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- 2008/04/18 23:20イラク派兵に対する違憲判決
- 今日は、日本の安全保障に関する記念する日となったかもしれない。名古屋地裁より、自衛隊のイラク派兵に対する違憲判決が出た。憲法9条1項に違反するとというのである。このことは、日本という国の平和憲法がまだ生きているということを示していて、画期的なことである。バクダットでの活動は武力行使と一体化すると裁判所が判断したのである。このことにより、日本の外交政策が変化する可能性がある。政府も司法当局の判断を尊重... [続きを読む]
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- 2008/03/01 06:26ヘーゲルとキリスト教
- ヘーゲルはドイツ観念論哲学の中心的存在である。ドイツということで彼もキリスト教の影響をたくさん受けている。彼はテュービンゲン神学校に通い、神学を学んでいる。そして哲学者シェリングと友好を深めた。しかし、結局牧師にはならず、哲学の方へ考えが向かった。哲学の中でも、大衆哲学を好み、哲学の内容を大衆に伝えることに主眼をおいていた。宗教的なことについては、ヘーゲルの歴史哲学講義の中で、世界精神によって、歴... [続きを読む]
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- 2008/02/24 06:57因果律についての考察
- 哲学的には因果律というのは、よく話題にのぼるテーマだと思うが、ここではやはり、全てのものの、原因は何かということであろう。キリスト教的に言えば、神は永遠のお方なので、すべての原因は神から来るということになるが、神は善なるお方であるので、悪の原因になったものの分析が必要である。悪は神が原因になっているのではなく、サタンが原因になっている。したがって、善と悪と二つの原因がこの世の中に存在するのである... [続きを読む]
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- 2008/02/20 21:43カントとキリスト教
- 哲学者の中でカントほど有名な者はいないといってもよいかもしれない。カントはドイツというキリスト教国家で活躍した哲学者なので、キリスト教の影響は多大に受けていると思う。カントの両親はキリスト教ルター派の敬虔なクリスチャンだったことを考えるとこのことは正しいと思う。カントは理性について徹底的な分析をしているが、信仰というのは理性を超えたところで理解する側面があると思うので、カントの考えている宗教観が... [続きを読む]
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- 2008/02/18 19:28不安について
- 不安という概念をもっとも追求した哲学者はキルケゴールかもしれない。キルケゴールは、その著作「不安の概念」の中で、不安の概念の追及の仕方について、常に原罪を念頭におきながら、心理学的に分析するとしている。そして、罪の問題と不安の問題を細かく分析している。キルケゴールによれば、不安の根源は罪であるという。欲望ではないとしている。キルケゴールは不安の概念を主観的不安と客観的不安にわけて、さらに主観的不... [続きを読む]
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- 2008/02/17 20:48自分とは何か
- 哲学的に自我というものを定義づけるときに、一番代表的なのはフロイトの自我の定義かもしれない。フロイトは無意識とスーパーエゴが衝突している時、それを調整する役としての自我を規定した。その中では、自我というのは調整役である。しかし、キリスト教では自我というものに二つの種類を定義している。すなわち、古い自我と新しい自我である。その中で、古い自我というのは、生まれながらの罪深い部分をさし、新しい自我とい... [続きを読む]
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- 2008/02/16 22:58時間についての考察
- さて、時間についての考察は、哲学の中でもカントやハイデガーの中などに見られるが、時間の性質の分析がキリスト教に与える影響について考えてみたい。まず、すべての物は時間の制約を受けるのかという問いがある。その問いの中には、時間には果たして始まりと終りとがあるのかということが含まれる。さらに、神は時間を越えて存在するお方かどうかということである。神が時間に支配されずに、永遠の昔から神は存在していたとい... [続きを読む]
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- 2008/02/15 21:32創造論と進化論
- さて、私は、キリスト教における哲学的考察に取り組んでみたいと思う。キリスト教には、いくつかの哲学的論点が存在するが、その代表的なものは、創造論に関するものである。果たしてこの世界は、神が創造されたのか、はたまた、偶然できたのか。この問に対して、科学者は結論を出すことができない。なぜなら、世界の始まりのときまで、タイムマシンで行って、確認することができないからである。しかしながら、科学の力で、この問... [続きを読む]
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- 2008/02/13 18:43正義について
- 哲学的な正義論で最も有名なのはプラトンの「国家」やJ・ロールズが書いている「正義論」であろう。学問的には、正義とは、多数決である場合もあるし、法律を形づくっている倫理や道徳である場合や、パレート最適などの場合が多いであろう。プラトンは「国家」においてまず、人間関係における正義を分析し、それから、国家における正義を分析した。プラトンはイデアというものを規定して、そこから正義論を構築した。哲人王とい... [続きを読む]
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- 2008/02/09 23:04私はどうして保育士になったのか
- 今回のブログでは、私がどうして保育士になったのかということを書いてみたい。私は公立の小学校、中学校を卒業し、高校は都立国立高校という所に入学した。多摩地区では比較的有名な進学校である。そして、漠然と理系に進もうと思っていた。しかしある時、学校の行事で映画「遠い夜明け」というものを見た。南アフリカのアパルトヘイトに関する映画であった。それに心から感動し、国際的な問題の解決ということに自分の問題意識... [続きを読む]
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- 2008/02/09 22:30資本主義とキリスト教
- キリスト教と資本主義との関係いかなるものなのであろうか。キリスト教においては、貧しいものや困っているものを助けるようにという教えがあり、競争主義の資本主義とは相容れない部分があるようにも思える。カトリックの歴史の中では、利子をつけることについて規制を設けたりすることもあったそうである。しかしながら、資本主義の源流をたどると、必ずしもキリスト教と相反することばかりではないようである。マックス・ウエ... [続きを読む]
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- 2008/02/09 18:39キリスト教と哲学
- キリスト教と哲学の関係について論じてみたい。まず、キリスト教における哲学の位置について考えてみたい。哲学はそもそも、根本的な概念などを考える知的作業であり、キリスト教は人生の救いを説く宗教であるので、そこには大きな違いがあることは事実である。しかしながら、哲学とキリスト教がまったく関係がないと言えばそれもまた、違うような気がする。歴史を見ると、アウグスティヌスやトマス・アキナスなどは、有名な神学... [続きを読む]
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