santa さん

santaさん: 森住卓のフォトブログ
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プロフィール

ハンドル名santa さん
ブログタイトル森住卓のフォトブログ
サイト紹介文メディアが伝えない、世界で起きている出来事がここにはある。世界を知るためのビタミン剤だ
参加カテゴリー
更新頻度情報提供28回 / 84日(平均2.3回/週) - 参加 2008/06/04 00:24

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  •   関連キーワード
  • 広島
  • 2008/07/29 11:10辺野古の座り込みテントで開かれた「海の幸をいただく会」
  • 7月26日、辺野古の海に感謝して「海の幸をいただく会」が開かれた。食い意地の張った私は他の予定をキャンセルして参加した。海民ちゅーが届けてくれた、イラブチャー、ブダイやマグロの刺身、タコなど大きな皿一杯に盛られて皆でいただいた。5月に辺野古の海で取れた太くて歯ごたえのあるモズクも大好評。オバー達が作ってくれたぜんざいはすぐなくなってしまった。座り込みのテントにはたくさんの人が駆けつけ、新鮮な海の幸を味... [続きを読む]
  • 2008/07/26 22:59ヤンバルに新しい宿
  • ヘリパット建設反対で揺れる東村高江で喫茶店「山瓶」のゲンさんが今度はヤンバルの最奥部、国頭村楚洲に地中海風の宿をオープンさせた。閉鎖されたパーラーをゲンさん一人で改修し、壁と床と天井を漆喰で塗り清潔で気持ちの良い宿が出来た。見下ろす紺碧の海は太平洋。ずっと見ているとジュゴンに会えるかも知れない。日が暮れると満天に星々が輝き、リズミカルな波音だけがBGMとなて眠気を誘う。「何もないところが良い」とゲン... [続きを読む]
  • 2008/07/26 08:35ヘリパット反対の高江(沖縄県国頭郡東村)にShing02が来た。
  • Shing02って何? だれ?って、このブログを見ている人は思われる方も多いでしょう。実は私も3年前まで知りませんでした。Shing02はサンフランシスコをベースに活躍するミュージシャンのラッパーです。私とShing02との出会いは2005年5月、バークレーでの講演を聞きに来てくれたのです。私のパソコンの調子が悪く、そのとき直してくれたのが、何とShing0さんだったのです。その時には彼のことをよく知らずに、帰国後息子に「Shing02っ... [続きを読む]
  • 2008/07/18 14:54都心のど真ん中を猛毒プルトニウムが通過
  • 昨夜7月17日午後7時40分過ぎ首都高3号線渋谷駅付近を3台のトラックが通過した。ブルーシートをかぶせ車体に放射能のマークをつけたトラックは夕刻のラッシュ時、一般車に紛れて、こっそりと走り抜けた。ブルーシートの中に隠されたものはなんと猛毒のプルトニウム。輸送ルートは茨城県東海村 日本原子力研究開発機構―常磐道―首都高速―東名高速道路―名神高速道路― 福井県「もんじゅ」。今回で最後の輸送となった。今後は青森... [続きを読む]
  • 2008/06/13 12:09四川大地震 避難所生活(安県黄土鎮)
  • 子どもたちのためにテントの図書館開設され、避難してきた子どもたちが学校の勉強を教えあっていた。(安県黄土鎮 5月26日)安県黄土鎮の避難所には北川の村から避難してきた住民がたくさんいた。家族と親戚で食事をする避難民... [続きを読む]
  • 2008/06/09 11:46四川大地震 綿陽市九洲体育館避難所
  • ごった返す避難所はプライバシーもなく被災者は次第に疲れが蓄積している。まわりの喧噪をよそにぐっすり眠っている4才の男の子。九洲体育館は四川大地震で最大の避難所になった。最も多いときで2万人をこえた。北川県からの避難民が多い。山の中の村は土砂に埋まってしまった家も多く、この避難してきた人々は帰るところもない人もいる。(2008年5月26日)... [続きを読む]
  • 2008/06/07 10:40四川大地震 山から逃げてきた人々 北川
  • 山が崩落し生活できなくなった住民は山を下りてきた。その後、ダム決壊の恐れからこの村の住民は全員避難させられた。数時間歩いて山から下りてきた人々。村にたどり着いたときには夕暮れが迫っていた。... [続きを読む]
  • 2008/06/05 20:59四川大地震 甘粛省武都県
  • トウモロコシを引いて粉にする。2006年に起こった地震で倒壊した後に政府が作ってくれた家が再び倒壊した。その時のプレートが残った壁に貼られていた。昼食の後片付けをする家族村の診療所は地震で倒壊してしまった。急遽ビニールシートを貼って応急の診療所が出来ていた。中には少しの薬と聴診器、注射器しかなかった。... [続きを読む]
  • 2008/06/05 20:56四川大地震 甘粛省武都県
  • トウモロコシを引いて粉にする。2006年に起こった地震で倒壊した後に政府が作ってくれた家が再び倒壊した。その時のプレートが残った壁に貼られていた。昼食の後片付けをする家族村の診療所は地震で倒壊してしまった。急遽ビニールシートを貼って応急の診療所が出来ていた。中には少しの薬と聴診器、注射器しかなかった。... [続きを読む]
  • 2008/06/04 12:40甘粛省文県梨坪
  • 崩れた壁の下敷きになって足を大けがした老人。町の病院で治療を受け山に戻ってきた。寝たきりになってしまった。隴南市から来た役人が村を案内してくれた。その数14.5人いた。私の行動をずっと追いかけて撮影している男がいた????。... [続きを読む]
  • 2008/06/03 18:36甘粛省文県梨坪
  • 地震発生時、妻は家の中で昼食の後片付けをしていた。子どもたちと夫の劉さん(38)は外にいたので無事だった。妻は崩れて家の下敷きになった。村中の人が来て4時間後に掘り出したがすでになくなっていた。これからどうしていったらよいのか?と娘と一緒になき崩れてしまった。(2008年5月24日 寺林山村)急峻な山岳地帯は小さな余震でも崖崩れが発生する。... [続きを読む]
  • 2008/06/03 18:246月20日講演会やります
  • 沖縄・ヤンバルの森から、「集団自決(強制集団死)」の現場へ新基地建設に揺れる沖縄北部・辺野古に海、ヤンバルの森(東村・高江)など「沖縄の今」と、沖縄戦の“極限の惨劇”「集団自決(強制集団死)」の実相をスライドショーで伝えます。6月20日(金)6時半から明治大学リバティータワー地下1001教室http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/access.htmlJR御茶ノ水駅から徒歩3分、地下鉄丸ノ内線御茶ノ水駅から徒歩... [続きを読む]
  • 2008/05/30 00:35甘粛省文県の村々
  • 壊れた農家に入ると壁に毛沢東の肖像画とお釈迦様の絵が張ってあった。神仏混合??はにかんでいた人たちも親しくなると写真を撮ってもらいに集まってきた。... [続きを読む]
  • 2008/05/29 00:43刈り残された小麦
  • 谷間のわずかな平地はどこも耕されていた。小麦畑に束ねられたままの小麦の束が横たわっていた。収穫作業中に地震が襲い、あわてて逃げたのだろう。小麦畑の半分は刈り取られていなかった(5月24日甘粛省南部・文県)... [続きを読む]
  • 2008/05/27 23:01地震取材から帰国しました。
  • 昨夜(5/27)帰国しました。ご心配おかけしました。メディアの地震報道は下火になり、すぐに忘れられてしまうでしょう。しかし、被災者の苦悩はこれから始まるのです。そのことを忘れずに今後も取材した人々のことを思い、仕事を続けて行こうと思っています。私が合った人々はだれもがとても親切でした。息子を失い、家も失い悲しみのどん底にいた夫婦が夕食を食べてゆけと言ってくれた、あの心の温かさをずっと忘れる事はできませ... [続きを読む]
  • 2008/05/27 01:31笑顔を取り戻したワンちゃん(4才)
  • 成都から北東に100キロにある綿陽安県黄土鎮にある難民センターには北川周辺の村から避難してきた人々が収容されている。4才の女の子と出会った。名前は王(ワン)ちゃん4才だ。彼女は北川の擂鼓鎮から避難してきた。彼女は地震後、笑顔を失い、唾をところかまわず吐くようになった。今も余震に怯え、村人のたくさんの死体を目撃した。難民キャンプに来たときには彼女の笑顔は消えていた。地震の精神的ショックは4才の女の子の心に... [続きを読む]
  • 2008/05/25 00:16四川大地震 甘粛省南部の村 寺山村
  • 人口200人から数百人の村が急峻な山にへばりつくように点在し、山の上まで耕され、サンショウやクルミ、トウモロコシ、ジャガイモなどが植え付けられている。この地域は漢民族とチベット系のチャン族が混在している地域だ。政治的には非常に微妙な地域で、中国側の役人が絶えず着いてきた。地震が起こった5月12日午後2時過ぎには農民の殆どが畑仕事をしていたため、犠牲者は幸いなことに少なかった。泥壁と木で出来ている家屋は完... [続きを読む]
  • 2008/05/23 23:50四川大地震 甘粛甘粛省南部 少数民族の地域・伝えられていない被害
  • 昨日夜、四川省成都から飛行機で西安に飛び、さらに早朝甘粛省の州都・蘭州へ。さらに車で500キロ走ってロンランスーに着きました。甘粛省南部医の被害の取材に行くためです。成都から蘭州行きの飛行機は満席でやっと西安行きチケットが取れたのです。仕方ないので、西安経由で蘭州に入りました。(大きな余震がくると報道され成都のお金持ちは飛行機で一時避難をするためにどの便も満席になってしまったのです)今朝、蘭州空港か... [続きを読む]
  • 2008/05/20 08:483日間の喪
  • 5月19日、地震発生から1週間が過ぎた。午後2時20分一斉にサイレンが鳴り出した。町のあちこちには半旗が掲げられていた。中国中央テレビ(CCTV)は全国が地震発生1週間目のこの時間に中国全土が3日間の喪に伏したことを伝えていた。国民が犠牲者の冥福を祈るのはいいが、救出現場から作業を中断してセレモニーが行われている様子が映し出された。おそらくこの間20分以上作業が中断されたことになる。そんな時間を救出に... [続きを読む]
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