築地本願寺 さん

築地本願寺さん: 説法師子吼
  築地本願寺さん 携帯プロフィール QRコード   

参加トラコミュ

トラコミュに参加してみませんか?

トラコミュに参加してみませんか?

あなたの書いた記事をテーマにそったトラコミュにトラックバックすることで、共通の趣味や話題をもったブロガーとつながります。

トラコミュ検索はこちらから

プロフィール

ハンドル名築地本願寺 さん
ブログタイトル説法師子吼
サイト紹介文仏教界の重鎮「豊原大成」がブログします。
参加カテゴリー
更新頻度(2年)情報提供72回 / 125日(平均4.0回/週) - 参加 2008/06/21 12:29

築地本願寺 さんのブログ記事

記事削除機能過去の記事 … 1 2 次へ
  • 2008/10/02 14:30古本(5)
  •  この版木は現在も保存されているそうですから、その版本が巷間に出回っていることもあり得ないことはないのですが、題紙に「浄土真宗」とありますから、かねて一部の学者が問題にしていたように、これはおそらく我が国で作られた高麗本なのでしょう。 一方、我が国でも、徳川時代に江戸の寛永寺版と宇治の万福寺の黄檗版の二種の版本がある中、高麗版の模倣本まで出回っていたことは、昔の僧侶の、いかに多くが、学問に精励して... [続きを読む]
  • 2008/10/01 10:00古本(4)
  •  ところで、私が入手した『十住毘婆沙論』の各冊の最後には、"癸卯歳、高麗国分司大蔵都監奉勅彫造"と印刷されています。 さて、経典のみならず、すべての書物は、もとは手書き、つまり筆写でした。それが木版によって一切経、大蔵経として、中国で印刷されたのは、今から千年あまり前の宋の時代の蜀版。 ところがそれに依拠しながらその数十年後に、朝鮮半島北部の高麗国で、外敵契丹兵をやっつける祈願のために、新... [続きを読む]
  • 2008/09/29 13:50古本(3
  •  さて、『十住毘婆沙論』ですが、それは私たちの浄土真宗にとって極めて大切なお聖教の一つなのです。 もとは『華厳経』という数十巻の大きなお経の一部、菩薩の階梯を説く部分・十地品の注釈書で、七高僧の第一、龍樹菩薩がお書きになり、『阿弥陀経』と同じく、大翻訳家鳩摩羅什が漢訳した15巻35品(章)の書物なのです。 そしてその第九・易行品で、菩薩が不退転の位に入るために、努力精進する難行道、つまり聖道門自力の教... [続きを読む]
  • 2008/09/28 09:30古本(2)
  •  ちょうど、美術館から出て、広い路を鍵の手に曲がった所の会館で、何十もの古書店が出店している、かなり大規模な古本市が催されていて、足が自然と、その中に吸いこまれました。入ってみると、さすが京都。仏教書がずいぶんたくさん並んでおり、ついついその何冊かを買い求めました。 ところが、私の買った古本の中に、奇妙な一部が入っていたのです。和綴の木版刷り5冊、署名は表の題上に『浄土真宗 十住毘婆沙論』とあり、... [続きを読む]
  • 2008/09/26 11:07古本(1)
  •  一昨年の夏だったでしょうか。ご本山のご用が、たまたま早く済んだので、折しも京都市内の岡崎で開かれていた、明治−大正−昭和にかけての日本画の大家、横山大観画伯の絵の展覧会を見に行きました。 以前から好きだった、2〜3歳の童女を画いた「無心」や、長さ40メートルに及ぶ、雨水→谷川→大川→大海→雲となって天へという水の生涯を画いた絵巻物「生々流転」などに見とれながら、思いがけぬ楽しい一刻を過ごしました。 ... [続きを読む]
  • 2008/09/21 08:30縁 ―影響し合う力― (5)
  •  まことに、一つひとつの天体のもつ影響力にあらためて関心させられるのですが、同じことは、この私自身の一挙一動、何を考え、何を見、何を聞き、何を行うかが、私自身はもちろん、周囲の人びと、いや社会、世界全体に、何ほどかの影響を及ぼし、逆に、世界の限りないさまざまな要因のお陰で、私自身が今ここに、こうやって存在していることを思わねばなりません。 これが仏教で言う「重々無尽の縁」であり、だからこそ私たちは... [続きを読む]
  • 2008/09/20 16:00縁 ―影響し合う力― (4)
  •  だから、もし地球の目方がどれほどか軽くなったら、あるいは自転が止まったら、灼熱の太陽に吸いこまれてしまいますし、重くなったら太陽から離れ、太陽から受ける光も熱も減少し、すべての生物は凍死してしまうでしょう。そして太陽系全体のバランスが崩れ、太陽系そのものが崩壊消滅してしまうはずです。 ですから、今、太陽系はその構成員たる太陽や惑星すべての絶妙のバランスの上に存在しているのですが、考えてみると、小... [続きを読む]
  • 2008/09/19 19:30縁 ―影響し合う力― (3)
  •  次にその広がりですが、太陽を直径1メートルほどのボールだとすると、地球は1キロほど離れたところにある直径1センチほどのグリーンピースです。 月は地球から30センチほど(38.5万キロ)離れた直径2.5ミリ(直径3500キロ)の粒です。 そしてその一番外側の冥王星は太陽周回の軌道がかなり楕円形ですが、その平均をとると60億キロ。つまり太陽と地球の距離の40倍ほどのところを周回していますから、太陽のボールから40キロほど... [続きを読む]
  • 2008/09/18 08:30縁 ―影響し合う力― (2)
  •  さて、太陽系には9個の遊星(惑星)があると考えられています。9個の星とは、内側から、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星の九星で、ほかに、火星と木星の間に約4000個の小惑星があり、それらすべてが太陽を中心にして、ほぼ同一の円盤上に空間を周回しているのです(ただし、冥王星は2006年、国際天文学会の決議で惑星の肩書をはずされました)。 また、地球に月があるように、火星は二つ、木星は63... [続きを読む]
  • 2008/09/17 10:23縁 ―影響し合う力― (1)
  •  今年の夏(平成17年)は、水星に物体をぶっつけて、表面に飛び散った物質を調査したり、スペースシャトル・ディスカヴァリー号の打上げが成功裏に完了するなど、宇宙に関する話題の多い季節でした。昔は夏の夜空の話題を独占した"天の川"も影が淡かったようです。 ところで、私たちの地球は、太陽系一族で、太陽から1億5000万キロ(大坂と東京を15万回往復できる距離)のところにあり、24時間で一回自転しながら365日... [続きを読む]
  • 2008/09/11 08:30老人パワー(4)
  •  500年前、蓮如上人の時代は、上人自らが「御文章」の中でお述べになっておられるように、「定命(じょうみょう:平均的な寿命)は56歳なり」と言われた時代です。いや、しかし、それはちょっと長すぎます。昭和の初期でさえ、日本人の平均寿命は47〜8歳だったと記憶します。蓮如上人の頃は、40歳そこそこではなかったのではないでしょうか。 そうすると上人は、普通の人の寿命より20年も過ぎた頃、新しい大計画を樹て、それを数... [続きを読む]
  • 2008/09/10 08:30老人パワー(3)
  •  そういえば、『広辞苑』という字引をご存知ですね。現在のわが国の数ある国語辞典の中で最も有名な辞書だといってよいでしょう。 この『広辞苑』の最初の編纂者は文学博士・新村出先生で、聞くところでは、京都大学文学部教授を定年退官後、この仕事に着手し、完成されたそうです。 また、京大には伊吹武彦というフランス文学の教授が、昭和40年代の学園紛争の頃までおられました。戦後、京大フランス文学の三羽烏の一人と言わ... [続きを読む]
  • 2008/09/09 08:30老人パワー(2)
  •  さて、その6通目が、福井県にある吉崎御坊(現在は別院)建立に関する御文章で、それによると上人は、御歳57歳で御坊を建立され、1〜2年の間に参詣を制限しなければならぬほどたくさんの参拝者が押しよせたそうです。 しかし折しも戦国時代の初期で、地方の豪族間の戦乱に巻きこまれるのを避けて4年後、吉崎を脱出し、61歳で淀川中流の出口(大阪府)に坊舎を建て、さらに64歳で京都山科を本願寺建立の地として選定し、3年後の... [続きを読む]
  • 2008/09/08 14:30老人パワー(1)
  •  今の知恩院の三門の北側にあった小さなお寺に過ぎなかった本願寺を、一代で日本一の大教団に仕上げられた蓮如上人(1415〜1499)は、43歳で本願寺を継ぎ、85歳で亡くなられるまでの40年余りの間に、250通以上の御文章(教義に関するお手紙)を各地のご門徒に向けてお送りになりました。 その御文章を集め、上人の孫にあたる円如上人がそのうち80通を五帖に分けて編纂されたのが、通称「五帖一部の御文章」です。 この御文章か... [続きを読む]
  • 2008/09/04 08:30野球を見る(4)
  •  そのほか野球には、野手の打球の処理、走者の走塁等々、興味深いプレーがいっぱいありますが、球場でも、テレビからでも、ほとんど見えないのが監督の心理状態です。 たとえば味方の投手が打ち込まれる。あるいはチャンスが到来したが、打者が不調のようだという場合、投手を続投させるか否か、代打者を出すべきか否か、また選手を交代させるとしたら誰を指名するかなど。もちろん、投手交代の場合は捕手やコーチの意見を参考に... [続きを読む]
  • 2008/09/03 08:30野球を見る(3)
  •  だから捕手は股間で、右手の指を握ったり、パーを出したり、指を一本だけ出したり、二本出したり、そのほか、あらかじめ打ち合せしてある通りの指の形で投手にサインを送る。投手はそのサインにうなずいたり首を振ったりして、球種合意の上で投球する。 しかも一球目、二球目と同じコースに同じ種類の球を投げないようにするなど、バッテリーと打者とのかけ引きだけでも、その種類は無数と言ってよい。 そんな球種をあれこれ予... [続きを読む]
  • 2008/09/02 08:30野球を見る(2)
  •  しかしながら、野球場で見る野球は、実は甚だ大味なものでしかないことをご存知でしょうか。もちろん、目の前で選手たちの、投げる、打つ、走るなどのプレーを見、声援を送るのは楽しいには違いありませんが、野球の面白さは、それだけではないのです。その一つはピッチャーがバッターに対して投げる球種を見ることです。 ご存知と思いますが、投手の投球には、直球、カーヴ、シュート、シンカー、スライダー、フォークボールな... [続きを読む]
  • 2008/09/01 12:01野球を見る(1)
  •  今年も早は秋の彼岸会の月になりましたが、それにしてもこの夏(平成15年)は、ヨーロッパや中国の猛暑、インドや日本各地の豪雨など、世界中が異常気象だったようです。そのために災害を被られた方がたのお苦しみは、第三者には測り知れないものがあると思います。せめて心からお見舞申し上げます。 ところで今年は、プロ野球阪神タイガースのブームの年でもあるようです。甲子園球場には8月の全国高校野球選手権大会にも連日... [続きを読む]
  • 2008/08/29 08:30まっすぐに(4)
  •  同じことは私たちの人生、いや毎日の生活についても言えます。 せっかく、恵まれた生命です。幼いときから正しくスタート出来るよう、親だけでなく、周囲の人びとが充分配慮すること、そしてひとたびスタートした生命は、み仏によって示された輝かしい道を、さまざまな困難を乗り越え、目標に向かってまっすぐに歩つづけるよう、努力せねばなりません。(豊原大成 『心の風景 ?』 自照社出版 2006年) ... [続きを読む]
  • 2008/08/28 08:30まっすぐに(3)
  •  さて、基本という点では、音楽も同様なことが言えるのではないでしょうか。 音楽は、これも声やさまざまな種類の楽器の、いろんな高さ、長さ、強さの音の組合せによって成り立ちます。これらがどう組み合わされ、表現されるかによって、その音楽の優劣、巧稚が決まるのですが、その複雑な表現の前に、より大切なことは、定められた一つの音の高さを、それだけ正しく、まっすぐに続けて出せるかということでしょう。 たとえば&q... [続きを読む]
  • 2008/08/27 08:30まっすぐに(2)
  •  ところで、書の上手下手、美醜は、何によって決まるのでしょうか。これは実にさまざまな要因が複雑に作用しているようです。 まず、書は点と線との組合せです。しかも点にも線にも、縦、横、斜めなど、いろんな種類があります。それらがうまく組み合されて、一つの字、一行の書になるわけです。 書の根本は、天と地とを貫く直線だという人がいます。五字、十字であろうが、二十字、三十字であろうが、それぞれ形の異なる文字が... [続きを読む]
  • 2008/08/26 13:23まっすぐに(1)
  •  書道の展覧会に行きますと、大きな画仙紙に墨痕鮮やかな作品が、広い会場に、所狭しと展示されています。どれもこれも立派ですが、多くの場合、その書体は行書、草書、篆書、隷書で、楷書の作品は少ないようです。作者たちが、楷書という書道の基本を超えて、自分自身の技術や芸術感覚を表現しようとすると、どうしても、行、草などの書体になってしまうのかも知れません。 また私たちが通常、手紙やメモなどを認める場合、楷書... [続きを読む]
  • 2008/08/15 08:30盆踊り(5)
  •  なお、こんな楽しい、素晴らしい風物を間近に見ながら、どうせ下手くそに決っているが、踊りの輪の中に入って行く勇気が私に無いのは何故だろうかと、私は、踊りの間ぢゅう、しきりに考えていた。 つまり私には頭をはじめ、それぞれ異なった方向に、両手両足を、曲げたり伸したり、うまくあやつることは不可能のように思えたからである。 そして私が何故そう思うかという理由に、ふと思い当った。 つまり、私が、遙か昔の学生... [続きを読む]
  • 2008/08/14 08:30盆踊り(4)
  •  しかし楽しい。他のどれよりも楽しい。もしかしたら、この圧倒的な数によるいい加減さ。 しかも、何時間も汗をかき、拭き、砂埃にもまみれながらの踊り手と見物人たち。これこそが日本の庶民の力であり、文化ではないか。 そういえば、ハワイや北米西海岸のロスなどで、佛教寺院の夏の行事として、盆踊りが毎年盛大に催され、そのために坊さん兼・歌手兼・踊りの先生が招かれて、わざわざ日本から出張するのも、彼地の日系人の... [続きを読む]
  • 2008/08/13 08:43盆踊り(3)
  •  それに、その踊り方。上手もあり、下手もあり。腰をやや落して、両手を挙げ降ししながらステップを踏む。だから腕も脚も、ピンと伸びることが無い。曲げても伸ばしても、中加減なのである。 それから、踊りは必ずしも音楽が始まった時から踊っていなくても、かまわない。曲の中途から何重にも櫓を取り巻く踊りの輪に入って行ける。輪の何処に入ってもかまわない。後の人は適当に間合いをあけてくれる。 また逆に、途中で何かを... [続きを読む]
過去の記事 … 1 2 次へ

にほんブログ村

>

説法師子吼