未来狂冗談 さん

未来狂冗談さん: 皇統と鵺の影人・二千年の歴史キーワード
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プロフィール

ハンドル名未来狂冗談 さん
ブログタイトル皇統と鵺の影人・二千年の歴史キーワード
サイト紹介文あなたは、本当の日本史を知っていますか?・・教科書に載っていない歴史の謎に迫る検索サイトです。
自由文過去が在って今がある。
倭の国々から大和の国へ、そして大和の国から日本国へ、遥か二千年の歴史の謎を追って・・・・・
何事も、入り口で間違えたものは最後まで間違いである。
そこでへそ曲がりな我輩は、入り口を変えて「歴史の謎」を追う事を試みたのである。
日本人の歴史を知る上でも、一度本書を読み通しては、どうだろうか?
参加カテゴリー
更新頻度情報提供57回 / 21日(平均19.0回/週) - 参加 2008/04/25 22:37

未来狂冗談 さんのブログ記事

記事削除機能過去の記事 … 1 2 次へ
  • 2008/05/15 15:48閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)
  • 濃姫(帰蝶)が信長と婚姻したのは千五百四十九年(天文十八年)二月と言われている。信長十六歳、濃姫十五歳だった。当時としては、大名豪族の縁組としてはさほど早くは無い。御年頃としては似合いの年恰好で有る。読者の期待に応えて、二人の夫婦生活を想像する。世間一般の俗説に拠ると、織田信長は「サド的なセックスを好んでいた」と言う。恐らくは、阿修羅のような信長の、その過激な生き方から想像・・・ ... [続きを読む]
  • 2008/05/12 19:16一所懸命と織田信長
  • これは織田信長軍団の強さの秘密のひとつである。織田信長の軍団が、強かったのは「常設軍」だったからである。この常設軍は、この時点では「画期的」な事だった。信長、天才の由縁である。当時、どこの大名も常設軍は持たず家臣に所領を与え、そのまた家臣は土地(耕作地)を与えられてそれを運用していた。つまり、土地を媒介とする事で自活させ、日頃の支給金などの負担を逃れていたのだ。勿論そんな制・・・ ... [続きを読む]
  • 2008/05/12 13:42保科正之(ほしなまさゆき)と徳川忠長(とくがわただなが)
  • 二代将軍・徳川秀忠は、当初長男・徳川家光ではなく・二男・徳川忠長を三代将軍に据えようとしたが、春日局(お福)と天海僧正の尽力により、駿河に隠居していた大御所・初代徳川家康に春日局(お福)が直訴、家康は早速二代将軍・徳川秀忠を駿府に呼び、「世襲は嫡男からが順である。」と宣言する。家光を「将軍」に押し立てたとして、春日局は大奥にあって絶大な権勢を誇るようになる。こうした隠れた事情が、家康が他界・・・ ... [続きを読む]
  • 2008/05/10 16:13八幡(はちまん)太郎義家(源義家/みなもとよしいえ)
  • 八幡太郎(源)義家は、前九年の役で清原武則(きよはらたけのり)を味方に付けて安部氏を討ち奥州(東北六ヵ国)を平定した源頼義の息子である。源義家(みなもとよしいえ)は、愛称(当時の風習)を、「八幡(はちまん)太郎」と称し、歌を読むなど「文武に優れていた」とされ、後世には、武門のシンボル=征夷大将軍の血筋は「武家の棟梁・源氏正統」の根拠の元と成った人物である。これほどまでに源義家(みなもとよし・・・... [続きを読む]
  • 2008/05/07 18:26公娼制度と従軍慰安婦
  • 従軍慰安婦?この名称「従軍慰安婦」は、戦時中に娼婦として軍に同行していた女性が補償を求めて訴えを起こした事から、戦後に後追いで名付けられたものである。歴史的背景を考えない歴史認識とは何だろうか?戦前から太平洋戦争当時まで、【娼婦(館)・女郎(屋)】と言う物が存在した。古来多神教自然主義の日本列島の民(大和族)は性におおらかで、性行為は神との共同作業であり新しい命の恵みを授かる「お祭・・・ ... [続きを読む]
  • 2008/05/03 00:23ブランド神話
  • 日本人のブランド好きは、外国人から見ると「滑稽だ」と言われている。あのみっともないブランド好きは、何処から来たのか?その事には、立派な理由がある。実は、日本の民人(たみびと)は、永い事血統のブランドを、価値観として強いられて生きて来た。我輩に言わせれば、これこそが、良くも悪くも「日本人が信じさせられた日本文化」そのものである。このまま読み進んでいただければ、この血統のブランドが日本・・・ ... [続きを読む]
  • 2008/05/02 03:32大化の改新
  • 大化の改新(たいかのかいしん)は、中大兄皇子(後の天智天皇)らが蘇我入鹿を暗殺し蘇我氏本宗家を滅ぼした乙巳の変(いっしのへん)の後に行われた政治改革を言う。飛鳥時代の六百四十六年、孝徳天皇二年に改新の詔(かいしんのみことのり)が発布された事を称するもので、それまでの有力大豪族の影響を排して豪族中心の政治から天皇中心に戻した政治的改革である。孝徳天皇と中大兄皇子は群臣を大槻の樹に集めて「暴逆・・・... [続きを読む]
  • 2008/05/02 03:31関ヶ原の合戦
  • かくして、慶長五(千六百)年九月十五日関ヶ原に、東軍八万(家康方)、西軍十万(三成方)が激突する。一見すると、ほぼ互角か兵力的に西軍有利のようだが、中身が違う、本当の親光成派部将は数えるくらいで、実質総兵力は二から三万程度、あとは付き合いか様子見で、頼りにならない。それでも緒戦は西軍有利に運び、一時は勝機らしきものもあったが、小早川秀秋(秀吉の甥で小早川家の養子)の裏切りに会い、西軍、石田・・・... [続きを読む]
  • 2008/05/02 03:30藤原清衡(ふじわらきよひら)
  • そのタイミングは、源頼義が任務を終え帰任する直前に起こった。安倍頼時の息子貞任(さだとう)が、部下を襲ったから「処刑するので差し出せ」と、源頼義が言い出したのだ。明らかに言いがかりだった。拒んだ安倍頼時に対し、それをきっかけにして安倍一族に朝廷敵の汚名を着せ頼義は源氏の白旗を掲げた大軍を差し向けるが、安倍氏(頼時一門)も良く戦う。源頼義が兵を率いて奥州に居座り、戦を継続させるこの奥・・・ ... [続きを読む]
  • 2008/05/02 03:28バブル崩壊
  • バブル崩壊は昭和六十一年(1985年)のプラザ合意が遠因である。名目はG5諸国(日・米・独・仏・英)の各自国が為替レートを調整する政策協調だが、実質は日米の政策合意である。ドル高に悩んでいた米国の意図は、日本への借金を大幅に減らす事にあり、プラザ合意により一ドル二百四十円前後だった為替レートが一ドル百五十円台になり、数字のマジックみたいなものだが、日本円換算にした時の借金額が、三分の一ほど・・・ ... [続きを読む]
  • 2008/05/02 03:26ベータ・エンドロフィン
  • ドーパミンは、人の脳にひらめきを脳に定着させるもので、興奮を引き起こす脳内物質である。この興奮物質ドーパミンが、実は快感物質ベータエンドロフィン生成の原材料(前駆物質)に成っている。ベータ・エンドロフィンは脳内麻薬(快感ホルモン)であるが、アルコールや、麻薬を含む薬剤と違い、体内で生成される無害の分泌ホルモンである。ランナーズ・ハイは苦しさを緩めるドーパミンの効果から快感をもたらすもの・・・ ... [続きを読む]
  • 2008/05/02 03:25限界集落
  • 今、日本の各中山間地集落や離島集落を中心に、過疎化・高齢化の進行が進み急速に「限界集落」が増えて来ている。こうした集落では、就学児童の減少に拠る廃校、生活道路の管理、集落の自治や祭典の継続、冠婚葬祭の相互扶助など、共同体としての機能が急速に衰えてしまい、やがて消滅に向かう「ギリギリの状態(限界)に在る」とされ、共同体として生きて行く為の「限界」として表現されている。そのような「限界集落」に・・・... [続きを読む]
  • 2008/04/30 04:07天照大神(あまてらすおおみかみ)
  • 天照大神(アマテラスオオミカミ)の伝説神話は、九州日向の国・高千穂から始まっている。この世の最高神「天照大神(アマテラスオオミカミ)」は、太陽神であり、宮崎県は昔、日向(ひゅうが)の国(つまり、太陽の地)と言った。水平線上の真東から日が昇る、絶好のロケーションに位置するからである。我輩はこの平和と豊穣の神・天照大神(あまてらすおおみかみ)に、「秘すべき別の顔が在った」と認識している。・・・ ... [続きを読む]
  • 2008/04/30 04:00天宇受売命(あめのうずめのみこと)
  • 天照大神が、隠れ籠もってしまった天岩戸を「天手力男(あめのたじからお)の命」がこじ開ける時に、天照大神が「何事か?」と、覗き見の隙間を開けさせたのが、この「神楽(かぐら)の始まり」と聞く。その、岩戸に隙間を開けさせる歴史的きっかけになった神楽の原型は、「天宇受売命(あめのうずめのみこと)の胸も女陰も露わなストリップダンス」、と言われている。天宇受売命(あめのうずめのみこと)は、天照大神(あ・・・... [続きを読む]
  • 2008/04/30 03:54天之御中主神(あめのみなかみぬしかみ)
  • 天上の最高神は「唯一一体」でなければならない。しかし、日本の大和朝廷が古事記と日本書紀で創出した天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)と同等な神、陀羅尼神(だらにしん)が、渡来した仏教の中に居た。日本列島の支配者と民はそれを否定することなく同一の神として受け入れた。天之御中主神(あめのみなかみぬしかみ)は天地開開(てんちかいびゃく)神話で、宇宙に最初に出現し、高天原の主宰神となった神で・・・ ... [続きを読む]
  • 2008/04/30 03:50阿倍比羅夫(あべのひらふ)
  • 六百年代(奈良時代)、どうも渡来部族では無いらしい阿倍氏が歴史書に現れる。左大臣・阿倍倉橋麿と越国守・阿倍比羅夫(あべのひらふ)と言った顔ぶれである。越国・阿倍氏は、独立した有力部族説があり、阿倍比羅夫(あべのひらふ)や阿倍氏一族が、どの時点で大和朝廷に参加(一体化)したのか、現時点では定説はない。安倍清明は、阿倍倉橋麿から数えて九代目の子孫にあたり、阿倍倉橋麿と阿倍比羅夫(あべのひら・・・ ... [続きを読む]
  •   関連キーワード
  • 歴史
  • 2008/04/30 03:45阿弖流為(アテルイ)
  • ヒタカミ(日高見国)蝦夷の首領にアテルイ(阿弖流為)と呼ばれる指導者がいた。この名前、個人名なのか、地位の名称なのかまだ結論が出ていない。アテルイ(阿弖流為)を人名と決め付けたのが現在の事情で有るが、悪路帝(王)説によると、「悪路」と言うのはアイヌ語の「アコロ」と同じ意味で、「われわれの」と言う意味ではないか、と言う事である。まず、このヒタカミ(日高見国)蝦夷の役、官軍と賊軍と表現する・・・ ... [続きを読む]
  • 2008/04/30 03:38安部晴明(あべのせいめい)
  • 陰陽師として有名な安倍晴明は、歴史に忽然と姿を現している。陰陽道を創設したのが賀茂氏であり、神武朝から葛城朝に大和朝廷が変わっていたから、本来なら中務省・陰陽寮の首座(陰陽頭)は賀茂氏でなければならない。それなのに賀茂氏(賀茂忠行・賀茂保憲)は、わざわざ安倍晴明を弟子にして陰陽寮の首座(陰陽頭)に据え、自らは副首座(陰陽助)に下った。そこに重大な、何か隠された意味が在って当然ではないだ・・・ ... [続きを読む]
  • 2008/04/30 03:31安倍貞任(さだとう)
  • 奥州藤原家は、源氏とは歴史的に経緯(いきさつ)が有る。源頼朝の五代前に遡る村岡(平)五郎の孫・平忠常(上総介)に拠る「長元の乱」以後関東地区で勢力を広げ、あら方の関東武士を従えていた河内源氏・源頼義が、源氏の棟梁として、奥州(東北)の鎮守府将軍に、朝廷より任じられて着任する。この鎮守府将軍、かなり出世意欲が強く、奥州を平定して「自分の勢力下に置こう」と企んでいた。それで、当時奥州で一定・・・ ... [続きを読む]
  • 2008/04/30 03:23安倍宗任(むねとう)
  • 安倍宗任(むねとう)は、平安時代・陸奥国の豪族、蝦夷(エミシ)俘囚長とされる安倍氏の安倍頼時の子で、安倍貞任の弟に成る。奥州・鳥海柵(とりみのさく)の主で、鳥海三郎とも呼ばれていた。宗任(むねとう)は娘をひとり奥州藤原氏二代・藤原(清原)基衡の妻に嫁して居たが、前九年の役にて源頼義、源義家率いる軍勢に厨川柵(くりやがわのさく・岩手県盛岡市)で兄・貞任(さだとう)と共に戦って破れ、難攻不落を・・・... [続きを読む]
  • 2008/04/30 03:19阿野全成(あのぜんじょう)/今若丸
  • 義経(牛若丸)の同腹の長兄(腹違いの兄は頼朝、範頼)、阿野全成(あのぜんじょう/今若丸)は、正に北条に殺されたのである。幼くして醍醐寺にて出家させられ、隆超(または隆起)と名乗るが、ほどなく全成と改名し、「醍醐禅師」あるいは「悪禅師」と呼ばれた。長じて「全成(ぜんじょう)」と名乗る僧侶に成って居た今若丸は、僧籍のまま源頼朝挙兵に呼応して手柄を立て、武蔵国長尾寺(川崎市多摩区の妙楽寺)を与え・・・ ... [続きを読む]
  • 2008/04/30 03:08足利尊氏(あしかがたかうじ)
  • 室町幕府の初代征夷大将軍は足利尊氏(あしかがたかうじ)は幼少の頃又太郎と名乗っていた。足利又太郎(後の尊氏)は、鎌倉幕府の有力御家人・足利貞氏の次男として生まれる。長男・足利高義がいたが、早世した為足利又太郎(後の尊氏)が家督を相続する事となった。足利氏は河内源氏の足利氏嫡流家で武家の名門だが、北条政子以来の鎌倉幕府執権・北条家(平氏)の御家人として風下に居た。元服当初、執権・北条・・・ ... [続きを読む]
  • 2008/04/30 03:01赤松則村(あかまつのりむら/円心)
  • 赤松(円心)則村は朝廷側に組して鎌倉幕府倒幕の挙兵をした人物である。護良(もりなが)親王が吉野に挙兵、河内国の楠木正成(くすのきまさしげ)も千早城に挙兵する。勘解由小路党が動き、修験系の荒法師、悪党などに宣旨(せんじ)が飛び、呼応して各地に幕府討伐の火の手があがる。赤坂城や千早城(ちはやじょう)に於いて智謀(ゲリラ戦法を駆使)を用いて幕府軍を翻弄した楠木正成(くすのきまさしげ)や、播磨・・・ ... [続きを読む]
  • 2008/04/30 02:56阿野廉子(あのかどこ)
  • この文観(もんかん)呪詛劇場の主役が、阿野廉子(あのかどこ)である。阿野廉子(あのかどこ)は数えの十九歳だった。閑院流藤原氏の阿野公廉の娘として生まれ、同じ閑院流の洞院公賢(後に太政大臣)の養女となり、西園寺 禧子(さいおんじ きし)の後醍醐天皇中宮冊立の際に上臈(御付の女官)として入侍していた。宮になった西園寺 禧子(さいおんじ きし)は藤原 禧子(ふじわらのきし)とも名乗り太政大臣・・・ ... [続きを読む]
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  • 劇場
  • 2008/04/30 02:51足利義満(あしかがよしみつ)
  • 足利義満は、室町幕府絶頂期に君臨した第三代将軍である。将軍義満は、将軍職を第四代義持に譲ると、朝廷を差し置いて明の洪武帝から「日本国王」の称号を得ている。これは明らかに明国からの冊封(さくふう・さくほう)であり、国際認知から言えば、天皇ではなく足利義満が国家元首である。冊封(さくふう)とは、多分に建前の部分(形式的)ではあるが、ある種「国際秩序」の形成に欠かせないもので在ったのだ。・・・ ... [続きを読む]
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