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- 2009/07/05 00:06忍路について
- 忍路(おしょろ)は伊藤整の小説「若い詩人の肖像」に感銘を受けて旅をしたわずか3日間の出来事を小説にしたものです。 伊藤整は北海道生まれの詩人、塩谷村(小樽市塩谷町)で少年期を過ごし、上記小説の舞台となる小樽高等商業学校(現小樽商科大学)を卒業します。 次回から、忍路(その4)「小樽商科大学」 忍路(その5)「塩谷」 忍路(その6)「忍路」と伊藤整の小説の舞台を訪ねます。 引き [続きを読む]
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- 2009/07/04 09:56居酒屋 15
- 緩やかな登り坂をしばらく行って左に折れ、小さな橋を渡った。その橋の上から見える小川は雪明りの中でおとぎの国のような優しさが感じられた。 里依子の寮はそこからすぐ左手に見えた。それは想像よりも大きく、立派な建物であった。浅黄色の壁はしかしこの夜の雪には合わないようにも思われた。幾分機能的な形がそう思わせるのかも知れなかったし、橋から見た雪景色とあまりに対照的なためだったのかも知れない。 門限を過ぎ [続きを読む]
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- 2009/07/03 09:26居酒屋 14
- やがて橋の上に出た。千歳川が雪解けの水を乗せて豊富な流れとなっているその上を私達は歩いた。春を待ちわびるもののために、一刻も早く冬の残り香を海に運んでしまおうとするかのように、その早い流れは私達を包む夜気とよく調和していた。 橋をわたるとすぐホテルの前に出た。それがあまりに突然であっけなかったために、私は少なからず失望を覚えた。もう1時間はこうして歩いていたかった。 里依子の寮はそれから先の、ホ [続きを読む]
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- 2009/07/02 20:14居酒屋 13
- 11時ごろであっただろうか、ちょうど新たな一群がやって来て、入り口で立ち往生しているところだった。 里依子の一言で私達はそこを出た。外はすでにやって来た時の雨は上がっており、代わりにはく息が白く口から横に流れた。 「歩きましょう」 そう言って私達は所々に水溜りの出来た暗いアスファルトの路を歩き始めた。 私は居酒屋の太った男から解放されて、やっと二人きりになれたという安心感があって、随分落ち着いた [続きを読む]
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- 2009/07/01 21:56居酒屋 12
- 突然明るい声が私の後ろから里依子の名を呼んだ。 その声は里依子と私の間に割り込んできた。赤いセーターを着込んで、両の手にビールのビンを持って立っている。その若い女性は里依子の同僚だった。急にその場が盛り上がって、彼女と里依子は手を取ってはしゃぎ戯れあった。 その印象は私にはいいものだった。 里依子は彼女に私を紹介した。 「話はよく伺っています。」 赤いセーターの女性はそういって私をまじまじと見、そ [続きを読む]
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- 2009/06/30 07:12居酒屋 11
- 私はなんとか里依子を取り返そうと試みた。 男の話の節々に私の理解出来るところがあるとすかさず話しを割り込ませて、会話を私の方に持ってゆこうとした。 するとそれは男の一言でかわされてしまい、話の流れは変わらなかった。私の挑戦はまるで太刀筋を見切られた二流剣士のようにオロオロと剣を振り回すばかりなのだ。 あるいは強引に、二人にしか分からない会話に里依子を誘うと、その間合いに男の声が巧妙に入り込み、す [続きを読む]
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- 2009/06/29 08:35居酒屋 10
- 私の想いなど誰にも見えるはずはない。男の話は延々と続き、いつ果てるとも知れなかった。それに応ずる里依子のにこやかな態度は、自分でも言っていたように、おそらく職場で培われた笑顔であるに違いなかった。 そう思うと、その一方で、それでは私に見せる笑顔もまたそうしたものだろうかという考えが生まれてきた。 里依子の私に対する態度もまた、彼女の本心からのものではなかったとしたら・・・こうした考えが不用意に [続きを読む]
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- 2009/06/28 07:51居酒屋 9
- なんとなく話が一区切りとなってしまった頃であった。 それまでは気付きもしなかったのだが、私達の話を聞いていたのだろう里依子の隣に座っていた男がいきなり会話に割り込んできた。そして彼女の職場の仕事についての話を始めた。 里依子は嫌がりもせず、笑顔でそれに応えた。それは私には分からない話だったが、里依子の態度に引きずられて少しは私も愛想笑いをしたに違いない。 男は里依子の仕事と同じ関係者らしく、よくそ [続きを読む]
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- 2009/06/27 08:33居酒屋 8
- 「こんな事を考えるには手紙を書くときだけです。」 普段は何も考えないで過ぎてゆくというのであった。里依子からやってきた何通もの手紙には、よく彼女の日常のこまごましたことが書かれており、私はそこから里依子の人となりを感じ、その温かさと明瞭さに強く心惹かれていた。そこにははつらつとした透明感があったが、その間合いに深刻な人生への思いを綴りそして迷うのだ。 そして私もまた同じ波長を里依子に発していたた [続きを読む]
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- 2009/06/26 22:20居酒屋 7
- 里依子はもっと気安く自分の悩みと付き合っていくべきだと私は思った。けれどもそのことをどう伝えていいかわからず、くるくると頭の中で言葉を探しては貧相な自分の人生しか見えてこないことに苛立ちを覚えるのだった。 人は生きていること自体が素晴らしいのであって、悩みはその喜びを知らしめるためにある。 どこで聞いたのかも分からない受け売りの言葉を繰り返すしかない私は馬鹿だとも思った。そんな言葉は実際に悩む [続きを読む]
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- 2009/06/25 21:28居酒屋 6
- 里依子の細い食を気にしながら、出された料理は残らず食べてしまうのが常である私もまた皿の上に大半を残していた。 「もしかしたら会って頂けないのかも知れないと思っていました。」 堪えきれずに、私はここに来ようと心に決めて以来ずっと持ち続けてきた不安を打ち明けた。 「いやだったら会っていませんでした。」 小さな声で俯いたまま里依子は答えた。その声は辺りの騒音に消されてしまって「いやだったら」と言ったの [続きを読む]
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- 2009/06/24 18:19居酒屋 5
- カウンターに座ると、里依子は手際よく酒と肴を注文した。目の前にあるショーケースを覗いては、細い指先で積み上げられた魚を示してその名前を私に教えた。 ほとんどが私の知らないもので、ここでしか食べられませんからと、笑いながら里依子はそれらを注文するのだった。 酒が入ると私達は話に夢中になった。職場のことや家族のことなど、ありふれた会話が途切れなかった。しかし徐々にではあったが、私の心に焦りのような感 [続きを読む]
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- 2009/06/23 13:50居酒屋 4
- なんだかつい数時間前に脈絡なくこの地の神社の白々しさについて考えていたことが嘘のようで、ここにでは心の居場所を与えてくれるむき出しの生活のようなものが伝わってきて、ふっと和むものがあった。 それはそばに里依子がいるという事と多分に関係があったけれども、しかし私は真っ先に、大阪ではこんな店は出来ませんよとその印象を伝えた。それは里依子に言ったのか自分に言ったのかはっきりしなかった。そう言えるほどこ [続きを読む]
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- 2009/06/22 13:18居酒屋 3
- 入り口に立って見回すと、その奥まったカウンターに座っている客の顔が正面から見えた。カウンターに囲まれた厨房では、ひょうきんで律儀そうな板前が忙しそうに立ち回っていた。 私達が入っていくと、彼は喉もとまである黒い前掛けにあごを深く埋めて馬鈴薯の皮むきを始めるところだった。まるで前掛けの上に鉢巻をした丸い頭を乗せたような格好でその胸元で機用に包丁を使いながら、その板前は利依子に話しかけた。それは実にさ [続きを読む]
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- 2009/06/21 00:05居酒屋 2
- 私は満身に笑みをたたえて手を上げて里依子を見、里依子は身を引き締めてお辞儀をして遅れた詫びを口にするとすぐに笑顔になった。 「出ましょうか」 「ええ、いい所があるんです」 私達は肩を並べてロビーを出た。外は微かに雨が降っていた。里依子がこちらにといって私の横で手を伸ばして、その先にあるタクシーを示した。里依子が職場から乗ってきたタクシーをそのまま待たせていたのだろう、乗り込んだタクシーの運転手 [続きを読む]
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- 2009/06/20 23:27居酒屋 1
- ホテルに帰ると、私はロビーに設けられたカフェーでコーヒーを飲んで冷えた体を温めた。そして部屋に戻り、何度も時計を見ながら踊る心をもてあましていた。 テレビをつけても流れる映像にさしたる興味が起きるわけでもなく、思いはいつも里依子の面影に帰ってくる。するともう部屋の時計に目が向くのだ。ほんの数分動いただけの時計を恨めしく思いながら、私はベッドに座ったり寝転んだり、備え付けの机の引き出しを開けたり [続きを読む]
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- 2009/06/19 22:13忍路について
- 忍路(その3)は居酒屋でのひと時を描きます。千歳の凛と引き締まった夜気と居酒屋の賑わいの中で過ごした里依子とのひと時。どんな展開になるでしょうか、引き続きお楽しみください。「どうしてそれが悪いのだ?」自分を苦しめている思いに悩まされているとき常にそう自問してみると随分苦しみは和らぐ。悪いと思い込んでいることのほとんどが、自分で作り上げた亡霊だと HPのしてんてん 気付くだろう。 [続きを読む]
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- 2009/06/18 22:06千歳 12
- 神仏を信じようが信じまいが、自らの力を尽くさなければたちどころになぎ倒されてしまうだろう自然の猛威。降りしきる雪の中では、神仏など何の役にも立たないとこを開拓民の気概に沁みこませていったのではあるまいか。 それは何の知識も持たない私の、随分短絡的な思考であるかも知れないが、にもかかわらずその思いは私の感傷を満足させた。私はもう一度振り返って鳥居を見、その鳥居の間から見通す神社への登り道を目で追っ [続きを読む]
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- 2009/06/17 21:10千歳 11
- 前年の秋に里依子が京都にやってきたとき、二人で古都を散策しながらしみじみ言った彼女の言葉を、私は思い出していた。 「北海道ではとてもこんな静かなお寺は出来ないんです。」 そう言った里依子の姿が謙虚であったために、意外な言葉であったにもかかわらず私にはそれがそのまま里依子の心であるかのように感じたのだった。 そのことで随分気を良くした私は、京都の社寺を案内できることにどれほど喜びを覚えたことだろう。 [続きを読む]
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- 2009/06/16 22:13千歳 10
- 足元は黒々としたアスファルトだった。雪の上の一条の足跡は神社前でそのアスファルトの中に消えたのだ。雪解けの水がアスファルトの上を流れ細かな砂を運んでは、波紋の砂溜まりを幾重にも描いている。そしてそのまま緩やかに坂道を滑り降りているのだ。 私はサラサラと走る水と砂を踏みしめるように歩き、両手をポケットに入れたまま背を丸めて坂を下っていった。 下りきったところに鳥居がある。私はそれを見たとき、つい今 [続きを読む]
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- 2009/06/15 21:39千歳 9
- 足跡をいくらも追わないうちに、この足跡を残した先人はその先に見える神社に向ったのだと分かった。私はそれに逆らわずに進んでいった。 神社はある重量感を持ちながら、深い根雪を頂いてしんしんと静まり返っている。それは私には思いがけないことだった。 前年の夏、初めて北海道を訪れたとき、それは主に道東の海べりであったが、その旅先で偶然に行きあうこうした類の建物を見ては、形式だけを取り入れたような白々しさを覚 [続きを読む]
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- 2009/06/14 22:37千歳 8
- その立体は見上げるほど大きく、千歳市の記念碑であることが知れた。そこにどのような意味がこめられているのか知る術はなかったが、目にしている立体は、簡素な大理石の前衛彫刻に違いなかった。鏡面のように磨かれたその立体の表面は明度の深い石の味わいがあり、そこにおや?と思わせる驚きが仕組まれていた。 一瞬立体が背景に溶けて透明に見えるのである。立体の表面に写った木立だと知るまでの間、私の心は完全に支配され [続きを読む]
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- 2009/06/13 10:19千歳 7
- 雪の記憶は、遥かふるさとの少年時代にさかのぼる。長靴を履いて雪だるまをつくり、あるいは学校で雪合戦をした。私は堪え性がなくて、雪玉を4つも作るともう冷たさにたまらなくなってよく雪合戦に負けたものだった。 それにしてもここには雪にうずもれるというイメージがあったのだが、この三月も終わりに近い千歳の雪は、どこかふるさとの雪に似ていると思った。 そんなことを考えながら雪ばかりを見つめて歩いていると、いつ [続きを読む]
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- 2009/06/12 21:46千歳 6
- 雪解けの水が道路にあって、周囲の雪は黒ずんでいた。それは雪というよりシャーベットのようなものだった。 道が自然に登り始めるとすぐにその右手から疎林が立ち上がってくる。それはいつまでも登り道と共に伸び拡がってゆくらしかった。 私は何度かその林の中に入って行こうとしたが、そのたびに奥の未踏の雪溜まりに阻まれて空しく引き返さなければならなかった。しかしやがて広い通りが林の中に続いている場所に出、そこから [続きを読む]
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- 2009/06/11 22:54千歳 5
- フロントで、里依子に渡された宿泊券を示し、やがてその一室に落ち着いた。ホテルの窓からは悠長な町のたたずまいが見え、その町全体が雪にまみれてあくびをしているような雰囲気がある。にもかかわらず白黒に還元された町のコントラストの強さに惹かれ、思わず立ち上がって窓辺に歩みよった。 雪の白さが新鮮な透明感を感じさせ、その清楚な装いが里依子と重なるのを、私は抗いもせず楽しむのだった。 ホテルの裏側に寡黙な雪 [続きを読む]
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