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- 2008/08/04 08:20「歴史の名言」より(2)
- 今回も、同書からいくつかの言葉を紹介する。『この一日の身命は尊ぶべき身命なり /道元』*今日一日を尊いものとして受け入れてこそ人生をよりよく生きることができる、の意。『褐(かつ)を被(き)て玉を抱く /老子』* 粗末な服を着て心に玉を抱く。外見を飾らず、まことの心を大切にして生きよ、の意。『一国は一人のために興(おこ)る /文選』『金を残したり、仕事を残したりするより、人を残して一生を終え... [続きを読む]
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- 2008/07/30 07:43「歴史の名言/伊福部 隆彦(人物往来社)」より
- 「歴史の名言」という本がある。この本は、昭和30年代末に出版され、現在は絶版となっている。僕が高校生のとき、父の蔵書からこれを見つけ、以来、折に触れて読んでいる。このまま絶えさせてしまうのは惜しい本なので、ぜひその言葉を紹介したいと思う。*の部分は、僕の付け加えた補足である。『君子に二の恥あり、能(よく)するところを矜(ほこ)る、恥なり、能(よ)くせざるところを飾る、恥なり /陳幾亭』* 君子... [続きを読む]
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- 2008/07/26 11:29鹿を追う者
- 大学生の頃、ある講演会の企画を立て、40名程で活動していたことがある。その企画には百数十万円の費用がかかるため、各部員にチケットのノルマを与え、売り切るように指示していた。もし大量に売れ残って赤字となれば、損失額の大半を僕を含めた上級生が自腹で賄うことになる恐れがあったからだ(規則で利益は出せないことになっていた)。部内では毎日の売り上げを報告、合計しては一喜一憂する状況だったが、後輩部員の一部... [続きを読む]
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- 2008/07/22 15:24「経営者の条件」より(3)
- 今回も、「経営者の条件」から一文をお届けする。以前にも述べたが、ドラッカーの著作群には、自らの仕事を検証させ、向上へと導く力がある。店頭で見かけられた方は、是非一度本書を手にとってご覧いただきたい。ちなみに、ドラッカーのいうエグゼクティブとは、組織における自己の役割を認識し、組織の成果に対して責任を持とうとする者、という意味である。経営者のみを指しているわけではない。『第一に身につけるべき習慣は... [続きを読む]
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- 2008/07/19 20:40「経営者の条件」より(2)
- 今回も、同書からの引用を続ける。ドラッカーの思想の特徴の一つは、いかにして人の長所を見出し、活かすか、という点にある。道徳的欠陥を持つ者を別にすれば、その人物にどのような短所があろうとも、長所のみに着目せよとドラッカーは主張する。彼の思想は企業活動に限らず、達成すべき課題を持つ多くの集団に適用できるだろう。『弱みに配慮して人事を行えば、うまくいったところで平凡な組織に終わる。完全な人間、強みだけ... [続きを読む]
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- 2008/07/16 17:05「経営者の条件/P.F.ドラッカー(ダイヤモンド社)」より
- ドラッカーの代表作の一つ「経営者の条件」を紹介する。ドラッカーは、経営学の大家だが、彼の業績は経済学や経営学の範疇を大きく超えている。もし、彼の著作を一分野の専門書として敬遠するならば、仕事だけでなく、人としてより良く生きるうえでも大きな損失と言わざるを得ない。以下は、本書からの抜粋である。(各段落は独立し、連続してはいない)『成果を挙げるには、自らの果たすべき貢献を考えなければならない。手元の... [続きを読む]
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- 2008/07/13 10:05「だまされる視覚 錯視の楽しみ方/北岡明佳(化学同人社)」より
- 「だまされる視覚 錯視の楽しみ方」という本があ
る。この中で、単色の錯視画が多く掲載されている 。本書をご覧になったことのない方は下記の北岡氏 のサイトを一度みていただきたい。(特に、シルエ ット錯視は秀逸である。)http://www.ritsumei.ac.jp/~akitaoka / http://www.psy.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/bebophighheel.html これら を見てしまうと、普段の自分の感覚をどれだけ信用 してよいのか不安になる人も多いのではないだ... [続きを読む]
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- 2008/07/10 04:25「仕事ができる人は知っている」より(2)
- 今回も同書から、ハリール・ジブラーンの詩を紹介する。「歓びと悲しみについて」歓びとは、悲しみがその仮面を取ったもの。笑い湧くその同じ泉は、かつて涙でしばしば満たされたものである。旨い葡萄酒を入れる杯は、陶芸師の窯で焼き苛まれてできたのではないか。心を慰めるリュートも、小刀でえぐり抜かれた木からできたのではないか。歓ばしい時、心の奥底深く見つめれば、その歓びをあなたに与えたものが、かつてあなたに悲... [続きを読む]
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- 2008/07/06 23:45「仕事ができる人は知っている/小林薫(晶文社)」より
- 「仕事ができる人は知っている/小林薫」に掲載されているハリール・ジブラーンの詩を紹介する。本来ならばジブラーンの詩集「プロフェット(預言者)/ごま書房」をもとにすべきなのだが、入手困難なので、孫引きの形となることをお断りしておく。翻訳は、小林氏によるものである。先日、身内が結婚したが、彼らだけでなく、結婚なさっている方々、もうすぐ結婚なさる方々すべてにこの詩を捧げたいと思う。『結婚』夫と、妻、二... [続きを読む]
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- 2008/07/06 08:10終着駅(3)
- 甲子園球場の座席の半分以上が死者で埋まっている光景を想像していただきたい。報道によると、年間3万人を超える自殺者がいる。彼らを一ヶ所に集めれば先ほどの情景が現実のものとなる。確率的には、およそ4000人に1人が自死している。4000分の1の確率と考えれば、他人事のような気もするかもしれない。でも、10年単位で考えればどうだろうか。これからも同様の比率で事態が推移するとすれば、約400人に一人が自... [続きを読む]
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- 2008/07/05 08:10終着駅(2)
- この一連の彼の行動は無責任といわざるを得ない。甘えも甚だしい。鉄道や病院、家族にとって迷惑千万だ。しかし本当の問題は、彼自身、そのことを重々承知していたという点にある。 では、なぜ、彼はそのような分別のない行動を取ったのか。一言でいえば、自分は死ぬほど苦しい、と周りの人たちに切迫感を持って伝えたかったということに尽きるだろう。致死量のオーバー・ドーズも辞さないくらい辛いのだと行動を通じて訴えたかっ [続きを読む]
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- 2008/07/04 06:10終着駅
- ある日、知り合いの青年と喫茶店で会っていた。相談があると言っていたわりには元気そうだな、と思って少し安心していると、突然、「僕ね、先週、自殺未遂をしたんですよ」相変わらずの明るい口調で彼は話し出した。彼によると、ある時、急に限界がきたという。そこで早速準備にとりかかることにした。まず、精神科からもらっていた薬を取り出した。こういうこともあるかと普段から少し多めにもらって溜めていた大量の薬である。こ [続きを読む]
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- 2008/07/02 05:50「それでも人生にイエスと言う」より(6)
- 今回は、同書からの最後の抜粋である。『心の病気にかかった人、しかもとくに「精神病」にかかった人は、苦悩する正常な能力を失っています。この事実を無視すると、ある日私の身に起こったような出来事がみなさんにも起こりかねません。私がある精神病院で救急業務を担当していたとき、待合室に呼ばれました。そこでは、ちょうど新しい患者さんが入ってきたところでした。そこへ行くと、年配の婦人と若い婦人がいました。どうやら [続きを読む]
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- 2008/06/29 19:10「それでも人生にイエスと言う」より(5)
- 以下は、前回からの続きである。『その患者さんは、自分の命がもう長くないことを、それどころかあと数時間しかないことをまったく正確に知っていました。私はちょうどそのとき、その病院の当直医として、この男性の最後の午後の回診をしなければなりませんでした。そのときのことをいまでもはっきりと覚えています。 ベッドのそばを通りかかったとき、彼は合図して私を呼び寄せました。そして話すのに苦労しながらこう伝えまし [続きを読む]
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- 2008/06/29 14:25「それでも人生にイエスと言う」より(4)
- V・E・フランクルは戦後、精神科医として働いた。今回は、彼の医療者としての回想である。『私がお話しするのは、まだ若かったある男性のことです。彼は、活動的でやりがいのある職業生活を送っている最中でした。多忙な広告デザイナーだったのです。ところが、その職業生活を突然中断せざるをえなくなりました。悪性で手術もできない重篤の脊髄腫瘍をわずらったのです。この腫瘍のせいで、すぐに手足が麻痺状態になりました。そ [続きを読む]
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- 2008/06/28 00:30「それでも人生にイエスと言う」より(3)
- 今回は、人間の意志の力、希望の力を象徴するエピソードを同書からお伝えする。本文中の「彼」とはフランクルが出会ったある囚人を指している。『(前略)彼は、奇妙な夢を見たというのです。「二月の中頃、夢の中で、私に話しかける声が聞こえて、なにか願いごとをいってみろ、知りたいことを聞いてみろ、っていうんだ。答えてやれる、未来を予言できる、っていうんだ。そこで、私は聞いたんだ。私にとっていつ戦争が終わるんだっ [続きを読む]
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- 2008/06/27 00:25「それでも人生にイエスと言う」より(2)
- 引き続き、V・E・フランクルの強制収容所での経験を回想した一文を紹介する。『強制収容所から連れて来られた男たちが、塹壕に入ってミツバチのように働いていました。凍てついた地面をシャベルやつるはしで掘り返し、火花が飛び散るほどでした。ちょうどそのとき、見張り番の歩哨がその集団を離れました。しばらく見張りのいないあいだに、男たちは、シャベルやつるはしをもつ疲れた手を休めました。すると、「野外班」で外にい [続きを読む]
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- 2008/06/26 03:10「それでも人生にイエスと言う」( V・E・フランクル著/春秋社)より
- 著者のV・E・フランクルはユダヤ人の精神科医であり、第二次大戦時はアウシュビッツ強制収容所で囚人として過ごした。彼には「夜と霧」という歴史的ともいえる名著があるが、今回は彼のエッセイ風の書物から一部をご紹介する。『(前略)あるとき、私は、強制収容所で、以前から知っていた若い女性といっしょになりました。収容所で再会したとき、彼女はみじめな境遇にあり、思い病気で死にかかっていました。そして自分でもそれ [続きを読む]
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- 2008/06/22 17:10「北壁に舞う/長谷川恒男(集英社)」から(2)
- 今回は長谷川氏の著作から単独行論に関する一文を紹介する。『単独行は何人かで組んでいくパーティー登山と違って、自分の能力をいかに百パーセント出し尽くすかが最大のテーマだ。たとえば複数なら、困難な障害にさしかかっても、下の仲間がザイルを確保していて、「それ行け!大丈夫だよ。確保しているから」と言えば、そのひと言で勇気が出る。その勇気を、自分で自分の中からどう引き出すかが単独行だと思う。人間の能力を十と [続きを読む]
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- 2008/06/22 01:05「北壁に舞う/長谷川恒男(集英社)」から
- 日本を代表する登山家だった長谷川恒男氏の著書、「北壁に舞う」から一文をお届けする。『私が歩いてきた道、その道の中に雪崩で死んだひとりの少年の姿が浮かんできた。私が教えたまな弟子だ。私は徹底的にこの十三歳の少年に技術を教えた。そして、登山に必要な技術・体力・知識の必要性を教えこみ、精神論をたたきこんだ。さらに私は、この天才ともいえる少年に過酷とも思える質問をした。「もし君と私がより困難な登山をめざし [続きを読む]
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- 2008/06/21 03:45伏流水
- 時々、自宅のPCが言うことをきかなくなる。「〜にアクセスできません」とか「〜が見つかりません」などと我儘を言い出し、先に進まなくなる。適当に触っているうちに機嫌を直してくれるが、復元せざるを得なくなることもある。時には再セットアップまで強いられる。そこまで追い込まれた事情が分からないから、またいつ同じ憂き目に会うかという不安感が拭えない。しかし冷静に考えれば、逆のことにも気づかされる。コンピュータ [続きを読む]
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- 2008/06/20 11:40「生きてみたい、もう一度 新宿バス放火事件」から(7)
- 今回は、本書からの最後の引用である。『そして最後の疑問。丸山博文の挫折は、異常な、特殊なものだったのだろうか。ひとたび事件が起きれば、犯罪者を異常人と規定し、犯罪の行為を狂気のしわざだと解釈する。我々の常識ある世界のこととは違うのだと分別する。“自分は、第二第三の丸山博文にはならない”と、誰に言えるだろうか。孤独につき落とされたとき、人間としての値打ちや誇りをずたずたに切り裂かれたとき、条件さえ整 [続きを読む]
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- 2008/06/18 12:00「生きてみたい、もう一度 新宿バス放火事件」から(6)
- 引き続き、事件発生の経緯に対する杉原氏の疑問を紹介する。『そして第二の疑問。丸山博文に、火を放つべく、人を殺すべくガソリンを買わせたものは一体、何であったのか。犯行を決行させてしまったものは、何。丸山博文は八月十四日から犯行に至るまでの経過を供述している。その事実は重要な意味を持っていると思う。彼に注意をした人、言葉を吐いた人たちは一体、どんな表情でどんな声で言葉で、否、まずどんな心をもって言った [続きを読む]
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- 2008/06/16 12:05「生きてみたい、もう一度 新宿バス放火事件」から(5)
- 今回も、丸山博文の犯行動機に対する杉原氏の疑問と分析を紹介する。『人は誰でも、自分だけは優位に立ちたい。自分よりは金のない者、地位の低い者、健康を損ねた者等々、そうした弱者とは並びたくはないという偽りのない感情がある。そうした弱者には同情はするが、我々の世界に入りこんできては迷惑する。社会の向上発展のためには、力のある者、役に立つ者に優先権があるのであり、これら弱者は足手まとい、邪魔ですらあるとい [続きを読む]
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- 2008/06/15 17:45「生きてみたい、もう一度 新宿バス放火事件」から(4)
- 今回も、丸山に対する鑑定の過程を紹介する。以前にも触れたが、「私」は筆者であり、被害者でもある杉原氏のことである。『「妻の病気はお前のせいじゃない」と言ってもふっきれない。七年前に離婚した妻を“女房”と呼び、「いい女だった」と話す。長男(八つ)の話を出すと、「その話はやめてください」と妙にオドオドとする。そして、「お役所の人に申し訳ない」と口走る。“お役所の人”とは、長男を施設に世話してくれた福祉事務 [続きを読む]
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