- 2008/05/13 02:03No.44 オペラ的なもの ?
- 今一冊の本を前にしてどのような文章を書こうか迷っている。以前は何度も読み返していたこの本を久しぶりに本棚から取り出してきたのだが、どのようなことが書かれていたのか、自分にはもうほとんど記憶がない。 岩波新書のこの「オペラをつくる」という対話本は、作曲家としての現在の自分にもっとも強く示唆を与えてくれるものかもしれない。今想えば、無意識のうちにこの本に影響を受け、未完である夢の完成を目指し、 ... [続きを読む]
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- 2008/05/10 02:15No.43 コンセントレーション
- 演奏家にとって作曲家にとって、日々の練習時間、作曲時間でいかに集中力を維持しできるかというのはとてもシビアな問題である。周囲の雑音を気にせず、高い集中力を維持できる人も、稀にいるみたいだか、自分は人一倍気が散る傾向にあるので、多くの演奏家や作曲家もこの集中の維持に悩んでいるのではないだろうかと考えている。「集中維持ができないこと」は音楽家として致命的な欠点だとは思わないが、集中を維持できない環境... [続きを読む]
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- 2008/05/03 03:42No.42 自他の区別
- 広島でたくさんの温かい人たちと会う、まるで彼らは穏やかな瀬戸内海のサザナミの様だ。 地元びいきかもしれないが、周りの人たちの人間性の良さを自慢に思う。たくさんの大切な人たち、本当によくしてくれて感謝の仕様がない。これからなにかの形でお返しできればと思う。 宮島周辺のこのあたりの海は、まるで湖のように波打ち際が静かである。だからこそ、宮島の鳥居は水中に建てられ、厳島神社は波打ち... [続きを読む]
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- 2008/04/22 04:17 No 41 Don Quijote
- 若き日の望みは年老いて ゆたかに満たされる。 「わが生涯より」ゲーテ著(斉藤栄治訳) 先日、JRの廿日市駅から国道2号線までまっすぐ続く廿日市商店街を歩いた。子供のころによくこのあたりを歩いていたので、自分には懐かしい場所である。廿日市市の町のつくりは無意味に複雑で初めて訪れる者にとってとてもわかり辛い。というのもいろんな施設があちこちへ拡散していて、町の中心というものがない。そうなった経緯は、 ... [続きを読む]
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- 2008/04/09 01:27No.40 身体表現(パフォーマンス)がもつ可能性
- ドイツ・ライプツィヒから地元である広島、廿日市市に戻って2週間が経とうとしている。思えば去年に行った第2回エームジーク企画コンサートから一年が経とうとしている。ということはこのプロセスを書き始めてもう一年が過ぎる。このプロセスをなんとか一年間続けられてよかったという気持ちと、時間の経つ早さへの驚きとが交差する。自分はこの一年間にプロセス上で何を書いただろうか?ここで書いたことによって、音楽家として ... [続きを読む]
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- 2008/03/31 14:48No.39 未来へ、未来から
- 先週ライプツィヒから広島に戻ってきた。今回の帰国は一時帰国ではなく、ひとまずの完全帰国、しばらくは廿日市市を基盤に、音楽活動をするつもりでいる。来年の春には再びドイツに戻り、その後はヨーロッパと日本を行き来できることが自分にとっては理想である。そのためにもネットビジネスがより盛んになって、人々の仕事場所がよりネット上に移れば個人的にはうれしい。なぜならネット接続が可能なら、どこに居たってかまわな... [続きを読む]
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- 2008/03/23 11:51No.38 マタイ・パッション
- 3月20日、トーマス教会にて、マタイ受難曲を聴く(合唱:トマーナ合唱団、演奏:ゲヴァントハウス管弦楽団)。演奏は想像したよりも、若干テンポは速く、リズムは跳ねるようなイントネーションを感じる。トーマス教会はバッハの音楽的性質をちゃんと受け継いでいる。 この場所でこの曲が聴けたこと、バッハの ... [続きを読む]
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- 2008/03/11 08:52No.37 ファッションデザインのための音楽 Vol.2
- ファッションショーの音楽の場合、音楽は作曲家が求めるものではなく、デザイナーが求めるものを作るということが重要だと考えている。その点では映画音楽を作ることと似ている。考え方はそれぞれ違いがあって当然だが、映画音楽は映画監督が求めるものが作られるべきであろうと自分は考える。優れた映画音楽は監督自身もイメージ通りのものになっているはずであり、裏を返せば、音楽に独自の趣味をもたない映画監督の作品からは... [続きを読む]
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- 2008/02/26 19:27No.36 ファッションデザインのための音楽 Vol.1
- 今シーズンのミラノコレクションと東京コレクションで正式なランウェイショーを行うこととなり、本格的なデビューを飾るファッションブランド・Mikio Sakabe のショーの音楽を担当させて頂くこととなった。曲は17日に完成し、無事にサカベさんにもOKを頂くことができ、ほっとしている。あとは2月23日のミラノと3月11日の東京でも好評を得られることを願っている。 そのようにデザイナーた... [続きを読む]
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- 2008/02/18 21:30No.35 Das Kulturmanagement Vol.5 (マネジメントをする必要性)
- 結局のところ、日本では自治体というものが、きちんとした組織化など行っておらず、さらに職業の分業化などの必要もなかったようである。当然、芸術家活動を支援する資産家、実業家などもいない。いや日本の地方に出資者と経営者の分業すらない。だとすると現実的に継続的なコンサートを可能にするにはどうすればいいのか? つまり地方都市内で完結する、出資者と企業の経営者、それから運営を管理する実行委員会、そして演奏家 ... [続きを読む]
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- 2008/01/24 10:01No.33 Das Kulturmanagement Vol.3 (コンサート運営資金を得るために)
- 今までにおこなったコンサートでは、自分の足で廿日市市の商店や喫茶店、美容院、医療法人等に、飛びこみで押し掛け、コンサートの趣旨を説明して協賛を得ようとした。一度は試してみなければなるまいと思ってとった行動だが、このようなまったく無謀な行為に対して、意外にも暖かい幾人かの人たちが賛助してくれたのが心からうれしかった。そうやって集まった協賛金は1万5千円であった。この自身の経験と彼らの行為をいつまでも... [続きを読む]
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- 2008/01/17 11:31No.32 ヨーロッパの伝統
- 第3回エームジーク企画コンサートの準備に追われながらも、2008/09秋冬の東京コレクションの音楽を担当することが決定したので、ショーの音楽の制作も同時に行っていかなければならない。そしてもうひとつ、将来ネットを通じてのメディア発信の準備も。 さて先週末だが、ライプツィヒから列車で約1時間半ほどの距離にあるドレスデンという町に出かけた。ドレスデンはザクセン州の州都であり、第二次世界大戦で町が ... [続きを読む]
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- 2008/01/15 18:50No.31 Das Kulturmanagement Vol.2 (エームジーク企画の会計)
- 続き さて、前回コンサートをなぜ開く?と題してコンサート開催理由について少し触れたが、実際にはどのように今回予定しているコンサートの予算を組まなければならないか。これが主要テーマである。 まず会計の概要。 支出から、コンサート小ホール(300人収容規模)レンタル料、ピアノレンタル料、調律代金、演奏者謝礼 チラシ等広告代金等を合計すると、一度のコンサートに掛かる費用は約24万ほどである。(これまでに行... [続きを読む]
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- 2008/01/14 10:38No.30 Das Kulturmanagement Vol.1 (なぜコンサートを開く?)
- 今年も春にエームジーク企画コンサートを開催することが決定した。まだ年に1回の定期コンサートであるが、いつか定期コンサートをひと月に一度開けるようになり、そしてメンバーが少しずつ増えていき、いつかそれが室内オーケストラの規模にまでなればと夢見ている。 ただし、一人の音楽家がそんな夢を語ることは容易であり、反して実現させること、また現実の経営はかなりシビアなものである。そして、そのシビアな状況を ... [続きを読む]
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- 2007/12/31 13:08No.29 KINOHON
- KINOHONというピアノ曲を先日書き終えた。 作曲家にとっても曲を最後まで書く、完成させるというのは意外と難しいものだ。 この曲がなんとか今年中に完成したことを嬉しくおもう。 さてこの小さなピアノ・ソロの曲は木への印象からイメージをふくらませて作った。作品は本当に短く4分弱であろう。私がピアノソロの曲を作るとき、心がけていることは、まず第一に音の響きである。 これまで音がどのように響くかとい ... [続きを読む]
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- 2007/12/17 11:58No.28 演奏家への提唱 Vol.2
- 技巧的 (第二回エームジーク企画コンサート冊子より) 技巧的。この言葉になじみはなく、技術もしくは技と言った方がぴんとくるかもしれない。 演奏家だけではなく、技術、技というものはどの分野でも重要で、専門家はありとあらゆる分野で日々その技術を磨くため鍛錬を積んでいる。 たとえば勝負事の世界はわかりやすい。その自分の技、技術で持ってそれを相手にぶつける。そしてその勝ち負けは目に ... [続きを読む]
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- 2007/12/05 03:16No.26 作曲家は音楽を作る
- いつか、突然に作曲をすることができなくなったり、まったく書く気力がなくなったりすることがあるのだろうか。そのようにまったく創作活動から遠ざかってしまう仲間たちがいる。 自分自身に置き換えても、 私は作曲家としてどうなんだろう? 時々そんなふうに不安にもなる。 まさに、創作する力と才能が枯渇するというヤツである。 自分は作曲行為をどのように捉えているだろうか? 作曲とはひとつの自己表 ... [続きを読む]
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- 2007/11/25 09:23No.25 ソング・ウィズアウト・ワーズ(あるいは言葉のない歌)
- 自然の中に音楽はすでにある。作曲家たちは自然の中から実際の音を紡ぎ出し楽譜に置き換える。自然からのインスピレーションを得てそれをコンセプトに曲を作り上げる。 たとえばオリヴィエ・メシアンの鳥のカタログという13曲からなるピアノ曲は、実際の鳥の鳴き声を模したものである。実際にメシアンは鳥類学の研究者でもあった。 シューマンの曲で森の情景Waldszenenというピアノ曲がある。最近その曲がとても気にな ... [続きを読む]
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- 2007/11/19 19:08 No.24 エディーター・シューマン2(ピアノとピアニスト)
- ピアノという楽器のメカニズムを考えてみる。まずコントロール部分に黒と白の鍵盤を思い浮かべる。次にピアノの内部にいくつもの弦が張られていて、鍵盤を指で押さえると、内部にあるハンマーが動き、そのハンマーが弦を打つ。西洋で生まれたピアノという楽器は、まず鍵盤楽器ということでは、オルガン、チェンバロなどの仲間に入り、弦楽器ということでは、ヴァイオリン、ハープ、ギターなどとも、また弦をハンマーでたたくとい... [続きを読む]
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- 2007/11/08 10:18 No.23 舞台芸術
- 新しい舞台芸術作品の創作を将来的に取り組みたいと、私は時々知人に言っているし、プロフィールにも書いているが、具体的にはどのようなものなのかと質問されることがある。クラシック音楽の専門家、愛好家はオペラのことかと想像するかもしれない。またクラシックにあまり興味がない人には、ミュージカルや演劇が思い浮かぶかもしれない。その新しい舞台作品がどのようなものなのか、実はまだ自分でもよくわかっていないけれど ... [続きを読む]
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- 2007/10/28 11:32 No.22 エディーター・シューマン
- メタフォールな表現。じっと音楽を探す。エディター・シューマの着想は、一人の作曲家の作品を何人かの演奏 家で構成したプログラムがつくれないだろうかというところから端を発している。ピリスの弾くモーツァルト、バレンボイムのベートーベンを聴く。2冊の本を読む。Robert Schumann “Leben und Werk , Eine Psychobiographie” Udo Rauchfleisch(Autor)ロベルト・シューマン 「引き裂かれた精神」 ... [続きを読む]
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- 2007/10/19 08:53 No.21 第3回エームジーク企画 コンサートの構想
- 先日、来年に予定している第三回エームジーク企画コンサートにゲスト出演をお願いするため、広島で活躍されているゾリステン・ドライエックhttp://www.solisten-dreieck.comのトロンボーン奏者、堀江さんとお会いした。 彼らはドイツ在住の頃、積極的に現代曲を取り上げておられ、そのような彼らの活動を私も時々耳にすることがあった。そして今回、広島で一緒にコンサートができることを嬉しく思う。ゾリステン・ドライエッ... [続きを読む]
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- 2007/10/16 11:06 No.20 雑感、メディア変動
- 初音ミクもセカンドライフも幻想でしかない。メディアが一般の人を煽ってるだけというのは確か。ただ心から楽しんでいるだけのユーザーはいる。また少なからずこれらのツールで自分の夢の実現を想い描いている者もいる。たとえば初音ミクの魅力は一般のひとでもコンポーザー、音楽プロデューサーになれるかも・・・という夢を見させるところ。その背景には、以前のヒットメーカーたちの存在。ささやかなジャパニーズドリーム。た ... [続きを読む]
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