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- 2008/10/05 05:59なんちゃってご飯とお茶漬けの素
- 美枝子さん家は大家族で裕福ではなかったため美枝子さんはよく違う素材を使い『もどき』にしたなんちゃってご飯を良く作ってくれた。たとえば鶏肉と称して雑魚の『ソコアゴ』という魚の身をニンニク又はしょうが醤油につけ、片栗粉をつけて鳥の唐揚げとして食べさした。物心付くとこれが鳥の唐揚げではない!と抗議すると美枝子さんは『これは唐揚げもおなじかっや。うまかどもん?鶏肉もあまり変わらん。食わんなら食わん・・・ [続きを読む]
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- 2008/08/19 06:59歯の予防週間
- 美枝子さんは学校行事(特にPTA集会)にとても非協力的だった。順番で回ってくるPTAや区長さんの役目も『もう私は年やっけん、若か○○ちゃんのお母さんに頼んでください。』 と他人の名前をあげ、全く協力することは無かった。都合がいい時だけ『年寄り』ぶるのが得意な美枝子さんだった。ある時、寿恵子が通う小学校が県下で『歯の予防指定校』になったのを記念し、学校中に歯の予防に関する俳句・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/08/17 21:04初美姉ちゃんの結婚式
- 寿恵子が6歳の時、美枝子さんの妹のトシ子おばさん家の初美姉ちゃんが結婚した。場所は町の旅館『山口屋』だった。まだ旧館の時で広い玄関から2階にあがり、中央は口の字に吹き抜けになっていた。その一角の部屋の仕切りをとり、お祝いの席が設けられていた。上座の大きな屏風の前に新郎新婦がお雛様のように並んで座り、窓側には新郎側、廊下側には新婦側と言った具合に二列に下座までお膳が並び、座布団に座ってお祝い・・・... [続きを読む]
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- 2008/08/11 20:58美枝子さん流リメディ
- 美枝子さんは『自己流』リメディ(治療法)で病気の改善に挑む。幼い頃お腹が痛いというと朝方外でヨモギを摘んできてくれ、そのヨモギでお腹をもむようにおす。子供ながらに『効くのかな?』と思いながら言われたとおりお腹を出して美枝子さんのヨモギマッサージを受ける。お腹が痛いのか美枝子さんのマッサージが痛いのか分からなくなる。そして夏になると蚊が刺す。美枝子さん家は『ムヒ』でも『キンカン』でも・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/07/26 21:24予防注射とピンクレディ
- 寿恵子が小さかった頃、ピンクレディが絶頂期だった。ヤング・オー!オー!にも8時だよ、全員集合にもどのチャンネルでもピンクレディーが登場しない日は無かった。寿恵子の通っていた保育園ではお遊びの時間、短パンだったのでみんな長い靴下を履いておもちゃのプラスチックのコードレスマイクを持ちサウスポーやUFOを踊っていた。ある日、公民館でインフルエンザの予防注射があったので保育園から早く帰った・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/07/21 07:09土曜日のグラタン
- マーボ兄ちゃんは高校生の時自転車通学で毎週土曜日は2時ごろ家に帰ってきた。美枝子さん家は既に昼ごはんが終了していてそれぞれまたどこかへ行っている時、マーボ兄ちゃんは帰ってきて、台所で自分だけのお昼を作り始める。寿恵子とマーボ兄ちゃんは年が離れていてあまり話したことはなかったのでマーボ兄ちゃんが台所で何を作って、テーブルで何を食べているのか聞いたことが無かった。しかしとてもいいハイカラな・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/07/19 20:34魚のすりみと親不孝
- 美枝子さんは魚のすりみで生計を立てていた。魚をおろし、綺麗に洗い、卵と砂糖と塩で味付けし、昔はビニールに詰めてメゴイナのおばさんという魚やすりみを卸値で買い、隣町に行商に行くおばさん達にお願いし、売ってもらっていた。美枝子さんのすりみは町で一番美味しかった。贔屓目では決して無い。カツヒロさんが捕ってきたエソという深海魚を確保し、次の日におろしてすりみを作っていた。無添加でふわふわで煮ても焼・・・... [続きを読む]
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- 2008/07/13 21:21だるま屋のカキ氷とところてん
- 夏休みといえば思い出されるのがだるま屋のカキ氷とところてん。梅雨があけ氷会社とよばれていた製氷工場が食用氷を作り始めると崎津では近所の文ちゃんち『福食堂』と、教会に近い老いたおじさんとおばさん二人でやってた『だるま屋』がカキ氷をはじめる。どの学生も終業式近くになると店先に『氷』の暖簾が出てないか毎日確認し、我慢できないと学校の帰りにおじさんとおばさんに『氷はまだかなー?』と催促した・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/05/26 20:27味噌
- 母の味は色々あるが、美枝子さん家にとって母の味といったら「美枝子さん味噌」だろう。味噌と言う物は家庭の味代表者だとおもう。たとえ隣近所でさえ味や好みが違う。寿恵子は初めて市販の味噌を食したのは小学校6年生夏のキャンプだった。しょっぱくて大豆の味しかせず味噌汁が大好きな寿恵子は美枝子さん家の朝ごはんの味噌汁が恋しくなったくらいだ。美枝子さんの麦味噌で作った青臭いオクラの味噌汁を食べた・・・ ... [続きを読む]
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- 2008/05/26 19:41将来の夢
- 寿恵子は小さい時いろんなものになりたかった。例えば絵本の「からすのパン屋さん」が好きだった頃「大きくなったらパン屋になりたい」と思っていたし、絵が好きだったから卒園式に埋めたタイムカプセルに入れたカセットテープの中に「将来の夢は絵描きさん」と言った。しかし本当に憧れていたのは『バレリーナ』だった。一時期真剣にバレリーナに憧れて保育園ではいてた上靴を爪先立ちにしてたったりしていた。こ・・・ ... [続きを読む]
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- 2007/10/17 20:55スパゲッティはケッチャップ味
- 美枝子さんは良く「スパゲッティ・ナポリタン」を作ってくれた。ママースパゲッティを茹でている間に、中華鍋で豚肉、玉ねぎ、人参、ピーマン、キャベツを炒め、それに塩コショウし、ケチャップをジャブジャブ入れたところに茹で上がったママースパゲティを投げ込み炒める。全く現在のパスタの基本「アルデンテ」ではなく、柔らか麺で、よく思い起こせば麺とソースが違うだけで具は「焼きそば」の具と同じだった。・・・ ... [続きを読む]
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- 2007/09/29 02:19カレーライス
- 美枝子さん家では「普通」の事が一歩外に出ればふ「普通でない」事が多々ある。例えばカレーライス。 美枝子さん家ではカレーライスは「豚肉」と決まっている。「豚バラ」か「豚細切れ」のどちらかである。随分、大きくなるまで「カレーは豚肉使用」と思っていた。が、違ってた。いとこのマルマサや悦おばさん(カツヒロさんの姉)からのカレーは「牛の角切り」がゴロゴロしていた。皿の上で野菜と同じように・・・ ... [続きを読む]
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- 2007/09/25 21:23身土不二
- 美枝子さん家は寿恵子が随分と大きくなるまで食材のほとんどを地元の農協や山からリヤカーで売りに来るおばさん達や、週一回トラックに野菜や練り物を積んだ「野菜屋さん」という人たちから買っていた。地元で取れるものを旬の内に口にする、まさに「身土不二」だったのだ。まぁ、本当の理由は「車が無く、隣町にいけない」に加え「お金と時間がない」というものに過ぎなかったのだが。その必然的身土不二の生活は・・・ ... [続きを読む]
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- 2007/09/24 20:48台風
- ある台風襲来の時の事、割と長く吹き荒れ停電していたのだが、NHKのニュースを見ながら段々と台風が北東へそれ始めるとともに、勢いも衰えてきたがまだ波は高かった。近所では瓦が飛び、違う町ではがけ崩れなど起きていて道を行き来するのは消防団の車だけだった。そんな嵐も過ぎ去らない頃、美枝子さんが雨合羽を着て外に出て行った。裏の小屋か漁業組合へ行って波の高さでも見てくるもんだと思っていたのだがなかなか・・・... [続きを読む]
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- 2007/09/23 22:05寿恵子の誕生秘話と名前の由来
- 美枝子さんが寿恵子を生んだのは『御年41歳』だった。 普段から生理が不定期だったためそんなに気にしては居なかったらしく、しばらくして「もしかしたらあがったかも」と幸せにすら感じたらしい。あがったとはつまり、閉経になったということである。しかし随分とたって「もしかしたら妊娠しているのかもしれない」と思い、病院へ行ってみると医者から「妊娠してますね。約6ヶ月ですね。」といわれたらしい。”約”が・・・... [続きを読む]
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- 2007/09/23 08:52オカッパ
- 寿恵子は小さい時からオカッパ頭だった。海草をほとんど毎日食べていたから滑々の髪だった。オカッパだったのは理由はない。単に清潔で家で刈れるヘアスタイルだったからだ。寿恵子の髪はいつも美枝子さんが切ってくれた。家の裏の道にお風呂場の椅子をだして、結婚式の折り詰めなどを包むビニールの風呂敷を首のところで結んでスーパーマントにし、ちょっとした散発屋さんをしてくれた。ある日、欽どこのワラベが・・・ ... [続きを読む]
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- 2007/09/23 08:23ガネ網
- ガネ網とはカニをとる網の事で美枝子さん家はカツヒロさんが元気だった頃は10月〜5月まで底引き網をし、梅雨明けから9月上旬くらいまでこのガネ網をして生計を立てていた。今思うと我が親は良く働いたと尊敬してしまう。さて夏休みはこのガネ網の季節で寿恵子も時々一緒について行った。まず朝か夕のどちらかで涼しくなってから伝馬船で、事前に仕掛けた網の場所まで行く。長年の勘でカニが居そうな岸辺にうま・・・ ... [続きを読む]
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- 2007/09/23 07:42正月のおもひで
- 美枝子さん家は車がなかった。誰も免許を持っていなかったからという単純なものだ。当時は無くても大して生活に支障をきたさなかったから必要性が無かったのだ。それとともに行動範囲も非常に狭かった。たまの遠出といえば、盆正月に訪れる美枝子さんの実家くらいだった。隣町にあるばあちゃん家のある主留(しゅうとめ)はバスで行けば乗り継ぎと歩きで1時間以上かかる所を我が家はカツヒロさん運転の伝馬船に家族みんな・・・... [続きを読む]
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- 2007/09/23 07:07遠足のおもひで
- 寿恵子と清ちゃんは5つ違いである。寿恵子が小学校1年生になった時、清ちゃんは6年生。入学式から間もなくして、毎年恒例の『歓迎遠足』が行われた。これは全校生がお弁当を持って遠足に出かけるというもので、場所は小高浜(こだかはま)だった。小高浜は学校から3キロほど離れた夏の学校指定の海水浴場である。当日、美枝子さんは清ちゃんに「昼になったらこれば寿恵子と一緒に食べろよ。寿恵子も一緒にちゃ・・・ ... [続きを読む]
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- 2007/09/23 04:56食卓の雑草
- 美枝子さん家の食卓は騒がしい。たまに知らない人が一緒に同席していたりすることも多々ある。ある日の食卓。いつものように料理は大鉢に大盛り。(これは子供の多い家庭では常識である。それを面々に手塩(小皿)にとって食べる。)この日、普段見慣れぬ葉野菜の味噌和えが有田風の大皿にのってた。一口食べてみると非常に美味しい。見た目は『クレソンと松葉ボタンの葉っぱを足して2で割ったようなもの』で色は茶色がか・・・... [続きを読む]
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- 2007/09/23 04:29美枝子さん
- 美枝子さんが嫁いだ先は、小さな底引き網船の親方の家。 当時、大阪で働いていた美枝子さんはばあちゃんか、おじさんかに『結婚が決まったからかえって来い』と言われて熊本は天草へ帰ってくる。 そしてカツヒロさんと結婚し、漁師の妻となった。当時、カツヒロ家(後、美枝子さん家)はあまり裕福ではなく、苦労したらしい。 しゃれっ気がなく、料理がうまい。そして良く働き、献身的にカツヒロさんとカツヒロさんの父・・・... [続きを読む]
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- 2007/09/23 04:18家族構成
- 美枝子 ・・・母。昭和6年10月生まれ。父・カツヒロと見合いで結婚。3男3女持つ九州女。糖尿病を患いながらも大好きな粉類、イモ類、あんこは止められず。 小さい頃から目が不自由。根っから明るい、働き者。せいこ ・・・長女。しっかりもので真面目。すでに結婚し、2女1男を持つ。よく食べ、良く働き、情が厚すぎるのがたまに損。正直者の良いお母さん。寿恵子は予備校時代、せいこ宅にお世話になる。・・・ ... [続きを読む]
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