埴輪明王 さん

埴輪明王さん: 踊る千手埴輪
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プロフィール

ハンドル名埴輪明王 さん
ブログタイトル踊る千手埴輪
サイト紹介文地域の歴史名所、遺跡メインのブログです。
自由文考古学、日本史が大好きな私は、週に1度はどこかに探検にいかずにいられません。
そんな私の探検レポートです。仕事の関係で、転勤が多く、探検場所は色々です。
歴史はちょっと苦手という方に遊びにきていただけたらなあ、と思っています。
よろしくお願いします。
参加カテゴリー
更新頻度情報提供36回 / 186日(平均1.4回/週) - 参加 2008/03/25 04:47

埴輪明王 さんのブログ記事

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  • 2008/08/02 23:10はに通34「源義賢 関連遺跡(埼玉県嵐山町)」
  • お仕事が忙しくまったくのご無沙汰でございました。皆様はお元気でしたでしょうかずいぶん前のお話なりますが、嵐山町は前回のはに通で、畠山氏のゆかりの地というお話をしました。実は、源義仲(木曾義仲・旭将軍)とその父 源義賢(みなもとよしたか)のゆかりの地でした。源義賢は、為義の子、義朝(頼朝・義経の父)の弟にあたります。義賢が武蔵国比企郡大蔵(現 嵐山町)に来るのは、兄の義朝が下野守に就任し、南関東で勢... [続きを読む]
  • 2008/07/18 00:26別はに2「埼玉県立嵐山史跡の博物館」
  • 埴輪王国通信の別冊 別はに第2号です。はに通33号で菅谷館跡にある資料館です。展示内容は、菅谷館跡の発掘調査の遺物が中心です。しかし、畠山重忠ロボットや、動く男衾三郎絵詞、民話を聞かせてくれるおばあちゃんロボットなど、映像、音声装置も豪華で、90分は楽しめます。また、現在、比企城館跡群(菅谷館、小倉城、杉山城、松山城)国指定記念展示をやっていました。展示を見てから、遺跡に行ってみるのもいいですね。皆様... [続きを読む]
  • 2008/07/17 23:24はに通33「菅谷館跡(埼玉県嵐山町)」
  • いつもありがとうございます。ついに訪問者数が4000名を突破です。本当にありがとうございます。ではでは、今回は、埼玉県嵐山町(らんざんまち)からお送りします。菅谷館国指定史跡本郭の周囲に4つの郭(二ノ郭、三ノ郭、南郭、西郭)を配置郭の境目には堀と土塁源頼朝の重臣 畠山重忠の居館であったという伝承が残っていますが、真偽の程はわかりません。畠山氏の所領は埼玉県深谷市畠山でしたが、重忠の曽祖父である秩父重綱... [続きを読む]
  • 2008/07/14 03:46はに通32「太田天神山古墳(群馬県太田市)」
  • いつもありがとうございます。今回も、群馬県太田市です。今回訪れたのは、「太田天神山古墳」です。基本データ墳丘長210メートル前方部幅126m、高さ11.7m後円部 径120m 高さ16.5m築造年代 5世紀中頃東日本では最大の墳丘規模の古墳です。こんな大きな古墳を作れる(土木工事を命令できた)人(被葬者)は、当時のこの土地(上野国)を治めていたのではないかといわれる上毛野君(かみつけのきみ)氏の可能性が考えられていま... [続きを読む]
  • 2008/07/11 00:06はに通31「金山城址(群馬県太田市)」
  • いつもありがとうございます。伊勢崎に行く予定があり、そのついでに太田市の金山城址によってきました。今回も写真が多く、長い内容ですが、楽しんでいただけると幸いです。新田氏一族の一人 岩松家純(いわまついえずみ)が1469年(応仁3年・文明元年)に家臣 横瀬国繁に築城を命じたのが金山城でした。横瀬国繁の曾孫にあたる泰繁と、泰繁の子 成繁が岩松氏から実権を奪い、金山城主となり、新田・桐生・伊勢崎・館林・足利... [続きを読む]
  • 2008/07/04 01:45はに通30「鎌倉街道上道(埼玉県毛呂山町)」
  • いつもありがとうございます。はに通もついに30回目です。これからもがんばりますので、宜しくお願い致します。今回は、埼玉県毛呂山町の鎌倉街道をご紹介します。以前、日光街道と交差する鎌倉街道をご紹介しました。毛呂山町の鎌倉街道は、当時の様子をよくとどめているそうです。写真1枚目の鎌倉街道は、地表を掘って、両脇に盛る、掘割という方法で作られました。当時の道幅は5メートルほどで、側溝も作られていました。長い... [続きを読む]
  • 2008/07/03 03:53はに通29「難波田城公園(埼玉県富士見市)」
  • いつもありがとうございます。今回も富士見市です。前回の水子貝塚のすぐ近く、荒川近くの低地帯に難波田(なんばた)城址があります。平安時代末期に関東には、武蔵七党という武士団がありました。埼玉県には地名の中に名残がありますよね。難波田氏の祖先は、村山党に属した金子氏でした。1221年の承久の乱に金子高範が参加し、討ち死にしてしまいます。その時の恩賞として、難波田地区の土地が与えられました。この時から、金子... [続きを読む]
  • 2008/07/02 04:21くま日記12「風呂セット」
  • いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。買ってきました、クマ風呂グッズ。私の場合、くまグッズは観賞用であって、実際に使うことはありません。この風呂グッズは久々に実用的なグッズです。私のお家のお風呂はちょっと狭くて、あまり好きではないのですが、クマといっしょだと、お風呂が楽しくなります。しっかし、いい年して、一人でクマのお風呂セットを使ってウキウキするなんて、アブナイですね。前回のベビーカーに... [続きを読む]
  • 2008/06/26 23:37はに通28「水子貝塚(埼玉県富士見市)」
  • いつもありがとうございます。埴輪明王です。今回の埴輪王国通信は「水子貝塚」です。この遺跡は今から約5500年前(縄文時代前期)のものだとされています。遺跡内の竪穴住居跡は100程ありますが、同時期に存在したのは、10件程度で、建て替えがどんどん行われたそうです。ここの注目は、住居跡から人骨(30〜40代女性)、犬の骨が発見されたことです。住居が放棄された際に、女性が埋葬され、住居の柱穴跡に犬1頭分が埋められて... [続きを読む]
  • 2008/06/23 04:28はに通27「勝坂遺跡(神奈川県相模原市)」
  • いつもありがとうございます。今回も神奈川県相模原市です。「勝坂遺跡(かつさかいせき」の時期は5000年前から4000年前と考えられています(縄文時代中期)勝坂遺跡は、勝坂土器の標識遺跡です。勝坂土器は5000年前〜4500年前の時期に、作られ、神奈川県、東京都埼玉県、山梨県、静岡県で使用された土器でした。1926年に大山柏 氏の発掘をきっかけに調査が繰り返されされ、遺跡の範囲が当初考えられていたよりも広範囲であること... [続きを読む]
  • 2008/06/20 03:52はに通26「はけ通り(神奈川県相模原市)」
  • いつもありがとうございます。相模原市に行ってきました。夕日がきれいで立ち寄ったところが、偶然にも八王子道で、昔から「はけ通り」と呼ばれていたそうです。写真の夕日が沈む山は八王子、奥多摩です。丘陵の下には相模川が流れています。現在の地形になるまで、7万年もの歳月がかかっていると思うと、自然の力の偉大さに身震いしてしまいますね。... [続きを読む]
  • 2008/06/20 03:36別はに1「相模原市博物館(神奈川県)」
  • いつもありがとうございます。埴輪明王です。今日は相模原市に行ってきました。埴輪は相模原に関する知識ゼロのまま行ってしまい、どうしようか悩んだ末、相模原を知るには博物館に行けばいい!という単純な思考で行ってきました。そうです。博物館で学んでから、行きたい場所をチョイスすればよいのです。入って最初に度肝を抜かれたのが、プラネタリウムがあることでした。今まで、プラネタリウムがある博物館に行ったことがなく... [続きを読む]
  • 2008/06/15 04:11くま日記11「ベビーカー!?」
  • おひさしぶりです。クマ日記です。なかなかいいものにめぐり逢えず、更新が伸びてしまいました。私のクマ生活は、100円グッズを集める事からスタートしたのですが、ついに2000円という大金を出して、ベビーグッズを購入してしまいました。(リサイクル商品ですがね)誰しも一度は、似たような乗り物にのった事があると思います。我が家にもありました。私は、小学4年生くらいまで、木馬の乗り物に乗っていました・・・私には子供... [続きを読む]
  • 2008/06/15 03:56はに通25「権現山古墳群(埼玉県ふじみ野市)」
  • いつもありがとうございます。埴輪明王です。今回のはにわ王国通信は、埼玉県ふじみ野市上福岡地区にある権現山古墳についてです。この遺跡は、武蔵野台地縁部にあり、荒川を見下ろすことができる高台に位置しています。弥生時代の終わり頃から人が住み始め、4世紀頃、前方後方墳(権現山古墳群2号墳)が作られたと考えられています。前方後方墳に隣接して、11基の方墳も見つかっているそうです。しかし、ほとんどが、未調査の... [続きを読む]
  • 2008/06/08 04:17はに通24「根古屋城址(埼玉県横瀬町)」
  • いつもありがとうございます。埴輪明王です。今回の埴輪王国通信は念願の「秩父シリーズ」です。飯能市から正丸峠を越えた最初の町、横瀬町に根古屋城址があります。根古屋城の築城者は特定できていないとのお話を聞きました。根古屋城の有名な出来事は、日本の戦国時代におこりました。北条氏康は、1546年の河越夜戦によって、宿敵、扇谷上杉氏らの勢力を一掃し、武蔵国の支配力を大きく広げました。領土の拡大は、防衛線の拡大に... [続きを読む]
  • 2008/06/08 04:16はに通24「根古屋城址(埼玉県横瀬町)」
  • いつもありがとうございます。埴輪明王です。今回の埴輪王国通信は念願の「秩父シリーズ」です。飯能市から正丸峠を越えた最初の町、横瀬町に根古屋城址があります。根古屋城の築城者は特定できていないとのお話を聞きました。根古屋城の有名な出来事は、日本の戦国時代におこりました。北条氏康は、1546年の河越夜戦によって、宿敵、扇谷上杉氏らの勢力を一掃し、武蔵国の支配力を大きく広げました。領土の拡大は、防衛線の拡大に... [続きを読む]
  • 2008/06/02 03:56はに通23「日光街道と鎌倉街道の交差点(埼玉県日高市)」
  • いつもありがとうございます。今回は秩父地方に行きたいなあーと前の日に思っていましたが、寝過してしまい、更に道に迷ってしまったため、名所にはいけませんでした。迷子になっている途中で、「日光街道」と「鎌倉街道」の交差点を発見しましたのでご紹介します。地味でスミマセン。次回こそは!「日光街道」(写真3枚目)はご存じの方も多いと思います。江戸(東京)日本橋を起点とする江戸5街道の一つですね。「日光街道」は... [続きを読む]
  • 2008/05/29 03:44はに通22「宮塚古墳(埼玉県熊谷市)」
  • いらっしゃいませ。一週間ブログチェックを怠っていた間に、なんとご来店3000名様突破ではないですか!?そして、いろいろな方からのメッセージをいただいていたり、ブログプロフィールが新機能になっていたり・・・今日ほど、ズボラな性格が恨めしいと思った事はありません。記念すべき3000人目のお客様、どなたか存じませんが、おめでとうございます。そして、今までご来店くださいました皆様これからも宜しくお願い致します。で... [続きを読む]
  • 2008/05/22 04:33はに通21「幡羅遺跡(埼玉県深谷市)」
  • ご無沙汰しています。埴輪明王です。5月14日の新聞に、深谷市の幡羅遺跡(はらいせき)の発掘現場公開の記事があり、仕事がお休みだった私は、行ってみました。埼玉県内にお住まいの方はご覧になったかもしれませんね。新聞によると、この遺跡から、7世紀後半〜10世紀前半の大型掘立柱建物跡が出土したそうです。遺跡の周辺では、奈良時代の郡役所があったと推測されており、2001年から、調査が継続されていたそうです。今回発見... [続きを読む]
  • 2008/05/13 04:40はに通20「川越市街地探検」
  • 大変ご無沙汰です。埴輪明王です。ちょっとお仕事がどたばただったもので更新ができませんでした。ちょこちょこでかけて写真は撮っていたのですが・・・少しずつ公開していきますね。以前、川越城特集をしました(はに通15)。今回は川越市街の写真です。川越市について私が説明する必要はないのではないかと思うくらい、多くの雑誌に取り上げられている「小江戸 川越」今回、初めてゆっくり散歩してみましたが、噂に違わぬ素敵な... [続きを読む]
  • 2008/04/20 02:15埴輪の千手18「にしむく士(さむらい)」
  • 「御徒町」。私は、初めて東京に行ったとき、この地名が読めませんでした。「オカチマチ」とはどんな町なのか!?こんな疑問がずーとありました。御徒(おかち)とは、江戸時代、江戸城内や将軍の遠征時の警護の役割を与えられた御家人でした。徳川家康が1603年(慶長8)に徒歩組(かちぐみ)を9組組織したのが始まりといわれています。徒歩組は1組の中に、2人の組頭と合計28人の徒歩衆からなり、徒歩頭が9組270名を統率して... [続きを読む]
  • 2008/04/13 02:31はに通19「日野宿本陣(東京都日野市)」
  • お久しぶりです。いつもありがとうございます。はにわ王国通信第19号です。なんとか2週間連続で日野市へ行けました。しかし、雨!大雨です(泣)でも行きました。散歩はできませんでしたが、日野宿本陣を見学してきました。日野宿は、新撰組ファンにはお馴染みの佐藤彦五郎氏が管理していた本陣ですね。佐藤彦五郎氏は、土方歳三のお姉さまの旦那様であり、天然理心流の剣術家でもありました。その為、本陣の門の横に道場を建て、... [続きを読む]
  • 2008/04/06 03:06クマ日記10「新発明くるんぱバッグ&旅のお供どろっぷ」
  • いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。おかげさまで、クマ日記も10回目ですね。先日、偶然、「でずねーストアー(仮)」を発見しまして、一人うきうきしながらお買いものをしました。「でずねーストアー」に来たのは実に6年ぶりぐらいでした。6年経っても、お客さんは親子、カップル、女の子同士という、独り者にはつらい状況でして、男性店員さんの「ごゆっくりどうぞ」というお言葉にも少しイラっとしてしまいました... [続きを読む]
  • 2008/04/03 23:55埴輪の千手17「東京都日野市」
  • いつもありがとうございます。埴輪明王です。前にお話ししたかどうかわかりませんが、私は、新撰組副長の土方歳三 様を人生の師と、勝手に仰いでおります。この方の生き方にもひかれますが、なんといっても、状況判断の速さ、良いものを取り入れる効率性、そして、組織を柔軟に組み替えていく能力というに魅かれ、目標としています。トップの実力を持つにもかかわらず、あえて、ナンバー2にいる彼を、私はスーパーナンバー2と心... [続きを読む]
  • 2008/03/29 04:41はに通18「黒岩横穴群(埼玉県吉見町)」
  • いつもありがとうございます。はにわ王国通信18号です。今号も、鴻巣市に免許更新に行ったついでに立ち寄った遺跡です。鴻巣市のお隣は、吉見百穴(よしみひゃくあな)で有名な吉見町ですが、百穴の近くに百穴と同様の横穴墓群がございます。黒岩横穴群です。明治時代に発掘がされたそうですが、当時は、住居跡と考えられていたとか・・・なるほど、わからなくもないですね。しかし、当時の発掘で人骨も見つかっているそうですので... [続きを読む]
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