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- 2008/07/22 19:28日立にて
- 7月20日(金)古本催事の搬入手伝いのため日立市へ。4店舗によるスーパー催事で、日立の中心地にあるスーパー。入って驚いた。1階の半分くらいはテナントが入っていない。一階の入り口近くにある宝石屋さんは閉店セールをやっている。空いたテナントスペースにはベンチが一つぽつんと置いてある。歯抜きの商店街のシャッターよりも寂しい。こんな寂しさ満点のベンチに座るのはどんな人なんだろうと思う。そういえば前に宮城県 [続きを読む]
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- 2008/07/15 22:05北千住の手相見
- 7月15日知人の古本屋さんの手伝いで大泉学園へ。買取の手伝いでした。アパート住まいなので油断をしていたら。とんでもない量でした。汗だくになりながら、本の縛りと積み込み。店に持ち帰ってから、仕分けと縛り。瞬く間に時間が過ぎ、18時過ぎに大泉を後にしました。21時過ぎに北千住に。駅を降りると、「手相を見せてください」と短髪の若いまじめそうな青年が近づいてきました。多少、酔っ払っていたので「いいよお」と承 [続きを読む]
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- 2008/07/15 08:59新宿にて
- 7月14日いわきの古本屋さんが市に品物を出すというので、一緒に車に載せていただき東京へ。朝の5時半に出発し、9時前にはついてしまいました。年度替わって、初めての市ということと、先週と次週が休みなので、大量の本が出品されました。市の仕事が終わったのは20時に近かったです。それから神田で東京の古本屋さんたちと呑み会。今回は一次会で、といっても12時近かったのですが。帰らせていただきました。しかし、地下鉄の [続きを読む]
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- 2008/07/10 19:07屋上の記憶
- 7月8日先日、平のビアガーデンで呑んだ。5階建てのビルだけど、屋上の周りには高いフェンスがあるので街自体を見下ろせるわけではない。遠くの赤井岳や湯の岳が望めるくらいで、あとは空が見えるだけだ。屋上は展望台ではないから、それは当然のことではある。しかし、地上のむし暑さを離れて、涼風に生ビールを呑むのは、やはりなんともいえない心地である。いわき駅ビル35年史の取材で、駅ビルの屋上のビアガーデンと、そこ [続きを読む]
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- 2008/07/07 15:46見る前に跳べ
- 7月5日、6日いわきの奥地、小川町上小川戸渡の旧戸渡分校。土日に学校を開放しているので、誰かが留守番に行かなければならない。土曜日は友人ら4人で、日曜日は友人と知人の家族たちが来て、一日留守番と学校の整備を行った。校庭の草むしり、倉庫整理、図書整理など、やることは多い。過疎化の進む僻村の廃校。確かに、何の特色もない、ありふれたものといえばそうなのである。逆に、都市部の廃校のほうがよほど珍しい。 [続きを読む]
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- 2008/07/07 11:57再び北茨城へ
- 7月4日取材・調査を行えば、その方々へ報告書・雑誌などのカタチにして遺さなければならないと思っている。それが、時間を割いて取材に応じてくださった人々への最低限の礼儀だと思う。北茨城市のじゃんがらは早急にカタチにしておきたかった。6年前の夏、はじめて北茨城市のじゃんがらを見に行った。大津、湯の網、関本、そして周辺部の平潟、磯原など、青年会の会長や村の人々への聞き書きとじゃんがら、盆踊りの追っかけを行 ... [続きを読む]
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- 2008/07/04 11:21水戸にて
- 7月1日かつて茨城県に住んでいても、あまり水戸に来たことはなかった。まして、呑むこともない。月一の古書市場といわきのことを記している戦前の「いはらき新聞」を県立図書館に見に来るくらいだった。久しぶりに水戸に、そして、水戸の歓楽街、大工町へ。といっても呑むわけではなく、古書市場です。夕方には終わり、知人の古本屋さんに洋食屋さんでビール5本をご馳走になる。そのあとで、茨城県内で詩の朗読の活動をしてい ... [続きを読む]
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- 2008/07/04 11:18五反田にて
- 6月30日某古書店さんの手伝いで五反田へ。大量の買取りがあって、それを市場に出すための仕分け作業です。洋書から、画集から、文学から、歴史から、科学までありとあらゆる種類の本が多量にありました。これが一人の人間の蔵書というのだから。どんな人だったんでしょう。しかも、すべての本に新刊屋のカバーが付けられている。本が好きなだけでなく、本を大事にする人だったんでしょう。そのため、カバーを取る作業は大変でした... [続きを読む]
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- 2008/06/28 11:44大正元年のスケッチ帳
- 先日、平の農村部へ古書の買い取りに行った。そのお宅で、二冊のスケッチブックを見せていただいた。大正初期のもので、当時20歳で教員をしていたこの家の先祖が日々の生活風景を描いたものであった。田植えや草刈の様子、茅葺屋根が広がる平の農村風景、家々が軒を並べる宿場町。急な大波が防波堤や家々を飲み込んだ四倉の浜。四倉の横川に設けられた四手網の様子。薪をヤセウマに載せて運ぶ農婦。天秤棒に魚を入れ売り歩く魚 ... [続きを読む]
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- 2008/06/28 11:27宮城の実家で
- 6月17日実家の宮城県にいます。仙台の郊外化が進み、我が故郷の田園地帯、名取市も次第に都市化が進んでいます。子供の頃に遊んだ裏山は団地となり、自転車こいで中学校へ通った細道は4車線の道路となってしまいました。ちょうどうちの村が都市と田舎の境界にあるようで、村の裏側は団地、表からはずーっと田んぼになっています。うちの村は「愛島」といいます。「めでしま」と呼びますが、明治期の大合併のころか、合併する [続きを読む]
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- 2008/06/28 11:27岳温泉へ
- 6月16日福島県古書組合の市で二本松は岳温泉へ。福島県では、春と冬の年二回の大市を行っています。基本的に温泉場で行われ、市が終わると、温泉でどんちゃんやって、古書店同士の親睦を深めるわけです。私は例年通り、古本屋の売り買いの一覧と会計表をパソコンで作る仕事です。高齢化の進むこの業界、パソコンを使える方も少ないので、こういう仕事は必ず、こちらに回ってきます。力仕事が免除されるだけましなんですが。 ... [続きを読む]
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- 2008/06/18 00:22限界集落戸渡から
- いわき市の中心部である平から阿武隈の山々を縫うように車を走らせる。1時間ほどすると、小さな分校舎が横に見えてくる。いわき市小川町上小川戸渡(とわだ)。いわき市と川内村の境に位置する山村である。戸数は10戸。標高約500メートル。周囲は見渡す限り山である。ゴミ収集などの行政サービスがストップされるどころか、集落自体が隣村と吸収合併されることさえ懸念される限界集落である。平成14年に分校が廃校となったのを... [続きを読む]
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- 2008/06/18 00:20(無題)
- 6月15日改めて“学校”とは何かを考える。廃校を活用した村おこしは全国各地で行われている。何を以って成功とするかはケースバイケースだろうが、うまくいっている事例は多くはない。夜、いわきの僻村、戸渡へ向かう。前述したが、戸渡では、廃校となった旧戸渡分校を核に、戸渡リターンプロジェクトという地域おこし団体が活動している。平から車を走らせ、21時に戸渡に到着。標高500メートルの山村は肌寒い。プロジェクトのY ... [続きを読む]
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- 2008/06/18 00:13夜の田町で
- 6月14日呑み方、呑んだくれ方にも時代相があると思う。“遊び方”ということばを少し前の酒呑みたちは使っていた。“通”とか“粋”とか、あるいは“気風の良さ”とか、遊び方にも呑み方にも、上手下手があった。(…らしい)元芸妓の満栄さんの店で友人たちと呑んでいると、赤ら顔の初老の男性が入ってきた。スーツ姿で、植木等のサラリーマン映画に出てきそうな酔っ払いである。聞くと、3軒目の梯子酒。彼はビンビールを頼み、 [続きを読む]
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- 2008/06/14 19:56『いわきビットVOL8』刊行
- いわき未来づくりセンター発行『いわき人VOL8』が出ました。総80ページに及ぶいわきの人々のルポ集。今号は、いわきの観光というテーマで、いわきの中の隠れた魅力を特集しています。 私は、「じゃんがらの北限・南限」という題で、じゃんがらの北限である大熊町長者原、南限の北茨城市に伝わるじゃんがらを取り上げました。北限・南限のじゃんがらを通して、じゃんがらの古形を復元してみました。今のじゃんがらとは異なった ... [続きを読む]
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- 2008/05/23 13:32東京漂流
- 5月20日東京では友人のアパートに下宿しています。小菅駅の近くの木造四畳半、風呂なし。住民の話だと半世紀ほどの代物だといいます。何度行っても、迷ってしまいます。住宅街の一画にありますが、道路が複雑で、目印になる店やコンビニもない。いつも番地名を頼りに帰っています。仕事帰りに一杯ひっかけて帰ろうと、小菅駅の一つ先の五反野駅で降りました。目指すは東京のオアシス、桜水産。いくら呑んでも2000円に収まる不 ... [続きを読む]
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- 2008/05/23 12:57音の風景
- 町に音楽が流れるようになったのはいつごろからだろうか。もちろん、パチンコ屋の軍艦マーチのように店舗が個別に音楽を流すことは行われていたし、今も行われている。これまでの町の音楽は、個別の店舗がそれぞれの音楽を流していた。音楽は、百貨店の売り場に行進曲が流れていたように、テンポのいい曲で客の購買意欲を高めるという側面があった。しかし、近年、町で流れている音楽はフュージョンや環境音楽が主流で、町という空 [続きを読む]
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- 2008/05/22 00:37高萩で見つけた字
- 一つ目は秋山のバス停で。小中学生の落書き。「しげおどろうぼうやった。」「ばかにするなよ。」けっこう、切実な落書きかも。二つ目。駅裏のビジネスホテル。ぜったい手書きだろ。三つ目。廃アパートの窓。「殺す 殺す 殺す ブタ」何があったんだ?窓の外から書いたんだろうなあ。 [続きを読む]
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- 2008/05/22 00:19高萩です。
- 5月12日 13日茨城県は高萩市にいます。いつもは通り過ぎる町だったけれど、2日間で高萩のほとんどを回りました。前に訪れたときには、趣のある街並みだなあと思っていたけど、かなり駅前も変わりつつあるようです。駅前にあった大型スーパーもなくなり、広大な空き地が、駅前を寂しくさせていました。それでも、町を歩けば昭和レトロなアーチやレンガ造りの蔵が目を引きます。 ... [続きを読む]
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- 2008/05/12 01:49東京へ
- 5月7日朝一番の4時半発の高速バスで東京へ行くつもりだった。いつもであれば予約無しでも乗れるのだが、GW明けの「帰省」ラッシュでバスには乗れず。スーパーひたちで東京へ。昨夜の呑みで睡眠時間は3時間ほど。電車内で充電しておこうとシートを倒す。今日から、神田の古書市場の仕事が始まる。これから数年、週3日は東京で働くことになる。宮城、茨城、福島ときて、東京に辿り着いた。いつも頭の片隅に東京に暮らしたいとい ... [続きを読む]
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- 2008/05/06 22:55伯楽寮解体
- 4月26日いわき地域学会の巡検がつくばで行われ、筑波大学の案内を頼まれた。50名ほどの会員を大学食堂へ案内し、食事後に筑波大学ギャラリーへ。朝永振一郎、白川英樹、江崎玲於奈など筑波大学に関係したノーベル賞受賞者の紹介展示、オリンピックで活躍した選手の紹介などをしているギャラリーで、最近出来たものらしい。近くには、筑波大学グッズの販売店もできていた。筑波大学の校章の桐のマークが入った筑波大学飴やアイス [続きを読む]
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- 2008/05/05 13:18古書サイトの可能性
- じゃんがら堂の古書販売サイトをやらないかというメールに対する回答です。確かに古本屋の個人サイトはあまりありません。あることにありますが、そこで一定の売り上げを作っているサイトは少ないでしょう。それは、今の人達の本の検索が、書名を検索窓に入れ込むというやり方のためと思っています。 膨大な在庫を抱えていないと、個々の要求にこたえることが難しい。そのため、古書の個人サイトは、よほどの物量を持っていない ... [続きを読む]
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- 2008/04/25 12:26内なるじゃんがらへ
- ソニックさんより、じゃんがらCDのパンフをいただきました。宣伝させていただきます。じゃんがらは、新盆の庭だけでなく、さまざまなイベントで演じられることが少なくない。これは今に始まることではなく、いわきの“名物”として、じゃんがらが認知されてゆく中で当然の帰結であった。昭和初期のじゃんがら競演が早いものだが、本格化するのは昭和20年代である。現在も行われ続けているじゃんがらコンクールは昭和25年。いわき ... [続きを読む]
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- 2008/04/25 11:15『イザベラ・バードの会津紀行』
- 『日本奥地紀行』という本がある。明治の初め、イギリス人女性イザベラ・バードが東北・北海道を旅した際の紀行文である。1878年(明治11年)6月から9月にかけて、東京より日光、会津、新潟へ抜け、日本海側から北海道に至る旅であった。当時の地方農村の様子が活写され、貴重な記録となっている。『イザベラ・バードの会津紀行』は、バードの会津の旅を追ったものである。日光を見物したバードは、これからの旅は「未踏の地」で ... [続きを読む]
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- 2008/04/20 22:17平盆踊りの変化−『常磐地区産業要覧』から
- 今日買い取りをした本の中に、『常磐地区産業要覧』があった。これは、平観光協会が1960年に編纂したいわきの概説書である。ざっと眺めていて、気になる表現があった。それは、「盆踊り」の説明である。盆踊りは昭和10年ごろまで旧盆の軒先をまわる行事であり、旧盆の3日間、夕方から戸毎に薪を重ねて迎え火をたき、全市火の海と化して壮観をきわめたが、火災の危険と経済的な理由から迎火は次第に小規模になり、近年に至り、14 ... [続きを読む]
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