|
- 2008/09/08 19:35棚橋残骸〜富士大山道と田柄川〜
- 練馬区北町1丁目。田柄川に架かっていた棚橋。富士信仰の厚かった江戸時代、霊峰富士を目指した江戸庶民が通った橋の残骸がある。日本橋を出発して本郷追分を中仙道に入り板橋宿まできた旅人が川越街道から分かれて富士大山道に入り、最初に渡った橋がこの棚橋であったそうである。田柄川は暗渠となっているが一部緑道としてその名残りを残している。・・・ [続きを読む]
|
- 2008/09/07 16:16源頼朝お手植えの黒松〜井草八幡宮〜
- 杉並区善福寺1丁目。井草八幡宮。青梅街道からは一対の大燈籠が目立つ。高さ9m、屋根の広さは8畳分とか。燈籠や鳥居の大きさにあった広大な境内を持つ。900年以上の歴史を誇るという。 本殿。本殿へ入る神門の内側に大きな衝立が飾ってある。源頼朝が自ら植えたとされる黒松である。東京都の天然記念物で高さ40m、周囲5mという威容を長らく誇って・・・ [続きを読む]
|
- 2008/09/06 19:24儒者捨場〜大塚先儒墓所〜
- 文京区大塚5丁目。大塚先儒墓所。江戸時代の高名な儒者の墓地であるが、別に粗末に扱われたから『捨て場』などと言われたわけではない。儒葬が土葬であったために、墓地に運びこまれる姿を見た庶民(多くは仏教徒であろう)から『捨て場』などと表現されたらしい。皇族の墓地である豊島岡御陵の隣に位置するが、入口は全く別でほとんど気付かれないところにある。入口には南京錠がかかっていて入れない。・・・ [続きを読む]
|
- 2008/09/05 01:20谷中から東京タワー
- 台東区谷中7丁目。朝倉彫塑館屋上から。朝倉文夫の住居兼アトリエであった朝倉彫塑館は谷中の坂の上にある。武蔵野台地の東縁の上野台地のてっぺん辺りだ。台地のてっぺんに3階建ての建物ができたのは昭和10年。館内の彫刻もすばらしいが、屋上からの景色も負けてはいない。昭和10年当時の風景には勝てるはずもないが今でも東京タワーが遠望できることに驚いた。直線距離に・・・ [続きを読む]
|
- 2008/09/03 21:01竪川橋梁(ガード)
- 江東区亀戸1丁目〜大島2丁目。JR貨物越中島線竪川橋梁(ガード)。隅田川と旧中川とを東西につなぐ竪川。江戸時代につくられた運河だが今は首都高小松川線に蓋をされてしまっている。高速の下もつまらないからと脇の道を走っていたら突然古いレンガが現れた。竪川橋梁だ。随分狭苦しそうだ。首都高直下の竪川沿いは公園になっている。正面にオレンジ色の竪川橋梁が見える。拡・・・ [続きを読む]
|
|
|
- 2008/09/02 20:51ランチパックバスタオルが・・・
- 当たった。使う気になれないほどおいしそうなバスタオルである。どこかに飾っとこうかな?地図は山崎パン本社。ランキングに参加しています。自転車にでも乗って出かけたくなったら・・・ クリックお願いします。『東京凸凹ラビリンス徘徊記by電チャリ ?』はこちらから [続きを読む]
|
- 2008/09/01 21:19残り少ない夏空を走る
- 足立区扇1丁目。扇大橋辺りの荒川左岸から首都高速中央環状線越しの夏空。ゲリラ豪雨の合い間の青い空。東京でも夏の空はまぶしい。首都高を急ぐトラックたちも気持ちよさそうだ。ランキングに参加しています。自転車にでも乗って出かけたくなったら・・・ クリックお願いします。『東京凸凹ラビリンス徘徊記by電チャリ ?』・・・ [続きを読む]
|
- 2008/08/31 15:48鉄舟と円朝と幽霊と〜谷中・全生庵〜
- 台東区谷中5丁目。全生庵。毎年8月に限って幽霊画を公開する。この幽霊画は江戸末期から明治にかけて芝居噺で人気を博した落語家・三遊亭円朝が集めたものである。円朝が亡くなった8月11日には毎年円朝忌が行われる。円朝の墓はこの全生庵墓地にある。墓の字は全生庵の開基、山岡鉄舟の筆によるもの。『三遊亭円朝無舌居士』明治33年没。円朝は噺以外にも・・・ [続きを読む]
|
- 2008/08/30 19:55見沼通船堀(みぬまつうせんぼり)に感心する
- さいたま市緑区大間木。見沼通船堀。国指定史跡である。見沼通船堀は日本最古の閘門式運河。江戸時代に、このあたりに広大な見沼新田を開拓するために利根川から二本の見沼代用水がひかれた。二本の用水路の真ん中にはそのころの隅田川に流れ込む芝川があった。(見沼通船堀と芝川との合流点;手前が芝川)用水路と芝川をつなげば見沼一帯の米を江戸に輸送することはもちろん、利根川を利用した内・・・ [続きを読む]
|
- 2008/08/29 00:47被官(ひかん)稲荷社〜新門辰五郎〜
- 台東区浅草2丁目。被官稲荷社。華やかな浅草寺の裏手に隠れるようにある稲荷。幕末の侠客である新門辰五郎が建てた神社である。被官すなわち出世の意味。幕末の辰五郎の活躍と関係してその名がついたのか?幕府側の侠客、辰五郎。上野戦争では幕府側に立って大活躍である。灯籠にも『新門』の字。社前の鳥居には『新門辰五郎』と彫刻されているらしい。かんかん・・・ [続きを読む]
|
- 2008/08/27 20:46新吉原花園池跡〜吉原弁財天〜
- 台東区千束3丁目。江戸の真ん中に遊郭があってはまずかろうと言うことで、日本橋辺りにあった吉原が新吉原として浅草寺の北西のこの辺りに引っ越してきた。そのころのここ千束辺りは湿地帯で多くの池が点在していた。池のほとんどが新吉原造成時に埋め立てられたが残された池がありいつしか弁天祠が祀られるようになった。花園池とか弁天池とか呼ばれて人気のあった池だが関・・・ [続きを読む]
|
- 2008/08/26 20:13立会川船だまり
- 品川区東大井2丁目。立会川河口堤防船だまり。品川百景の一景になっている。立会川は目黒の碑文谷池辺りに発して東京湾に流れ込む。途中、鈴ヶ森刑場に送られる罪人と関係者が最後の別れしたところから名がついたと言うが本当だろうか?地図の位置から東方向。写真に見えるのは勝島運河。運河の向こうにはモノレールが見える。明治の頃まではもちろん運河もモノレールもビルもない。あるのは海だ・・・ [続きを読む]
|
- 2008/08/25 19:54富士見坂と諏方(すわ)神社
- 荒川区西日暮里3丁目。上野から赤羽まで続く武蔵野台地の東縁は直線的でありかつ狭い。まるで尾根のようである。特に谷中と西日暮里との間の諏訪台通りはまるで尾根のようだ。尾根の幅は100mもない。南西には昔石神井川が削ったであろう谷筋へと急坂が落ち込んでいく。富士見坂である。富士見坂は数えきれないほどあるがこの富士見坂は正真正銘富士が見える坂だ。23区内ではここだけとも言われる『・・・ [続きを読む]
|
- 2008/08/24 01:37北区のランドマーク〜清掃工場の煙突〜
- 北区志茂1丁目。地味な北区でひときわ目立つランドマーク。清掃工場の煙突。中世のお城のようなつくりである。周りには高い建物がなく遠くからでもよく見える。隅田川のカミソリ堤防から見た煙突。800m。岩淵水門からの煙突。1300m。ランキングに参加しています。自転車にでも乗って出かけたくなったら・・・ クリックお願いします。・・・ [続きを読む]
|
- 2008/08/23 22:00麻布山 善福寺
- 港区元麻布1丁目。善福寺。麻布は凸凹の多い古い町で、幹線道路から一歩入りこむと迷路のようでもある。ここ地下鉄麻布十番駅の辺りは古川(渋谷川)沿いの低地である。武蔵野台地がすぐ近くに迫っているから坂道がやたらと多い。ここに古くからある善福寺の墓地も崖のようである。この善福寺は都内では浅草寺に次ぐ最古の寺院。神田川の支流・善福寺川の源の杉並・善福寺池はこの寺の奥の院である。往時の勢力が・・・ [続きを読む]
|
- 2008/08/22 01:06花見橋から神田川と都庁をながめる
- 中野区弥生2丁目〜本町3丁目。花見橋。神田川に架かる150近くある橋の一つだ。花の咲く季節に来たことはないからお花見にいい橋かどうかは知らない。だが都庁を見るには最高の橋である。この辺りは神田川沿いの低湿地帯。昔からよく水が出るところでもある。凸凹の多い東京でも谷筋をその筋に沿ってみてみるとこんなに遠くまで見渡せる。東京でビルに登らず遠くまで見渡せる場所は意外とないんだ・・・ ... [続きを読む]
|
- 2008/08/20 19:56千川上水施餓鬼亡霊供養塔
- 練馬区関町4丁目。玉川上水を水源として江戸城下方面へ作られた用水路である千川上水。ほとんどが暗渠になってしまったがその清流がかろうじて残されているところもある。ここは武蔵野市と練馬区との境、東京23区の最も西に位置する辺り。意外としっかりした流れである。『吉祥寺橋』という橋もある。吉祥寺に吉祥寺という寺はないが吉祥寺橋はあった。この吉祥寺橋の・・・ [続きを読む]
|
- 2008/08/19 20:29漱石山房
- 新宿区早稲田南町。漱石公園。夏目漱石が晩年の10年余りを過ごしたところである。漱石山房といわれた。電チャリは漱石の弟子の内田百?のファンである。漱石先生にしろ百?先生にしろ名文家である。読むたびによくもこんなにきれいな文章を書けるものだと感心する。その内田百?ら漱石の弟子が日を決めてこの山房を訪れて漱石の最後の日々を見守っていた。百?は漱石の最後の瞬間を文章に残・・・ ... [続きを読む]
|
- 2008/08/18 19:23大井中央陸橋から
- 品川区八潮3丁目。大井中央陸橋は大井競馬場辺りから大井埠頭へと東西にかかる大きな陸橋だ。その陸橋の上からの北方向にはなかなか見ごたえがある風景が続く。首都高都心環状線。羽田空港から都心に向かう道だ。北にまっすぐ10km行くと皇居。その直線上にはレインボーブリッジや新橋駅があるはずだ。東京貨物ターミナル駅。JR貨物やヤマト運輸が入っているビル。物流・・・ ... [続きを読む]
|
- 2008/08/17 01:24青森八景〜非東京の二泊三日〜
- 青森県弘前市(岩木山頂)他。青森に出かけた。自転車ではなく飛行機で青森まで行って、自動車で400kmほど走った。羽田→青森空港→十和田(八甲田山)《泊》→弘前(岩木山)《泊》→鯵ヶ沢(日本海)→青森空港→羽田。強行軍だったが青森を満喫できてたいへん良かった。八甲田山雪中行軍遭難記念碑。天災か人災か。後藤伍長の後ろの八甲田山の雲行きは今日も怪しい。十和田湖。遠・・・ ... [続きを読む]
|
- 2008/08/16 19:48中央線にどかされた寺〜荻寺・光明院〜
- 杉並区上荻2丁目。光明院(荻寺)。荻窪の名の由来になったとされる寺である。この辺りは善福寺川に沿う谷筋。荻(オギ)が一帯に生えた窪地だったのだろう。ところでこの光明院はもう一つ面白い歴史を持つ。荒川放水路を通すためにどかされた寺に行ったことはあるが、この光明院は中央線にどかされた。明治になった頃、本堂は今よりも南西のにあった。写真は今の本堂。明治21年、中央・・・ [続きを読む]
|
- 2008/08/15 18:06晴海鉄道橋〜東京の廃線〜
- 中央区晴海2丁目〜江東区豊洲2丁目。晴海と豊洲とをつなぐ晴海橋に並行して赤く錆びた橋梁が見える。晴海鉄道橋だ。その昔、晴海ふ頭に荷揚げされた荷物等を運ぶために敷設された。JR貨物の越中島貨物駅につながっていたが平成元年廃線。この辺りは再開発ラッシュである。そんな中忘れられたかのように佇んでいる。東京で20年も経つ廃線を・・・ ... [続きを読む]
|
- 2008/08/14 18:32鈴ヶ森刑場跡
- 品川区南大井2丁目。江戸時代、幕府は見せしめの意味も含めて、江戸に到る街道沿いにお仕置場(処刑場)を設けていた。規模も大きく、今でも名残りを残しているのは、日光街道沿いの小塚原(コツカッパラ)と、ここ東海道の鈴ヶ森。京浜急行の立会川と大森海岸とのちょうど中間辺りにこんもりとした小森が見える。歩道橋が架かっている第一京浜にはひっきりなしに車が通るが、旧東海道は右に見えている道である。・・・ ... [続きを読む]
|
- 2008/08/13 18:09面影橋と山吹之里
- 豊島区高田1丁目と新宿区西早稲田3丁目との間に架かる面影橋。橋の下には神田川。神田川に並行する新目白通りには都電荒川線の面影橋駅。面影橋の豊島区側には、太田道灌で有名な山吹之里の碑がある。面影橋も山吹之里もその由来については諸説あるようだ。山吹之里碑はよくみると細かい字がたくさん刻まれている。17世紀ごろの供養塔をリサイクルした石碑らしい。・・・ ... [続きを読む]
|
- 2008/08/12 23:26晴海大橋最頂地点〜絶景かな絶景かな〜
- 中央区晴海4丁目(or江東区豊洲6丁目)。平成18年にできた新しい橋、晴海大橋。港区や品川区辺りから自転車でお台場の方に行こうと思うとレインボーブリッジが自転車通行禁止だから東京港をくるっと時計回りにまわらないといけない。一番近いルートがこの晴海大橋を通るルートと言うわけだ。中央区側からみた晴海大橋。自転車泣かせのずいぶん勾配のきつい橋である・・・が電チャリだから苦にならない。晴海・・・ [続きを読む]
|