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- 2008/11/16 01:08身体を持った霊的存在(人間)だから実践できること
- ここ数回の記事で、私たちが身体を持つ霊的存在であり、同じ時空に身体を持たない霊的存在(私たちからすると死んだ後の存在)が同居しており、後者からの影響があること、しかし身体を持つ私たちが自然の摂理に基づいた生き方をしっかりと歩んでいくことで、私たちの生き方を通して、後者も、全ての問題は自らの創ったマイナスの想念によるものであると気づくことを述べてきました。身体を持つ私たち全てが、このような生き方を進 [続きを読む]
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- 2008/11/12 01:46スピリチュアリズム情報を発信した者の責任
- 今回は、身体を持たない霊的存在と、身体を持つ霊的存在である私たちとの関係について述べていきます。実は、この内容は以前の記事(「霊障と言う名の幻影と洗脳」を参照)に記載したのですが、今回少し異なる角度でアプローチしていきたいと思います。前回、前々回の記事によって、このブログをお読みになっている皆さまも、自らが身体をもつ霊的存在であるということを少しはご理解頂いたことだと思います。そして身体を失った... [続きを読む]
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- 2008/11/09 06:07自らが創った想念に対する責任
- 先の記事(「人間は霊的存在なのです」を参照)で、人間の本体が霊的存在であるという視点から見た場合、この物理世界における身体が活動停止しても、命としては生きているということになり、生死には境がないということを述べました。この視点は非常に重要なのです。なぜならば、身体を持った霊的存在である私たちが、身体を離れた、つまりこの物理世界でいうところの死という状態になったときには、身体を持っていた状態、つま... [続きを読む]
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- 2008/11/07 13:22人間は霊的存在なのです
- 先の記事(「スピリチュアリズムの本当の問題点」を参照)で、動画ポータルサイト「ミランカ」での苫米地英人氏と宮崎哲弥氏の発言について触れました。同サイトの対談の中で、苫米地氏はさらに、霊というのは、その人なりにあってもよいが全てその人の世界の中でのことであると述べています。また、人間の脳は非常に手抜きで、ある部屋に入っても以前に入ったときの記憶を脳が利用して、今その瞬間の情景をリアリティとして認識... [続きを読む]
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- 2008/10/25 06:05スピリチュアリズムの本当の問題点
- 「ミランカ」という動画配信ポータルサイトにて「博士も知らないニッポンのウラ」という番組があります。 この番組の中で10月末日まで無料公開中の#36−1と#36−2に、水道橋博士、宮崎哲弥、苫米地英人の三氏による対談の模様が配信されています。ご存知だと思いますが、水道橋博士はお笑いコンビ「浅草キッド」メンバー、宮崎哲弥はマスメディアにも頻繁に登場する有名な評論家、苫米地英人は計算言語学者、認知心理... [続きを読む]
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- 2008/10/19 01:38全てうまくいって当たり前という視点
- あるブログにこのようなことが記載されていました。ある方が、つまずいてしまったのですが、その時に有り難いと感じたということでした。そして、その理由はつまずいた時に痛みを感じて、ようやく毎日健康で歩かせてもらっていることに気がついたということでした。これはなんとなく聞いていると、「なるほど、日頃、健康で生活していることを当たり前と思って忘れているな。感謝しなければならないな。」と感じてしまうのですが... [続きを読む]
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- 2008/10/15 13:10社会は大きな宗教であるという視点
- 民主党の菅直人代表代行が、政教分離を定めた憲法20条について、公明党と創価学会を念頭に「必要なら関係者を交えた集中審議を行うのも一つの考え方だ」と述べたことが話題となっています。これは解散総選挙を見越しての与党公明党に対する揺さぶりですが、公明党と創価学会関係性は今に始まったことではありません。選挙前になると、創価学会員の知人や友人から、必ずと言ってよいほど公明党立候補者への投票依頼の電話がかか... [続きを読む]
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- 2008/10/09 17:01霊的エネルギーレベルでの影響力
- 例えばあなたは人の話を最後まで聞けないということはないでしょうか。例えばあなたは理屈で相手に負けたくないという考えではないでしょうか。例えばあなたは先手必勝だと考えるタイプではないでしょうか。例えばあなたは相手がどのような話を展開しようとしているのか先にわかってしまうことはないでしょうか。例えばあなたは落ち着いて冷静に待っていれば解決する問題を、何とか早く解決しようとあらゆる手を講じていくタイプ... [続きを読む]
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- 2008/10/05 22:36霊障と言う名の幻影と洗脳
- 私がかつて所属していた阿含宗でも同様ですが、宗教教団の開祖や後継者は、信者に対して、「先祖の霊が成仏していない。」「恨みの想念を持った霊が憑依している。」「事故、病気による苦痛の想念を持った霊が憑依している。」「後悔、慙愧(ざんき:自らの言動を恥じること)、渇望の想念を持った霊が憑依している。」「動物(人間以外の)の霊が憑依している。」と言って、それらを霊障として信者の抱えている問題の原因の一つ... [続きを読む]
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- 2008/10/04 04:00私は何を求めて宗教に入ったのか。
- 私は、高松市立玉藻中学校を卒業しました。中学では最終的に学年で5番程度の成績をとるレベルであり、バスケットボール部に所属して体力的にも充実していました。当時は、自らのことを勉強ができる者であると思っており、その優越感で小学校低学年時代の自信の無さを覆い隠していたのです。高校は香川県でトップの進学校である香川県立高松高校に合格しました。しかし、各中学校の成績が優秀な生徒が集まってきている状況で、当... [続きを読む]
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- 2008/09/28 19:53釈尊の正体
- さて、前回お約束しましたように、今回、釈尊の正体について記載します。例によって、私が阿含宗で学んだ教学から述べなければなりません。1999年8月(旧暦では7月)を目前にして、阿含宗管長の桐山靖雄氏は、その著書においてノストラダムスの有名な予言詩の解釈を行いました。その予言詩とは「1999年7か月、空から恐怖の大王が来るだろう、アンゴルモアの大王を蘇らせ、マルスの前後に首尾よく支配するために。」です。こ... [続きを読む]
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- 2008/09/23 06:21観想そして三密加持
- 一般に仏教では「人間は皆、抜け出し難い業を背負っている」として、その業(罪)を生み出す元が、 人間が身体で行った罪(行為の罪) 人間が口で喋った罪(言語の罪) 人間が心で思った罪(意識の罪)の三つであると説きます。これを三業と呼びます。真言密教ではこの三業に対して、大日如来の行為(身密)、言葉(口密)、意識(意密)のあり方を三密と捉えて、行において、三密加持ということを基本としています。具体的には、大... [続きを読む]
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- 2008/09/17 05:41念仏と題目
- 前回の記事では、私が阿含宗で学んだ仏教史に基づいて種々述べたのですが、要点は以下の二つです。(前記事「信仰とは自らの答えの確認作業」を参照)1.既存仏教教団の開祖や現在の後継者たちは、何れも経典を引用して信者に仏の教えなるものを説いているが、その根拠となる経典は釈尊自身が説いたものかどうか疑わしいということ。さらに阿含宗でさえ、釈尊の教えに近いと言えたとしても、トレーニング方法の目次が残っているの... [続きを読む]
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- 2008/09/16 04:49信仰とは自らの答えの確認作業
- 私はかつて新興宗教と言われる仏教教団に所属しておりました。その教団とは阿含宗です。そして阿含宗で仏教の成り立ちを教学として知ることになりました。仏教教団は何れにおいても依経とするものがあります。その教団の教えの根幹をなすものです。キリスト教、ユダヤ教における聖書であり、イスラーム教におけるコーラン(クルアーン)に相当するものです。従って、仏教教団を名乗り、成仏(悟りを開いて仏陀に成ること)を標榜... [続きを読む]
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- 2008/09/04 17:18スコトーマ(心理的盲点)に関するセミナーご紹介
- 私の所属するTLC匠では、長谷章宏氏の著作を委託販売しております。その長谷章宏氏のライブセミナーが9月21日13時より開催されます。テーマは『スコトーマの起源とあなたの本当の姿』です。以下に紹介文書を転載します。 (本セミナーは終了しました。)****************************************あなたは自分の夢やゴールを本当は知っているのです。そして、その夢 ... [続きを読む]
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- 2008/08/26 01:19大難が小難になる。
- 「大難が小難になる。」信仰を持つ人からよく聞かれる言葉である。信仰する神仏のおかげにより、先祖のおかげによりと、本来は大きな災難や小さな災難で済んだということであるらしいのだが、果たしてこれは本当のことだろうか。比較している大きな災難は体験していないものなのだから、あくまでも予想にしか過ぎない。大難というものを想像し、想像した大難に対して小難になったといっているだけなのだ。実際に体験したの [続きを読む]
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- 2008/08/15 16:26お盆とは逆さ吊り
- お盆の起源とは仏教にあると言われている。正式な言い方は盂蘭盆会と言う。サンスクリット語のウランバーナを音写したものであるが、その意味は「逆さ吊り」だ。釈迦の十大弟子の一人であるモッガーラーナが亡き母を霊視したところ、逆さ吊りになって苦しんでいた。そこで釈迦に相談したところ、供物を捧げて供養をすれば母は救われるであろうとお答えになったことから盂蘭盆会の法要が始まったとされている。果たしてモッガ ... [続きを読む]
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