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- 2008/07/08 21:47徳は才に優れり
- 「博聞強記は聡明の横(おう)なり。精義入神は聡明の竪(じゅ)なり。」 これは、「言志四録」(佐藤一斎著)の第144条にある言葉です。平易に言うと、 「何事もよく知っているという博覧強記は学習によって横に広がるが、それは単に知識を知っているだけのことである。精義入神(道理を深く掘り下げること)は、いわば人間としての徳を磨く修養の学である。」(岬龍一郎訳)となります。言志四録といえば、日本の気高き武士道精 [続きを読む]
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- 2008/07/01 19:00在日外国人と日本語教育の必要性
- 日本は、好むと好まざるとに関わらず多民族国家になりつつあります。「外国人の定住と日本語教育」という本によると、1989年の「出入国管理及び難民認定法」の改正を期にブラジル人を中心に外国人登録者数は年々増加の一途を辿っています。1989年の外国人登録者数は約98万人で、韓国朝鮮人、いわゆるオールドカマーが全体の69%を占めていました。ところが、2003年末には全体の登録者数が191万人と、ほぼ2倍に膨れ上がっていま... [続きを読む]
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- 2008/06/22 10:26マウンテンバイクを購入
- 高校三年生を受け持っているため、実に忙殺の日々が続いております。さらに、書きかけの論文を仕上げようと取り組んでいるので、ブログを更新する暇がなく、ご無沙汰しております。 ところで、ガソリンの高騰ということもあり、経済面、エコ面ともに考えて、先日マウンテンバイクを購入してしまいました。車種はゲイリーフィッシャーのワフーというやつです。通勤に使うつもりです。と言っても、我が家から職場までは16キロも... [続きを読む]
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- 2008/05/30 21:36これは一体何語だ!?
- 今日のお昼、コンビニでよくドトールやスターバックスのものと同じところに売っているMt. RAINIERのコーヒーを買いました。職員室に戻り、ストローを刺してコーヒーを飲んでいるとき、ふと、パッケージの成分表示の隣に書いてある「広告欄」を見て「んん?なんだこりゃ。」と思ってしまいました。そこには 「ウェスティン・シェラトンでアニバーサリーステイ」という文句。「ああ、ホテルの名前か・・・。しかし、日本語が『で... [続きを読む]
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- 2008/05/29 21:06自分さえよければ
- 先日、我が校では年に一度の避難訓練が行われました。7時間目開始5分後に「火災発生」などの放送が入り、授業担当の先生がクラスの生徒たちを連れて行き、全校生徒が校庭へ集合します。集まった後は、代表の生徒の消火器を使っての消火実演があり、校長から「全員整列するまでに何分かかったか」、「去年に比べて早かった、遅かった」などのコメントがあり、その後消防士からのコメントをもらう、という流れになっています。毎... [続きを読む]
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- 2008/05/25 22:27亡国の小学校英語必修化
- 5月17日付の読売新聞によると、「2011年から小学5、6年で必修化される小学校の英語活動について、保護者の4割近くが『期待しない』と感じている」そうです。「おおいに期待する」はたったの18%。早期英語教育だなんだという声が近年高まっていたようでありながら、いざ必修化に踏み切るとこうなのです。最たる理由は「英語専門教員の人材不足」だそうで。そんなもの小学校英語教育問題の極めて基本的な問題ではなかったの... [続きを読む]
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- 2008/05/24 18:14パソコン復活しました!
- 修理に出していたパソコンがやっと帰ってきました。最初は、中身は全部消えていると言われていたのですが、なんとすべて残っていました。書き途中の論文も無事でよかったです。ところで、パソコンが壊れた次の日に、携帯電話が壊れました・・・。何なんだ一体。電源が入らなくなり、修理に出したところ、やはり中身はすべて消えてしまうとのこと。それも先日返ってきたのですが、奇跡は起こらず、電話帳もすべて消えてしまいま... [続きを読む]
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- 2008/05/10 12:24パソコンが壊れました・・・
- うちのパソコンが壊れてしまいました・・・。今修理に出しているのですが、電気屋曰く、「パソコンの中に何も入っていない状態」だそうです・・・。なんだそれ。書き途中の論文などもバックアップしていないので、すべて消えてしまったようです。この文章は別のパソコンで打っていますが、自分のパソコンがなおるまでしばらく更新できないかもしれません。またよろしくお願いします。 ... [続きを読む]
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- 2008/05/01 22:16teenager とは10代のことではない
- 「teenager=10代の人」とはよくある誤った解釈です。英語で言う"teenager"とは、数字に"teen"のつく年齢に限ります。つまり、13歳(thirteen)から19歳(nineteen)までということです。11歳(eleven)と12歳(twelve)はteenagerではないということになります。"teenager"になると、一歩大人に近づいたという意識があるのでしょうか、そこらへんの感覚はよくわかりませんが、いずれにしても日本人の感... [続きを読む]
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- 2008/04/29 11:48日本の米、日本人の命
- 元来日本人は自然と対立するのではなく「共生」するという考えをもつ民族でした。一神教を信仰する多くの他民族は、自分の力で自然を変えよう、とか自然を征服しようとかいう考えのもとに生きています。日本古来の宗教である「神道」は、古くから人々の生活の一部、というより生活そのものであったため、宗教としての特別な認識が我々日本人の中には薄いようです。一神教のように唯一の神を崇拝するというようなこともなく、い... [続きを読む]
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- 2008/04/22 15:27ネイティブスピーカーは商品
- 毎年うちの学校では、新高1の入学式の後、先生との対面式があります。入学式の直後に体育館でそのままの状態で行います。もちろん新入生の保護者も同席しています。先生方がステージに上がり、自己紹介をするという形式です。自己紹介をする先生は、一年生の担任と、学年主任と、そしてネイティブスピーカーの教員です。なぜ!?なぜネイティブスピーカー?と私は憤慨しました。しかも、なんと担任や学年主任より先に、です。... [続きを読む]
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- 2008/04/17 16:54移民、文化、アイデンティティ
- 昨日今日と、高3生の長文読解のクラスで「EUの移民政策」というテーマの長文をやりました。普段使っているテキストの中に載っているのですが、文章の出典はアメリカのLos Angeles Times紙です。その最後の2段落には次のようなことが書いてありました。 「ヨーロッパ人は移民の受け入れという点では初心者で、多くの移民を受け入れることができるアメリカに感銘を受けている。ヨーロッパ人は将来移民に対する新しいアプロー [続きを読む]
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- 2008/04/15 21:07中学校英語教科書にみる文化侵略
- 文科省検定済中学校英語教科書「TOTAL ENGLISH1」には、日本の学校でアメリカ白人女性のベック先生と女子生徒が廊下ですれ違いざまに挨拶を交わすシーンがあります。以下がその会話文です。女子生徒 : Hi, Beck. How are you?ベック先生 : I'm fine, thank you And you?女子生徒 : I'm fine, too. Thank you.あまりに古典的で教科書英語的な挨拶である、ということはとりあえずお置いておいて、問題なのは、女子生徒の挨拶の [続きを読む]
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- 2008/04/11 21:43日本の英語教育と英語支配
- わが国の英語教育を見てみると、前回記したような英語支配などどこ吹く風とばかりに、国を挙げて、義務教育である中学校において英語一辺倒の外国語教育をしているのが現状です。近年では、早期英語教育が進み、ほとんどの公立小学校で何らかの英語活動が行われており、さらに幼稚園や保育園ですら英語教育を謳っているところも少なくありません。英語が小学校に下ろされたら当然多くの保護者はそれよりも早く、つまり幼稚園、... [続きを読む]
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- 2008/04/08 21:03「英語支配」とは何か
- 現在、英語を第一言語として使用している話者が国民の総人口の過半数を超える国はおよそ28カ国であり、その総話者数は3億を優に超えると言われています。さらに第2言語としての英語話者は5億人とも10億人とも言われています。また、多くの国際的組織においてその公用語として英語が使用されているという事実もあります。「英語=世界共通語」という認識が世界に横行し、英語はいまや国際会議、メディア、ビジネス、娯楽といった... [続きを読む]
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- 2008/04/07 21:15学習指導要領と中学校教科書と英語支配
- 現行の中学校学習指導要領には、英語教材が配慮すべき観点として「国際理解を深めること」、「国際協調の精神を養うこと」、「多様な言語・文化を尊重すること」、「国際社会に生きる日本人としての自覚を高めること」などのもっともらしい文言が挙げられています。実際に教科書を開いてみると、登場人物の国籍は様々で、「英語はいまや英米の手を離れて世界の人々がコミュニケーションを図るための道具となっている」というメ... [続きを読む]
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- 2008/04/03 00:42国のために考えるべきこと
- 今日電車に乗っていたら、真新しいスーツに身を包んだ新入社員らしき若者を数人見かけました。どんな仕事であれ、世のため人のために仕事をすることが大事だと思います。利他の精神は尊い。私利私欲や、拝金主義だけでは、社会はよくならない。それは自分も含め、すべての日本の、いや世界の若者が肝に銘じておかなければならないことです。かの福沢諭吉は言いました。「国を支えて国を頼らず」と。ちょっと前にNHKの番組で... [続きを読む]
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- 2008/03/30 17:13人間誰もが死ぬ。しかし・・・
- 私は、いわゆる「泣ける映画」というのがわざとらしくて嫌いなのですが、メル・ギブソン監督・主演の"Brave Heart"という映画は、学生時代に見てとても感動しました。ゲーリック語を母語とするスコットランド地方のケルト人が、イングランド人の圧政に抵抗する様が描かれた映画です。アングロサクソン民族がケルト人をどのように武力によって支配していったのかがわかります。主人公の英雄ウィリアム・ウォレスは最後... [続きを読む]
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- 2008/03/28 17:53桜花と大和魂
- しきしまのやまと心を人とはば 朝日ににほふ山ざくらばな 本居宣長は、日本人の心情をこのように詠みました。今年はもう桜が咲き始めています。美しいですね。桜はなんと気品に満ちた優雅な花なのだろうと、春が来るたびに感動するものです。桜は日本特有のものではありませんし、"cherry blossoms"という英語もあります。しかし、桜が咲く姿だけでなく、散る姿まで美しいと言って観賞するのは日本人だけなのではな [続きを読む]
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- 2008/03/27 21:05新時代の言語教育
- 「考える人を育てる言語教育」の著者、高島敦子氏の考えはだいたいこうです。 すなわち、わが国の伝統的な国語教育は文学志向、情緒志向であり、それは、学習者の美的感覚をはぐくみ、正しい人倫関係を学ばせることを主たる目的としてきた。その原因は、われわれ日本人の民族性と言語観にある。日本人の言語観とは「ことば」の語源である「事の端」観に由来している。大事なことはあまり言葉には表さない。そしてこの言語観が... [続きを読む]
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- 2008/03/25 23:18「察する」ということ −あいまいな日本語−
- 日本語はあいまいな言語であるとよく言われます。高島敦子氏は「考える人を育てる言語教育」という著書の中で、日本人には言葉に表さない部分をお互いが察する習慣がある、と述べています。そして、英語にはその「察する」にあたる言葉がないとも言っています。なるほど、そうかもしれません。 日本語には「言葉を濁す」「匂わす」という言い方があります。前者は「語尾などをはっきり言わないで明言を避ける」、後者は「それ... [続きを読む]
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- 2008/03/23 21:05終業式前夜
- 明日はいよいよ終業式です。私は今年度は高2の担任でした。来年度は高3に持ち上がりで、その子たちを卒業させます。もちろんクラス替えがあるので、今のクラスは明日で解散です。いろいろあったし、うるさい奴もたくさんいて、にぎやかすぎるくらいのクラスでしたが、とても楽しいクラスでした。このクラスで卒業式を迎えられないのがとても残念。しかし、諸行無常です。「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水に非ず」... [続きを読む]
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- 2008/03/20 08:53「英語教育大論争」再考5
- いよいよ平泉氏の最後の反論になりました。渡部教授の潜在能力の開発としての学校教育論に対してどのように対抗するのでしょうか。 今は戦前では想像もつかぬほどの希望者が少数の大学に殺到している。この事態に対して大学側がとった「防衛手段」は甚だ不適切なものであった。なるほど、たとえ美術史を専攻しようとするものでも高校数学の高い能力があればそれに越したことはない。どんな学問であってもそれを高度に身につけ... [続きを読む]
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- 2008/03/15 21:56「英語教育大論争」再考4
- さて、渡部教授の更なる反論です。−平泉案は新しい「廃仏毀釈」だ− 私は学校教育の本筋は潜在能力、あるいは頭脳の基礎訓練と考えているのに対して、平泉氏は、実用能力の顕在化を学校に求めている。 英語を厳格な選択制にしても、大量の学生が押しかけることは確実である。しかしそれでは今までと同じことになるから、平泉案のよさを生かすためには、大なたを振るって削減するしかない。削減するには何かの基準で志願者の... [続きを読む]
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- 2008/03/14 21:43「英語教育大論争」再考3
- 渡部昇一教授に反論する −外国語教育改革試案・私の真意− 前回の渡部教授の意見にさらに平泉氏が反論します。 私の試案においてまず注意していただきたいこと。それは、「外国語教育不要論ではない」ということ。それから「外国語会話能力」の育成だけを強調するものではないということである。 成果なぞはどうでもよい。6年間、あれだけ努力した。その努力の体験だけでも貴重な体験ではないか。という意見があるかもしれ... [続きを読む]
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