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- 2008/07/12 12:27昭和の夏
- 今中年のおじさんが思い出す「昭和の夏の風景」といえば まず縁側そしてアサガオ・井戸・スイカ・すだれ・風鈴といったところだろうか 他にも、かき氷・トウモロコシ・夜店・扇風機・そうめん・ひまわり などなど ?いろいろあると思うが、ロクがかってに「ゴールデンコース」として味わいたいものは これである アサガオの咲いてる庭に面した縁側で井戸で冷やしたスイカを食べている・・・ [続きを読む]
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- 2008/06/19 14:28コカコーラのCM
- 「スカッとさわやかコカコーラ!」や「コークと呼ぼうコカコーラ」のキャッチフレーズで一世を風靡したのが昭和30年代後半であった。 あの有名な加山雄三のコマーシャルがテレビに流れたのが1967年というからまさに僕が小学生の頃からコカコーラが普及したのである。 ピンキーとキラーズのCMも記憶に残っている。 それまでは炭酸飲料といえばサイダーしかなかったので子供のみならずことなんまでもがコ [続きを読む]
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- 2008/05/14 10:51現代は幸せか?
- ろくは男の子なので、当時の男の子の姿しか記憶にないのですが夏は上半身はランニングシャツ、下は半ズボン、靴などはかないでぞうりか下駄が一般的でした。 当時の白黒写真を見てもらえばうそでないことが分かります。 衣類にツギのあたっているのも恥ずかしくないぐらい一般的でした。 それにひきかえ最近の子はすごくおしゃれなカッコウになりましたね。 赤ちゃんでさえブランド物の衣類を身に付け [続きを読む]
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- 2008/04/25 00:01びいるビール麦酒
- さあ、暖かくなってきました。 ゴールデンウイークはもう初夏なんですね。 人間とは現金なもので寒ければ「暖かいほうがいい」といい、暑ければ「冷たい方がいい」というんですね、今も昔も・・・ 今まではショーチューのお湯割りなんぞを飲んでいた私も初夏の畑で汗をかいた後は「なんといってもまずビールでなければならなくて・・・ 醜いことに作業の半ばからはビールのことしか考えられなくなりま [続きを読む]
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- 2008/04/10 12:18銭湯はいいよ
- 最近では減少の一途をたどる銭湯だが、昭和30年代にはそりゃあ活況を呈していた。 どんな街にも必ず数軒は「お風呂屋さん」があった。 まだ風呂のない家も多かったし、戦後の薄汚い暮らしから脱却したいという思いと日本人生来の「キレイ好き」から大変な賑わいであった。 また、温泉文化のある自然環境に恵まれていた日本だったことも「入浴好き」を後押ししたと考えられる。 ろくも小さいころはア [続きを読む]
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- 2008/04/09 11:14手押しポンプふまきら
- 昭和30年代はまだ下水の整備が不十分だったこともあり、蚊や蝿が多かった。 よく梅雨前にリヤカーにエンジン式の殺虫剤噴霧器が街を巡回し側溝(当地ではミゾッコと言っていた)にもうもうと殺虫剤を噴霧していた。 ?さて、行政ならそんな機械も所有できるが一般家庭では手押しポンプ式のフマキラー(うちのばあちゃんは「ふまきら」と言っていた)が普及していた。 キーコキーコという音と共に庭や家の周 [続きを読む]
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- 2008/04/05 14:35あれはなんと言うのか?
- 昭和30年代には木でできた電気製品も数多くあった。 ラジオなんかも巨大で家にあったのは60×30×30センチくらいもあったし箱は木製が当たり前であった。 ・・・・で、僕の脳裏にくっきりと残っているのはその裏蓋であった。 あれはなんと言うのか・・・ 段ボールじゃないし、ベークライトはもっと固かったようだし・・・・ う〜ん呼び名が分からないけれど多分、紙と木のあいのこのよ [続きを読む]
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- 2008/04/04 23:20昔トーフ?
- 最近、またブームになっているようだけど「引き売り」という形態の商いが見直されているみたいだ。 昭和の風物をレトロチックに楽しもうというのか、それとも本当になくしてはいけない文化なのか分からないけどとにかくまあテレビでもよく取り上げられる。 さすがに、天秤棒をかついだ人は見かけないがリヤカーを引いたり自転車での引き売りが多いようだ。 中には自動車による移動販売店もあるけど、エコロジ [続きを読む]
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- 2008/03/18 15:40思い出の「新日本紀行」
- ろくにとって昭和を代表するテレビ番組としてはずせないのが昭和38年から53年まで放映されたNHKの「新日本紀行」だ。 富田勲作曲のテーマ音楽も実によくマッチしていて、まだガキンチョだった僕でも「ああ、日本の田舎はこの様な風景・風習なのだなあ〜。」とわびさびを感じていたものだ。 今でも脳裏に焼きついている映像がある。 場所は多分北国の日本海側(ろくは勝手に北海道の積丹半島だと思い込 [続きを読む]
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- 2008/03/11 15:07七三分け
- 昭和30年代を代表する男の髪型といったらマチガイなく「七三分け(しちさんわけ」だろう。 ろくの子供の頃の白黒写真を見ると、例外なく七三わけの髪型の男たちが写っている。 ろくの父も七三わけであった。 特に観光地での七三わけの出現率は多分「ハゲ」と「天パー(天然パーマ=くせっ毛)以外はほぼ100パーセントこれであった気がする。 またビジネス街も同様の光景だった。 名前が示 [続きを読む]
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- 2008/03/06 23:27カトちゃんぺっっ!
- 昭和30年代の風物詩というか風景的ファッションとしてはずせないのがステテコだ。 今の若者はステテコと言われても「何?それ」だろう。 ?ズボンの中に穿くタイツをヒザの辺で切ったようなもので、夏場蒸し暑い時に汗を吸う役目の一種の下着である。 もしもテレビで見たことがあるとしたら、ドリフターズの「カトちゃんぺっっ!」のキャラでおなじみの禿げオヤジの格好か、「男は辛いよ」の寅さん... [続きを読む]
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- 2008/03/03 11:26魚肉ソーセージ
- 魚肉ソーセージは数奇な運命をたどった日本独自の食べ物である。 魚のすり身を原材料に大正時代から開発されていたかまぼこの一種の「ねり物」なのだが、ソーセージ(本家ドイツでは中身は肉)に似せてある外観が特徴だ。 ビキニ環礁で行われた水爆実験の為「放射能マグロ」と嫌われた風評被害から立ち直るために加工食品化したといわれる。 学校給食にも取り入れられて生産高はピークに達した。 ... [続きを読む]
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- 2008/03/01 15:03缶詰の今昔
- 今のシーチキンなどの缶詰が当たり前だと思っている人は、多分「缶切」で缶詰をギコギコしたことはないかもね。 ?昭和30年代にかぎらず、平成になるまでは缶きりが必要だったように思う。 今でも外国の缶詰には昔ながらのタイプが多い。 ?・・・・ってことは日本の缶詰、それもシーチキンタイプのものは世界でも稀な缶詰ということか? プルトップを引っ張るだけで開くし、缶の片... [続きを読む]
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- 2008/02/29 15:47昭和的事故
- 昭和時代ならではのハプニングというか事故というか・・・ 農作物にまだ化学肥料ではなく、金肥(つまりウ●コ)を肥料として撒いていたので、畑には「野ツボ」といわれる肥溜めがあった。 ?・・・で昭和の元気すぎる子供たちは、鬼ごっこやかくれんぼの時に「なぜか」はまってしまうのである。 幼馴染のT君やKちゃんが「全身くそまみれ」になったのを見たことがある・・・恐ろしい・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/02/27 13:17昭和を風靡した音響装置とは2
- えー、それはカセットテープです。 これを知らない人は100万人に一人さえいないでしょう。 ケースに収納されているために持ち運びや取り扱いが飛躍的にしやすくなったところが受けて大大ヒットとなりました。 ネジは産業の米といわれますが、さしずめカセットテープは音楽のパン・・・?といったところで「音楽を持ち歩く」ことが出来るようになり、常時音楽を聴くことができるようになった功績は大変大き [続きを読む]
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- 2008/02/26 15:42昭和を風靡した音響装置とは
- 平成の現代、音楽を楽しもうと思ったら、DVDかmp3ですよね。 ろくはCD・DVDまではなんとかついていけましたがmp3になるともういけません。 なにがどうなって音が出るのかさっぱり理解できましぇ〜ん。 その点レコードやテープは理屈がわかりやすかった。 音溝と針・磁気テープとヘッドが擦れあう接触式でしたからね。 CD・DVDもレーザー光線を針やヘッドの代わりに... [続きを読む]
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- 2008/02/25 23:31それにしても犬は可愛いけど
- 昭和30年代から40年代にかけて流行ったのが「スピッツ」という犬を飼うことだった。 ゴルデンレトリバーや、ハスキー犬、ミニチュアダックスなどの流行と同じである。 ?ろくは犬が好きなのでいままで、トイプードルや柴犬・雑種を飼ってきた。 それでいうとどうもスピッツはキャンキャンと無駄吠えの多い犬種であったように思えてならない。 真っ白なところが「白色好きな」日本人に受けたのだろ [続きを読む]
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- 2008/02/24 22:59ヤナギゴオリとは?
- 現代の若い人は多分全く知らないと思うけど「ヤナギゴオリ」ってしっていますか? 正確には漢字で「柳行李」と書きます。 コリヤナギという木の樹皮をはいで、細く裂いて乾燥させたものを材料に編み上げた物入れの一種です。 現代のダンボール箱のように、引越しの時や、旅行の時に使われていました。 軽くて丈夫な箱のため昭和30年代にはまだまだ現役で使われており、各家庭には必... [続きを読む]
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- 2008/02/23 12:38コーリン鉛筆
- 「この顔にピンときたら110番・・・じゃなくて貴方は立派な中年ですね。」(笑 これはコーリンという鉛筆メーカーのトレードマークなのです。 見た人は必ずドキッとし、次に???・・・・とても印象に残るマークなのだ。 昭和30年代生まれの人は必ず覚えているはず。 当時の3大鉛筆メーカーは三菱鉛筆・トンボ鉛筆・コーリン鉛筆で他にもヨット鉛筆とか地球鉛筆・ユニオン鉛筆... [続きを読む]
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- 2008/02/21 11:25昭和35年の宝くじ
- 昭和20年に登場した「宝くじ」、当時は米一升70円の時代に1等賞金が10万円だったそう。 その2年後には賞金が100万円にひきあげられた。(国産乗用車が20万円の時代) 昭和29年にはさらに賞金が引き上げられ400万円になり宝くじの人気が爆発する。 平均給与が15000円の時代だから22年分にあたるのでいかにその金額が大きかったかわかる。 それが、ろくの生ま... [続きを読む]
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- 2008/02/20 10:26雨雨ふれふれ母さんが〜
- 「雨雨ふれふれ母さんがぁ〜〜じゃのめでお迎えうれしいなぁ〜ピチピチジャブジャブらんらんらん!」という歌、知ってますよね。 この「じゃのめ」って「じゃのめ傘」のことなんだけどその意味を知ってびっくりしました。 漢字で書くと「蛇の目傘」なんですね。 蛇(へび)の目ですよぉ! これは中張り傘に付いている白抜きの部分が蛇の目のように見えることから来ているといわれてい... [続きを読む]
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- 2008/02/19 11:05お馴染み浅田飴
- ろくが小学生の時に大好きだった薬がある。 えっ?薬が好き??? あんたアホちゃう?というなかれ、多分皆も好きだったでしょう「浅田飴」 ルーツは江戸時代にまで遡る大変歴史ある漢方薬で、「薬は苦いもの」という常識を打ち破ったところがすごいのである。 現在のようなドロップ(固形)状になったのは大正12年で、おりしもその前年に流行ったスペイン風邪で売り上げをおおいに... [続きを読む]
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- 2008/02/18 21:48自動車はいつの時代も子供の憧れ
- 「一家に一台」なんて夢でしかない昭和30年代・・・ せめておもちゃだけでも自動車の雰囲気を味わいたいと考えたのは子供だけではなかったはずである。 自動車に並々ならぬ憧れのあったこのころ、子供達は「ペダルで漕ぐタイプの自動車」を乗り回していた。 おもちゃの安全基準もない時代だからブレーキもついていなかった。 もっとも交通量もメチャ少なかったから特に危険もなかっ... [続きを読む]
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- 2008/02/17 13:59小学校で配布していた肝油
- 肝油とは、サメやクジラ、タラの肝臓から抽出した脂分でなぜか小学校で薦めていたのでイラストの缶を手にした人も多いだろう。 現在の河合製薬が独特の製造法で錠剤化に成功したのが、なんと明治時代。 本来ならば液体のまま服用するのだが、ドロップとして甘みをつけたことから大ヒットし、肝油=ドロップのイメージが定着した。 第二次大戦後には、学校給食などの 栄養補助食品としてかな... [続きを読む]
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- 2008/02/16 21:25自分の姿が動く!8ミリブーム
- 昭和30年代にはビデオはなく、自分の姿を見るには「鏡に写る」か「写真に写る」しか方法はなかった。 ところが40年代に入ると「8ミリ映写機」というものが普及しはじめた。 ウチのオヤジものめりこんだくちで、エルモというメーカーの映写機とカメラをもっていた。 今のDVDなどとは全く方式が違うもので、平たく言えば「写真版パラパラ漫画」(わかるかな?)というようなもので音声... [続きを読む]
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