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- 2008/06/09 07:20醍醐(だいご)寺・仁寛僧正と「千手丸事件」
- 「真言立川流」を始めたのは見蓮(もくれん)と言う人物で、陰陽師を習得した真言宗の僧侶兼陰陽師だった。当然ながら見蓮(もくれん)は勘解由小路(かでのこうじ)党の手の者、草である。この真言立川流、今の時代ではとても理解されないが、当時、素朴な民衆を矛盾無く導く為に、性に対していたずらに禁欲をさせるより、「肯定した上で民意をリードしよう」と言う考え方があった。つまり宗教上、人類の「種の保存」・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/06/07 16:59因幡(いなば)の白兎(しろうさぎ)伝説と大国主の命
- 後の大和朝廷の有力氏族(臣王家)に、和邇(わに)葛城(かつらぎ)、大伴(おおとも)物部(もののべ)蘇我(そが)、安部(あべ)秦(はた)中臣(なかとみ・後の藤原)と言った名が連なっている。この頃は、和邇(わに)氏が最有力の氏族で、この和邇氏を指す様な伝説がある。ワニ(クロコダイル)は生息地ではない為に本来日本に馴染まず、ワニが伝説に成る事が不思議だが有名な伝承が存在する。遺されている民話・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/06/04 17:58襖障子(ふすましょうじ)とセクハラ
- 日本人は歴史の大半を通じて「性」に大変寛大で肯定的だった為に、開国当時日本に来日したキリスト教国の欧米人が仰天したほどに性に開放的で「あけっぴろげ」な国だった。しかしそれが永い歴史の有る我が国の伝統「性」文化なのだから、キリスト教国の欧米人の指摘は本来なら余計なお世話である。この辺りの「性」に対する認識の違いは、日本建築にも如実に現れている。元々日本家屋は、和室の仕切りに使う建具として・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/06/02 23:09暗闇祭り
- 日本は「儒教の影響を受けた国だ」とひと括(くく)りにして、あたかも儒教道徳が日本人全般の生活意識をリードしていたかの様に言う学者がいるが、とんでもない浅知恵である。歴史を動かしていたのが氏族(貴族及び武士)だったので日本史を氏族中心に考え易いが、それは歴史の派手な方の一部に過ぎない。儒教の影響を受けたのは、氏族社会(貴族及び武士社会)であって、文盲時代が長かった庶民階級に儒教が浸透していた・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/06/02 21:58勘解由使(かげゆし)
- 役(賀茂)小角(えんのかもおずぬ)が陰陽組織を編成した時点では、陰陽修験はまだ葛城朝の私兵的組織だった。そしてもっぱら「山岳ゲリラの鎮圧と恭順」、帝の「ある密命(大王の密命)の履行」などの非公式な活動に終始していた。しかし、正式に陰陽寮が設立されると、正規(公)の職務も割り当てられる。律令に基づく八つの省からなる中央官庁のうち 天皇と直結する行政の中枢である「中務省」に、陰陽寮は設置さ・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/05/31 17:48大日本史編纂の謎
- 徳川家康の十一男・徳川頼房が常陸国(茨城県)に入り、水戸藩として御三家としての水戸家が成立したのだが、実はこの水戸藩、表向きの理由以外に徳川家康の意向に拠り当初から容易ならぬ密命を帯びて設置されていた。水戸藩は将軍の補佐を務める事を任とし、江戸定府(参勤交代なしの江戸在住)と言う特殊な存在であった。「大日本史」は、徳川頼房(正三位権中納言)の三男、従三位中納言・徳川光圀(みつくに) によっ・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/05/29 19:57小牧・長久手(こまき・ながくて)の戦い
- 小牧・長久手(長湫)の戦い(こまき・ながくてのたたかい)は、千五百八十四年(天正十二年)に、織田信雄・徳川家康陣営と羽柴秀吉陣営との間で行われた戦役である。賤ヶ岳の戦い時に勝利した羽柴秀吉は、その年(天正十一年)の暮れに新築した大坂城に織田信雄を含む諸将に参城を命じた。秀吉は信長の次男・信雄を「主家」として擁立し、賤ヶ岳の戦いに諸将を集める名目としたにも関わらず、賤ヶ岳の戦いに勝利して後に・・・... [続きを読む]
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- 2008/05/28 05:30佐久間盛政(さくまもりまさ)と賤ヶ岳の合戦
- 千五百八十二年(天正十年)の本能寺の変に拠って明智光秀に主君・織田信長を討たれた織田家臣団では、跡目争いが起こっていた。家臣筆頭の柴田勝家と明智光秀を討ち主君・織田信長の敵を取った羽柴秀吉がそれぞれ信長の遺児・織田信孝と亡き信忠の嫡男、三法師君を押して対立したのである。この対立、徳川家康は対立の圏外に居てその行方を見守っている。正直、双方とも実力者で家康に取って厄介な存在であるから、ど・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/05/27 18:56柳沢吉保(やなぎさわよしやす)
- 第五代将軍・徳川綱吉の代に側用人から老中格側用人、大老格(左近衛権少将)側用人として権勢を振るった柳沢吉保(やなぎさわよしやす)は、上野国館林藩士・柳沢安忠の長男として生まれている。当初、館林藩主をつとめていた綱吉に小姓として仕え寵愛を受け、藩主・徳川綱吉が第五代将軍となるに随って当時柳沢保明(やなぎさわやすあき)を名乗っていた吉保(よしやす)も幕臣となり小納戸役に任ぜられる。この綱吉の柳・・・... [続きを読む]
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- 2008/05/27 01:28前田利家(まえだとしいえ)
- 若き織田信長に近習(小姓)として仕え、腹心の一人として出世し、加賀百万石(加賀藩百十九万石)の太守に成った前田利家(まえだとしいえ)も、織田信長の男色(衆道)寵愛を受け信長側近から出世した男である。血統第一だった当時、血統に弱い者が「能力以上の成果を上げたい」と思えば、「縁」に頼るしかない。女性(にょしょう)には妻に成るなり妾にあがる成りの誓約(うけい)の「縁」があるが、男性には身内の女性・・・... [続きを読む]
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- 2008/05/25 03:42田原坂の激戦
- 千八百七十七年(明治十年)鹿児島を発した薩軍(西郷軍)は北上し熊本城を包囲して攻めたのだが、平民主体の軍と侮った薩軍(西郷軍)は、加藤清正の築城した名城の攻略に思わぬ苦戦を強いられる。熊本城を包囲して攻めていた所に官軍小倉連隊の援軍がやって来た為、これを阻止せんと植木町・田原坂に陣を張り迎え撃つ事にした。田原坂は標高差六十mのゆるやかな坂で、一の坂、二の坂、三の坂と頂まで長さ一.五kmの曲・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/05/23 03:54北条時宗(ほうじょうときむね)
- 北条時宗(ほうじょうときむね)は鎌倉幕府の第八代執権で、先祖は源頼朝の血筋を根こそぎ絶って天下を我が物とした桓武平氏流・北条時政、正子親子の血を継ぐ得宗家嫡流に生まれた者である。北条時宗(ほうじょうときむね)が育った時代は、宗尊(むねたか)親王(後嵯峨天皇の第一皇子)が鎌倉方の要請で征夷大将軍を務めていた。河内源氏(八幡源氏)嫡流家である源頼朝の血筋が途絶えた後、北条執権は形式的に傀儡将軍・・・... [続きを読む]
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- 2008/05/22 04:54元寇(げんこう)
- 元寇(げんこう)は、広域倭の国内の国々との武力紛争を除くと大和朝廷成立後初めてにして最大の他国からの侵略防衛戦だった。平家を倒して鎌倉幕府を成立させた源頼朝が没して二十二年後、尼将軍と呼ばれて鎌倉幕府を率いる北条政子の横暴を理由に後鳥羽上皇が鎌倉幕府に対して討幕の兵を挙げ、後鳥羽上皇が敗れている。千二百二十一年(承久三年)の承久の乱を勝利で収めた事で、権力を確たるものにした北条執権家の治世・・・... [続きを読む]
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- 2008/05/20 15:31高千穂(たかちほ)
- 日向国(宮崎県)・高千穂町は、天孫降臨伝説の地である。天孫の血筋は、天の一族(あめのいちぞく)である。神話の世界では、天っ神(あまっかみ)とも言う。そこには、「高千穂峡」と言う見事な峡谷があり、観光地としても全国に知られている。この地に天空から「天照大神(あまてらすおおみかみ)が、この世に使わされた」と言われている。山間の町には、古くから高千穂神社が祭られている。御神体は、この・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/05/20 15:27可愛岳(えのだけ)
- そして高千穂(たかちほ)から見て日の昇る東の方向に北川町があり、天孫降臨伝説の可愛岳(えのだけ)がそびえている。神話の国・日向国(宮崎県)の北東部にある北川町(東臼杵郡)の地に可愛岳(えのだけ)はある。征服(侵略)部族の王達が天孫降臨伝説で神格化された象徴的な記述が、古事記・日本書紀に残った山がこの可愛岳(えのだけ)である。標高七百二十八メートルの可愛岳(えのだけ)にはニニギノミコト(・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/05/15 15:48閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)
- 濃姫(帰蝶)が信長と婚姻したのは千五百四十九年(天文十八年)二月と言われている。信長十六歳、濃姫十五歳だった。当時としては、大名豪族の縁組としてはさほど早くは無い。御年頃としては似合いの年恰好で有る。読者の期待に応えて、二人の夫婦生活を想像する。世間一般の俗説に拠ると、織田信長は「サド的なセックスを好んでいた」と言う。恐らくは、阿修羅のような信長の、その過激な生き方から想像・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/05/12 19:16一所懸命と織田信長
- これは織田信長軍団の強さの秘密のひとつである。織田信長の軍団が、強かったのは「常設軍」だったからである。この常設軍は、この時点では「画期的」な事だった。信長、天才の由縁である。当時、どこの大名も常設軍は持たず家臣に所領を与え、そのまた家臣は土地(耕作地)を与えられてそれを運用していた。つまり、土地を媒介とする事で自活させ、日頃の支給金などの負担を逃れていたのだ。勿論そんな制・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/05/12 13:42保科正之(ほしなまさゆき)と徳川忠長(とくがわただなが)
- 二代将軍・徳川秀忠は、当初長男・徳川家光ではなく・二男・徳川忠長を三代将軍に据えようとしたが、春日局(お福)と天海僧正の尽力により、駿河に隠居していた大御所・初代徳川家康に春日局(お福)が直訴、家康は早速二代将軍・徳川秀忠を駿府に呼び、「世襲は嫡男からが順である。」と宣言する。家光を「将軍」に押し立てたとして、春日局は大奥にあって絶大な権勢を誇るようになる。こうした隠れた事情が、家康が他界・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/05/10 16:13八幡(はちまん)太郎義家(源義家/みなもとよしいえ)
- 八幡太郎(源)義家は、前九年の役で清原武則(きよはらたけのり)を味方に付けて安部氏を討ち奥州(東北六ヵ国)を平定した源頼義の息子である。源義家(みなもとよしいえ)は、愛称(当時の風習)を、「八幡(はちまん)太郎」と称し、歌を読むなど「文武に優れていた」とされ、後世には、武門のシンボル=征夷大将軍の血筋は「武家の棟梁・源氏正統」の根拠の元と成った人物である。これほどまでに源義家(みなもとよし・・・... [続きを読む]
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- 2008/05/07 18:26公娼制度と従軍慰安婦
- 従軍慰安婦?この名称「従軍慰安婦」は、戦時中に娼婦として軍に同行していた女性が補償を求めて訴えを起こした事から、戦後に後追いで名付けられたものである。歴史的背景を考えない歴史認識とは何だろうか?戦前から太平洋戦争当時まで、【娼婦(館)・女郎(屋)】と言う物が存在した。古来多神教自然主義の日本列島の民(大和族)は性におおらかで、性行為は神との共同作業であり新しい命の恵みを授かる「お祭・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/05/03 00:23ブランド神話
- 日本人のブランド好きは、外国人から見ると「滑稽だ」と言われている。あのみっともないブランド好きは、何処から来たのか?その事には、立派な理由がある。実は、日本の民人(たみびと)は、永い事血統のブランドを、価値観として強いられて生きて来た。我輩に言わせれば、これこそが、良くも悪くも「日本人が信じさせられた日本文化」そのものである。このまま読み進んでいただければ、この血統のブランドが日本・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/05/02 03:32大化の改新
- 大化の改新(たいかのかいしん)は、中大兄皇子(後の天智天皇)らが蘇我入鹿を暗殺し蘇我氏本宗家を滅ぼした乙巳の変(いっしのへん)の後に行われた政治改革を言う。飛鳥時代の六百四十六年、孝徳天皇二年に改新の詔(かいしんのみことのり)が発布された事を称するもので、それまでの有力大豪族の影響を排して豪族中心の政治から天皇中心に戻した政治的改革である。孝徳天皇と中大兄皇子は群臣を大槻の樹に集めて「暴逆・・・... [続きを読む]
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- 2008/05/02 03:31関ヶ原の合戦
- かくして、慶長五(千六百)年九月十五日関ヶ原に、東軍八万(家康方)、西軍十万(三成方)が激突する。一見すると、ほぼ互角か兵力的に西軍有利のようだが、中身が違う、本当の親光成派部将は数えるくらいで、実質総兵力は二から三万程度、あとは付き合いか様子見で、頼りにならない。それでも緒戦は西軍有利に運び、一時は勝機らしきものもあったが、小早川秀秋(秀吉の甥で小早川家の養子)の裏切りに会い、西軍、石田・・・... [続きを読む]
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- 2008/05/02 03:30藤原清衡(ふじわらきよひら)
- そのタイミングは、源頼義が任務を終え帰任する直前に起こった。安倍頼時の息子貞任(さだとう)が、部下を襲ったから「処刑するので差し出せ」と、源頼義が言い出したのだ。明らかに言いがかりだった。拒んだ安倍頼時に対し、それをきっかけにして安倍一族に朝廷敵の汚名を着せ頼義は源氏の白旗を掲げた大軍を差し向けるが、安倍氏(頼時一門)も良く戦う。源頼義が兵を率いて奥州に居座り、戦を継続させるこの奥・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/05/02 03:28バブル崩壊
- バブル崩壊は昭和六十一年(1985年)のプラザ合意が遠因である。名目はG5諸国(日・米・独・仏・英)の各自国が為替レートを調整する政策協調だが、実質は日米の政策合意である。ドル高に悩んでいた米国の意図は、日本への借金を大幅に減らす事にあり、プラザ合意により一ドル二百四十円前後だった為替レートが一ドル百五十円台になり、数字のマジックみたいなものだが、日本円換算にした時の借金額が、三分の一ほど・・・ ... [続きを読む]
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