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- 2008/06/23 19:05(書評)呉智英『封建主義者かく語りき』(双葉文庫)
- 著者は「封建主義」を信条として民主主義や人権思想を批判する論客としてよく知られている。その仕事についてはいずれ然るべき人々が正当に評価し、戦後思想史の一角に位置付けねばならないであろう。尤も評者はその任によく堪え得る者ではないのだが、著者が専ら儒教の再評価を通じて封建主義・民主主義批判を展開しているところから、現代の状況と儒教の思考がどのように関わるのかについて、本書を軸にして論じてみたい。 ま... [続きを読む]
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- 2008/06/18 20:34日本漢詩文と和習
- 優れた中国文学研究者は日本の漢詩文における和習(和臭)に手厳しい。例えば高島俊男『漢字と日本人』(文春新書)は日本人の漢字信仰を揶揄する箇所で、頼山陽の『日本外史』の一節を引用しつつ、なぜそれが漢文で記されているかと言うと「文章に日本のかながまじるのは格が低い、漢字ばかりだと中国の人が書いたのと同じに見えて上等だと思っているのである。」と述べている(同書121〜122頁。歴史叙述に決まった文体が... [続きを読む]
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- 2008/04/01 14:08[連載]ポスト天皇制の君主制論【新貴族制論】
- 王権のセオリーからすれば、王の血統が絶えた場合は他の有力貴族または前王の有力な家来がそのあとを襲うのが常道である。先にも少し触れた源実朝暗殺後の藤原将軍や、後周の柴栄などがそれに当たる。もし日本人が君主制を永く維持したいと考えるのであれば、天皇家といえどもこの常道に則るしかない。 但し「二王の後を存す」という儒教的価値観からすると、上手に制度改革をすれば断絶せずにすむかもしれない名家をこのまま見... [続きを読む]
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- 2008/03/26 11:26[書評]小島毅『靖国史観』ちくま新書(筑摩書房・2007年)
- 本書に関してはネット上の諸サイトで既に紹介・論評がある程度成されているし。あるいは学術雑誌で論評されることもあるかもしれない。当ブログで本書を取り上げるのは、靖国に対する見方がユニークであるからに他ならない。個々の論点については首肯しうる見解が多い。 ただ著者と評者とでは恐らく戦争観や対中国観あるいは儒教感に大きな違いがあり、そこからくる本書の叙述の端々における読後の違和感を拭い去ることはできな... [続きを読む]
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- 2008/03/18 20:57[連載]ポスト天皇制の君主制論【「天皇制」批判】
- 常々私は「天皇」という君主号が天子の称号として相応しいものかどうか疑問に感じていた。 天皇号が制度的に明文化されたのは既に言われているように浄御原令においてであろう(青木和夫『日本律令国家論攷』)。しかしそれ以前に推古が天皇と称したという古くからある説も説得力があるであろうことは上述した通りである(従って推古の次の大王が天皇と称さなかった可能性は低くはない)。 繰り返しになるが一度隋に対して「(... [続きを読む]
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- 2008/03/14 23:04[連載]ポスト天皇制の君主制論【女帝と天子理念について】
- 女帝と天子理念とはどのように関わるのかについて見ておきたい。女帝と天子号と言えば、『隋書』倭国伝に見える推古朝の隋への国書(推古十五年=隋大業三年)の「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す」云々という文言(『日本書記』にはこの国書のことは見えない)を思い出す方も多いのではないかと思う。しかしここの「日出処天子」は本稿で言う「天子制」の「天子」ではない。既述のように天子は唯一性を求められる... [続きを読む]
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- 2008/03/13 19:59[連載]ポスト天皇制の君主制論【「天子制」について】
- 私は万世一系の皇統なるものには固執しないが「天子制」には固執する必要があると思っている。“天子”とは唐虞三代の後継者たる帝王のことであり、位は男子から男子へと受け継がれなければならない。その理由は簡単で唐虞三代には女性の帝王が存在しないからである。 日本(倭)の君主制は単なる世襲首長制ではなく「天子制」でなければならない。西洋のキングやエンペラーは、「王」・「皇帝」と訳されるが、“天子”ではない... [続きを読む]
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- 2008/03/08 19:40[連載]非万世一系的君主観の系譜(承前)
- 近世に眼を移すと、豊臣秀吉が関白となった頃、皇位継承候補者と目されていた誠仁親王が急死すると秀吉が王(=天皇。中世から近世前期頃までは天皇は専ら王・国王などと呼ばれた。その他一般的な呼称としては禁裏・内裏・今上皇帝等がある。稀に将軍が王と呼ばれている例もあるが、少なくとも江戸中期頃までは一般的ではなかったと言えるであろう。堀新「織豊期王権論」『人民の歴史学』145号参照)となるのではないかという... [続きを読む]
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- 2008/03/04 22:26[連載]ポスト天皇制の君主制論【非万世一系的君主観の系譜】
- (以下当ブログで変換できない漢字についてはカナ書としています) 田中氏や八木氏や新田均氏のような皇国主義者からすれば逆賊の系譜と言うことになるのであろうが、別段大昔から大多数の日本人が万世一系の王朝の存立を当然のこととしていたわけではない。そういう意識が一般に広まるのは恐らく江戸中期以降で(徳川の支配に対する反発と言うことを考慮に入れなければならないことは言うまでもない)、それ以前は万世一系に拘泥... [続きを読む]
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- 2008/03/01 22:42[連載]ポスト天皇制の君主制論【複数王系論について】
- 私は、もともと「万世一系の皇統」という観念の積極的な支持者ではない。“天皇制”という言葉の意味するところが「万世一系」でなければならないという考えを包摂するとすれば、私は君主制の支持者ではあっても“天皇制”の支持者ではない。その意味では当然皇国史観の徒でもない また、「天皇」という君主号もあまり適当ではないと考えている(後述)。尤も要は君徳の問題であるから、同一皇統が続いているから直ちに悪いとも... [続きを読む]
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- 2008/02/29 22:36[連載]女系派と男系派を裁く【正統性と民族性について】
- 女系派・男系派を問わず、保守派の論客には天皇制と民族性とを結びつけて論じたがる傾向がある。しかし元来近代思想の系譜では、君主制護持を唱えるのは王党派であって保守派や右翼では必ずしもない。今日では軍隊容認=憲法9条改正、日米同盟維持を言う一方で天皇制を否定する論客も出始めている(小谷野敦『なぜ悪人を殺してはいけないのか』参照)。彼らは君主制護持派から見れば急進的であるという意味において「左翼」だが... [続きを読む]
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- 2008/02/24 19:53[連載]儒者の見る女帝・女系論議【女系派の論理の問題点】
- 女系派が主張する皇室制度改革の骨子は、今更贅言するまでもなく、皇親女性の即位及び宮家の当主就任を認め、その非皇親配偶者との間の子孫を皇族として扱い、また皇位継承も認めるべきだとする、女主女系継承制とでも言うべきものである。 尤も秋篠新宮の誕生によって状況に変化が生じたと言えるであろう。女系派の中には典範の改正は不要と考え方を変えた者もいるかもしれないが、それは別にして、女系を認めるとしても男子優... [続きを読む]
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- 2008/02/16 19:43[連載]儒者の見る女帝・女系論議【宇多天皇の即位事情】
- 東湖の著述から引用したついでに、簡単に古人の万世一系観察を見ておこう。例えば『日本書紀』における神功皇后の扱いである。神功は開化天皇の子孫とされる息長氏の出身ということになっており(『古事記』では開化五世孫、『日本書紀』では四世孫とされる)、この系譜を信じれば女子とは言え傍系の皇族子孫ということになる。そして江戸時代までは歴代天皇に伍してその在位をカウントされていた(水戸史学において神功を正式な... [続きを読む]
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- 2008/02/14 22:42[連載]儒者の見る女帝・女系論議 【論点の整理(承前)】
- なぜ上記のようなことを細々と述べたかというと、儒者である私からすれば女帝や宮家女性当主制は容認できないからである。尤も、明治以前に存在した女院制度のような女性皇親・貴族が単独で家政機関を設ける制度はあってもよい。要するに、女帝や夫君より上位の女主の存在は容認できないということである。 仮に自称儒者で女帝を認めてもよいなどと言う輩がいたとすれば、それは先王の道を深く信じていない者と言わざるを得ない... [続きを読む]
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- 2008/02/12 19:55[連載]儒者の見る女帝・女系論議 【論点の整理】
- 今後の皇位継承のあり方を巡って、従来のままの男系継承を維持するか、それとも女帝即位と女系継承を容認するかで論壇において議論が戦わされるようになって久しい。そして、男系継承護持派(以下男系派と略す)と女帝・女系継承容認派(以下女系派と略す)の主張と互いの相違点はほぼ出揃った感がある。 そういった中で、現実的な選択肢であるというところから有識者会議の報告を踏まえて一旦は女帝・女系皇統容認に進んでいくと... [続きを読む]
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- 2008/02/10 18:41書評・時評
- 当ブログ主人が読んだ本の書評や気になった出来事について論評を加えます。... [続きを読む]
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- 2008/02/10 18:37儒学関連用語
- 儒学に関する語句を独自の視点で解説します。... [続きを読む]
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