- 2008/05/13 20:16小説「アンとハリーと公園で」(下)
- ハリーはバーバラの家を最初に訪ねた翌々週にはアパートを引き払い、彼女のその家に自分の荷物共々引っ越すことにした。二人で一緒に生活し、二人で物語を紡ぎ、そしてアンの思い出を語るためだった。「アンは信じられぬほどの記憶力であなたの話を再現したわ」とバーバラは言った。ハリーは「ただの思いつきだから」と笑って言ったものの、アンがバーバラに物語を聞かせていたことに感謝した。そしてハリーは、毎日バーバラに食堂 [続きを読む]
|
- 2008/05/13 20:12小説「アンとハリーと公園で」(中)
- ふたりの公園での空想ゲームは、5月から始まってその後4カ月以上にも及んだ。晴れ間の多い6月と7月と8月の蒸し暑い季節があっという間に過ぎ去った。そのあと9月の第一週が終わってから、どうしたことかアンがぱったり来なくなった。そして見かけなくなって1ヶ月かそこらが経ち、早くも10月の秋の香りが立ち込めていた日の夕方だった。ハリーが、来なくなったアンを待っていた公園に、あのアンの母親である日傘の婦人が現 [続きを読む]
|
- 2008/05/13 20:07小説「アンとハリーと公園で」(上)
- ハリーはもう3日間誰とも口をきいていなかった。そんな彼が、失業の憂さ晴らしも兼ねてクスノキの茂るその公園に出かけてみることにしたのは、一昨年の5月のことだった。まだ日の高いお昼の3時過ぎに、駅前にある自分のアパートからとろとろと坂道を歩いて15分で、ジョーファンズ山の登山口のふもとにある小さな公園に到着した。彼は着古しの青いボロボロのジーンズに薄くて白っぽい長袖のシャツを着て、足もとはカーキ色のデ [続きを読む]
|
- 2008/05/12 23:11詩「初恋」(再掲)
- 怠惰な時間だけが過ぎ去っていくこの一日なんだかもう一週間経ってしまった気がするまだ一日しか経っていないのに工場での単調な仕事の連続今日も俺の嘘だらけの一日が終わる終わって始まり始まって終わるそしてまた終わって始まるスパナと六角レンチとハンマーの使い方しか 俺は知らなかった時が経つと 年齢がいくとわかることがあるそれは無意味だということ暇つぶしだということ人間には食べていくこと生活していくことが 大 [続きを読む]
|
- 2008/05/12 22:55小説「壁のむこうの悲しみは」(下・再掲)
- そんなことが続いていたある金曜日の晩。彼女と僕の恒例の「ブラインドテスト」が始まるちょうど8時過ぎだった。先に彼女が何か一枚かけるのが常だったので待っていると、何やら携帯電話で話す声が聞こえてきた。件の恋人だろう。僕は仕方ないので少し待つことにした。だが……。彼女の声が緊迫してきた。耳をそばだてた。それでも聞こえないので、今度は壁に左の耳をぴったりとくっつけ、悪い気はしたが一部始終を聞くことにした [続きを読む]
|
|
|
- 2008/05/12 22:53小説「壁のむこうの悲しみは」(上・再掲)
- そのアパートに引っ越してきたのは春だった。あっという間の大学生活を終え、うさんくさい両親のいる実家を出て、東京の会社に勝手に就職を決めて、東京の隅っこにアパートを借りた。実家から自分で出して自分に届いた荷物を要領もわからずほどいていく。その中には「一人暮らし必需品リスト」を参考にして買った、”必要なようでたぶん必要ないもの”が溢れんばかりに詰め込まれていた。自分でもよくこんなに入ったものだとダンボ [続きを読む]
|
- 2008/05/12 07:17小説「砂の城」(再掲)
- マキは悲しい時、近くの海を散歩する。たったひとりで散歩する。砂浜を素足で歩くとき、自分は海から生まれたのだと思ったりする。単なるメルヘンチックな妄想なのだが、そこで無駄な時間を費やすと、すべての精神が解放され、素の自分になれるような気がした。海の水を手で掬い取り口を湿らせてみる。塩辛い味がじんわりと滲みてしょっぱい。夕方の6時。誰もいない海に今日も一人だ。ふと右手を見ると人がいるではないか。50m [続きを読む]
|
- 2008/05/11 20:33小説「ひつじバーで会おう♪」(下・再掲)
- 前略 カタオカ様いつぞやは渋谷のこのお店に連れてきてもらい、ありがとうございました。お礼も言わずにお別れしてしまい本当にゴメンナサイ! すいませんでした。あの日もう少し時間があれば、いろんなことを話せたのにと、今更ながら残念です。私はもう引っ越すことが決まっていて、同級生で最後に会ったのがカタオカ君でした。私は、いまでも懐かしいあの中学の級友たちの顔を思い出すことがあります。誰かの歌のように「卒業 [続きを読む]
|
- 2008/05/11 20:29小説「ひつじバーで会おう♪」(上・再掲)
- 「俺たち、ひつじバーで会ったんだ」僕は会社の同僚と営業所近くのレストランでランチを食べながら興奮気味に喋っていた。普段あまり人の来ないその店は、近隣サラリーマンたちの恰好の“おしゃべりサロン”となっていた。僕は同僚を前にして、昨夜のその不思議な出来事を一方的に喋り続けた。――本当に不思議なんだ。いや、ワープするんだ。どこへでもさ。自分で思い浮かべた場所へ勝手にワープしてしまうんだ。いや、本当なんだ [続きを読む]
|
- 2008/05/11 07:09小説「青い海の物語」(再掲)
- 15歳の受験生の僕……。その心は誰にも言えないほど陰鬱で、深海のように何も音が聞こえない暗闇の空間のようだった。この先この僕に「青春」などというものが訪れるなどとは、僕には到底思えなかった。ある冬の日の夕方、学習塾から帰宅し簡単に晩御飯をかき込むと、僕は二階の自分の部屋へ向かった。入口のドアを開ける。(カチャリ♪)いつもとは違う明るく弾んだノブの音がした。ドアを開けると、そこには信じられないことに [続きを読む]
|
- 2008/05/10 20:07小説「雨よ降れ」(下・再掲)
- “雨の哲学者”と出会ってから2ヶ月ほど経っていたと思う。またその日も雨だった。僕は定時で仕事を終え、いつものようにそのイタリアンの店に行った。彼女はまだ来ていなかったので、例のウェイトレスに「とりあえず」と言ってビールを注文した。出されたおしぼりで手を拭いていると、そのウェイトレスが何かいつもとは違う面持ちで近づいてきた。「あの……」と一瞬口ごもり、そして彼女はもごもごと遠慮がちに喋り始めたのだっ [続きを読む]
|
- 2008/05/10 20:04小説「雨よ降れ」(上・再掲)
- 雨が降り出した……。その日の仕事を終えて、ちょうど会社のエントランスを出たところだった。ぽつぽつと冷たい雨が落ちてきた。僕は仕方なく市役所通りの葉の落ちた銀杏並木を小走りに駆け抜け、商店街の端っこにあるイタリアン・レストランに緊急避難した。傘を持ってなく、雨宿り代わりの晩飯を食べるのにうってつけだと思い、通りのはずれのその店を訪ねたのだった。そこは会社の送別会や新卒採用の打ち上げで時たま使う、美味 [続きを読む]
|
- 2008/05/10 10:14小説「ちっぽけな浮気」(再掲)
- 『アオヤマ・ユキヒサか……』ユカリはパソコンの前の椅子に深く座り、いつも自分のブログにくるファンの男の子の名前をぽつりと独り言のように呟いた。彼の本名が「青山幸久」だということを一週間前に初めて知った。ハンドルネームは「ハルキ」だった。小説家の村上春樹の大変なファンだから、ということだった。主人には内緒で始めたブログ。ユカリが趣味の読書について語らうブログだった。彼はまだ25歳で、今年40歳の彼女 [続きを読む]
|
- 2008/05/10 00:18小説「星の日のプレゼント」(再掲)
- 僕の会社には「星の日」というのがある。自分がお世話になった人や頑張っていると思う人に星の形の紙をあげるのだ。そこにはメッセージを書くことになっている。毎月の初めが星の日だった。僕はこの会社に勤めてもう3年。第一営業課に所属していた。売り上げはあがらず、課長から怒られる毎日で、本気で俺には向いてないな、と考えていた。それじゃ自分には何が向いてるのだろう。考えても向いている仕事などありはしなかった。も [続きを読む]
|
- 2008/05/09 18:22小説「ようこそ地球へ」(再掲)
- 2850年のその日、地球代表を含む初めての「惑星会議」が開かれた。各星からの代表が一人ずつ当番星の地球に集まり、自己紹介から始まって自分の星の日常や人々の暮らしを紹介した。集まった星の代表者は口々に「私の星では……」とその星の自慢話を聞かせた。酸素がないのに生きていることや食事がいらない、勉強も不要で進学も就職もなく、ただ悠久なる宇宙に漂う星での生活を殊更不思議なことでもないように語り合っていた。 [続きを読む]
|
- 2008/05/08 22:50小説「最後のピアノ」(再掲)
- 僕は毎年会社で新卒者の採用を担当する。今年も大量に大卒を確保するよう本社から指示が出ていた。学生を前にして会社説明会をするのが僕の仕事だ。持ち時間は一時間半。喋るという作業はとても体力を使う仕事で、あれだけ長時間喋るとぐったりすることがある。その日ももう採用活動が終盤に近づいていた時期で、僕の声も少ししゃがれ気味だったように思う。「人事部のカタオカです」その日いつものように学生さんを会場に案内した [続きを読む]
|
- 2008/05/07 22:49詩「本日は晴天なり。」
- ハロー こちらいいお天気晴れ渡ってますよ〜!そよ風の吹くこの大空の彼方から私はひとり雲に乗っていま あなたに会いに来ました私の願いただひとついつか君と一緒に雲に乗りふわふわこの大空を駆け巡ることそしてあの丘超えて あの山超えて あの谷超えて世界中を旅してまわるこんな楽しいことがありましょうか?緑の丘でひと休みして青いお空を縦横無尽赤い太陽に向かって走り出しこの世の果てまで飛んでゆく美しいこの地球の [続きを読む]
|
- 2008/05/07 22:41TV「余命一ヶ月の花嫁」を見る
- TVで「余命一ヶ月の花嫁」の続編を見た。末期の乳ガンで余命一ヶ月と診断された長島千恵さん(24歳)が周りの人のはからいで結婚式をあげる実話。以前に放送されたものと概ね同じ内容であった。去る3月22日にも記事にしたが、もう一度書く。激しい痛みと呼吸困難に悩まされる千恵さんを友人たちが献身的に看病する。一ヶ月の余命宣告に戸惑いながらも夜も昼もなくケアする父親と恋人。皆に励まされ、ガンと真っ向から立ち向 [続きを読む]
|
- 2008/05/06 23:45病床に舞い降りた天使
- 風邪をひいて寝たきりとなりもう4日。なかなか治らない。いつか医者に行ったとき、風邪を治すクスリがないことを知った。カゼ薬とは、すべてが症状を抑えるだけの対症療法薬なのだ。苦しい症状から逃れるための一種の気休めである。そう思うとなんだか気分が滅入っていた。そんなフラフラとした週末の夜。布団から這い出し夕食を流しこんでいたとき、テレビに映った歌手の歌声にくぎづけになった。ピアノの弾き語りだった。名前を [続きを読む]
|
- 2008/05/04 21:19詩「虚空のスキャット」
- 目の前のパソコンに映し出される白い画面を見るたびに僕を襲う虚無 惜別 無情の心 君の突然のさよなら永遠の別れその画面を目にした途端胸がぎゅうと締めつけられて反射的にこれまでの君のコメントを頭の中で思い返してみるもう君と知りあって2年お互いさよならも言えず君はお気に入りのハンドルネームを捨てどこかのだれかに帰っていった僕のブログ仲間がひとりまたひとりと画面のむこうへと消えていくそうして僕もいずれこの [続きを読む]
|
- 2008/05/02 14:10小説「シャドー」(下)
- 影は再び口を開いた。「今日はずいぶん落ち込んでるようだね」私は突然現れた私の分身に驚いて、くわえた煙草を指でつまんで灰皿のほうへ置こうとした。それでも影は壁におぼろげに姿を留めていた。その影は何かひどく孤独な様子がうかがえたが、なぜそう思えたのか私にもわからなかった。「煙草を消さないでほしいんだ。でないと僕は消えてしまうから」入口のほうへちょうど横顔を向けるように影が言った。「お願いがあるんだ。こ [続きを読む]
|
- 2008/05/02 14:09小説「シャドー」(上)
- 私は最後の夕食を終え、数日分の食料だけを携えて自分の部屋へ戻った。そして部屋の内側から鍵をかけ、しかも特殊な操作で内側からも開かないようにした。もう私はこの部屋から二度と外へ出られないのだ。それは正に私という人間の“死”を意味した。長く長く続いた苦しみから私はいま解放されようとしている。それはなんとも言いようのない苦しみであった。人間と交わることがこれほど苦痛を伴うものだとは、社会人になるまでほと [続きを読む]
|
- 2008/05/01 23:00あるピアニストに惚れた夜
- ピアノが弾けたらな、と思うことがある。僕にはピアノなんて弾けやしない。昔、下手なギターを弾いていたことがあったが、そのギターが傷んで処分し、それからというものギターは持っていないし、弾いてもいない。しかし楽器の持つ何かの不思議な引力が、ときとして非常に強いものであることを、僕はピアニストのアルバムを聴くときに感じたりする。そういう時に、僕もピアノが弾けたらな、と思う。そもそもカッコいいでは、ないか [続きを読む]
|
- 2008/05/01 15:31小説「星の日の手紙」
- 俺とイシトビ・ミツコは同級生で幼なじみだった。小学校がいっしょで、同じクラスが6年続いた。俺たちホント最後までいっしょだったな、と母校の校庭で七夕の日に語ったのがちょうど15年前。そのとき12歳の二人は、夜の帳が降りた校庭の片隅で、星を見ながら将来のことを語り合った。イシトビは言った。「私はお医者さんになる」俺は言った。「オレはジャーナリスト」夢を語り、そして笑いあった。「手紙を出そうよ」とイシト... [続きを読む]
|
- 2008/05/01 12:51映画「死ぬまでにしたい10のこと」を観る。
- 映画「死ぬまでにしたい10のこと」を観た。そういう映画があるということは随分と前から知っていた。あと2ヶ月の命と宣告され、初めて生きる喜びを知った女性の物語。23歳のアンは、失業中の夫と2人の娘とトレーラー暮らし。彼女の毎日は、清掃の仕事と娘たちの世話で過ぎていく。ある日、突然の腹痛で病院に運ばれたアンは、ガンを宣告され余命2ヶ月だと告げられた。頭が真っ白になった後、ぼんやりしたアンの頬に涙がつた... [続きを読む]
|