|
- 2008/09/04 18:53プールの効用
- 目の前に果てしなく広がる空白の時間それはめまいのするほどの圧迫感でわたしの前に立ちはだかっていました。その圧迫感から逃れるために編み出したいくつかの方法を前回の記事に書かせていただいたのですが中でもプールの効用はものすごいものがありました。なるべく毎日プールに行って、10分でも20分でもいいから泳ぐこと初めの内は、すごく気だるくて面倒くさくて足取りも重かったのですがそれには思ってもみないたく [続きを読む]
|
- 2008/09/02 11:12空白の時間を埋める方法
- そんなわけで、実家に戻ってから最初の数ヶ月間はわたしはほとんど社会とのつながりを持たずに家族以外の人とは話すこともなく日々を過ごしました。時間だけは、めまいがするくらいに豊富にあって、ぽっかりと空いた空白の時間があり過ぎることがまた大きな苦痛でもありました。朝、9時くらいにおきて、朝ごはんを食べて午前中は家の掃除。午後の時間はまるまる空白です。その空白を何とか埋めないとわたしはまた食 ... [続きを読む]
|
- 2008/08/31 12:23ゼロになろうとする日々
- ちょうど30歳の誕生日を迎える直前に、久しぶりに戻った実家。それまで、酩酊の数年間の最中にもちょこちょこと戻ったりはしていたけれど、居ずらくなってはすぐにまた別の場所に飛び出した。でも今回は、覚悟を決めていました。しばらくはもう、どこにも行かない。一番苦手だった“留まること”をしてみよう。ずっと以前はわたしの部屋だった場所は、だいぶん前から妹の部屋になってしまっていたし、実家のそこらじゅう ... [続きを読む]
|
- 2008/08/29 17:14敗北宣言
- もう十分やった、もう、終わりにしようさすがにもう、これ以上は無理だ…30歳目前のわたしは、30歳という区切りもあったのかもしれないけれど、とにかくいろいろなものを終わりにしたくて、実家に帰る荷物をまとめ始めました。引越し屋さんの手続きをしたり、ガスや水道の会社に連絡をしたり、少しづつ荷物をまとめはじめたり…決めてしまうとそれはあっという間のことでした。引っ越す直前まで、食べ吐きとアルコール ... [続きを読む]
|
- 2008/08/27 10:43回復期のはじまり
- 摂食障害の専門病棟を強制退院して再び社会に飛び込んで上手くいかなくてそのときで確か24歳か25歳だったと記憶してます。その後の数年間は、前にも書いたとおりに、破滅的な酩酊世界の中をさまよっていた訳ですが、その頃のことはちょっと置いておいて…今から思えばあれが回復期のはじまりだったなと思う頃からのことを書いていこうかと思います。とは言え思うのは、摂食障害になってからの全ての時期の全ての経験が ... [続きを読む]
|
|
|
- 2008/08/24 11:16書くことの痛み
- 摂食障害専門病棟を退院して、順調に進み始めていたかに見えた新しい生活がガラガラと音をたてて崩れていく…実はこの辺りの記憶から思い出すことさえも、そして書くことも正直苦しい。一旦上手くいったかのように見えた社会生活がまた散々な形で崩れてしまってからというもの、わたしは破壊的でとことん自分を痛めつけるようなそんな道を突き進んで行ったのでした。そこには思い出したくもないような恋愛のゴタゴタが ... [続きを読む]
|
- 2008/08/22 15:24新しい生活
- 摂食障害の専門病棟をリストカットで強制退院して、その後…。とにかく通院できる病院を探そうと摂食障害に力を入れていらっしゃるという心療内科の先生の医院に診察に行ったのですが「○○病院で強制退院になられたということはわたしも診て差し上げることはできません。リストカットという症状があられるんですね、それは重い症状ですから、精神科の病院に行かれたほうがよいと思います。」と言われ…その先生がとっても優 ... [続きを読む]
|
- 2008/08/21 17:05入院生活から得たもの
- “わたしは病気なんだ”と自覚することから始まった入院生活。期間ははじめは3ヶ月と設定して、様子を見ながらまた延ばしていくことになりました。まず何よりも良かったことは、常に人の目にさらされていて食事も管理されていること。これは衝動のままに過食嘔吐をすることができないということ。入院直前まで、わたしは実家で朝から晩まで食べ吐きをしていてもう、お願いだからわたしを縛り付けて監視して!って思うほど ... [続きを読む]
|
- 2008/08/14 10:41病気宣言!
- 初めて就職した会社を退職してから約1年後、とうとうわたしは東京を離れて実家に戻ることを決めました。実家の近くの国立病院に摂食障害専門病棟があるらしいと聞いて、わらをもすがる思いで、お正月の帰省時に外来診察を受けていました。それにしても、こういう情報ってなかなか見つけられないものですね。わたしはずっと専門の病院やお医者さんを探していたのだけれど実家のすぐ近くにあったなんてそれまで全く知らな ... [続きを読む]
|
- 2008/08/11 16:32一パーセントの希望
- 東京で、一人暮らしで、気楽に話せる友達も居ない。アルバイトで生活に必要なギリギリの額を稼ぐ毎日。日当たりの悪い古びたアパートの部屋と、バイト先と、最寄のスーパー・コンビ二。寂しい行動範囲。写真家になるっていう大きな夢は、日々の暮らしに紛れてしまいつつあって、そして、摂食障害。そんな生活が、それでも1年くらいは続いたかな。わたしは、エスカレートを続ける過食嘔吐に振り回され続けて、孤独で、苦 ... [続きを読む]
|
- 2008/08/06 18:08あたたかなおつけもの
- 東京での一人暮らし、フリーター、食べ吐き地獄生活のその頃のエピソード。あたたかなおつけもののお話。あたたかな、そしてせつないおつけものの話です。食べ吐き地獄にはまり込んだ毎日の中、妹がはるばる地元から遊びに来てくれたときのこと。その頃のわたしにとって妹は、辛いことや苦しいことなどを正直に打ち明けあえる唯一の存在だったから、遊びに来てくれることがとっても嬉しかった。苦しい気持ちが常に充満 ... [続きを読む]
|
- 2008/08/04 18:37お徳用ピーナツチョコ戦争
- フリーター生活のその頃のこと、何となく思い出そうとしていたらパッと鮮やかによみがえったのは大袋に入ったピーナツチョコレート。スーパーで必ずといっていいほど売っているあのお徳用のチョコレートです。その頃お付き合いしていた彼の一人暮らしの部屋にはいつもそのチョコレートが置いてありました。それから、ポテトチップスも。必ず。それはね、その頃のわたしには到底信じられなかったのだけど、途中まで食 ... [続きを読む]
|
- 2008/08/02 14:39フリーター生活のはじまり
- 派遣社員として社会参加するという道もやっぱり断念してしまったわたしに残されていたのは、フリーターという選択肢。今ならニートって言うのかな?フリーターとかニートとかって、メディアなどからはどちらかというとマイナスイメージの話題として取り上げられがちだけれど、その先に夢があったり、もしくはそのスタンス自体が自分に合っていたりするなら全然ありだと、今もあかりそらは思ってて、あの頃のわたしもそう ... [続きを読む]
|
- 2008/07/30 19:25恐ろしい職場
- 事務の仕事なら、わたしにも続けられるのかもしれない…少しの希望を胸に抱いて、初の派遣社員としての職場に向かったわたし。でもそこは、その頃のわたしにとっては“恐ろしい職場”だったのでした。何が恐ろしいかったかというと、女社長が恐ろしくて、それからその女社長が作り出している社内の雰囲気が恐ろしかった。とにかく上下関係や礼儀に厳しい社長で、例えば社内でジャケットを脱いで仕事をしていても同じフロ ... [続きを読む]
|
- 2008/07/25 11:46退院、そしてまたもやの退職劇
- 精神科のその閉鎖病棟に、何ヶ月入院していたのだったか今では思い出せないのですがわたしは、とにかく早く退院したくて、何の刺激もない毎日が苦痛で苦痛ですっかり健康になったと担当医が思ってくださるように努力を重ねました。病院の規則を守ってなるべくはきはきと話し、もう大丈夫なふりをしてわたしはついに退院することができました。そのときは自由になれたみたいでほんとに嬉しかったのだけれどとにかくこ ... [続きを読む]
|
- 2008/07/22 18:51社会的な挫折
- 社会人になって約一年目、ついにわたしは、大量服薬という行為に逃げてしまいました。社会人になってからそれをすること、その意味するところは、職を失うということだったのでした。病院に向かうまでのことはほとんど覚えていないのだけれど、意識がはっきりしたときにはわたしは精神病院の閉鎖病棟のベッドに横たわっていました。親と会社の上司が連絡を取り合い、その月の末で退職ということになっていた。やっ ... [続きを読む]
|
- 2008/07/21 10:49社会人一年目の顛末
- きっとその内、職場の人たちとも打ち解けることができて、仕事も覚えて、今のような緊迫感から抜け出せることができるはず…それまでは頑張って耐えてみようと決めていたわたしでしたが、3ヶ月たっても、半年たっても、状況はほとんど変わることがなく、相変わらずわたしはいつも一人浮いているような孤独感を抱えながら職場で過ごしました。過食嘔吐はだんだんエスカレートし、帰宅後、一度食べて吐いてぐったりとして ... [続きを読む]
|
- 2008/07/20 11:35打たれ続けた社会人一年目
- 念願の番組制作会社に入社したわたし。燃えるような希望は、入社一週間でどこかに消えてしまいました。アシスタントディレクター(AD)という仕事柄もあってか、打たれ続ける日々。職人気質の荒削りな男性が大半の職場、深夜まで帰宅できないハードなスケジュール…スケジュールはまだしも、やっぱり、わたしにとっての一番の課題は人間関係でした。たくさんのスタッフが忙しくピリピリと動いているその中で、とにか ... [続きを読む]
|
- 2008/07/18 14:02就職活動、そして東京へ!
- ほぼ毎日の過食と自己嫌悪、それから自分を好きになるための模索を繰り返しながら、それでも何とか4年生になったわたしは、就職活動なるものを始めました。希望の就職先はテレビ局か番組制作会社。世界を飛び回るカメラマンを夢見て、いろんな風景や人々にカメラを向けては写真を撮りためていたわたしでしたが、丁度、就職活動の頃には写真を撮ることにスランプを感じていて、見知らぬ人に声をかけて写真を撮り続けるこ ... [続きを読む]
|
- 2008/07/16 08:58自分を好きになるためのインナーチャイルドワーク
- 途方もなく不器用で、周囲となじめず、息苦しい自分。でも、息苦しさの一番の元凶が実は、自分自身が自分を責める声なのかもしれないとわたしは薄々気づき始めました。胸が苦しくて、360度すべてが真っ暗闇みたいに感じるようなとき、気をつけてその苦しさの奥を探ってみるとそれは大抵が、自分で自分のことを責めていたり劣等感にさいなまれているときなのでした。自分で自分のことを好きになるにはどうしたらよいのか? ... [続きを読む]
|
- 2008/07/14 18:38きっと、あなたは癒される―自分と「いちばんの友達」になる方法
- 食べるのを我慢すること、我慢の糸が切れてひたすら食べること、自分を責めること、周りに溶け込めずにもどかしい思いをすること、ひたすら食べてもどかしさを発散すること、嘆くこと、消えたいと思うこと、ここから抜け出したいと切望すること…学生時代のほとんどの時間を、そんな事ごとに費やしたあかりそらでしたが、そう言えばあの頃、そんなわたしの一人問答にとても優しく答えてくれる本に出会えた瞬間もあった ... [続きを読む]
|
- 2008/07/12 15:08無償の愛が欲しくて
- 一ヶ月分の処方薬と市販の風邪薬を一気に飲み干したあの夜の具体的な気持ち、やっぱりどうしても、思い出せない。今のわたしと、その時のわたしでは、思考回路そのものが、ガラッと変わっている。何がどうなってそういう行動に行き着いたのかが今のわたしの思考回路では理解しがたくなっている。自分のことなのに!だけど、あの頃には分からなかったことで、今なら分かることがあります。それは、きっとわたしは無償の ... [続きを読む]
|
- 2008/07/09 19:52ちょっと小休止☆いまのあかりそらのこと
- さて、まだ始まったばかりの回復記ですが、ここでちょっと小休止。というのも、記憶をたどっていると、少しだけ気持ちが危うい感じになりそうなときがあって…あれだけの強烈な出来事たちを追いかけていると、あの頃に引き戻されそうな錯覚が訪れてしまいます。今のこの今、あの頃のわたしのようなつらさを味わっている方々がいらっしゃることに、書けば書くほど胸が痛くなって、こんなちっぽけなあかりそらでも、何か、できる ... [続きを読む]
|
- 2008/07/08 11:43食べたい、生きたい、壊れたい、消えたい
- 世の中には、食べたくても食べられない人が居てるというのにわたしは何なのだろうわたしの存在自体が、害悪だわたしなんて、生きてること自体が、罪だ自分を責める言葉たちが、ぐるぐると頭をめぐって、もう、わけが分からなくて、わたしは、「消える方法」について真剣に考えるようになりました。どうしたら、この世からスッと消えることができるだろうか…そういう思考回路の合間に、ダメだ!何とかしなくっちゃダメだ ... [続きを読む]
|
- 2008/07/07 11:39ふりまわされない自由、とらわれない自由
- 掲示板に、メッセージをくださったオリーブさん、ありがとうございます☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・社会的なもの…何か目に見えないけどとてつもなく大きくて真っ黒で恐いもの、自分ではどうしようもできないんじゃないかって思えちゃうような。でも風潮って決して正しいものってわけではなくて…やっぱり言葉にするのは難しい…とにかく、正しかろうが正しくなかろう ... [続きを読む]
|