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2011/04/15

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  • 加波山不動尊神社 (八戸市)

    青森県八戸市大字是川坊ア坂。お百度石。水神宮。御祭神は不動竜神、高山竜神。小祠内。石灯籠一対。手水舎。向って正面が拝殿、左側が参集殿、参道右の建物が社務所になっています。参集殿。狛犬一対(昭和53年7月吉日建立)。御祭神は加波山大神、国常立命ほか加波山七百余

  • きみまち阪県立自然公園 (能代市二ツ井町)

    秋田県能代市二ツ井町。藤琴川と米代川の合流地点付近。近くには道の駅ふたついや加護山精錬所跡などもあります。 きみまち阪(きみまちざか、徯后坂)は、秋田県能代市二ツ井町にある県立自然公園。秋田県有数の桜、ツツジ、紅葉の名所で、デートスポットとしても有名です

  • 道の駅ふたつい (能代市)

    秋田県能代市二ツ井町小繋泉。道の駅ふたつい。愛称はきみまちの里。きみまち阪の近くです。平成6年登録。昭和57年に秋田県観光課により景勝地きみまち阪に隣接して「二ツ井総合観光センター」が設置され、その後平成3年度から平成5年度にかけ、当時の二ツ井町により「きみま

  • 青森県師範学校校歌歌碑 (弘前大学・育ての庭)

    弘前大学文京キャンパス内。教育学部の西側緑地。弘前大学教育学部創立130周年記念「教育学部創立130周年記念庭園"育ての庭"」にある「青森県師範学校校歌歌碑」の紹介です。平成18年(2006)9月30日庭園開設並びに碑建立。育ての庭のデザインは地域の人々と学生が空間を共有

  • 望蒼天 (弘前大学農学部)

    農学部創設30周年記念彫刻「望蒼天」 。農学生命科学部正面玄関向って右側に設置されています。昭和60年7月6日建立。弘前大学農学部創設30周年記念事業の一つとして、弘前大学農学部同窓会が当時弘前大学教育学部美術教育助教授であった岡田敬司先生(弘前大学名誉教授)に依

  • 報恩寺 (五百羅漢)

    岩手県盛岡市名須川町。瑞鳩峰山報恩寺。御本尊釈迦如来。大光山聖壽禪寺、大寶山東禪寺、寶珠盛岡山永福寺、雍護山敎淨寺とともに盛岡五山(盛岡五個寺とも)の一つ。開山通山長徹大和尚(新潟県柏崎市香積寺5世)。開基南部守行公。山門。「瑞鳩峰山」の横額。詳細について

  • 根城隅ノ観音 (沢里館)

    八戸市根城。隅ノ観音は根城跡南端の曲輪である沢里館の北側にあります。かつての根城村の集落中心地。奥州南部糠部三十三観音十二番札所。八戸御城下三十三観音霊場第二十三番札所。ちなみに私の地図にはなぜか「稲荷神社」とだけ記されています。庚申塔や金精さま・魂精神

  • 常念寺 (むつ市)

    青森県むつ市田名部町。浄土宗不退山常念寺。本尊阿弥陀如来。慶長元年(1596)7月(※慶長3年との資料もあり)、下総専称寺の僧良翁竜山(櫛引の僧)の草創。天正年間より竜山が奥州岩前郡山崎専称寺に修学した縁故でその末寺になります。但し、常念寺蔵の「開創沿革」には

  • 浄仙寺 (黒石市)

    青森県黒石市大字南中野黒森下。泉水とあやめの名所。仁王像。浄仙寺仁王像(市指定有形文化財・昭和59年10月12日)…『●沿革…元治二年(1865)、弘前市乳井・福王寺(現乳井神社)山門に同村の工藤丹十郎が寄進。明治初年の「廃仏毀釈」で奉納者へ返却後、当寺へ安置。津

  • 八戸公園こどもの国

    青森県八戸市大字十日市天摩。八戸植物公園、こどもの国から構成される総合公園(八戸市農業センター、植物公園敷地、民有地の借地を合わせた総合公園。平成9年4月1日に植物園とこどもの国が統合されて八戸公園に。)。総面積37ha。昭和57年4月に完成。八戸市街地より南へ約4

  • 二十三夜塔 (湯沢市関口寺沢)

    秋田県湯沢市関口寺沢。関口村についてですが、慶長8年の村高は649石余と推定。「政景日記」の慶長17年3月の項に関口村の名が見えます。親郷岩崎村(文政年間より湯沢町)の寄郷。享保~明治年間の枝郷は戸沢1村で、享保年中にあった道地村は天明年中に廃村となっています。

  • 慈恩寺 (山形県)

    山形県寒河江市大字慈恩寺。瑞宝山本山慈恩寺。東北三十六不動尊霊場第一番札所。御詠歌「出羽路なる大慈大悲の不動尊結ぶえにしは法のみ山に」。慈恩寺は奈良時代に、聖武天皇の勅命によって開基されたと伝えられる古刹。江戸時代の寺領2800石余は東北随一。境内には、重要

  • 熊野神社 (慈恩寺)

    山形県寒河江市大字慈恩寺字田沢。慈恩寺鎮守社。慈恩寺児童遊園地内。鳥居。鳥居の横に縁切り地蔵。「交通事故・病気・さいなんから縁を切る」慈恩寺参道。熊野神社は寒河江市役所の北西方、本山慈恩寺の参道脇に鎮座。神社庁によりますと御祭神は伊弉諾命。他に明治7年官令

  • 華蔵院 (延命子安地蔵尊)

    山形県寒河江市大字慈恩寺。本山慈恩寺から宝蔵院参道を挟んで東方。仁和寺末。明治43年古義真言宗から真言宗智山派に転派。昭和27年慈恩宗設立。門は2ヶ所あり、石段を上ったところが正門で、もう1ヶ所が通用門。彼岸花(曼珠沙華)。寅さんの腰掛け石。「男はつらいよ」シ

  • 宝蔵院 (慈恩寺)

    山形県寒河江市大字慈恩寺。学頭。真言宗智山派。高野山龍光院末。御本尊胎蔵界大日如来。明治43年古義真言宗から真言宗智山派に転派。慈恩宗設立後も独立していましたが昭和42年に慈恩宗。下の写真は句碑。宝蔵院表門。宝蔵院表門附慶長十八年祈祷札(県指定文化財・平成2年

  • 宝徳寺 (慈恩寺)

    山形県寒河江市大字慈恩寺。慈恩寺山内宝徳寺。浄土宗。御本尊阿弥陀如来。熊野神社の向かいにあります。室町初頭に時宗一向派宝徳寺が慈恩寺領内に創建。近世山内には以下の一向宗(時宗天童仏向寺派)がありました。◆宝徳寺…山内に現存。浄土宗。近世には時宗天童仏向寺

  • 小板地蔵大菩薩 (慈恩寺)

    山形県寒河江市大字慈恩寺。小板地蔵大菩薩。西行法師戻し智恵地蔵大菩薩。別当桜沢坊(櫻澤坊)。最上四十八地蔵第三十三番札所。御詠歌「慈しみこころの花の桜沢深きめぐみは季木のいろいろ」。学業成就、諸願成就、身体堅固、家内安全。小板地蔵菩薩縁起「ある老人が伝え

  • 最上院 (慈恩寺)

    山形県寒河江市大字慈恩寺。慈恩寺山門前の石段を下った左手。門は2ヶ所あり、山門に通じる参道に面した門は裏門になります。院は改築されて現代風の建物になりましたが、屋内には江戸時代の名残りがあるそうです。但し現在は一般公開されていません。門をくぐると室町様式の

  • 慈恩寺そば (山形県)

    山形県寒河江市大字八鍬。築120年以上の古民家を使用した店。そば屋ですがそれ以上に伊万里焼のそばちょこのコレクションが凄いお店です。店の壁にも店内にもぎっしり。その数約1000個以上。江戸時代の伊万里焼など珍しい柄も多数あり、マニアも興奮するほどのコレクション。

  • リンゴ初生りの碑 (弘前大学医学部)

    弘前大学医学部医学科へ。大黒松小公園内です。明治10年8月に初めて西洋リンゴが実ったといわれている私邸跡地(山野茂樹邸)が、現在の弘前大学医学研究科敷地であったことから、同地にリンゴ産業の歴史的足跡を顕彰するため、大黒松小公園内に「リンゴ初生りの碑」が建立さ

  • 島善鄰先生顕彰碑 (弘前大学)

    弘前大学文京キャンパス内。弘前大学農学生命科学部実験実験圃場。弘前大学農学部教授島善鄰先生は、農学部(現農学生命科学部)創設の中心人物であると同時に、大正中期に青森県で発生したリンゴ病害虫の駆除方法を確立し、青森県のリンゴ産業の危機を救ったことから、「リ

  • 不動尊 (十和田市深持)

    青森県十和田市大字深持林。十和田市立深持小学校のすぐ北方。JA十和田市深持の南方。分かりにくい場所に鎮座しております。鳥居前から深持小学校を見ると下の写真のような位置関係。一之鳥居。額束「奉納 不動尊 昭和57年9月1日十和田市深持 中野渡政教」。神仏混淆時代の名

  • 鮫駅 (八戸市)

    青森県八戸市鮫町二子石。鮫村は浜通村の一部でした。浜通村は江戸期に湊・鮫を中心とする約10か所の浜・浦から成る村でした。はじめ盛岡藩領、寛文5年からは八戸藩領。八戸廻に属します。元和3年盛岡藩主南部利直によって田名部が藩直轄地とされ、根城南部氏の給所が田名部

  • 蓮池金峰神社 (仙北市)

    秋田県仙北市田沢湖梅沢東田。一之鳥居(一之鳥居付近には大きな「金峰山」の石碑等があり、山岳信仰がここに根付いたことを示しています。)はかなり離れた場所にあります。二之鳥居(笠木が崩れる恐れがある為二之鳥居付近は立入禁止。くぐらなくても参道は進めますが。)

  • 旧制弘前高等学校外国人教師館

    旧制弘前高等学校外国人教師館。大正14年建築、平成16年移築。木造二階一部平屋建、鉄板葺、建築面積73㎡。国登録有形文化財、弘前市趣のある建物、弘前市景観重要建造物。小公園(テラス)。太宰治文学碑もあります。彫刻『<羽のように、蕾のように>″Like a Wing , Like

  • 太宰治文学碑 (弘前大学)

    旧制弘前高等学校外国人教師館の小公園内にあります。太宰治(津島修治)は弘前大学の前身校の一つである旧制弘前高等学校の卒業生で、平成21年の太宰生誕100年の節目の年に、太宰と弘前大学との縁を恒久的に伝えるため、弘前大学の60周年記念事業(平成21年6月6日)の一つと

  • 旧弘前偕行社 (青森県)

    青森県弘前市御幸町。正面門柱と煉瓦塀からスタート。過去の記事です。見比べてみて下さい。『旧弘前偕行社』『旧弘前偕行社 2012』玄関前庭園にある石碑と像(野津謙先生・鳴海康仲先生)。石碑。碑文(鳴海康仲先生)。弘前厚生学院(弘前女子厚生学院)創設者鳴海康仲先生

  • 四本松神社 (八戸市)

    八戸市湊高台1丁目。案内板「四本松神社(主な祭典)」案内板「四本松神社由緒」…『祭神大山積神。例祭旧暦8月12日。天正(1573-1577年)の頃、一山伏が当地に神殿を建立し、神を祀り神殿を中心に四方に松を植え「四本松神社」と名付けて祭祀を行った。その後、四本の松は大

  • 永澤誠蔵先生頌徳碑 (弘前大学)

    弘前大学文京キャンパス内。三基並んで建立されています。他の二基は旧官立弘前高等学校創立10周年記念碑tと旧官立弘前高等学校創立40周年記念碑です。平成元年8月、弘前市制100周年に合わせ「旧官立弘前高等学校創立10周年記念碑」と「旧官立弘前高等学校創立40周年記念碑」

  • 旧官立弘前高等学校創立40周年記念碑 (弘前大学)

    弘前大学文京キャンパス内人文社会科学部の中庭。旧官立弘前高等学校創立40周年記念碑「虚空に羽ばたき碑」の紹介。三基並んで建立されています。他の二基は旧官立弘前高等学校創立10周年記念碑と永澤誠蔵先生頌徳碑です。平成元年8月、弘前市制100周年に合わせ「旧官立弘前

  • 旧官立弘前高等学校創立10周年記念碑 (弘前大学)

    弘前大学文京キャンパス内。三基並んで建立されています。他の二基は旧官立弘前高等学校創立40周年記念碑と永澤誠蔵先生頌徳碑です。平成元年8月、弘前市制100周年に合わせ「旧官立弘前高等学校創立10周年記念碑」と「旧官立弘前高等学校創立40周年記念碑」及び「永澤誠蔵先

  • 月山湖大噴水

    月山湖水の文化館(山形県西村山郡西川町砂子関)。道112号線沿い、寒河江ダム(月山湖)を一望できる自然に囲まれた売店、飲食休憩施設。ポンプ。このポンプは…『寒河江市の水道で使われていたもので、寒河江川辺の八鍬水源地から長岡山の配水池に送水するためのものです。

  • 沼館八幡神社 (大館市)

    秋田県大館市沼館稲荷下。かつての沼館村。御祭神は誉田別命、天照大神、大山祇命、保食大神、海津美大神、崇徳天皇。例祭日は9月10日。社号標「村社八幡神社」。鳥居の両脇に巨石があります。いずれの石にも「あぶない、のぼらないで下さい」との張り紙がありました。こちら

  • ヒポクラテスの木の碑 (弘前大学医学部)

    弘前大学医学部医学科へ。本町から向かうと、相良町の梅や生体部分肝移植世界最長生存戌の像の前を通ります。弘前大学医学部基礎研究棟正面玄関に向かって左手歩道の脇に設置されています。ヒポクラテスの木。昭和62年7月に弘前大学医学部地区緑化計画委員会と弘前大学医学部

  • 弘前大学教育学部附属小学校創立百周年記念碑

    青森県弘前市大字学園町1-1。弘前大学教育学部附属小学校敷地内。昭和52年11月6日に弘前大学教育学部附属小学校創立100周年を記念し建立。碑面は当時校長であった花田隆先生の書による「讃歌」が刻まれています。弘前大学教育学部附属小学校卒業生の方に聞いたところ、校歌よ

  • ザ・ミュージアム松島 (オルゴール博物館)

    宮城県松島町松島普賢堂。旧松島オルゴール博物館が閉館して数年、オルゴールコレクションに北原トイコレクション、瀬川モードコレクションを加え、3つのコレクションを1つの施設で楽しめる「ザ・ミュージアム MATSUSHIMA」として新たに生まれ変わったものです。駐車場にあっ

  • 稲荷神社 ・ 千手観音 (鹿角市十和田)

    秋田県鹿角市十和田末広上屋布。神田部落。Googleでは「稲荷神社」「産土稲荷神社」、一之鳥居の額束には「産土神社」、神田部落案内図では「千手観音」とあります。いずれも間違いではありません。御祭神は倉稲魂命。例祭日は5月17日。寛文2年5月創建。明治元年神田村にて再

  • 「明治天皇行在所御遺蹟」記念碑 (弘前大学医学部附属病院)

    弘前大学医学部附属病院。以前の記事:『明治天皇行在所記念碑 (弘前大学医学部附属病院)』弘前大学医学部附属病院入口塀の右角にあります。植え込みの木に三方を囲まれて建っています。以前紹介した時に比べ、かなり鬱蒼としていますね。碑文…『明治天皇行在所御遺蹟 明

  • 動物慰霊碑 (弘前大学医学部附属病院)

    弘前大学医学部附属病院。この動物慰霊碑は医学の教育と研究のために犠牲となった実験動物への慰霊の気持ちを形に現したものです。表面の題字「動物慰霊碑」は、当時弘前大学医学部長であった東野修治先生(弘前大学名誉教授)の筆。裏面碑文…『この碑は本施設利用者職員同

  • 初登頂の碑 (弘前大学)

    弘前大学文京キャンパス内。弘前大学山岳部と弘前大学医学部山岳部の学生、OBがヒマラヤなどの未踏の山に挑戦し、世界初登頂や新ルートの開拓など数々の実績を残してきました。平成16年10月10日にこの世界に誇るべき快挙を後世に残すため、弘前大学山の会、弘前大学医学部山

  • 奥州柳津虚空蔵尊 ~ 其之弐

    『柳津虚空蔵尊(登米市)』からの続きです。山門・仁王堂。今からおよそ250年程前に千葉某という人がおり、日頃から虚空蔵尊を信仰していましたが、あるとき病気になり、病状が日毎に悪化して死を待つのみとなってしまいました。そんなある夜、夢の中で虚空蔵菩薩が枕辺に立

  • 柳津虚空蔵尊 (登米市)

    宮城県登米市津山町柳津大柳津。真言宗智山派柳津山宝性院(寶性院)。御本尊虚空蔵菩薩。大鳥居の横にある寺号標「虚空藏尊」。もう一基は読み取れませんでした。「大鳥居建立を祝し建之 昭和63年12月吉日 旗枠施主(株)モトクテ代表取締役富樫憲一・取締所長千葉晴喜」駐車

  • 八幡御蒼前 (十和田市深持)

    青森県十和田市大字深持山ノ下。十和田市立深持小学校の西方。興禅寺の北方。参道と鳥居。鳥居の額束の神額。参道及び周囲の木々は伐採されております。伐採されている木々の数を見ると、かつては結構鬱蒼とした境内だったのかも知れません。興禅寺の屋根が見えます。不動尊

  • 興禅寺 (十和田市)

    青森県十和田市大字深持山ノ下。十和田市立深持小学校の西方。八幡御蒼前の南方。境内にはトラックや重機等が出入りしており、何やら工事中だったので、お邪魔にならないよう入口付近までしか入りませんでした。臨済宗妙心寺派。盛岡市聖寿寺末寺。御本尊釈迦如来。深持部落

  • 浅虫水族館 (フウセンウオ)

    青森県営浅虫水族館。あなたは「水族館」を「すいぞっかん」、「すいぞくかん」のどちらで発音していますか?っていう話はさて置き、イルカショー!チンアナゴ!逆さまになって縦に泳ぐヘコアユとそれを見つめるチンアナゴ。クラゲ。津軽海峡の巨大イカ(ニュウドウイカ)。

  • 小岩井稲荷神社 (雫石町)

    岩手県岩手郡雫石町丸谷地。小岩井稲荷神社の由緒を語る上では切り離せないので、まずは小岩井農場の歴史に少し触れます。明治21年6月12日。盛岡を訪れていた明治政府の鉄道庁長官である井上勝(長州藩士、長州五傑の1人、官僚、正二位勲一等子爵。日本の鉄道の父。)は、眼

  • 東宮殿下行啓記念碑 (北溟寮)

    現在の弘前大学北溟寮のある土地は、もともと「りんごの神様」と言われた外崎嘉七氏(安政6年~大正13年)の農園地「向陽園」があった場所です。外崎氏は、りんごの袋かけを考案し、病害虫による青森県りんごの生産の危機を乗り越えました。また、ボルドー液散布による殺菌、

  • 弘前大学北溟寮新寮築四十周年記念碑

    平成18年10月7日、弘前大学北溟寮の新寮築40年を記念し、06前期北溟寮寮務委員会により記念碑が建立されました。北溟寮は、昭和24年5月31日、新制弘前大学が設置されたとき、その母体となった5つの旧制学校のひとつ旧制弘前高等学校の学生寄宿舎を引き継いだもので、大正11年

  • 蕪嶋神社 (青森県)

    2015年11月5日未明全焼。2016年11月に再建工事スタート。2020年3月26日に5年ぶりとなる例大祭が開かれ、一般公開も始まりました。かなり立派になって復活しました。木造2階建(487㎡)。焼失前が約240㎡だったのでからほぼ倍の大きさです。新しい社殿内については公式HPを参

  • 生まれ変わる弘前駅前4

    令和2年。以前の記事(平成30年)から2年が経ちました。まだ空き地が目立ちますが、既にマンション建設予定地等になっている部分もあります。この日は岩木山は見えず。弘前駅方面。こちらは変化なしですね。それでは下に行ってみましょう。以前も紹介した超巨大傘の建物は

  • 弘前銘醸煉瓦倉庫

    以前の記事『富名醸造 (弘前市)』弘前市趣のある建物(平成21年指定)。弘前市富田3丁目。大正7年建築。酒蔵として建築された赤煉瓦倉庫で、当初あった8棟のうち4棟は現役の倉庫として使用されています。春には隣接する弘前大学の桜並木と美しいコントラストを見せてくれま

  • 龍神堂 (貝喰の池)

    山形県鶴岡市下川字関根。善寶寺の龍王殿から秋葉堂前を通って長峰道三十三観音霊場の巡礼路を通ってきても着きますし、普通に善寶寺前からも行けます。道中の墓碑等。道中の墓碑、庚申塔等。奥の細道三十三ヶ所霊場めぐり第十六番…『◆龍澤山善宝寺…龍澤山善宝寺は曹洞宗

  • 五百羅漢堂 (善寶寺)

    山形県鶴岡市下川字関根。曹洞宗龍澤山善寳寺。五百羅漢堂特別拝観(2019年4月1日-6月30日、9月14日-11月24(善寶寺崇敬開山峨山禅師像御開帳))に行ってきました。拝観料は500円(羅漢堂・本堂・龍王殿・慈照殿が拝観できます)五百羅漢堂、日本遺産認定なる…『令和元年5

  • 善寶寺 (鶴岡市) ~其之弐

    『善寶寺(鶴岡市)』からの続きです。山門。文久2年(1862)三十三世中興月圓禅山和尚代に再建。総欅造り、銅板葺きの重厚な二重門。楼上には、正面に「宝冠釈尊華厳経開演の座像」、両脇には「十六羅漢像」を安置。上部に高く掲げられている「龍澤山」の大扁額は郷土の傑僧

  • 善寶寺 (鶴岡市)

    山形県鶴岡市下川字関根。曹洞宗龍澤山善寳寺。御本尊は薬師如来。妙厳寺、最乗寺と並ぶ曹洞宗三大祈祷所。善寶寺参拝図。※五百羅漢堂特別拝観(2019年4月1日-6月30日、9月14日-11月24(善寶寺崇敬開山峨山禅師像御開帳))に行ってきました。時間の都合上、瀧澤不動尊には

  • 横岩神社 (大館市)

    秋田県大館市川口横岩岱。横岩神社は稲荷神社(横岩稲荷神社)です。秋田県神社庁によりますと御祭神は豊受姫大神。例祭日は4月9日。なお、少々読みにくいかも知れませんが下記の横岩稲荷神社碑も参照くだされば由緒もある程度わかります。境内にキジがいました。写真は撮れ

  • 尾花 (伏見玉姫稲荷大明神)

    東京都荒川区南千住。南千住といえば『yuki散歩 part2』内にて小塚原回向院をちらっとだけ紹介したことがあります。尾花は明治元年に文京区音羽で創業し、明治末期に現在の地 南千住に移転。ミシュラン一つ星獲得店なので今更紹介するまでもないですね。うざく。うまき。うな

  • 八幡大神 (十和田市深持)

    青森県十和田市大字深持林。十和田市立深持小学校の南方。中板ノ沢集会所(下の写真)隣り。近くに板久須八大龍神も鎮座。鳥居額束神額「八幡大神 昭和61年6月15日納人中野渡美男」。御神木が立派です。社殿。由緒等は調べておりません。御祭神は誉田別命。拝殿内。深持には

  • 板久須八大龍神 (十和田市)

    青森県十和田市大字深持明戸。十和田市立深持小学校の南方。秋葉山神社の北方。近くに八幡大神も鎮座。由緒等は調べておりません。十和田湖の八大龍神や、法量のイチョウにあった八大龍王大神などと関連するのでしょうか。深持にはこのような小さな社が点在しております。隣

  • 矢越八幡宮 (佐井村)

    青森県下北郡佐井村佐井。願掛岩の向かいに鎮座。青森県下北郡佐井村矢越に明治41年建立。宝暦2年(1752)に箭根森八幡宮から分社されたと伝えます。明治初年に一時本村の八幡宮に合祀。大祭3月10日。御宝物雷斧石刃4寸5分、長さ6寸、元2寸1個、石鎗長さ8寸、中央幅4寸1個。

  • 願掛岩 (佐井村)

    青森県下北郡佐井村佐井。願掛岩は流紋岩。中磯谷層中に貫入した流紋岩が浸蝕に対する抵抗力の違いから取り残されてできたもので、比高約100mの岩体には見事な柱状節理が発達しています。付近には佐井村願掛公園、願掛公園キャンプ場、矢越八幡宮がございます。パンフレット

  • 加藤謙一記念碑 (弘前大学)

    弘前大学文京キャンパス内。故加藤謙一氏は、青森県立弘前中学校(現県立弘前高等学校)を経て、大正5年(1916)に青森県師範学校(現弘前大学教育学部)に入学。大正6年に同校を卒業し、市内の富田尋常小学校(現弘前市立大成小学校)に奉職。その後、職を辞して上京。大正1

  • 追分石 (平川市小国)

    青森県平川市小国深沢。青森県道282号小国本町線沿い。位置的には津軽高原ゴルフ場の西橋、阿蘇ヶ岳寄り。ほぼ津軽高原ゴルフ場内です。第10ホールの奥。左小国道、右山道。紀年銘は明治19年。下部は苔生しており、読み取れず。標柱「追分石(平川市指定文化財)」より…『明

  • ゆうゆう神社 (横手温泉ホテルプラザ迎賓)

    ほぼ「横手温泉ホテルプラザ迎賓」の紹介です。横手駅前(秋田県横手市駅前町)。まずは温泉に入り…しばし寛いだ後…飯!畑サラダ。畑のサラダは初めて頂きました。松茸土瓶蒸し。お刺身。鮭包み焼き・焼き栗。木の子の炊き込みご飯・芋の子汁。横手黒毛和牛すき焼き。お腹

  • 大本営跡 (弘前大学)

    弘前大学文京キャンパス内。以前にも紹介した大本営跡の碑。昭和15年(1940)8月1日建立。以前よりも碑の周囲が鬱蒼としており、目立たなくなっていました。明治31年10月10日、現在の農学生命科学部と理工学部の建物がある敷地に陸軍第8師団司令部が開設。碑は大正4年に大元

  • 善光寺平カトリック教会 (川村郁子)

    大木平小中学校善光寺平分校跡地隣りに古びた木造のカトリック教会「善光寺平カトリック教会」があるとの情報を得たため、確認しに行ってきました。なお、マリア清水の由緒として、「八甲田山の南、標高約700㍍地点にある善光寺平は人参、大根、キャベツなど高冷地野菜の産地

  • 金平成園 (澤成園) 黒石市

    青森県黒石市大字内町。名勝「金平成園(かねひらなりえん)」、別名「澤成園(さわなりえん)」。主屋などの建物内も常時見学可能となりました。開園日:4月中旬-11月30日。休園日:月曜日(国民の祝日にあたる場合はその翌日)。開園時間:午前9時30分-午後4時(入園は閉園

  • 小坂館(鶴城)跡

    秋田県鹿角郡小坂町小坂鉱山尾樽部。尾樽部通りと永楽町通りが交わる交差点。「歩いて探そう、明治浪漫、小坂町散策マップ」という手作り感満載のマップを見ながら、少し散策してみました。近くには花園館やちち家、第三分団消防署があります。ちなみに写真は御成橋上から見

  • 権現崎をめぐるみち (小泊)

    北津軽郡中泊町大字小泊。小泊港の神明宮から東北自然歩道(権現崎遊歩道)を歩きます。旧大湊海軍警備府小泊防備衛所跡まで行きたいのですが、出発が遅かったので行けるところまで行ってみます。山手コース(約5.6km・120分徒歩)と海岸コース(約4km・100分徒歩)の2種類が

  • 浅瀬石川ダム (フォトフレーム撮影)

    浅瀬石川ダム上流下川地区に何やら不思議なものがあったので立ち寄りました。浅瀬石川ダムフォトフレーム撮影箇所。ダム下流の想い出の橋駐車場にもあるようです。1枚目の写真はダムカードの写真ではなく、フォトフレームを通して撮影したものです。以下の写真は浅瀬石川と滝

  • 深山神社 (二戸市)

    岩手県二戸市石切所晴山。国道4号線で境内が分断されており、一の鳥居と境内が離れています。歩道橋手前にあった石塔。何かはわかりません。途中で国道4号線上を陸橋(歩道橋)で渡ります。但し、一の鳥居からの参拝にこだわらないのならば、境内まで車で行くことも可能です

  • 法泉寺庭園 / 文殊堂 (米沢市)

    『法泉寺(米沢市)』からの続き。山形県米沢市西大通1丁目。法泉寺と住所が違いますが道路を挟んですぐ向かい側。道路を挟んで南の寺院及び墓地と、北の文殊堂及び庭園に分かれています。元はこの南北を隔てる道はありませんでした。法泉寺庭園…『米沢三名園の1つで、2代藩

  • 法泉寺 (米沢市)

    山形県米沢市城西2丁目。臨済宗恵日山法泉寺。道路を挟んで南の寺院及び墓地と、北の文殊堂及び庭園に分かれています。元はこの南北を隔てる道はありませんでした。直江兼続が創建した当時は、法泉寺は三の丸北西に位置しており、掘立川に掛けられた橋を渡るとすぐに法泉寺の

  • トマソン的ダンメンの芸術 ~ 田中屋

    平成29年8月に閉店した弘前市元寺町の津軽塗製造・販売業「田中屋」跡地。創業120年の歴史がある店舗建物(趣のある建物)を利用し、外観などは可能な限り保持した上で、既に同市の別会社が新たに津軽塗製品販売店の運営に当たることが決定しております。ってことで、今だけ

  • 泉光院跡地 (平川市)

    青森県平川市大光寺一滝本。六羽川沿い。大光寺児童公園や清藤家庭園からほど近い場所。清藤家庭園。大光寺温泉の看板が目印。但し、閉館しているのでいつまで残っているかはわかりません。大光寺温泉から六羽川沿いを歩いて行きます。六羽川沿いを渡ります。藤先寺2世察庵玄

  • 野砲兵第八連隊砲廠

    青森県弘前市大字豊原1丁目。ブナコ株式会社は健在です。覆馬場(現弘前愛成会病院)が無くなったのは知っていましたが、三八式野砲を収納していた野砲兵第8連隊砲廠も綺麗に無くなっていました。以前紹介した時には既に崩壊しそうでしたからね。その頃の弘前市のホームペー

  • 旧南津軽郡役所

    108年前の洋館「郡役所」の一部が2度の移築を経て黒石市松原に現存しております。当時の旧南津軽郡役所の建物。旧黒石町庁舎として使われていましたが、昭和29年に町村合併で黒石市庁舎になりました。明治45年(大正元年・1912年)、現在の市産業会館の場所に郡役所新庁舎と

  • 長年寺 (鹿角市)

    秋田県鹿角市花輪上花輪。谷地田町地区。曹洞宗鳳林山長年寺。鹿角三十三観音霊場六番札所。花輪南部氏の菩提寺。開基は九戸政実の舎弟康実。中野氏(文政元年以降南部氏と称す)の菩提寺として、延宝2年同氏の花輪入部とともに、もと長福寺城に建立。加賀国金沢龍光山宗徳寺

  • Garden大きなくりの木の下で (平川市)

    前回はコスモスシーズンに伺いました。今回はローズシーズン。写真は相変わらずノー編集&ノー加工です。以前の記事:『Garden 大きなくりの木の下で』オープンガーデンの詳細な情報は以下のリンクでご確認ください。ブログ『***大きなくりの木の下で***NONとTONのガーデンづ

  • 蔦七沼めぐり (沼めぐりの小路)

    少し離れている赤沼を除く六沼(蔦沼と小湖沼群=鏡沼、月沼、長沼、菅沼、瓢箪沼)の紹介です。沼めぐりの小路(約2.9km、ゆっくり歩いて約1時間半)です。野鳥の小路(約860m、ゆっくり歩いて約26分)も紹介しません。蔦温泉から反時計回りで最初に蔦沼を目指します。湖沼

  • 八島神社 (にかほ市象潟町)

    秋田県にかほ市象潟町象潟島。鳥居紀年銘「明治40年4月13日」。八島神社(八ツ島内)…『祭神豊岡姫命。象潟大明神ともいわれたこの神は、鳥海山大物忌神と同神とされています。今は「八島」と表記されているものですが、かつては八津島神社と表記していました。社伝によると

  • 蚶満寺 (象潟町) ~ 其之参

    『蚶満寺庭園(にかほ市象潟町)』・『蚶満寺(にかほ市)』・『蚶満寺(にかほ市)~其之弐』からの続きです。庫裡の中を守る猫様。本堂裏手の史跡庭園へ。観音堂。観音堂内。三十三観音等。御開山傳法松標柱。後ろの切り株だったのかな。犬楠(タブノ木)。亜熱帯植物で樹

  • 蚶満寺 (にかほ市) ~ 其之弐

    『蚶満寺庭園(にかほ市象潟町)』及び『蚶満寺(にかほ市)』からの続きです。現在地。位牌堂前の法華塔。法華堂横の階段は立入禁止です。なぜ立入禁止なのかは『八島神社(にかほ市象潟町)』の記事でどうぞ。なお、仁賀保挙誠の墓についても八島神社の記事内にて紹介して

  • 蚶満寺 (にかほ市)

    『蚶満寺庭園(にかほ市象潟町)』からの続きです。山門。にかほ市指定有形文化財。木造切妻造瓦葺の八脚門(12坪)。年代不詳。江戸中期の建立と推定。見応えのある彫刻でした。矢島藩生駒氏の奇進とされる金剛力士(仁王)像を安置。但し、拝観のしおりでは、「仁王尊等の

  • 蚶満寺庭園 (にかほ市象潟町)

    秋田県にかほ市象潟町象潟島。蚶満寺は仁寿3年(853)に天台宗の慈覚大師の開創と伝えられ、かつては名勝であった象潟(九十九島)の要にありました。境内は古木に囲まれ旧跡が静寂の中に佇み、古刹の雰囲気が漂っています。古くから文人墨客が訪れた名刹として知られており

  • 才の神神社(道の駅 象潟 ねむの丘)

    東北最大級の道の駅「象潟ねむの丘」。才の神横丁。象潟町のサエの神の御神体は陰陽性器のうち、男根(陽)を石や木でかたどったものです。この神に良縁や子授け、病気、家内安全、豊作などを祈願すると、御利益があるといわれています。このサエの神行事は、1月15日に早朝か

  • 九十九島 (象潟「ねむの丘」)

    東北最大級の道の駅象潟「ねむの丘」。週末は中々混んでおります。駐車場もないくらい。その割館内に人がいないということは、皆さん展望温泉「眺海の湯」に行ってるんでしょうかね。案内板より…『●にかほ市の紹介…2005年10月1日、仁賀保町、金浦町、象潟町の三町が合併し

  • 芝桜 (奥入瀬渓流温泉スキー場)

    青森県十和田市法量焼山の奥入瀬渓流温泉スキー場。斜面横にある神社は昨年紹介した十和田湖温泉神社です。『十和田湖温泉神社 (十和田市)』奥入瀬渓流温泉スキー場は2020年4月、観光客へのPR強化を目的に、十和田湖温泉スキー場から改名。ゲレンデの斜面(山の中腹から麓

  • 護国山 観音院 久渡寺

    2020年4月18日、33年に1度の本尊聖観世音菩薩ご開帳は関係者のみで行われました。併せて、修復が終わった円山応挙の幽霊画「反魂香之図」の魂入れも実施。当初予定されていた一般公開は2021年に延期。新型コロナウイルスの影響です。参加された関係者により、新型コロナウイ

  • 出川神明社 (大館市)

    秋田県大館市出川上沢岱。出川会議所隣り。出川の欅からも近い場所です。参道には美しいスギコケがたくさん生えていました。出川村は江戸初期より開発が進められています。慶安元年には一村検地が実施されたそうですが詳細は不明。鳥居。柱の下部だけが八角で願主や石工など

  • 出川の欅 (大館市)

    秋田県大館市出川上沢岱。市指定天然記念物の出川の欅。推定樹齢1000年以上。1本の根から5本の幹に分かれています。樹高約30m、目通り幹周り17.1m、根かぶ周り28.4m、主幹直径約2.5m、樹冠東西約30m・南北約28m。大き過ぎてヤバイよヤバイよー!!最も大きかったと思われる1

  • 磨光小学跡 (弘前市)

    青森県弘前市小栗山山下。デイリーヤマザキ弘前小栗山店、白馬龍神温泉付近。明治9年創設。明治25年磨光簡易小学校から磨光尋常小学校に改称。明治26年松木平から小栗山に磨光尋常小学校が新築移転。大正12年清水森・大和沢尋常小学校を合併吸収し、千年尋常小学校となり、そ

  • 駒泊遺跡 (平川市)

    平川市新館駒泊。あしげ堤親水公園(みどりの広場)付近。唐竹から広船に向かう途中。標柱のみの紹介です。遺跡からの出土品等は平川市郷土資料館に展示されています。『昭和58年、町教育委員会の発掘調査により、弥生時代の住居址三軒と墓壙が発見された。墓壙からは壺型土

  • 忘れじの焼きそばマルミ

    弘前市中野。メニュー。やきそばのみ!最近は焼きそば専門店も増えたので珍しくないですけどね。値段は大が700円、中が600円、小が350円。一見すると普通の焼きそば。ところがソース(タレ)が超しゃばしゃば。こぼさずに持ち帰るのは至難の業。黒石市でつゆ焼きそばがブーム

  • 田舎館米発祥の地

    青森県南津軽郡田舎館村大字高樋。弘南鉄道田舎館駅前。案内板は消えており全部は読み取れませんが、『津軽の中央部田舎館村の垂柳遺跡から弥生時代のものとしては日本最北の水田跡が発見されました。このことは日本農業史にとって画期的なことで、わが田舎館村の先人…』と

  • 弘南鉄道田舎館駅 (GOMAさんアート)

    青森県南津軽郡田舎館村大字高樋。弘南鉄道弘南線。昭和25年7月1日開業の田舎館駅(無人駅)。駅舎内には駅事務室を利用した軽食喫茶「かくれんぼ」が併設されていたそうです(現在は廃業)。1面2線。駅舎。上の旧字の方がいいですね。令和2年5月、田舎館駅待合室のGOMAさん

  • 鳥越観音 ~ 其之伍

    『鳥越観音 ~ 其之肆』からの続き。七丁目からスタート。石段脇に小さな手水石や燈籠など色々ありました。その中に最後の七丁目の石塔。ゴールの七丁目!!と言っても、ここまでそんなに険しかったわけでも、距離が長かったわけでも、勾配がきつかったわけでもございません

  • 鳥越観音 ~ 其之肆

    『鳥越観音 ~ 其之参』からの続き。六丁目坂からスタート。ここからは整備された石段。石段下に狛犬一対(明治41年旧3月3日)。かなり個性的な狛犬。気が抜ける…いや、癒される表情です。石段上に石灯籠二対。紀年銘は文政13年9月吉日。もう一対は平成9年10月10日。奉納記

  • 鳥越観音 ~ 其之参

    『鳥越観音(岩手県)~其之弐』からの続き。植樹記念之碑。碑文は読みませんでした。末社。馬がいます。馬頭観世音(蒼前様)のようです。仁王坂を上ると仁王門が見えてきます。五丁目です。手水舎。蒼前様の碑。鳥越山碑(昭和6年)。仁王門にある梵鐘。梵鐘の横には「鳥越

  • 鳥越観音 (岩手県) ~ 其之弐

    『鳥越観音(一戸町)』からの続き。参道脇には巨木が聳え立ちます。宮古沢のアズマヒガン桜(一戸町指定天然記念物)…『アズマヒガンは、別名エドヒガンとかウバヒガンと言い、ヒガンザクラとは別の種類です。花のめしべが有毛であることで、ヒガンザクラと区別できます。

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