭した言葉であり、また三成も関ヶ原の合戦を迎えるにあたって身をもって知った言葉でもあります。理想と現実の違いを、厳しさを、病ゆえに前線から一歩身を引いた立場と視点で冷静に世の中を見つめる盲目の吉継の心情が、この物語では語られ... [続きを読む]
  • 2008/03/14 01:38軍師 島左近  著者:浜野卓也 PHP研究所発行
  • オススメ度:★★★☆☆ (市立図書館閲覧)左近の出生地説は、大和と対馬の2説あります。そして没所没年にいたっては関ヶ原の他に3、4箇所(苦笑)この小説では、対馬に生まれ、関ヶ原後に対馬で亡くなっている(墓がある)左近の生涯が描かれています。個人的には大和生まれで関ヶ原で散った左近説が好きなので、どんなもんかな〜と思いながら読んでみた訳ですが、これが意外と面白くて(笑)ただ、前半の対馬を離れるまでの物... [続きを読む]
  • 2008/03/04 16:18仙台城(青葉城)移築現存門巡り
  • 仙台市街に点在する移築建物の城門を訪問してきました。満興寺山門=仙台城辰ノ口門。考勝寺山門=仙台城城門。(どこの門かは不明) 宮城県知事公館正門=仙台城寅ノ門。 泰心院山門=藩校養賢堂正門。満興寺以外は市内なのでなんとか行けるかと。他に移築現存蔵もあるみたいなんですが、個人宅所有なので諦めました。撮影:08.03.02 ... [続きを読む]
  • 2008/03/04 15:58仙台城(青葉城)pert2+a
  • 車で仙台城に行くと、真っ直ぐに本丸まで行っちゃって遺構見学が出来ないので、三ノ丸跡地にある博物館に寄ったついでに、その近辺だけちょこっと見学してきました。 大橋を渡った場所にある城址入り口の碑。三ノ丸の下。外堀の近く。三ノ丸下の外堀(長沼)。右の土塁の中に石垣の残構有。 三ノ丸子ノ門跡(博物館入り口)。 博物館の庭にある初代政宗公の像(青葉山の像は二代目)。博物館の庭から曲輪の道を通っ ... [続きを読む]
  • 2008/03/04 15:28仙台東照宮
  • 以前仙台に2年間住んでたのに、仙台東照宮があるって知らなかったよ…orzそんな訳で行って来ました。 入り口の国指定重要文化財・石鳥居と東照宮の由来。建立したのは2代忠宗公だったのね。 階段登った先にある国指定重要文化財・随身門。神楽殿。拝殿。 拝殿の後ろにある国指定重要文化財の唐門、透塀、本殿。拝観謝絶なのでフェンス越しに覗き見るだけ。東照宮だけあって、祀られてるのは東照大権現こと家康 ... [続きを読む]
  • 2008/03/04 15:08白石市・真田家縁の史跡巡り
  • 真田幸村の遺児を複数託された片倉家。どんな事情があったのか、実はまだ勉強不足で理解してませんがとりあえず回ってきました。白石城でも紹介した当信寺。 左の石仏が大八、右が阿梅の墓石。山門の横を通って右側から本堂の裏手に抜けるとあります。大八が宮城真田家の祖になったんでしたっけ。 清林寺。遺児達と一緒に逃れてきた真田家家臣の建立したお寺。幸村夫妻を弔うために建てたとか。家紋が真田の六文 ... [続きを読む]
  • 2008/03/04 14:17白石城pert2+当信寺(移築城門)
  • 白石巡り第二弾!前回見落とした部分を重点に見学してきました。(といってもまたまた抜けが多いですが…)三ノ丸と帯曲輪の間にあるお堀通り。三ノ丸が駐車場になってるのでそこから大手門へ抜ける道になってます。東口門の説明板。雪の白石城〜♪ 左:菱御門 右:大手二門  珍しい変形虎口の二門です。上から見た図はコチラをどうぞ。本丸井戸。現在も水を湛えています。厩曲輪や裏御門の辺りも写真撮った ... [続きを読む]
  • 2008/02/29 05:10関ヶ原異聞「夢」  著者:中津征広 碧天舎
  • オススメ度:★★★☆☆ (市立図書館閲覧)三成関連の創作小説…ではあるんですが、3部構成になっていて1章が三成、2章が秀秋、3章が清正が主人公として書かれています。タイトルに「夢」とあるとおり、それぞれが見た夢の内容が中心で、三成が夢を見たのは関ヶ原の戦いの前でした。秀秋が夢を見たのは関ヶ原から2年後。清正が夢を見たのは11年後の二条城の会見の後。そう、3人とも自身の死の直前です。夢の内容も雰囲気 [続きを読む]
  • 2008/02/07 16:08図説・縄張のすべて  発行:学研
  • オススメ度:★★★★☆買っちゃった…orz正直なところ、歴史&史跡巡り初心者な私には、最初の頃様々なサイトで説明されている虎口や堀切、曲輪、馬出し、土居、横矢だの専門用語がさーっぱり解りませんでした。単語調べてなんとなくニュアンスは解ったけど、実際どんな事なのかがやっぱりちゃんとは理解できない。誰か図解で教えて〜と探していたら、とあるブログで見つけたのがこの本でした。1月に発行されたばかりで、運良く [続きを読む]
  • 2008/02/04 00:15週間 新説・戦乱の日本史  小学館
  • 小学館から、なんだか面白そうなシリーズが刊行されましたね。戦国ブームのお陰ですな(-人-)アリガタヤそんな訳で自分用のメモです。赤:購入予定  橙:悩み中01月 01.長篠の戦い 織田信長02月 02.中国大返し 豊臣秀吉    03.関ヶ原 徳川家康    04.大坂の陣 真田幸村    05.新撰組疾風録 近藤勇・土方歳三03月 06.江戸城無血開城 天璋院・勝海舟    07.西南戦争 西郷隆盛    08.日露戦 [続きを読む]
  • 2008/02/03 00:03 石田町巡り
  • 観音寺からひと山越えた場所にある石田町。石田三成のふるさとです。松田酒店のある交差点から、一見行き止まりのような路地を入っていくと右手奥に石田会館があります。石田会館は石田屋敷跡地にあります。といってもこの辺一帯全部屋敷跡地だったみたいですが。ちなみにそのまま真っ直ぐ行くと八幡神社。 会館に着くと三成公の像がお出迎え。お邪魔致します。会館敷地内にあるお堀の名残の治部池。交差点の所からこの辺 ... [続きを読む]
  • 2008/02/02 19:40 観音寺
  • 秀吉と三成の出会いの場所、のひとつと云われる観音寺。他にも候補が2、3箇所あるみたいなんですが、石田町からの距離と横山城からの距離を考えると、ここが一番信憑性があるそうです。出会いのエピソードでもある三献茶の話自体がアヤシイというのは今回は無視の方向で(苦笑)観音寺山門。両サイドの灯篭が立派です。参道。本堂。奥に廊下で続いた小堂があります。三献茶のエピソードとは、この寺で行儀見習いとして ... [続きを読む]
  • 2008/02/02 19:00 石田町街灯探索
  • ファンの間では有名な石田町の西軍武将の説明書き付街灯。とりあえず探せるだけ探してみました。起点となるバス通りの交差点。ここから放射状にある…ハズ。そして先に云っておきますが、バカな事に肝心の街灯写真を撮り忘れてますorz街灯の形は写真右の三献茶のモチーフと同じもの。まずは西へ移動。キリシタン大名・小西行長。西は1つで終わりみたいなので、次は南に移動。三成の父・石田正継。三成の忠臣・磯 ... [続きを読む]
  • 2008/02/02 18:05 佐和山城
  • やっと辿り着いたというべきか佐和山城。まずは散策開始☆佐和山城大手口。彦根市街からは佐和山を挟んで反対側になります。奥の雑木林の所まで行ってみましたが、途中で道が消えていました。土塁の跡とかもこの辺だとけっこう残ってました。後ろの山が佐和山です。龍潭寺前の駐車場からパチリ。龍潭寺と清涼寺の間にある佐和山(東山)ハイキングコース入口。進むと龍潭寺の山門があって、そこをくぐって奥の墓地を通り ... [続きを読む]
  • 2008/02/02 17:07清涼寺・佐和山石田屋敷跡
  • 井伊家の菩提寺として有名な清涼寺。ですが、島左近の武家屋敷跡としても有名ですね。拝観謝絶なので、門から失礼してこそっと撮影。後ろの山が佐和山です。清涼寺七不思議のひとつ、たぶの木。なんで七不思議があるねん!と思いながらも調べてみましたよ。「うなる門」大晦日の晩にうなる門。もともとは左近の邸の表門だったそうで、風もないのに低く唸り続けるのだそうな。安永5(1776)年に焼失して現存はしま [続きを読む]
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