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- 2008/02/24 14:23 あとがき
- このブログを書き始めたのは、今年(2008年)の「1月17日」。私はこの約1ケ月の間、他の震災にまつわるサイトの閲覧も含めて、どっぷりと震災の思い出に浸りました。そのため、13年前の出来事が昨日のことのように思い出され、自分自身の中でも”風化”しつつあった、地震(地震だけでなく、全ての天災、人災、事故、事件)への危機意識を、再び持つようになりました。今年の「1・17」は、そんな震災に対... [続きを読む]
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- 2008/02/22 06:32すべてのご支援下さった方に、ありがとうございました
- 私の被災体験を綴った「震災手記」は、本当にあった話です。そのリアリティをお伝えするために、最も適したものを見つけました。昨日に引き続き、ネット上を探していて、画面に釘付けになった映像です。この映像は被災当日〜2日目の、まさに身の安全を確保することに奔走していたときの、私の体験そのものを残してくれていました。工場のガスタンク亀裂によるガス爆発の避難勧告は、私の避難していた公園にも噂が聞こえていまし... [続きを読む]
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- 2008/02/21 06:00記録に残してくれた人たちに感謝
- 私はこれまで、震災について多くを語ってきませんでした。鬱病との闘いがあまりにもツラかったので、震災経験がそれを思い出させるような気がして、話題にすることを避けてきたのです。このブログも最初の頃は比較的客観的に執筆できましたが、愛犬の話以降は、なんとなく「こんなことブログに書いて何になる?」と自問自答しました。更新の頻度が落ちたのはそのためです。ブログは私の中では”楽しむもの”。「こんな... [続きを読む]
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- 2008/02/19 01:16復興の光と影
- 被災から3年後、神戸市灘区の全壊した家のあった場所に、新しい家が建ちました。両親は二度と地震で倒壊しないことを願い、重量鉄骨の家を再建しました。たった3年で、元の家に戻れた・・・とても幸せなことだとは思いますが、長い長い3年でした。私の22歳〜25歳の元気いっぱいのはずの時期は、暗く、傷心しきった人生の1ページになりました。生まれ育った六甲道の街に再び帰ってきたとき、私たち家族の「避難生活」は終... [続きを読む]
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- 2008/02/16 00:37心のキズ
- 多くの人に助けられ、神戸市北区の兄の会社の社宅に、生活の拠点を構え、新たな生活をスタートできました。ここからは日常生活としては、何不自由ない暮らしを手に入れることができました。そして避難生活というよりは、復興に向けた待機生活に入りました。しかしこの後、ここでの生活で我が家を襲うのは、この頃から深刻になり始める震災の二次的な後遺症・・・「心のキズ」です。結局このあと、我が家は約3年間、この社宅のお世 [続きを読む]
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