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- 2008/08/20 23:49逃げの小五郎 桂小五郎(最終回)
- by Seesaaショッピング明治の教訓 日本の気骨―明治維新人物学 (C..¥by Seesaaショッピング木戸孝允 (幕末維新の個性 8)¥by Seesaaショッピング桂小五郎―奔れ!憂い顔の剣士 (時代を動か..¥『征韓論』という議論が明治政府を真っ二つに割る事になるのであるが、朝鮮半島を征するというくらいであるから、武力で当時鎖国を行っていた朝鮮を開国させるというものであったが、征韓論の中心人物として担がれていた西郷隆盛は武力で [続きを読む]
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- 2008/08/19 23:17逃げの小五郎 桂小五郎(第十二回)
- by Seesaaショッピング木戸孝允 (幕末維新の個性 8)¥by Seesaaショッピング幕末維新・明治・大正 美人帖 愛蔵版¥明治維新を成し遂げた桂小五郎こと木戸孝允は西郷隆盛、大久保利通と共に『維新三傑』と呼ばれる。この三人が明治政府の中で、色々なドラマを繰り広げていく事になる。人事においても大変であった。廃藩置県を行う前の事である。西郷や大久保、岩倉具視などが木戸だけに参議に就任するように求めたのである。その目 [続きを読む]
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- 2008/08/16 23:49逃げの小五郎 桂小五郎(第十一回)
- by Seesaaショッピング思想からみた明治維新―「明治維新」の哲学..¥by Seesaaショッピング明治維新 (岩波現代文庫)¥by Seesaaショッピング下関・維新物語―明治維新発祥の地¥by Seesaaショッピング木戸孝允 (幕末維新の個性 8)¥戊辰戦争で官軍が勝利する。その時、官軍の代表・西郷隆盛と徳川家の代表・勝海舟の間で『江戸城無血開城』の会談が実現した。その結果、江戸の街は戦の戦火を避ける事が出来たのである。その時に徳 [続きを読む]
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- 2008/08/15 23:34逃げの小五郎 桂小五郎(第十回)
- by Seesaaショッピング幕末長州藩の攘夷戦争―欧米連合艦隊の来襲..¥by Seesaaショッピング木戸孝允 (幕末維新の個性 8)¥by Seesaaショッピング桂小五郎―奔れ!憂い顔の剣士 (時代を動か..¥大政奉還が朝廷により受け入れられた、その陰で朝廷は『倒幕の密勅』を薩長に与えているのである。ここで暗躍したのが岩倉具視始め薩長に近い公家達であったのだろう。そして薩長共に兵を率いて京の都に入るのである。この時、西郷隆盛や [続きを読む]
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- 2008/08/14 16:54逃げの小五郎 桂小五郎(第九回)
- by Seesaaショッピング桂小五郎―奔れ!憂い顔の剣士 (時代を動か..¥by Seesaaショッピング木戸孝允 (幕末維新の個性 8)¥by Seesaaショッピング〈幕末維新〉動乱の長州と人物群像―松陰と..¥by Seesaaショッピング幕末長州藩の攘夷戦争―欧米連合艦隊の来襲..¥薩長同盟を結び、第二次長州征伐を何とか切り抜けた長州藩は、その後、桂小五郎の元に一つとなり倒幕へと向かう。長州の動きを簡単に説明すると、そんな感じであろう。 [続きを読む]
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- 2008/08/13 19:36逃げの小五郎 桂小五郎(第八回)
- by Seesaaショッピング桂小五郎―奔れ!憂い顔の剣士 (時代を動か..¥by Seesaaショッピング〈幕末維新〉動乱の長州と人物群像―松陰と..¥by Seesaaショッピング高杉晋作―幕末長州と松下村塾の俊英 (歴史..¥『薩長同盟』が成立した。当時の最強コンビといえたかもしれない。後に『薩長土肥』となっていくわけだが、この中でも薩長が中心になって革命を引っ張っていくのである。その明治維新の前に、この同盟が効力を示したのが、 [続きを読む]
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- 2008/08/12 22:25逃げの小五郎 桂小五郎(第七回)
- by Seesaaショッピング桂小五郎―奔れ!憂い顔の剣士 (時代を動か..¥by Seesaaショッピング幕末長州藩の攘夷戦争―欧米連合艦隊の来襲..¥by Seesaaショッピング〈幕末維新〉動乱の長州と人物群像―松陰と..¥桂小五郎は下関で薩摩の西郷隆盛に会う予定であった。しかし薩摩藩の事情により西郷が下関に寄れず、二人の会談はドタキャンとなった。その時、小五郎が怒り狂い坂本龍馬や中岡慎太郎に『だから、言わん事ではない。貴殿達 [続きを読む]
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- 2008/08/11 21:33逃げの小五郎 桂小五郎(第六回)
- by Seesaaショッピング桂小五郎―奔れ!憂い顔の剣士 (時代を動か..¥by Seesaaショッピング幕末長州藩の攘夷戦争―欧米連合艦隊の来襲..¥by Seesaaショッピング〈幕末維新〉動乱の長州と人物群像―松陰と..¥『逃げの小五郎』の本領を発揮した出来事とはこの事かもしれない。と私は想うくらい、次のエピソードが好きである。桂小五郎が京都にいる時の出来事である。ある日、新撰組に取り囲まれ、『お前は桂小五郎だろう』と連行さ [続きを読む]
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- 2008/08/10 21:03逃げの小五郎 桂小五郎(第五回)
- by Seesaaショッピング桂小五郎―奔れ!憂い顔の剣士 (時代を動か..¥by Seesaaショッピング幕末長州藩の攘夷戦争―欧米連合艦隊の来襲..¥桂小五郎には、恋人がいた。後に小五郎の妻となり、木戸松子と名乗る芸者の幾松である。幾松は桂小五郎の人生においては欠かせない存在であっただろう。私は初めて『幾松』の存在とその名を知った時、何て粋な名前であり、いい女だろうと想ったのを覚えている。もう十何年か前にドラマで池上 [続きを読む]
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- 2008/08/09 20:36逃げの小五郎 桂小五郎(第四回)
- by Seesaaショッピング桂小五郎―奔れ!憂い顔の剣士 (時代を動か..¥by Seesaaショッピング幕末長州藩の攘夷戦争―欧米連合艦隊の来襲..¥池田屋事件で藩士を殺された長州藩は、どうにも止まらなかった。藩内の過激派が怒り狂い、京都へ攻め込もうとしていた。桂小五郎と高杉晋作は必死に反対し止めるが無駄であった。その過激派の中に久坂玄瑞もいた。その中の中心人物の一人であった。彼の本意であったかどうかは判らないが、彼 [続きを読む]
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- 2008/08/08 23:04逃げの小五郎 桂小五郎(第三回)
- by Seesaaショッピング桂小五郎―奔れ!憂い顔の剣士 (時代を動か..¥by Seesaaショッピング幕末長州藩の攘夷戦争―欧米連合艦隊の来襲..¥桂小五郎の肖像画を見ると、第一印象が『格好いい美男子』であるという感じであり、今の時代でも充分通用する『いい男』であろう。幕末には、桂小五郎や土方歳三、勝海舟と今の時代でも通用する美男子が結構いるものである。私は勝海舟が一番格好いいと想う。文久二年(一八六二)、桂小五郎 [続きを読む]
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- 2008/08/07 21:20逃げの小五郎 桂小五郎(第二回)
- by Seesaaショッピング桂小五郎―奔れ!憂い顔の剣士 (時代を動か..¥by Seesaaショッピング幕末長州藩の攘夷戦争―欧米連合艦隊の来襲..¥『逃げの小五郎』と言われた桂小五郎は、京都でも新撰組や京都見廻り組の探索から逃げ続けていた。正確に言うならば『かわしていた』といえるかもしれない。決して、正面から討死覚悟で突進するような事はしなかったのは言うまでも無い。それを『無意味な行為』だと想っていたのだろう。彼は [続きを読む]
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- 2008/08/06 22:30逃げの小五郎 桂小五郎(第一回)
- by Seesaaショッピング桂小五郎―奔れ!憂い顔の剣士 (時代を動か..¥和田小五郎、新堀松輔、木戸貫冶、木戸準一郎、そして有名な木戸孝允と全て桂小五郎が名乗った名前である。彼が名乗った名前は他にもあり、十種以上あるそうである。明治維新を達成した『維新の三傑』である。彼がたくさんの名前を使用した理由の一つが、『命を狙われていた』という理由があるだろう。長州にとっても、日本中の志士達にとっても彼は重要な人物で [続きを読む]
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- 2008/08/05 22:58江戸城を築いた名将 太田道灌(最終回)
- by Seesaaショッピング江戸の都市計画 (文春新書 (038))¥大田道灌(おおたどうかん)の活躍により、関東は平和になった。だが、一つの不安が道灌の頭の中にあった。主家である扇谷(おうぎがやつ)上杉と山内(やまうち)上杉が対立するのではないかと想ったのである。元々仲良くなかったが長尾景春(ながおかげはる)と古河公方という共通の敵がいたために両家は手を結んでいた。この長尾景春の乱により影響力を落とした古河公方 [続きを読む]
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- 2008/08/04 22:08江戸城を築いた名将 太田道灌(第三回)
- by Seesaaショッピング江戸の都市計画 (文春新書 (038))¥ある時、道灌の家臣が謀反を起こして館に立て籠もった事件があった。道灌はその館に精鋭と共に鎮圧に向かった。そして精鋭が突入すると、道灌が『あいつは殺すな~』と後方から叫んだ。謀反を起こした家臣が『もしかしたら自分の事か?』と想い、助かると想うと歯向かう気が弱くなったのだろう。その心の隙を突いて、全ての謀反人達が討たれてしまった。道灌の知略により、 [続きを読む]
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- 2008/08/03 20:49江戸城を築いた名将 太田道灌(第二回)
- by Seesaaショッピング江戸の都市計画 (文春新書 (038))¥道灌が、ある日狩猟に出かけた際、急に雨が降ってきたので、一軒の農家に立ち寄り、蓑を借りようとした。しかし、農家の娘は道灌に対して『山吹の花』を差し出しただけであった。道灌は何のことやら、さっぱり判らず腹を立てて帰ってきたが、家臣にこの事を聞いたら『それは後拾遺和歌集(ごしゅういわかしゅう)の一句を意味した行動でしょう』と道灌に伝えた。その一句と... [続きを読む]
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- 2008/08/02 23:07江戸城を築いた名将 太田道灌(第一回)
- by Seesaaショッピング戦国武将の宣伝術―隠された名将のコミュニ..¥by Seesaaショッピング戦国武将の人間学 (小学館文庫―時代・歴史..¥徳川家が居城として天下を治めた江戸城。家康が江戸に入った頃は人口も少なく、錆びれた漁村だったといわれている。そんな江戸城を建てたのが、太田道灌(おおたどうかん)であった。名前は聞いたことがあるが、どんな人物かは正直言ってあまり知らなかった。太田道灌はどのような戦略で江戸... [続きを読む]
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- 2008/08/01 22:43コウモリ達は見ていた 長宗我部元親(最終回)
- by Seesaaショッピング夏草の賦 [新装版] 上 (文春文庫)¥by Seesaaショッピング夏草の賦 [新装版] 下 (文春文庫)¥秀吉に降伏し彼に臣従した長宗我部元親は三男の津野親忠(つのちかただ)を人質に出した。元親の心境はどのようなものであっただろうか。四国の覇者となったと想ったら、その余韻に浸る暇も無く『あっ』という間に土佐一国の大名となってしまった。『邯鄲の夢』ではないが、彼自身まるで夢を見ていたような感じだっ [続きを読む]
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- 2008/07/31 21:38コウモリ達は見ていた 長宗我部元親(第七回)
- by Seesaaショッピング夏草の賦 [新装版] 上 (文春文庫)¥by Seesaaショッピング夏草の賦 [新装版] 下 (文春文庫)¥四国を統一した長宗我部元親は羽柴秀吉に屈せず、臣従するつもりもなかった。元親には反骨精神が強かったのだろう。信長にも屈せず、秀吉にも屈せず誰かの支配下に入る事を是としなかったのであろう。多少は傲慢さがあったのだろうか。あるいは戦って勝てる自信があったのだろうか。四国を統一していく過程で元親の... [続きを読む]
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- 2008/07/30 20:42コウモリ達は見ていた 長宗我部元親(第六回)
- by Seesaaショッピング夏草の賦 [新装版] 上 (文春文庫)¥by Seesaaショッピング夏草の賦 [新装版] 下 (文春文庫)¥『本能寺の変』が起きた。この出来事によって、どれだけの武将の運命が変わったのだろうか。織田信長の死によって討伐を逃れた勢力もあれば、窮地に追い込まれた勢力もあっただろう。長宗我部元親はどうだったであろうか。本能寺の変後、羽柴秀吉が明智光秀を討ち取り、織田政権の主導権を握ることになる。しかし、... [続きを読む]
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- 2008/07/29 21:46コウモリ達は見ていた 長宗我部元親(第五回)
- by Seesaaショッピング夏草の賦 [新装版] 上 (文春文庫)¥by Seesaaショッピング夏草の賦 [新装版] 下 (文春文庫)¥『あれは鳥なき島のコウモリ』と織田信長は長宗我部元親を評価した。信長は元親のことをあまり高く評価していなかったようである。それ故、強敵がいないような地で勢力を広げている元親をコウモリと評したのであろう。讃岐と阿波を手に入れた元親は伊予に攻め込んでいた。伊予には名門で強力な水軍を持っていた河野 [続きを読む]
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- 2008/07/28 21:04コウモリ達は見ていた 長宗我部元親(第四回)
- by Seesaaショッピング夏草の賦 [新装版] 上 (文春文庫)¥by Seesaaショッピング夏草の賦 [新装版] 下 (文春文庫)¥『一領具足(いちりょうぐそく)』を率いて長宗我部元親は土佐を統一した。この時に活躍したのが弟達であった。香宗我部親泰(こうそかべちかやす)や吉良親貞(きらちかさだ)であった。天正三年(一五七五)、吉良親貞は『四万十川の戦い』で一条兼定(かねさだ)を撃破し、この勝利により土佐統一を決定的にした [続きを読む]
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- 2008/07/27 19:55コウモリ達は見ていた 長宗我部元親(第三回)
- by Seesaaショッピング夏草の賦 [新装版] 上 (文春文庫)¥by Seesaaショッピング夏草の賦 [新装版] 下 (文春文庫)¥長宗我部家は元親が家督を継いだ時、彼の元に一丸となっていた。彼に幸いしたのが、家督を継ぐ時に目立ったお家騒動が無かったので苦労せずに当主の座に就けた。私はやはり父親である国親が優れていたのだと想う。子供達をしっかりと教育していたのである。親泰を香宗我部家に養子に出したり、海賊衆の主に娘を嫁が [続きを読む]
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- 2008/07/26 21:31コウモリ達は見ていた 長宗我部元親(第二回)
- by Seesaaショッピング夏草の賦 [新装版] 上 (文春文庫)¥by Seesaaショッピング夏草の賦 [新装版] 下 (文春文庫)¥長浜城を落城させた戦いが、長宗我部元親の初陣だったという。その年齢は二十二歳であった。当時の武将の初陣としては少し遅い。何故であろうか。恐らく、父親の国親が『臥薪嘗胆』を実行しており、『富国強兵』に務めていた結果、出来るだけ戦を控えていたのだろう。それ故、元親の初陣が遅れたのだ。そのおかげで [続きを読む]
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- 2008/07/25 23:08コウモリ達は見ていた 長宗我部元親(第一回)
- by Seesaaショッピング夏草の賦 [新装版] 上 (文春文庫)¥by Seesaaショッピング夏草の賦 [新装版] 下 (文春文庫)¥戦国時代、四国の覇者として大暴れした武将が長宗我部(ちょうそかべ)元親であった。私は長宗我部という名前に興味を持った。珍しい名前はたくさんあるが、何故か印象に残る名前であった。長宗我部氏は渡来人の秦(はた)氏を祖とするという説がある。そのルーツをたどると秦の始皇帝までさかのぼるという。長宗我 [続きを読む]
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