|
- 2008/06/04 03:04死にたいと願い、生きることを選択する
- 中学、高校の頃、僕は死にたいと願っていた死ねば天国にいけるだけど、自殺すると地獄に行くから事故死したいと思っていた気づかぬ間にトラックが僕の方へ来て、痛みを感じる間もなく天国に送ってくれないかそう思っていた今でも、少しそう考える節があるだけど、今はそれ以上に生きたいと思っているそれは、この世界に少しでも良いものを残したいと思っているから僕が皆に受けた愛を、少しでも後の世の者に残したいと思 ... [続きを読む]
|
- 2008/06/03 04:04あるはずの無い繋がりを求めた日
- 哲学を否定する人はクリスチャンの中に少なくないと思うなぜなら、聖書の中に哲学を否定する箇所があるからだコロサイ 2:8 人間の言い伝えにすぎない哲学、つまり、むなしいだまし事によって人のとりこにされないように気をつけなさい。それは、世を支配する霊に従っており、キリストに従うものではありません。しかし、だからといって哲学を否定していいのだろうか答えは断じて否であると僕は言うなぜならば、2000年前の哲 ... [続きを読む]
|
- 2008/06/02 02:25今日したいことを、今日出来るわけじゃない
- クリスチャンとして、生きてきて20年ほどやりたいことがたくさんある困っている人の力になりたい泣いている人の励ましになりたいそんな思いも、未だにうまくなしとげられないむしろ、僕が困っている時に力になってもらい僕が泣いている時に、励まされていることばかりだ想いを行動に、移せる力が無いそして、毎日の中でその力を養うことすら満足に出来ない日々、自分の無力感を噛み締めながらニュースの中で、死んでい ... [続きを読む]
|
- 2008/05/28 03:38ノンクリスチャンの色は白じゃない
- リバイバルを求める全ての人たちそして、この世の中をクリスチャンとノンクリスチャンで分ける全ての人たちこの世は二つで分けれるほど、単純じゃないクリスチャンをよく見てみるそうすると、色々なクリスチャンがいることが分かる聖書原理派一部原理派僕のように聖書に懐疑的な人間すらある聖書原理派の人間の中には僕のような人間をクリスチャンとして認めない人間もいるだろうしかし、僕は自分自身をクリスチャンと ... [続きを読む]
|
- 2008/05/25 01:04全ての事に感謝できるわけでもなく、全てを憎むことも出来ない
- 全てのことに感謝しなさいそう、聖書は僕等に語りかけているああ、分かっているよ言いたいことは今、生きている自分それらを作ってきたのは過去だその過去の一部分を感謝せず否定していると、今の自分も否定するきっとそういうことだと思うんだだけど、受け入れることが出来ない過去がどうしてもあるんだ他人の失敗それは受け入れられる自分への攻撃それも大丈夫他人が他人への攻撃僕には何も出来ないだけど、 ... [続きを読む]
|
|
|
- 2008/05/22 03:03怖いのは一つの感情に飲み込まれること
- 今日、自分のブログを見返してみて気づいたことがある怒りに飲み込まれている自分が、そこにいたいや、不条理さとか感じた時に怒りを感じ、それを原動力に記事を書くのだから当たり前といえば当たり前なんだと思うあのイエス様だって、神殿が商売の場になっているのをご覧になったときは烈火のごとく怒られただから、怒ることは僕は決して悪いことだとは思わないだけど、その感情に飲み込まれている僕は最低だ怒りは原 ... [続きを読む]
|
- 2008/05/18 07:21全ての罪の原因は自分に 全ての栄光は神に
- よくあると思うんだ失敗は自分のせい成功は神様のおかげ超自然的なことを期待しているくせに、祈りが叶えられないと御心ではないというそのうち、神様の想いは分からないからと言い出すそして、むやみやたらに祈って叶ったら神様のおかげ叶わなかったら御心ではなかったいっこうに御心にそうことが出来ない人は聖書の知識と、信仰が足りないと言い神様は別の形であなたの望みを叶えると言うなんだいそれは布教には超 ... [続きを読む]
|
- 2008/05/17 23:04安い愛
- 僕の中の大きなテーマに「愛」がある互いに愛し合いなさい、イエス様は仰ったが僕には愛というものが分からない聖書には愛は〜みたいな長ったらしい文があるだけど、あれ全てを満たしたら愛なのかい?なんか違うよあれは、聖書を書いた人の主観が多分に含まれていると僕は思うだから、愛っていうものは僕等はまだ知らない正確には知覚できていないと思うんだよそして、僕は前回の記事でも書いたように弱くて、罪にまみ ... [続きを読む]
|
- 2008/05/14 02:16敬虔なクリスチャンってなんなのさ
- 僕はブログ村を見てみて、色々なクリスチャンがいることを知っただけど、どうにもなんでだろうと思うことがある「敬虔なクリスチャン」そう言われている人たちは立派な人たちだ正直、そう思うだけど、なんだって敬虔なクリスチャンはよく自分を否定するんだ?「私は全然大したことない人間で」↓「でも、神様が助けてくれて」↓「だから、私はその神様を伝えるためにこの身を使います」クリスチャンの王道パターンだと ... [続きを読む]
|
- 2008/05/10 06:20気がつかなきゃ、誰も救われない
- 小さい頃から教会に通っていたクリスチャンの世界で僕は昔から生きていたあるときの牧師先生のメッセージの中にクリスチャンとしての定義があった「クリスチャンとは、それまで自分中心に生きてきたのを神様中心に生き方を変える人のこと」なるほどね確かに、その定義は正しいだろうだけど、神様中心の生活っていうのはどうやってすればいいのかい聖書をよく読み、聖書の御言葉を実行し、よく祈り聖霊様によって導いても ... [続きを読む]
|
- 2008/05/05 05:44絶望か希望、選ぶのは全て僕
- イエス様を、希望と思わないものは恐らくクリスチャンではないのだろう僕でさえ、イエス様は救いだしかし、よく考えてみよう救いとは、なんだ?死んだ後に天国に行くことかじゃあ、今生きる意味は?伝道、それだけの価値しかないのか僕等は僕の価値はなんなんだい他人を救うためだけに存在している僕ならば、その社会構造に「個」という概念は必要ない結局は、自分自身で決めるしかない希望も絶望も同じ場所に存在し ... [続きを読む]
|
- 2008/05/02 06:03大切な人が出来たら
- 大切な人が出来たら、その人と喋りたいと思うそして、その次に触れたいと思うだろうそうして、そういった関係を僕は昔作っただからこそ、大切な人が出来た時今なにをすればいいのか分からない友達でいればいいのか思いを吐き出せばいいのか関係を長くするのか、深くするのかそこに問題があるような気がしてあってならないだけど、この世に関係ないものなんていうのはないということは、僕が大切な人と関係を深めたいと ... [続きを読む]
|
- 2008/04/29 00:46いつだって過ぎ去った後に気づくのさ
- 僕は、今クリスチャンかどうかの狭間にいると思う自分としてはクリスチャンでいたいだけど、押し寄せてくる知識と理性がそれを阻もうと奮闘する僕はそれを感情で押さえつけて、知識と理性と感情の妥協点を探すそんなもの、ありえるのかといつも思う諦めろよ、そうしたら楽だだけど、諦めた先に何が残る?何も残らないから諦めるって言うんだよただ純真無垢でいた時代に、僕は心の底から神様を信じていたのだと思うだけ ... [続きを読む]
|
- 2008/04/28 02:53愛してるって叫びたいんだよ
- この世に生きとし生けるもの全てが、素晴らしく感じるのはおかしいかい友達に、お前のことを本当に大切な存在だって伝えたいのはおかしいかいだけど、拒むだろうそう、誰だって拒む 僕だって拒む依存されるのが怖いから何かに依存している人を見るとぞっとするだろうドラッグ、アルコール、SEX、ニコチン、対人関係、そしてキリスト僕は依存されるのが怖いそして、依存するのも怖いだから、大切な人に大切だという時 ... [続きを読む]
|
- 2008/04/27 02:13クリスチャンブロガーへの6つの質問
- 「クリスチャンブロガーへの6つの質問」質問1 「あなたがクリスチャンブログを始めようと思ったきっかけは何ですか?」こんなクリスチャンもいるんだということを、言いたかったですねあとは、社会的におかしいことでも聖書にそれを肯定するような文がのっていれば無条件でハレルヤと叫ぶクリスチャンにちょっと待てよ、と言いたかったらです質問2 「あなたのブログの特徴・アピールしたい部分を教えて下さい」とても、反 ... [続きを読む]
|
- 2008/04/26 04:15この世のありさまを知っているかい
- 多世界解釈論というのを知っているかい要するに、この世界は何十にも重なって出来ていてこの世界の僕もいれば、別の世界の僕もいるという話だ科学的に、この世界観は一応解釈可能ということになっている不思議な話だ世界には、神様を信じている僕がいる世界はここだだけど、おそらく神様を信じていない僕の世界もあるのだろうそう考えると、死んだ時に僕はどこへいくのだろうか「僕」はどこへいくのだろう他の世界の僕 ... [続きを読む]
|
- 2008/04/23 22:55信仰をやっと取り戻した
- この世の価値は全て自分の世界の出来事他の人には関係がない僕は、最近そう思っていたこの世の物事に、価値などというものは無く全て自分がそれを決めていると思っていただから、悩んだ苦しんだ僕のこの分かり合いたいという想いは無駄なのか愛したいというこの想いは無駄なのか全部全部、何もかも確証なんか無くて今までの想いは無駄だったのかそう思っただけど、気づいたんだ気づかされたんだ愛するってことは ... [続きを読む]
|
- 2008/04/23 03:44僕の聞く僕の声は、決して君に届かない
- 僕は自分の声が嫌いだ僕が聞く声は好きなのだが、ビデオなどで聞く僕の声はとても嫌いだなんだかとても嘘くさいそれが、僕の声を聞いた僕の感想だったああ、今までこんな声で人に話していたのかそう思うと少し恥ずかしくなり、それと同時に怖くなった真面目な話をしていても、この声じゃ相手に信用されないじゃないかそう思って、話し方や言葉の選び方を僕は少し変えるようになったでもそれは、僕が知っている僕が話した ... [続きを読む]
|
- 2008/04/22 00:39巡る世界は僕のもの 変わる世界は君のもの
- 自分の世界はそれぞれの人のもの僕は、そう考えるようになった他人の世界と、僕の世界が交わるのかそれとも虚構なのかは分からないだけど、僕はここにいる僕の在りどころは確かにある信じるから、僕はここに存在していると言える虚しい話だ信仰でしか、自分と他人との関係を創れないだから、僕は僕の望みを正直に話したい優しさゆえに、君を傷つけたくない 愛ゆえに、君を傷つけたい優しさゆえに、君の心を壊 ... [続きを読む]
|
- 2008/04/18 04:13君を殴る 僕を殴れ
- 真実は人それぞれこの前ブログにそう書いたでも、これはポジティブな意味合いではないんだ真実なんて結局のところ人それぞれの勝手な考えでありそれを分かち合うことすら、原理的、論理的に無理だということを世の哲学者や数学者は証明してしまったそして、その勝手な考えは聖書にまで及ぶ「聖書に書いてあるから正しい」これははっきり言って間違いだ旧約聖書を肯定するとしたら、虐殺を肯定することになる律法を肯定 ... [続きを読む]
|
- 2008/04/15 02:38さあ、否定しよう
- 僕はつい最近まで、否定することが嫌いだったなにものも誰も人を否定する権利などない、と僕はそう思っていたそして、それは正しかった否定することなんて、きっと神様にしか出来ないのだとそして、僕はもう一つのことに気がついてしまったなにものも誰も人を肯定する権利などない、と自分はどうしても、無力だとそれに気づいた時に僕はどうしようもなくなってしまったじゃあ、神様に頼るか?自分にそう呟いたよくい ... [続きを読む]
|
- 2008/04/13 06:46信仰があるなら疑えよ
- 信じることが素晴らしいことだと言うキリスト教会僕は異論を唱えよう君は一体何を信じているんだい?聖書を信じているというだろうだけど、聖書は真実じゃないそもそも聖書は編集されたものだろトマスによる福音書は?マリアによる福音書は?カトリックの外伝は聖書かい?そもそもヨハネの黙示録の言が全ての根拠自体がおかしいだろう聖書を正しいとする根拠は、聖書にしかない笑い話にもなりやしないつまるところ、 ... [続きを読む]
|
- 2008/04/11 03:21心の中の刺々しさを思い出せ
- 最近、軸がぶれていた自分の中にある攻撃性、荒々しさ、他人を傷つける力そういったものをどうにかして否定していた持って当たり前のものを否定するそれほど危ないことはない綺麗な水には魚は棲まないそんな当たり前のことを忘れていた僕等は、純粋になろうとするそれは純水になることに似ている心の中の良いものだけを取り出して、他は捨てるそんな水は、実験に利用されるだけの価値しかないのに攻撃性の何が悪い ... [続きを読む]
|
- 2008/04/07 01:29自分の知能の足りなさに涙が出る
- 量子論と哲学のことを書いてあるサイトを読んでみた理解は出来た理解できたからこそ、反論が出来ないこの世に絶対的な物理法則がない…感覚の共有すら不可能…どうやって、他人を理解しろっていうんだこんな、こんな難しいのかクオリアの問題は人類に解けないああ…愛すら意味を失うどうしろっていうんだどうしろっていうんだ信じている、それは間違いないだけど、どうしろっていうんだにほんブログ村 キリスト ... [続きを読む]
|
- 2008/04/05 03:10僕は神様を信じている
- 僕は神様を信じているそれは間違いが無いだけど、僕は信じる理由があるそれは、とてもいやらしくてこの世的な考え方「幸せになりたいから」ただ、それだけだ僕は、人との関係が怖かった他人を信用することが怖かった僕は誰からも好かれていないんじゃないか?そう思っていた時期があった思春期特有の病と言えばそうかもしれないだけど、それだけじゃ済ますことが出来なかった「仲間」この言葉が憧れで、僕には ... [続きを読む]
|