さと さん

さとさん: 〜故人追悼番組〜
  さとさん 携帯プロフィール QRコード   

参加トラコミュ

トラコミュに参加してみませんか?

トラコミュに参加してみませんか?

あなたの書いた記事をテーマにそったトラコミュにトラックバックすることで、共通の趣味や話題をもったブロガーとつながります。

トラコミュ検索はこちらから

プロフィール

ハンドル名さと さん
ブログタイトル〜故人追悼番組〜
サイト紹介文有名人の人生を振り返りましょう
参加カテゴリー
更新頻度(2年)情報提供12回 / 192日(平均0.4回/週) - 参加 2008/05/04 09:59

さと さんのブログ記事

記事削除機能過去の記事 …
  • 2008/08/16 17:09ミュージシャン-Jimi Hendrix〔ジミ ヘンドリックス〕
  • ギター界のパイオニアであり教典。我らがジミヘン 1942年11月27日〜1970年9月18日没母方のインディアンの血を引くジミさん。母は幼いジミさんを残し、出奔。親戚宅をたらい回しにされ、不遇な幼少期を過ごします。庭師であった父から、古いアコースティックギターを買い与えられたジミさん。人生が変わります。ブルース、ロック、をひたすら練習(やはり天才は努力のもとに開花されるのですね)しかし、1961年 窃盗罪で逮捕投獄... [続きを読む]
  • 2008/05/18 11:43事件-山口二矢〔やまぐち おとや〕
  • ブログタイトルの「追悼」とは主旨がずれてしまうがご了承ねがいます。彼が山口二矢である。1943年2月22日〜1960年11月2日没右翼活動家であり、大日本愛国党員(事件の1ヶ月前に脱党)1960年10月12日 日比谷公会堂にて演説中の日本社会党委員長、浅沼稲次郎を刃渡り30センチ以上の短刀で刺殺。当時、17歳であった彼は、少年法に基づき実名は非公開対象であったが、事件の重大性から実名報道となった。東... [続きを読む]
  • 2008/05/11 08:00政治家/軍人-鈴木貫太郎〔すずきかんたろう〕
  • どうする日本?にっちもさっちも行かなくなった日本を終戦に導いた男 大日本帝国最後の総理大臣彼こそが、鈴木貫太郎。海軍軍人/政治家/連合艦隊指令長官/海軍軍令部長1868年1月18日〜1948年4月17日没彼は、1936年2月26日(2.26事件)で叛乱軍の青年将校らに襲撃を受け、九死に一生をえている。当時、侍従長であった彼は、早朝に襲撃を受け、脚、胸、頭部を被弾する。部屋は血の海となり、最後のとどめを刺... [続きを読む]
  • 2008/05/10 13:35黒人指導者-マルコムX
  • アメリカの黒人指導者でもあり、ネイション.オブ.イスラム教団のスポークスマン。 彼こそが、マルコムX。1925年5月19日〜1965年2月21日没キング牧師とは間逆の思想で、攻撃的な黒人解放指導者。生い立ちは悲惨。牧師であった父は人種差主義者に殺害。母は、マルコム含む7人の子供を育てるが、精神を病み病院で死亡(殺害説有り)マルコムは白人の上流階級の家へ預けられる。が、待遇の良いペット的な扱いだったそうだ... [続きを読む]
  • 2008/05/06 14:52小説家-太宰治〔だざいおさむ〕
  • 生れてすみません、、、。このくたびれ果てた眼差しを見よ。そう、彼こそが太宰治であります。1909年〔明治42〕6月19日〜1948年〔昭和23〕6月13日没青森県津軽出身。生家は県有数の大地主ボンボンですな。父は、衆議院議員をつとめる名士でありました。まったく問題なし。彼の人生は、自殺の遍歴ともいわれています。38年の生涯で4回の自殺未遂、、、。だからこそ、生れてすみません、なのかもしれません。17歳... [続きを読む]
  • 2008/05/06 08:11プロレスラー-ジャイアント馬場〔じゃいあんとばば〕
  • 東洋の巨人、力道山後のプロレスを築いたミスタープロレス彼こそがジャイアント馬場である〔馬場 正平〕1938年1月23日〜1999年1月31日没馬場さん意外にもプロ野球選手でしたね1955年〜1959年まで巨人の投手でした。その後、自由契約なり、大洋ホエールズに練習生として入団。採用は内定していたそうですが、宿舎の風呂で転倒し、肘を怪我。投手生命を絶たれてしまいます。プロ通算成績-3試合 0勝1敗 防... [続きを読む]
  • 2008/05/05 09:28俳優-勝新太郎〔かつしんたろう〕
  • キング オブ ワル。元祖、ザ ワル。そこらのちょい悪おやじとはスケールが違う。彼こそが勝新太郎。1931年11月29日〜1997年6月21日没兄は俳優(故)若山富三郎さん。妻は女優の中村玉緒さん。息子は俳優の鴈龍太郎さん。1954年「花の白虎隊」でデビュー。当時、市川雷蔵に次ぐ2枚目路線の役を与えられていたが、さっぱり売れないようすそこで、2の線を捨て、1960年「不知火検校」で本領発揮です(^∇^)1... [続きを読む]
  • 2008/05/05 07:03俳優-岸田森〔きしだしん〕
  • 冷酷だが、コミカルな演技。彼が怪優 岸田森さん。1939年10月17日〜1982年12月28日没叔父に劇作家の岸田國士、いとこに女優の岸田今日子若いね1962年に文学座入団。同期であった女優、悠木千帆〔樹木希林〕さんとご結婚若いね1966年文学座を退団し、劇団「六月劇場」を結成します。無口で陰湿な役柄が多かった岸田さんですが、プライベートではかなりのおしゃべりだったそうな。彼に親しみがもてるのは、特撮物に数多く出演して... [続きを読む]
  • 2008/05/04 20:10俳優-志村喬〔しむら たかし〕
  • 世界の黒沢明監督。その作品にほとんど出演している俳優といえば彼志村喬であります。1905年3月12日〜1982年2月11日没。世界の三船を抜いて黒沢作品のかなめとなっています。志村さんといえば1952年の黒澤映画「生きる」ですね。癌におかされた市役所の市民課長役。30年もの間、書類に判子を押すだけの生活。そんな彼が胃癌におかされる。みずからの死期を感じ取った市民課長は、残りの余生を「生きる」ことに費やす。死の宣告を... [続きを読む]
  • 2008/05/04 15:39ボクサー-大場政夫〔おおば まさお〕
  • 兄弟5人で1個の生卵を分け合う極貧少年時代。そのハングリーが彼を世界へ導いた。  その名を大場政夫という意外と男前だったりして。1949年10月12日〜1973年1月25日没極貧環境からの脱却、彼にとって一攫千金の世界だった。1965年帝拳ジムに入門。しかし、身長の割には痩せすぎていた彼は、ボクサーに不向きとされていました。弱肉強食の象徴としてピラニアを飼っていたというエピソードもあります。1966年 デビュー 東日本新... [続きを読む]
  • 2008/05/04 13:26俳優 沖 雅也〔おき まさや〕
  • 甘いマスクにどことなく影があり、ワケありげな男、、、。 そう、彼こそが沖 雅也この落ち着きようでおそらく20代、、。完成度が高いですね。1952年6月12日〜1983年6月28日没デビュー当初はアイドル路線で売り出しましたが、大人の役者へ脱皮を試みます。それが「必殺シリーズ」これは良かった棺桶の錠、殺し屋市松などを演じ注目を浴びます。そして、印象深いのが「太陽にほえろ」の滝隆一刑事役(通称スコッチ)ですね。冷静で、冷... [続きを読む]
  • 2008/05/04 10:28小説家-芥川龍之介〔あくたがわりゅうのすけ〕
  • 日本の小説家です。この神経質そうな表情、これぞ作家「先生、締め切りが、、、」なんて言葉が似合う男は彼1人。1892年(明治25年)3月1日〜1927年(昭和2年)7月24日没短編作品がが多く「芋粥」「藪の中」「羅生門」「地獄変」「歯車」「河童」「鼻」などが有名。学校の教科書でご存知な作品もありますね。「蜘蛛の糸」「杜子春」などといった童話的作品もあります。彼は、牛乳屋さんの家に生まれ、11歳の時に母方の兄へ養子となりま... [続きを読む]
過去の記事 …

にほんブログ村

>

〜故人追悼番組〜