- 2008/05/15 01:07エミリーへ
- エミリー、一ケ月余り貴女とこうして、対話というより私の勝手な、貴女の詩の講釈のようなことをしてきましたが、これらが今私にとって、よりよく生きれたのか、生きることのように書けたのかは疑問ですが―――。でも今の私にはこうした形でしか、生きることのように書く方法は見つかっていないのだし、何より、生きることのように書くということが、どういうものであって欲しいのか、まだよく解っていないのです。ただ貴女の詩 [続きを読む]
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- 2008/05/15 00:29アベーテ ニッコロデルアベーテ
- アベーテ ニッコロデルアベーテ ABBATE, Niccolo dell' (1509-1571) (b. 1509, Modena, d. 1571, Fontainebleau) ( b. 1509 、モデナ、 d. 1571 、フォンテーヌブロー) 美術ブログへ [続きを読む]
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- 2008/05/14 22:55ジョン・タウナー・ウィリアムズ
- ジョン・タウナー・ウィリアムズ(John Towner Williams, 1932年2月8日 - )は、アメリカ合衆国ニューヨーク出身の作曲家、指揮者。ロサンゼルスで亡命ユダヤ系イタリア人作曲家のカステルヌオーヴォ=テデスコに師事。元TOTOのメンバーで、ポピュラー作曲家、ヴォーカリストのジョセフ・ウィリアムズは息子である。 指揮者としては、アーサー・フィードラーの死後、空席となっていたボストン・ポップス・オーケストラの指揮者を19 [続きを読む]
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- 2008/05/13 23:38三月さんお入りなさい
- なんて柔らかに毛虫は歩くことか―――私の手の上の一匹―――こんなベルベットの世界からお前は来たのか―――こんなビロードの肌を意のままに持つのか――― 一人になって、時間の中に立ち止まってみると、あらゆるものが、神秘と不思議に満ちてくる―――貴女はその一つ一つに包まれるように、話しかけるように詠っています―――石だって、人が加工した物にだって、存在そのものは、いつもスポットライトをあてられたように [続きを読む]
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- 2008/05/13 23:04Abaquesne Masseot
- Abaquesne MasseotFrench ceramist (b. ca 1500, Cherbourg, d. 1564, Sot
teville-les-Rouen)http://www.culture.gouv.fr/public/mistral/joconde_f r?ACTION=CHERCHER&FIELD_1=AUTR&VALUE_1=ABAQUESNE%20Masseot&DOM=All&RE L_SPECIFIC=1&IMAGE_ONLY=CHECKED美術ブログへ [続きを読む]
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- 2008/05/13 20:04ヒーリー・ウィラン
- ヒーリー・ウィラン出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ヒーリー・ウィラン(Healey Willan, 1880年10月12日 - 1968年2月16日)はイギリス出身のカナダの作曲家・オルガニスト・合唱指揮者。歌劇や交響曲、ピアノ協奏曲や管弦楽曲、吹奏楽曲、オルガン曲、ピアノ曲など全部で800曲以上を遺したが、とりわけ教会音楽の作曲家として重要である。ロンドンのバラム出身。1913年にカナダに移住し、カナダ音楽院(現・ [続きを読む]
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- 2008/05/13 03:59生きていることはすばらしいこと
- 愛は生命の前にあり―――死の後にある―――創造物の最初のもので―――地上の代表者だ――― 人が、これが愛だと知る以前に、多くの生命における予感があったのでしょう。夕陽を見つめる人の祖先、死を見つめる人の祖先―――、知性を生きようとした生命にとって、身を寄せ合う愛によってしか、自然の狂暴に立ち向かえなかった―――。人が知性の道を歩み始めたその時から、愛を育まないではいられなかった。知性と愛は自然が [続きを読む]
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- 2008/05/12 22:43エイトル・ヴィラ=ロボス
- エイトル・ヴィラ=ロボス出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』エイトル・ヴィラ=ロボス(Heitor Villa-Lobos 1887年3月5日 - 1959年11月17日)はブラジル出身の作曲家。独学で作曲を勉強し、クラシックの技法にブラジル独自の音楽を取り込んだ作風で知られる。ヴィラ=ロボスは、南米のみならず、20世紀を代表する作曲家の一人である。また、多作家としても知られ、その夥しい作品数は20世紀最大とも言われる。 [続きを読む]
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- 2008/05/12 05:52消えてゆく光でなら
- 草の仕事はほんのわずか―――いちめんの緑の草原で―――ただ蛙の卵を抱き―――蜜蜂をもてなしてやるだけ――― いいもの、人に感動を与えるもの、自分に満足のいくものをと、どれだけ人は欲張っていることでしょう。社会の中にあって、ただ自分の魂を抱いて、訪れる人あれば、笑顔で迎えるだけでいいのでしょうに。ほんのわずかな仕事を、魂を育てる大切な仕事を、やり続けることでしょうね。魂のレースで身を包み、月日を夢 [続きを読む]
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- 2008/05/12 05:45さらばアフリカ
- さらばアフリカ (岡田瑛子 訳) ジオンゴ (1938〜 ) あの顔の前でわたしが震えていたのをおまえが見ていたのはよく承知している。多分私を傷つけまいとして、おまえは何もいわなかった。でもおまえはいつも私のことをバカにして笑っていたね。ノーとは言わせないよ。おまえの目、おまえの顔つき、見ただけでわたしにはわかった。わたしのことを負け犬だと思っているんだろう。上級地方事務官より上の地位には昇進 [続きを読む]
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- 2008/05/11 21:02ヴィラールト - アドリアン・ヴィラールト
- ヴィラールト - アドリアン・ヴィラールト (Adrian Willaert) 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』アドリアン・ヴィラールト(Adrian Willaert, 1490年頃 - 1562年12月7日)はフランドル出身の盛期ルネサンス音楽の作曲家。 ヴェネツィア楽派の開祖で、イタリアに移住してフランドル楽派のポリフォニー様式を同地に定着させた世代の、北方出身者のうち代表的人物。生涯おそらくブルッヘの出身だが、二次資料が示... [続きを読む]
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- 2008/05/11 06:33トマソ・アントニオ・ヴィターリ
- トマソ・アントニオ・ヴィターリ出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』トマソ・アントニオ・ヴィターリ(Tomaso Antonio Vitali、1663年3月7日 ボローニャ? - 1745年5月9日 モデナ)は、イタリアのヴァイオリン奏者で作曲家である。父も有名な音楽家ジョバンニ・バティスタ・ヴィターリ(Giovanni Battista Vitali)である。パッキオーニ(Giorgio Pacchioni)から作曲法を学ぶ。 彼の作品は、すべて器楽作品である。... [続きを読む]
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- 2008/05/11 01:39小石はなんていいんだ
- 夏は なににもまして短く―――人の生命は 夏よりも短い―――七〇年とて すばやく消費される―――ただの一ドルのよう――― 子供になって、貰った小遣いをどうしたら一番よく使えるかと思案し、結局何も使わないで、貯金箱に入れたような、生命の使い方を考え続けた貴女の一生、その貴女であっても、生命が一ドルくらいのすばやい消費に―――、この人の一生というもの、私の読書に費やした時間は何セントについているので... [続きを読む]
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- 2008/05/11 01:35ボグの女王 (橋本 槙矩 訳)
- ボグの女王 (橋本 槙矩 訳) ヒーニー (1939〜 )私は横たわって待っていた。泥炭の原と英国人の荘園の壁のあいだで。ヒースの野と侵入避けのガラス破片のある石のあいだで。忍び寄る風雪が点字のようにわたしの身体を読み取る。夜明けの太陽はわたしの頭を探り足元に冷たく沈んだ。皮膚と肉体を貫く冬の浸潤がわたしを腐食し文字を知らない草木の根が胃と洞と眼窩のなかで考えあぐねて、やがて枯れた。私は... [続きを読む]
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- 2008/05/11 01:11ヴィトリ - フィリップ・ド・ヴィトリ
- ヴィトリ - フィリップ・ド・ヴィトリ (Philippe de Vitr
y) フィリップドビトリ ( 1291 年10月31日-1361年6月9日 )は、フランス人作 曲家、音楽理論家と詩人です 。アーティスト Joel Cohen トラック Philippe de Vitry : Le Roman de Fauvel : "Garrit Gallus" / "In nova fert" アルバム Le Roman de Fauvel <A HREF="http://sms.jp.napst er.com/duet/general/handle_napster_link.html?opcode=... [続きを読む]
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- 2008/05/10 00:43希望、私はこう考えるんです
- この世で終りという訳ではない―――いまひとつの世界がむこうにある―――音楽のように眼には見えなくても―――音のように確かな世界が――― 私達はどこからこの世界へやって来たか知りません。ただこの世界に今居ることがわかるだけです。どこから来たか知らない私達が、どこへ行くのかわかろうはずがないのです。もう一つの世界、人は長きにわたって考えて来ました。そして今も考えています。でも、もう一つの世界があるこ... [続きを読む]
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- 2008/05/10 00:38大きな翼のある、ひどく年取った男(鼓 直 訳)
- 大きな翼のある、ひどく年取った男(鼓 直 訳) ガルシア=マルケス(1928〜 ) 雨が降りだして三日目、家のなかで殺した蟹の山のような死骸の始末に困って、ペラーヨは水浸しの中庭を渡り、浜へ捨てに出かけた。昨晩、赤ん坊が明け方まで高熱に苦しんだが、その悪臭が原因だと思われたからだ。火曜日から陰気な毎日が続いている。空も海も灰色で、三月になれば砂が火の粉のようにきらきら光る海岸までが、腐った貝まじ... [続きを読む]
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- 2008/05/10 00:11シャルル=マリー・ヴィドール
- シャルル=マリー・ヴィドール出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』シャルル=マリー・ヴィドール(Charles-Marie Jean Albert Widor, 1844年2月21日リヨン - 1937年3月12日パリ)はフランスのオルガン奏者・作曲家・音楽教師・音楽理論家。ハンガリー移民の末裔で、祖父の代までアルザスでオルガン建造職人の家系であった。父フランソワ=シャルルはリヨンの教会オルガニスト、母親は発明家の一族であり、その親 [続きを読む]
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- 2008/05/09 04:36ジョヴァンニ・バティスタ・ヴィターリ
- ジョヴァンニ・バティスタ・ヴィターリ出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ジョバンニ・バティスタ・ヴィターリ(Giovanni Battista Vitali、1632年2月18日 ボローニャ - 1692年10月12日)は、イタリアのヴァイオリニスト、歌手、作曲家である。ボローニャのマウリツィオ・カッツァーティ(Maurizio Cazzati)に学ぶ。息子は、トマソ・アントニオ・ヴィターリ。彼は、1658年に歌手兼チェリストとして活動を始めた [続きを読む]
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- 2008/05/09 03:42私は思う 私たちは死ぬのだと
- 私の受け取る唯一の知らせは―――終日―――「不滅」の地から送られてくるもの―――私の見る唯一の舞台は―――「明日」と「今日」―――それに「永遠」も――― 神に出会い、永遠を手にし、明日と今日と訪れる終日を待って生きた貴女。貴女にとって生きるということは、噛みしめるということだったよう、貴女にとって、悲嘆こそが最も噛みしめがいがあったもの、悲嘆の海を、どれほど貴女は噛みしめて生きたことでしょう。毎... [続きを読む]
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- 2008/05/09 03:37市民の平和(土屋 哲 訳)
- 市民の平和(土屋 哲 訳) アチェベ(1930〜 ) ジョナサン・イウェブは、自分のことを、とても運の強い男だと思っていた。戦争(ナイジェリア市民戦争)が終って平和が訪れた最初の、うすもやの立ちこめる数日間、旧友たちと交す、「お互いさま」、よくぞ生延びたものだなあ」という挨拶は、イウェブにとっては、額面以上の、身につまされる深い意味合をもっていた。自分と妻のマリア、それに四人の子供のうち三人... [続きを読む]
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- 2008/05/08 00:02ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィオッティ
- ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィオッティ出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィオッティ(, 1755年5月12日 - 1824年3月3日)は、イタリアのヴァイオリン奏者、作曲家。略歴フォンタネット・ポー生まれ。ヴィオッティは、ガエターノ・プニャーニの下で学んだ。イタリア北西部に位置する都市トリノの宮廷に仕えたが、独奏者として巡回公演も行った。パリへ訪れる前は、師プニャー [続きを読む]
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- 2008/05/07 23:42何という覚悟、決意なんでしょう
- 満ち足りることはわずかですむ―――ただ一つでも十分―――あの天上の群れに―――私たちは―――加わる権利を持たないのか――― 私たちは試されているのだと思う。どれだけ欲深に成れるか、欲深になって何が満たされるか。貴女が生きたように、ただ一つでも十分なのに。いつの日か、死んで後か、知ることを期待されて、私たちは今日も生かされていると思えます。聖堂の回廊などで 時折―――私はオルガンの話すのを聞いたこ [続きを読む]
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